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第5話 家族会議

  しばらく、鏡の中の少女と睨めっこを続ける事数秒後、思考を再起動させる。

 まず目の前の物が本当に鏡なのか確認する。右手を伸ばすと正面の少女も左手を伸ばす。そして、その手が重なる瞬間にオレの手に伝わったのは、ひんやりとしたガラスの滑らかな感触。

 わかってはいた。目の前に人がいる訳もなく、自分自身を映し出す鏡で間違いないと言うことは。ただ、理性がそれを受け入れなかった。だから、それを納得させる為の材料が欲しかっただけだ。


 少し落ち着いたところで改めて鏡で新しい自分の顔を見る。

 歳は14,5歳といったところか。大人っぽくなってきてはいるが、まだまだ幼さを強く残したこの年頃特有の顔立ち。肌艶は非常に良く、若さの特権といったところか。

 時間にして2,3分程度しか経っていなかったが、朝の貴重な時間としては長すぎる。思考を切り替えて一旦部屋に戻る事にする。


 




 部屋に戻って真っ先にした事はベッドに腰掛ける事だった。そして現状で得た情報を纏め始める。しかしあまりゆっくりしている時間は無い。じきに焦れた母親が催促しに来るだろう。


 最初に確実な情報を挙げてみる。自分が女である事、今いるのが中学3年まで住んでいたマンションであろう事、母親は同一人物である事、それくらいか。

 次に不確かながらある程度想像出来ることはというと、今の姿は中学2,3年くらいであろうと言う事、母親はそれに対して何一つ疑問を抱いていなさそうな事か。

 総合すると、"自分が女として生まれて中学生くらいの世界に精神だけ飛ばされた"そんな考え方ができなくもない。しかし、それを正とするには情報が少な過ぎた。すべて"かもしれない"、"だろうか"という想像のレベルに過ぎない。さらに言うと突拍子がなさ過ぎて、自分で想像したものであるにもかかわらず到底信じられない。


 なんにしてもとりあえずは、母親も異常を感じていたわけでは無さそうであったし現状を一旦受け入れてそれに合わせて動いてみようと考え、朝の準備をする事にした。とりあえず着替えようと部屋見渡し、壁掛けられたものをみて固まる。


(オレがコレ着るの!?)


 壁には中学時代に同級生の女子が身に付けていたものと同じブレザーとスカート、それにリボンとネクタイがかかっていて、その近くには畳んだ状態で丸襟のブラウスらしきものが置いてある。はっきり言って、公立中学の標準服なのでお世辞にも私立の高校の制服のように可愛いというものではないが、そもそもそういう話ではない。

 今更だが、もちろん女子用。体が女であれば誰も見咎める事はないだろうし正しいのだが、オレの意識が男であるせいで男が女装をするようで気持ち悪い。

 更に、どういう着方をすればいいのかわからない。男であればTシャツでも下に着込んで上にYシャツを着るだけでよかったのだが、女の場合は恐らくそうは行かないであろう事は予備知識として持っている。しかし、その肝心の細かい所がわからない。

 適当に引き出しを漁ってみようと、引き出しを開けたところで不思議な事が起こる。

 なぜかわからないが、何をどう着ればいいのか衣類を見た瞬間に理解できてしまったのだ。そうなるとあとは簡単だった。手早く制服を着込んでいき、最後に髪がボサボサだった為ブラシで整え前髪を後ろに流してヘアバンドで固定する。

 おでこ丸出しのヘアスタイルに優等生のような近付きづらい勝手なイメージを抱くが、青に近いプリーツスカートに赤いリボン、スカートと同色のブレザーを羽織ったその姿は、鏡の中の少女によく似合っていた。


(これが自分じゃなきゃ目の保養になるところなんだけど…)


 と現実逃避を図るも、鏡の中の少女が自分である事実は変えようがなく、またしても気分が暗いものになりすべてを投げ出したくなる。しかし、そんな事をしても何一つ解決しない事もよくわかっていた。すぐに折れそうになる気持ちに鞭打って、なんとか次の行動に移る。






 リビングに入ると、母親は二人分の弁当を作っている最中で、父親はテレビのニュースを見ながら朝食を取っていた。弟はまだ起きてきていないようだ。

 また、ここで確定情報が増えた。一つは父親もやはり元の世界と同一人物だったと言う事。それから女の姿のオレを見ても何一つ違和感を感じた様子がない事。そこからはじき出される答えは、先ほど立てた仮定をまた一つ裏付けていく。


 そして、この時点でオレはとある選択をしなくてはいけない。この体の持ち主を装って何気なく日常を送りつつ情報を集めるか、それともすべて打ち明けて協力してもらうかだ。前者はこの体の持ち主が当然持っているはずの情報を得る事ができず、後者は頭がおかしくなったとして判断されてまともに話も聞いてくれなくなるリスクがある。


 おはようと声をかけた後、一つの決断をして思い切って二人に切り出した。


「父さん、母さん、ちょっと話があるんだけどいいかな」


「今忙しいから夜じゃダメな話なの?」


「まだ少し時間あるから手短に終わるならいいぞ」


「うん、今聞いて欲しい」


 そう言うと、真剣な様子が伝わったのか真面目な表情で「わかった」と了承してくれた。

 それから5分ほどかけて、元々25歳の男だった事、起きたら女になっていた事、今の状況がわからない事、両親は同一人物であるを思われる事等、必要だと思う事をすべて話した。


「本気で言ってんのか、お前」


 聞き終わった父親の第一声がそれだった。


「真面目な顔で話し聞いて欲しいなんて言うから何を言うかと思ったら。わりいけど、時間無いからもう行くからな」


「あ、ちょっと待ってよ」


 止めるのも聞かずに近くにかけてあったスーツの上着を羽織って母親に何か耳打ちをすると、そのまま出て行ってしまった。

 残された母親は真剣な表情でこちらを見ていた。どういう捉え方をしたかは不明だが、先程の話を深刻に受け止めた証拠だろう。何を言われるかわからないが、母親が口を開くのじっと待つ。少しの後母親の発した言葉は当たって欲しくない予想通りだった。


「記憶障害かもしれないから病院行くわよ」


 普通に考えればおかしな事を言い出したら脳の異常を疑うだろう。逆の立場だったらオレでもそう考える。オレの認識はさておき、客観的に考えればその可能性を否定できる材料も持ち合わせていない。

 しかし、脳に異常がない事がわかれば、逆にオレの話をもう少し真面目に聞いてくれるかもしれない。そんな打算もあって通院には了承したのだった。






「今日、病院行ってきたんだろ?結果聞かせてくれよ」


 その日の夕食後、父親の唐突な言葉によって朝の続きが始まった。

 個人的には当然と思っているが、結局脳にはまったく異常が見られなかった。そして精神的なものだとするとカウンセリングが必要になるとも告げられ、最終的には"わからない"という事がはっきりしただけだった。


「姉ちゃん、ついに病院行ったかー。やっぱり男だったって?いつちんちん生えてくんの?」」


 内弁慶気味な弟の楓は外では良い子を演じているようだが、家族に対しては頻繁にこういった小生意気な言動を見せる。そしてこの年頃の男の子は、この手の下ネタが大好物だ。

 いつもならこういった冗談の相手もするのだが、さすがにそういった雰囲気ではないので、空気を読めない愚弟に対して一睨みして強めの口調で返す。


「お前には関係ない!茶化すなら部屋に戻ってな」


父親も同時に睨んでおり、相手を小ばかにしたにやけ顔が少し引き攣る。


「なんだよー、ちょっとした冗談言っただけじゃんかよー」


 ブツブツ言いながら部屋に戻っていった。こちらを見ながら「男女め」とボソッと言うのが聞こえたのでもう一睨みしてやると走って部屋に引っ込んでいった。

 本来は家族なので"関係ない"はさすがに可哀相なのだが、このまま茶化され続けるのは頂けないと判断し退場してもらった。


 落ち着いたところで、父親には脳に異常は無く、何もわからなかった事だけを伝えた。


「はぁ、結局わからず仕舞いかぁ。それにしても今のお前と話してると本当に大人と話してるみてぇだなぁ」


 精神的には成人と話してるのだから当然だとは思うが、もし万が一オレの人格が妄想の産物だとしたら、説明が付かない。


「朝の話、少しは信じてくれた?」


「常識から考えるととてもじゃないけど、信じられねぇ。だけど、お前の突然の変貌ぶりと落ち着いた物言いとか知識は説明がつかないのも事実だよな」


 若干の理解を示してくれた事に対して少しホッとする。


「未来から来たって事ならよ、何か些細な事でもこれから起きる事で知ってる事ないか?普通に考えたらお前が事前に知りようがないやつ。それが何よりの証明になるんじゃねえか?」


 確かに言われた通りだ。しかし直近で話題になったような事等ピンポイントでは思い出せない。大きなニュース等はそう頻繁にある事ではない。またスポーツの分野でも大雑把には結果は覚えているが、その程度だと簡単に予想ができてしまうレベルで今回には当て嵌まらない。


「さすがにピンポイントでそういうニュースが思い出せないん……あっ!」


「お?」


「元のゆうきってさ、競馬とか関心あった?」


 そう、競馬だ。元々そんなに興味も無かったが、父親と一緒に見てるうちになんとなく結果だけは追うようになり、大学生の頃には翔太と一緒に競馬場に行って馬券を買う事まであった。

 そして、都合の良い事に記憶通りなら今週末行われる大レースでかなりの穴馬券が出ていたのだ。その当時父親が「あんな馬券買えるわけねえよ…」と嘆いていたのをおぼろげながら覚えている。


「多分興味なかったんじゃねえか。たまに一緒に見ててもあからさまにつまんなそうにしてたしな」


 オレが女である辺り、他にどんな差異があるかはわからない為、本当に当たるかは不透明とした上で


「明後日、天皇賞があるよね。こっちでも一緒になるかは正直あやふやな要素が多くて微妙だったけど、オレの記憶だと1着にヘブンリーキス、2着にハナ差でキタノマティーニ、3着に1 1/4差でダンシングロマンスで大荒れしたよ」


 天皇賞とは全競馬レースの中でも最も格の高いG1(グレードワン)というカテゴリーに分類され、その中でも最も歴史が長く格式が高いとされる日本競馬界の中でも頂点に君臨するレースの一つだ。そして2005年のこのレースでは3連単と呼ばれる1着から3着を順番に当てるタイプの馬券で100円が100万円を超える程の配当を叩き出したレースだった。本当に当たると結構大変な事になるが、これだけの波乱はある意味事故のようなもので、ほんの少しの要素が変わるだけで結果が変わる可能性も高く、当たらない可能性の方が高いかもしれない。


 相変わらず一人称の「オレ」という言葉に引いてるらしく、父親は若干微妙な顔をしつつも口を開く。


「おいおい、ヘブンリーキスなんて二桁人気で下手したら単勝万馬券だぞ?だけど、昨日までのゆうきだったら詳しく馬名覚えてるのも不自然だし、そもそも明後日天皇賞なんてことすら知らなさそうだったから、信じらんねぇけど信じざるをえねぇ気もするなぁ」


 父親の言葉に少し胸をなでおろしたのも束の間、次の瞬間には身を切られるような言葉を浴びせられる。


「ってことはだ。本当のうちの娘はどこ行ったんだ?」


 "本当のうちの娘"

 体は本物だろう。しかし中身の”悠樹(オレ)”を認めてもらった時点で、彼らからするとオレは"本当のうちの娘"ではないと認識したのだ。

 そう思った時点でこうなる事を読めなかった自身の迂闊な行動を呪った。彼らが突然オレを放り出す事はないだろうが、関係が冷え込む可能性がある事は容易に想像ができる。オレにとっては両親と認識できても相手はそうでないと認識する可能性、それを考慮すべきだったのだ。

 もし、そんな状態の中に”元のユウキ”が戻ってきたら、その戻ってきた事を彼らが認めなかったら…。一回ネガティブに考え始めると、際限なく負のスパイラルに落ちていきそうだった。


 父親の問いにも答えることもできず、俯いてしまったところで今まで黙って聞いていた母親が口を開いた。


「お父さん!今そのことをこの子に聞くのは酷よ。この子だって好き好んでこんな状況になったわけじゃないんだから」


「あぁ、すまん。別に責めてる訳じゃなかったんだ」


「こういうところホント無神経なんだから…」


 ふと、以前複数の友人に"鈍感"呼ばわりされた事を思い出した。そんなところは父親に似たんだな、と少し気持ちが軽くなる。


「まぁ、なんだ。お前の言う向こうの世界でもお前の親は俺らだったんだろ?」


「…うん、もう少し老けてるけどね」


「だったら、お前も俺らにとっては息子?しっくりこねぇな…。まぁ、俺らの娘だ」


 オレが不安に思っていることを敏感に察したのだろうか。いつもは超がつくほど鈍感なのに、妙なところで鋭い。


 母親の方を見ると、少し微笑んで頷く。両親の気遣いに、また目頭が熱くなる。目も赤くなっているかもしれない。


「ありがとう、そう言ってくれてちょっと安心した」


 そう返すので精一杯だった。


 それでも、二人にとって14年間一緒だった実の娘の人格がどこに行ってしまったのか心配なのは本音なのだろう。やはり、どこか切なそうな表情をしているのが印象的だった。






 長い一日が終わる。

 起きてからの衝撃から始まって通院、家族会議。周囲も含めて大きな出来事はこんなところだろう。しかし、オレ自身の問題としてはこれだけに止まらない。


 大きく括ってしまえば性差と年齢差による差異。こればかりは誰も理解できないだろう。オレの場合は若くなっているから年齢から来るデメリットや影響はほぼ無いが、性差はバカにならない。既に体験済みのもので言うとトイレは最たるものだろう。

 更に今後来るであろう女性特有の月のもの。これは男のオレとしてはまったくもって想像すらできないし、出来るのであれば一生きて欲しくない。とはいえ、現実問題として間違いなく来るソレの準備をしないという愚を犯す事などできるはずもない。成人した男としてのアイデンティティを持ちながら母親にその準備とレクチャーをお願いしなければいけない。どんな羞恥プレイだと思わずにはいられない。

 

 対人で影響が出る事と言えば、交友関係と恋愛関係そして職業選択か。交友関係と職業選択であれば問題は小さくないが、そこまで切実な問題ではない。

 しかし、恋愛だけはどうにもならない問題を抱えている。

 オレは恋愛に関しては男としてノーマルだ。つまり男として女性が恋愛対象となるが、体の性別だけが変わってしまったが為に、女なのに恋愛対象が女性という世間一般的には受け入れられづらい恋愛をするか、精神的には男なのに対象が男性という周りには普通でもオレの中で受け入れづらい恋愛をするかの二択なのだ。

 恋愛に関して今はあまり考えたくない。場合によってはもう一生恋愛や結婚など出来ないかもしれない。

 そんな事を考えるとまた鬱な気分に陥る。


 そしてまた問題が一つ。お風呂だ。

 女の体ではあるが、14歳という年齢から未成熟で女としての性的魅力も感じない。一部の変態なら飛び付くかもしれないが、生憎オレはそういった趣味はない。そして何より、対象は自分なのだ。

 その筈なのだが、自分の体でありながらも女の体という倒錯的な状況に妙な興奮を覚えている自分がいる。

 オレも実は変態だったのかもしれない。そんな事を考えて気を逸らしながら体の隅々まで洗い上げていく。しかし、妙な興奮は収まる事はなく、むしろ昂ってくる。

 温まるのもそこそこに、お風呂から上がって髪だけは丁寧に乾かした後すぐに寝てしまおうとベッドに入るが、先ほどから続いている興奮が収まる気配はなく目が冴えて眠る事など出来ない。


(男だったら一発で終わるのに!)


 男としての器官を失った事による恨めしさを感じつつも、布団の中で悶々と時間が解決するのを待つが、一向にその時は訪れない。

 蛇の生殺しのような状況に、ついには限界が訪れる。抑え付けていた理性のたがが外れ、興味と欲望のおもむくままに手を動かし、歳のわりには大きめな膨らみと両親以外に触れさせた事がないであろう場所へと触れていった。






 天皇賞はピッタリ的中とはいかなかった。しかし1着と2着が入れ替わっただけで3着は同じだった。しかも着差はピッタリだ。上位3頭の人気薄2頭を当てた事でまだ半信半疑の様子だった父親は完全にオレのことを信じてくれたようだった。

 こっそり3連単と1着~3着を順不同で予想する3連複を500円づつ買っていたようで、3連単は外れたが、3連複で80万円近い配当を受け取ってホクホクの様子だった。TV観戦した後、父親に連れ出されて何かと思ったら換金に付き合わされのだ。そして、その帰り道での事だった。


 こういったギャンブルで牡丹餅的に勝ってしまうと依存症に陥る危険性があるので、嵌まってしまわないか心配だ。


「こんな事そうそうないんだから、やり過ぎに注意してよ?」


と注意だけはしておいた。自分の存在を証明した結果、ギャンブル依存症で家庭崩壊とか洒落にならない。


「そうだな、注意しないとな。あ、母さんには全部言うなよ?…そうだな、配当は半分くらいだった事にしとくか」


「ねぇ、注意する気あるの?」


 少し疑わしいが、すでに結婚して子どももいた友人や同僚を見てたため、子持ちサラリーマンの懐事情が涙ぐましい状態である事が多いのは知っている。極端な例だとは思っているが昼食代込みで月1万円のお小遣い制と聞いた時は激しく同情したものだ。

 30代にして大企業で課長職まで上り詰めてるだけあって父親の稼ぎはそれなりに良い方で、それなりに節度を守っていた事もあり日々の付き合いまで母親は制限していないようだった。しか良い顔はしない為、肩身の狭い思いはしていたのだろう。


「まぁ、ギャンブルで痛い目見て人生棒に振ってるなんて話は聞いた事あるし、お前たちを路頭に迷わせる訳にもいかんだろ?だから心配すんな」


 その言葉を聞いて、昨夜の娘を想う親の顔をした父親の表情を思い出した。


「そういえば、昨日のこの体のユウキがどこ行ったのかって話」


「うん?…あぁ、あの話か。あれは悪かったな。もう気にしないでいいんだぞ」


 気にはなってるのに、オレには気を使っている事が丸わかりであちらの世界の父親同様隠し事ができない人なんだなと少し可笑しくなる。


「うん。多分ね、この体の本来の持ち主のユウキはオレの中で眠ってるか、入れ替わってあっちの世界に行ってると思う」


 今回、天皇賞の結果がほぼ当たった事で、自分自身の記憶が妄想では説明できない本物の記憶である可能性が高くなった。ここまで精度の高い予想をピンポイントで当てる等、普通に考えれば有り得ない事である事は競馬を一応の趣味としていた身としては十分に認識している。

 実は元のユウキが隠れ競馬ファンだったという事も考えられなくはないが、そうだとしたら今回のような高配当馬券は当てる事ですら奇跡的にもかかわらず着差までピッタリとなれば、宝くじで1等が当たるのとどっちがレアケースかと判断に迷うようなレベルだ。オレの常識からすると考えづらい。

 そこでオレはある仮説を立てた。それは俗にパラレルワールドと言われる似て非なる世界間を移動してきたのではないかという事だ。オレがこっちに来た事で意識を眠らされているか、もしくは入れ替わりになったのはないかと考えたのだ。現実離れしてて、こんな状況にならなければとてもではないが信じられないがオレの記憶自体も妄想にしては確実過ぎて現実味がない。

 なので、自分のいい方に考えることにしたのだ。


「そうか。お前がいた世界に行ったなら向こうの俺がなんとかしてるだろうし、寝てんならまた会えるって事だろ?どこかに居てくれてるならとりあえず俺はそれでいい」


 良いと思っているわけがない。感情を隠すのが下手な父親の表情に寂しさが張り付いてるいるのが何よりの証拠だ。


「ちゃんと帰ってきたらすぐに体返すから安心して?」


 そう言うと、父親は複雑な表情を浮かべた後急に怒り出した。


「変に気を回すんじゃねえよガキが!!」


 怒るとは思っていなかったオレは戸惑ってしまう。


「お前も俺の娘だって言っただろ?あんまり寂しい事言うな」


「でも…」


「あー!!うるせえ!もうこの話は終わりだ!」


 強引に話を切られた。本当に寂しく思ってくれてるのかはわからないが、少なくともオレを萎縮させないよう気の使っていてくれるのはわかるし、オレの事を自分の子だと言ってくれた事も嬉しい。なので好意を素直に受け取っておく事にする。


 その後しばらく二人して黙って歩いていたが唐突に父親が切り出した。


「今日の勝ち分は泡銭(あぶくぜに)だし、美味いもんでも食って、家の古い家電買い直してぱーっと使っちまおう」


「それじゃ、今日は焼肉か回ってない寿司がいいな!」


「おい!お前、少しは遠慮しろ!さっきのしおらしい態度はどこいったんだよ…ったく、こういうところは一緒だな…」


 父親の好意に応えるにはいつも通り接するのが一番だと思った。そしてその結果返ってきた父親の反応はうまくいった結果なのか、どうなのか。




 その後は他愛もない話をしながら家路についたのだった。

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