第4話 目覚めたらそこは
実質本編はここからのスタートです。
その日は夢を見た。
今日の場面は中学時代の教室の中だろうか。上着のブレザーの下にポツポツとセーターを着込む生徒がいる事から季節は秋頃、実際の今の季節と同じ10月末から11月頭くらいだろうか。
そして、懐かしい当時の同級生の面々と混じって彩と談笑する最近オレの夢に頻出する少女。少し顔立ちは幼さを残しているが、あの少女で間違いない。
また、この夢だ。なぜ、オレの記憶の風景にこの見知らぬ少女が出てくるのかわからないが、どうにも他人には思えない。
『彩ー、帰ろー』
『あたし、あんたと違って部活あるっていつも言ってるじゃない』
『そっか、それじゃ仕方ない、一人で帰ろうカナ』
そういえば中学時代、彩は吹奏楽部だったなと思い出す。オレは高校時代こそ翔太と一緒にテニス部だったけど、中学時代は帰宅部だった。
『あんたも何か部活やればいいのに』
『うーん、面倒なんだよねー』
『何でもできるクセになんでもめんどくさがって勿体無いわね』
『ワタシ、下手に目立ちたくないし?』
『目立つ事前提で話してる事にイラっときたのあたしだけかな』
そう言って、彩は笑いながら拳を顔の位置まで持ってくる。
『わー、彩が怒ったー。ニゲロー、じゃーねー』
とまったく怖がった素振りも見せずに教室から走って出て行く少女。教室から出たところで翔太とばったり会い彩と同じように声をかける。
『翔太ー、帰ろー』
『ユ、ユウキ!俺すぐ帰ってスクール行かなきゃだから、悪いな!」
と、少し焦って走り去っていく。
この頃、翔太は部活は入らずに有料のテニススクールに入って週5くらいで練習してたが、あんなに慌てて帰る事など無かった。あの態度はオレから見ると不自然極まりなかったが、所詮夢に何を勘繰っているのかと少し可笑しくなった。
しかし、翔太に振られた少女の顔はそれだけではない悲しさと寂しさで溢れていて、とても印象に残る表情をしていた。
と、そこで現実世界から電子音が聞こえてくる。この夢は3日連続だがわりと好きだった。それが終わりとなると少し残念な気もしたが、タイムオーバーでは仕方ない。
しかし、アラームに違和感を覚える。いつも使ってるパターンではない。ぼやける頭で寝る前に変えたんだろうと結論付ける。
薄目を開けて、音の元となるスマートフォンを探すが、いつも置いている場所にはスマートフォンは無く、その昔使っていた折り畳みの旧式の携帯電話、俗称ガラケーが置いてあった。そのガラケーを手にとって見るが、電子音は発していない。どこから発生している音なのかを確認しようと部屋を見渡して愕然とする。
音の発生源はすぐに判明した。ベッドから降りて少し離れた場所にある棚、そこに置いてある目覚まし時計だった。けたたましい音を発生させ続ける目覚ましのアラームを止め、頭を働かせてみる。
よくよく見回してみると、その部屋は中学三年の時まで住んでいたマンションの自室に非常によく似ていた。いや、細かい差異はあるがほぼ同じと言ってよかった。
意識が徐々に覚醒してくるとこの状態がいかに異常なものなのか少しづつ頭で理解し始める。
まず昨日寝たのは実家の元自室であって、この部屋ではない事。次にいつもベッド頭のマチの部分に置いたスマートフォンがガラケーに変わっている事。
(オレ、誘拐された?)
そんな突拍子もない事を考えるが、こんな状況では否定できないのが恐ろしい所だ。だが同時に身代金も期待できない、利用しようにもそんな特技も無いオレを誘拐して利益になりそうな事も思いつかない。
色々な可能性を考えてみるが、どれもしっくり来ない事にパニックを起こしそうになるが、こんな時こそ落ち着こうと深呼吸をする。その際に手を胸に当てたのは無意識からだったが、手からは強烈な違和感と、本来その部分には有り得ない何かが存在する感触を伝えてくる。
慌てて手の触れた部分を見てみると心なしか胸元がふっくらして見える。服に空気が入っているのかと思い、下に引っ張ってみるが胸部に圧迫感が伝わるだけで膨らみは消えない。何か入っているのかと襟元を引っ張って中を覗いて愕然とする。
そこには本来男には決してあるはずのない器官がついていた。ふっくらと小さな水風船を半分に切ってつけたように膨らんだ脂肪に、その中心部分にある普通の肌より少し色素が濃い円形の部分は以前のそれより二回り、三回りほど大きく、その中心には子供の指先ほどの突起物が付いていて、明らかに男が太った場合のそれとも違う。そもそも細身のオレは胸が垂れるほど脂肪がある筈がない。知識を総動員してどう考えても、それは女性の母性の象徴としか思えない。
胸部にある女性のシンボル、それを認識した事による嫌な想像、そして、ベッドから起き上がった時から感じてはいたが気のせいだと思っていた下半身の違和感。その三つが同じベクトルを向いた時、否定したい一つの仮定に辿り着く。
それを確かめるべく、気のせいである事を祈りつつも震える手で穿いていたズボンと下着を引っ張って恐る恐る中を覗きこむ。そこには当たって欲しくなかった予想通り、男性としての象徴は存在しなかった。更に上から覗き込んだだけでは、本当に確認したい事がわからない為、手で触れてみる。
過去に女性と交際した事は何度かあったし、当然そうなると大人の関係になる事もあった。そして、そのときの知識が手で触れた部分が女性のそれであると伝えてくる。
予想はしていた為もうほとんど驚く事はなかったが、一つの結論をはじき出した。
(オレの体、女になってる…なんで!?)
少しの間、非常識な出来事に呆けてしまったが、自分の体が女性である事以外何も確認できていない事に気付いて、再度身の回りの確認を始める。
最初に手にとったのは携帯電話だった。スマートフォンにする前に使っていた機種と色こそ違うが同じ機種のようだった。二つ折りのそれを開き、液晶画面を確認する。まず見たのは、電波が通っているかという事だったが、画面右上にある電波の強度を示した、傘の右側に電波が飛んでくるイメージをした3本の長さの違った縦の棒のようなものが表示されており、通話が可能である事を主張している。
改めて、部屋を見回してみると確かに中学時代の部屋に酷似しているが細部がオレの記憶と違う。小物を置いていた棚にはアクセサリのようなものやコロン、それからあまり使われた形跡はないが女物の化粧道具が置かれていたり、机の上には置き鏡があったり、衣類を収納する引き出しの上に大きなぬいぐるみが鎮座していたり、とまったく記憶にないものがちらほら確認できる。
ここまで、確認したところで誘拐説は消えた。
誘拐したのであれば、こんな手の込んだ部屋には置いておかないだろうし、そもそも携帯電話等使える場所に置いておくなど論外だ。
それでは何なのかと考えながら、再び携帯の液晶に目を落とした瞬間、有り得ないモノを見つけた。
”2005年10月28日(金)”
オレの記憶が確かなら、今日は2016年10月28日の筈だ。それが2005年となると11年も前になる。確かに今いる部屋も手に持った携帯も11年前だとすると記憶とある程度一致する。そんな馬鹿げた話があるわけがない、と即否定したくなるが女になってしまった体の事も考えるとなんでも有り得るような気がしてくる。
これはすべて夢で目が覚めたらまたいつもの生活が戻ってくるのではないか、そんな現実逃避的な事も考えてしまうが、物に触れる感覚、感じる空気等の現実感がこれは間違いなく現実であるという事を突きつけてくる。そして現状確認を続けようとしたところで、部屋の扉がノックされ、盛大に驚く。
(やばい!どうしよう…)
見られてはいけないものを見られそうになる感覚にまごまごしている間に、再度ノックする音と共に今度は外から声がかかる。
「ユウキ!そろそろ起きないと遅刻するよ!ユウキ!!」
(うわぁ、どうすればいいのコレ!?)
そして少し間が空いた後、断りなく扉が開かれる。
(終わった…。もうどうにでもなれ…。)
「なんだ、起きてるじゃない。起きてるなら返事くらいしなさいよ」
部屋に入ってきたのは、母親の洋子だった。
「あ、うん?」
「寝惚けてるの?さっさと準備してご飯食べちゃってよ」
大騒ぎすると思った母親は、今の状態がさも当たり前かのようにそう言い残して、扉を開いたまま部屋から出て行く。開いたままの扉の向こうから朝食のものだろうか、いい匂いが漂ってきて空腹感を感じる。
それと同時に僅かに感じる生理現象。長時間眠っていたため、起きた後は必ずと言っていいほど感じるもの。
しかし、男のそれと同じ感覚で言うと限界はまだ遠いが、ここまま我慢するのは何か危険と直感が告げていて、その直感に従いトイレに急ぐ。
そしてその直感は正しかった。男女の器官の違いと言うべきか、今までとは違うコントロールの仕方が不思議と体が覚えているというべきかわかってしまうが、本能が男の時は程遠かった限界が近い事を告げている。
トイレに入ってからは体が自然に動く。しかし、微妙に男の大きい方の時との体勢の違いに関心する事に始まり、尿道を通ってくる感覚が短かい事に奇妙な違和感を感じ、トイレットペーパーで局部を拭き取るという行為に背徳感を覚える。
すべて終わったところで改めて今の自分の体は女のそれである事を痛感させられ、今後の事も考えると絶望的な気分になる。
(なんで、女になってんの!?)
(男に戻れるのかな…)
(そもそも息子が女になってるのに、なんで母さんは平然としてるんだ!?)
(もし、お前なんて知らないなんて言われたらこの後どうすればいいんだろ…)
少し現状が見えてきたところで、様々な不安や疑問が次々と湧き出てくる。そんな事を頭の中でグルグルと考えながら、手を洗った拍子に何気なく鏡に目を向けたのは本当に偶然だった。
鏡に映るのは、背中に届く程の長さの少し色の薄い黒髪はボサボサながら、ほっそりした輪郭に目はパッチリ二重に大きめの瞳、整った鼻筋、ふっくらした色艶の良い唇、始めて見たら視線を釘付けにされそうな程綺麗な少女だった。
だが、本当に驚くべき箇所はそこではなかった。
(この顔、夢に出てきたあの子!!?)
そう、鏡に映っていたのはここ数日毎日のように夢に出てきたあの見知らぬ少女だった。