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第6話 二人の幼馴染

 目覚まし時計の電子音によって目を覚ます。

 誕生日に目を覚ましてからの出来事は夢だったのではないかと期待して、部屋と体のチェックを行うのが日課となってきつつある。

 今日もピンク色のカーテンに引き出しの上の巨大ぬいぐるみは変わらず、胸には無駄に柔らかく余計な脂肪の塊がぶら下がっているのも相変わらずで、こちらも日課になりつつある深い溜息をつく。 


 週が明けて月曜日の今日から学校に行くことは決めた。特殊な状況ではあるが、本分は学生である以上休みすぎる事は元のユウキが戻ってきた時に不都合が生じる。


 しかし、学校に通うに当たって解決すべき項目がある。周囲にどう振舞うかといった事だ。

 選択肢は大きく分けて3つ。

 一つ目は、あくまで以前と何も変わらない事をアピールする為に元のユウキを演じる事。ネックは元のユウキを知らない事。わりと致命的だ。

 二つ目は、オレ自身の地でいく事。こちらは突然人が変わったようになる為周囲への影響が測れない事が問題か。

 三つ目は、オレでもなく元のユウキでもない普通の女の子を演じる事。この場合のネックは、そもそも元男のオレがそんな事突然できるのかという点だ。一つ目以上に致命的かもしれない。


 出した結論は、一つ目と三つ目を部分取りする事。女の子を演じきる事は絶望的だ。だがそこに女っぽくない元のユウキの要素を部分的に取り入れる事で元のユウキが頑張って女の子っぽくしようと努力していると取られればいいなという打算的な考え方だ。

 極力、元に戻れた場合に不都合が無いように振舞えればいいのだが、できる事とできない事があり、元のユウキの振りはできない事だった。

 とは言えできる事は最大限やりたい。病院に行った次の日には学校に行くことは決めた為、かなり慌てて元のユウキの情報を集め始める羽目になったができる限り元のユウキのイメージを損なわないようにするには仕方ない事だ。

 一昨日の夜は両親から話を聞き、昨日は過去のホームビデオを見せてもらった。


 朧げながらも見えてきたイメージは、知り合い相手にはふわふわした雰囲気で表情はそれなりに豊かだったようだがあまり怒る事はない。だが他人に対してはかなり人見知りをしていたという事。金曜日の夜少し強めの口調で注意した時、弟の楓がかなりビックリした様子を見せていたのはそういう事だったのだろう。


 もう一つの情報源と言えるかは怪しいところだが、参考にしたのはこの世界で目覚める前に見ていた夢の中のゆうきだ。二言三言しか喋っていなかったが、なんとなく持っている雰囲気を掴むのには最適ではないかと思ったのだ。


 この二つの情報を元に家族相手にフリをしてみたのだが、やはり何かちょっと違うようだ。本人ではないから持っている独自の雰囲気までは真似しきれないのかもしれない。それでも話し方はそれなりに近いものがあるとお墨付きをもらえたという事は夢に出てきたゆうきは本物と考えて良いかもしれない。あの夢自体はこの体のときに見ているだろうから、自由に引き出せないだけで脳に元のユウキの記憶が残っていても不思議ではない。むしとオレの記憶がある事の方が不思議だ。


 短い期間なりに極力やれる事はやったと言う自負があるが、対外的な様子は家族ではなかなか把握できない所もあり、その点はかなり不安だ。なるようにしかならないが、やはり学校での友人知人に協力者が必要だと思った。

 一番の候補は翔太だ。だが夢で見たことが真実だとすると、こちらのユウキとはギクシャクしてそうなのだ。かと言って彩はオレの方がなんとなく気まずい。それ以外は男女差による差異が交友関係をどのように変えているかがわからないので論外だ。

 しばらくは「オカシクナッタ」と思われてもやむなしとして様子を見るほかない。


 そんな事をつらつらと考えながら通学路を歩く。

 自宅から中学校までは徒歩で15分ほどの場所にある。

 都市部だと学区がすべて徒歩圏である事が多いが、田舎だとそうもいかない。オレが通っていた学校も学区が徒歩圏にプラスして自転車通学可の地域があった。歩くと通学に時間が掛かり過ぎるため、通学距離が一定を超える生徒に対しては自転車通学が限定的に許可されている。

 しかし、公立中学は通学中の事故による怪我防止の名目で白い校章入りのヘルメット着用が義務付けられている。地方に行くとまだ幼い顔立ちの制服を着た中学生がヘルメットをかぶって自転車に乗っている光景は珍しくないが、東京や大阪といった大都市圏では見られない光景でもあり、田舎の象徴のように思ってしまうのは7年間の東京暮らしで都会に染まってしまったと言うことかもしれない。

 オレの場合は運良くわりと近いところに学校があった為徒歩通学だった。厳密に言うと今日から通う事になるので過去形ではなく進行形になるか。


 やがて、学校に到着し中学2年の時の教室の前まで来たところで、また問題に直面する。


 (教室、オレの時と一緒で合ってるのかな…?合ってたとして席どこだろ…?)


 このまま教室の前でまごまごしてるのも怪しいし、自分の席を訊ねると言うのも奇妙だ。しかし何もしないよりはいいだろうと思い、入り口近くに居る大人しそうな男子に思い切って聞いてみる。


 「ねねね、私の席ってどこだったカナ?」


 最初は話しかけられた事に驚いて焦った様子だったが、徐々に意味がわからないという疑問を浮かべた表情に変わっていく。


 「え?席?桜井さんの?」


 どうしてそんな事を聞かれているのか理解できないといった様子でオロオロしている。普通はそうなるかと思いつつも続ける。


 「そ、私の席」


 「朝からあんた何つまんないボケかましてんのよ!」


 突然後ろから聞き覚えのある声がかかる。振り返ってみると、そこにはあきれ顔の彩が立っていた。


 「彩?」


 「あんたの席はこっちでしょ。あ、飯田君、朝からごめんね。このアホは回収してくから気にしないで」


 そういえば、忘れかけていたが飯田という大人しくて目立たない男子がいた事を思い出す。


 「あぁ、うん…?」


 と返事ともなんともつかない言葉を発して、彩に引っ張られるオレを見送っている。

 彩に連れられ、窓際の真ん中あたりの席に移動する。


 「あんたの席はここ!席替えしたばっかりだからって週末挟んだら自分の席忘れるとか聞いた事ないわよ…」


 「あ、ありがと…」


 丁度いい具合に勘違いをしてくれているようで都合が良い。

 改めて、彩の姿を見ると懐かしさが溢れてくる。

 この頃は髪も長めに肩を隠すくらいの長さまで伸ばしていて、そのまま下ろして後ろに流している事が多かったと記憶しているが、今日の髪型はまさにそれだった。気の強さを表してか少しきつめの目元、鼻は少し低めだが、ふっくらとした唇。全体としてそこそこ整っていて十分かわいいと言える容姿。見るだけで気持ちが浮上したあの頃と何一つかわらない姿は当時の想いを記憶から引っ張り出すのに十分事足りる。


 「ちょ、ちょっと!顔赤いしボーっとしてるけど、まだ体調悪いんじゃないの?」


 「大丈夫」


 「そう?無理しちゃダメだからね!」


 「うん、わかってるよ」


 向こうの世界でこれくらいの歳の頃はすでにこういうやり取りはできなくなっていた事を思い出す。オレ自身がドキドキしてしまってまともに話せなかったという事ももちろんあったが、彩の方もよそよそしくてなんとなく避けられてる感じが気まずかったという事も影響していたように思う。それを考えると、こんな普通に話しかけられる事自体小学生の頃以来かもしれない。


 少し彩と接してみて思ったが、相談するならやはり翔太より彩の方がいいかもしれない。どちらにも聞いてほしいところではあるが、翔太がこないだの夢のような態度であればまともに会話することも難しいかもしれない。確認の意味でも後で翔太にも接触してみよう。





 昼休みに昼食を取った後、翔太と話してみようと翔太の教室まで来て探してみると、友人数人と談笑しているようだった。好都合と一直線に翔太の前まで行って声を掛ける。


「翔太ー」


「お、おう、ゆうき。なんか用か?」


 立った一言二言だがよそよそしくて、早く会話を切りたいという言外の意思が伝わってくる。なんとなく、それで元のユウキとの関係を察してしまった。


「取り込み中みたいだから、また今度にするね」


「そ、そうか?悪いな」


 これはダメだ。とてもではないがまともに話せる状態じゃない。やはり相談するのは彩だけにしよう。

 そう思いながら戻ろうとすると、翔太と談笑していた男子とは別の男子が


「さすがの田所もメイデンは怖いのかー。ちょっと意外だなー」


 とコソコソ話しているのが聞こえた。

 メイデンというのはオレの事だろうか。またなぜ怖いと言われるのかが良くわからない。何か向こうの世界では起きなかったような出来事がこちらの世界ではあったのかもしれない。その辺も協力してくれる人が見つかったら聞いてみよう。


 と考えながら教室を出ようとした時にそれは起こった。


「てめえ!!もう一回言ってみろ!!!」


 聞いた事のないような翔太の怒鳴り声に驚いて後ろを振り返ると、翔太がさっきコソコソ陰口を叩いていた男子の胸倉をつかみ凄んでいる。元々温厚で怒る事すら滅多にない奴がここまで激高してるのを見るのは付き合いの長いオレでも初めての事だった。しかも少し悪くというより茶化した程度の言い方で、だ。こちらの世界では実はかなり短気な性格なのだろうか。

 翔太は昔から同世代では周囲より一回り体が大きく、今は180cmを超える身長にバリバリテニスをやっている為筋肉質でがっちりした体系をしている。そんな相手が激昂して凄んでくれば普通は怖い。今のオレでも怖い。実際に陰口男子はすっかり戦意を喪失して「悪かったよ」と泣きそうな顔で謝罪している。


「次、俺の前でゆうきの事そんな呼び方しやがったらぶっ殺すからな!!!」


 そう言って、掴んでた相手を乱暴に突き飛ばしながら手を離す。その影響で陰口男子は仰向けに転んでしまった。オレの事を庇ってくれた事は嬉しいが、さすがにこれは黙っていられない。


「翔太!いくらなんでもちょっと悪口言われただけでコレはやりすぎだよ!」


 そう言って宥める。翔太も冷静になってやりすぎたと思ったのか


「あぁ、ついカッとなってやりすぎた、ゴメン」


と陰口男子に謝罪する。


「だけど、その前のは取り消さないからな!」


 そう言い残して、周りに「頭冷やしてくる」と言って教室を出て行った。

 その他外野は遠巻きに眺めていたようで、どこかこうなる事を予想しているような雰囲気だった。そこかしこから「地雷」だとか「タブー」だとかの言葉が断片的に聞こえてくる。何か翔太をあそこまで怒らせるポイントがあるのかもしれないが、現状は情報が少なすぎて正直良くわからない。






 少し予想外の出来事もあったが、最終的に翔太は現状では相談する相手にはしづらく、彩にすべて話して相談してみようと結論を出した。同じ関係ではいられなくなる可能性もあるが、両親が理解してくれたように彩も大丈夫だと信じたい。

 

 放課後、意を決して彩を呼び止めて声を掛ける。


「彩ー」


「部活あるから一緒には帰れないわよ?」


「そっかー、それじゃ仕方ないから一人で帰るカナ……って違うから!」


「あら?違うの?」


「どっかで見たやり取りだけど、違うから!」


「それじゃ何?」


「うん、ちょっと相談に乗って欲しいんだ」


「へぇ…ゆうきが相談なんて珍しい、というか初めてよね」


 本当に珍しいものを見た、という驚いた顔をする。


「だめ…カナ?」


「いいよ!そういう事なら今日は部活休むわ。場所はあたしかゆうきの家がいいよね?」


「ありがとう。できれば他の人には聞かれたくないからウチがいいかな」


「了解!それじゃ、部長に連絡してくるからちょっと待ってて。久しぶりに一緒に帰ろ」


 そう言って彩はニッコリ笑って、部活を休む許可を取りに教室を出て行った。

 部活を休んでまで相談に乗ってくれると言ってくれた事は素直に嬉しかったが本当の意味で大変なのはこれからだ、と気を引き締め直す。

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