番外編5 とある同級生から見た入学式
校庭に咲き誇る……というほどでもなくなった、少し緑の入り混じった桜の木を見つめながら、人生で三度目となる入学式に出席するべく、新たな学び舎となる校舎に向かって歩く。
入学式や卒業式というと、満開の桜のイメージがあるものの、実際に僕の住んでいる地域だと、卒業式の時にはまだ開ききっていない五分咲き、入学式の時は散り欠け、それが実態の気がする。
実際に今年も中学の卒業式の時はまだ蕾が多くて満開には程遠かったし、今も淡いピンク一色なんて事は無くて、葉の緑が混ざっている。
満開の見頃は春休みの間に終わっちゃってたんだよね。
昔は違ったのかな?
まぁ、タイミングかも?
そんな、どうでもいい事を考えながら歩いていくと、あっという間に校舎の前につく。校門入ってすぐの場所で事務員の人かな、受付してくれて、クラス分けの書かれたプリントと今日のスケジュールが書かれた栞のようなものと渡されていたので、それを頼りに教室に向かった。
公立とは言え、高校ともなると中学入学の時と違って、同じ出身中学の知り合いはぐっと少なくなる。
特に僕が今回入学できた東高は県内で名実共にナンバーワンの進学校だけに、近いという理由だけで地元民が集まる事はなく、県内遠近問わず、あらゆる中学から少しづつ入学者がいるわけだ。実際、僕の中学からの入学者も僕含めて五人しかいない。
五人いるのはまだ良い方で、場合によっては一人なんて子もいるみたいだ。転校生さながらの気分だろうなぁ。
指定された教室に入ると席は案の定出席番号順で、名字が朝倉な僕は指定席である廊下側の一番前だ。自席について、周囲をキョロキョロと見渡すと、見知った顔が近くの席にいる事に気付く。相手も僕に気付いたようで、こちらに向かってきた。
「よぉ、礼。同じクラスだな。知り合いがいるとホッとするよ」
「おはよう、裕翔。同感だね。知らない人ばっかりで気後れしちゃうよね」
「はは、だよな」
クラス内の雰囲気は、よく言えば静か、悪く言えば淀んでいる。お互いがほぼほぼ初対面同士で、誰もが緊張しているからこその空気なんだろう。
周囲を見渡すと、一部同じ出身校らしきもの同士で話している人達もいるにはいるが、ほとんどの人が緊張感を隠せず、一人で席に座って配付されたプリントを見たり、携帯を弄ったりしている。
そんな中で、割と仲の良い裕翔が同じクラスにいた僕はラッキーなんだろう。同じ中学出身でも特に親しいわけではない程度ならまだしも、仲が悪かったりなんかだと最悪だ。
少し来た時間が早かった事もあって、最初は疎らだった教室内も裕翔と喋っている内に少しづつ人が増え、席が埋まっていく。僕の隣の席はまだ空いているなぁ、なんて思っていたら少し大き目な女の子の声が耳に入ってきた。
声のした方を向くと、二人の女の子が連れ立って教室に入ってくるところだった。
「アタシたちのクラス、ここみたい」
「だね。…うげー、わたし一番前だよ…」
「ふふん、アタシ窓際の後ろから二番目。普段の行いの差かな」
姦しく話す二人は色んな意味で目立っていた。
一人は声が大きめで肩上の長さのショートカットにカチューシャで前髪を上げている様子は活発そうな印象を与えている。それに加えて少し吊り気味で切れ長の目元とほっそりしたフェイスラインから、少しキツめなイメージを持ってしまいそうな子だ。
対してもう一人の子は、少し色素の薄い腰に届こうかという長さのロングヘア、同じく色素の薄めの瞳はパッチリ二重で大きく、良い意味でふっくらした頬も魅力を引き立てている。気持ち垂れ気味の目はもう一人の子と対照的に優しそうな印象を受ける。
片方が大きめの声で喋っているのでクラス中の注目を浴びている事は否定できないが、それより何よりも
「ねぇ、裕翔、あの二人…」
「おぉ、どっちも可愛いな…」
見た目の良さが飛び抜けていた。優しそうな子の方は特にヤバいレベルで、ちょっとこのレベルの子は今までお目にかかった事がない。芸能人とか、こういう子がスカウトされてくのかもしれない、なんて思ってしまうほどだ。
とは言っても、クラス中の視線を一身に浴びて…なんて事はあるわけもなく、気になる人が多いのは事実だが、そういった人たちはチラチラと横目で見るに止めている。僕らもそうだ。
そりゃそうだ。知らない人をまじまじと見るなんて失礼にあたるし、できるわけがないよね。
そうこうしていると、件の二人は「また後でね」などとやり取りをすると、それぞれの席に散っていき、優しそうな子の方は僕の隣の席についた(!?)。
「羨ましいなぁ、おい。また後でな」
いつの間にか時間が差し迫ってきたのか、裕翔もニマニマしながら、自分の席へ戻っていった。
時間になると、少し小太りで人の良さそうなこのクラスの担任だと言う男の先生から軽くこの後の説明をされると、式が行われる体育館へゾロゾロと移動し入学式が始まった。
「であるから、諸君は将来を見据えて存分に本校を生かし……」
お約束通りクソ長い上に退屈な校長やらPTA会長やら教育委員やらの説示が続いていく。
同じような話を延々と、場合によってはループしながら続くこの状況は地獄でしかない。眠気と格闘しつつ欠伸をかみ殺して、落ちそうになってくる瞼を必死に持ち上げる事数十分。実際に寝てる奴、絶対いるだろうな…。というか、少し離れた所に座ってる、こんがり小麦色に日焼けしたガタイの良い奴はさっきから堂々と船を漕いでる。あれ、寝てるよね。アイツ、一番前なのに度胸あるなぁ。
式は恙なく進み、在校生代表として生徒会長の挨拶が終わると、最後の入学生代表挨拶へと移っていく。
「入学生挨拶、代表、峰岸彩!」
「はい!」
名前を呼ばれて登壇したのは、朝姦しく教室に入ってきた二人の片割れだった。
確か、入学式の代表挨拶は入試成績トップが務める事になってた筈だから、彼女はそういう事なんだろう。
彼女が挨拶する様は、朝のユルっとした雰囲気からは想像もできないほどキリリと絞まって凛々しく、堂々たる優等生然とした挨拶だった。
入学式が終わると、また各々自クラスの教室に戻ってオリエンテーションの予定だ。
教室へ戻る道すがら、後ろから例の二人の話し声が聞こえてくる。
「彩、挨拶良かったよ。わたしには絶対ムリだけどね、あれは」
「はぁ、アタシだってできればやりたくなかったわよ、あんなの。入試だから手を抜くわけにもいかなかったし、もうコリゴリ。卒業式の答辞はあんたに譲るわ」
「いやいやいや、絶対ムリだから!」
入学式が終わったばかりで卒業式とはまた気が早い。卒業生の答辞も確か、三年時の総合トップが務めるんだっけか。こんな話出るって事は、この二人は学年トップクラスという事になるのかな。
「それは置いといて、翔太の奴、式中ずっと寝てたでしょ」
「あぁ~、アイツ一番前だから目立つのよね。アタシが挨拶の時も首がグルグル回ってて笑いを堪えるの大変だったんだから…」
「しかも、最後の起立の号令かかった時、隣の人に慌てて起こされて、ちょっと立つの遅れてたでしょ。ホントにバカだよねアイツ」
翔太って、あの勇者くんか。女子二人にこれだけこき下ろされるってどんな奴なんだろ。でも不思議と見下したりとか本当の意味で馬鹿にしてるって感じじゃなくて、弄りつつも親しみを感じるというか、あの勇者くんは単純に弄られキャラなのかもしれない。…まぁ、本当に弄られても仕方ない事を仕出かしていたわけだけれども。
人が良さそうな中年の担任は飯塚先生と言うらしい。三十八歳、既婚、子どもは娘と息子が一人づつ。今年から中学生になった娘が冷たいなど、割とどうでもいい情報まで提供してくれた。せめて心の中で応援だけはしてあげよう。
ちなみに、僕たちのクラスはA組で学年トップがいるから成績順なのかと思いきや、そういった事は無いらしい。公立校だし、そんなもんか。実は僕も学年上位なのかと期待したけど、そういうわけじゃなかった、残念。
「それでは最後に、私も皆さんも誰が誰かわかりませんから、皆さん全員に自己紹介をして頂きましょう。そうですねぇ…出席番号順でいきますか。名前と得意な教科と趣味、それから最後に一言添えてください」
諸々の連絡事項と、今後のスケジュールの説明を一通りされた後、飯塚先生がそんな事を言い出した。
確かにこれだけ色んな中学から寄せ集めてくれば、知らない人ばっかりだから最初に自己紹介挟むのはあり得るのかな。個人的には学校で自己紹介させられるのは初めてだ。
そして出席番号の悲劇。こういう時、大抵僕が最初なんだよねぇ…。
「それじゃいきましょうか。最初は……朝倉君、お願いします」
先生は名簿を見ながら、僕を指名してきた。最初ってその後の流れを作るから結構重要なんだよね…。でも、逆に奇抜な事やって他の人のハードル上げるのも考え物。ここは無難に普通に行くことにしよう。
「はい。朝倉礼です。得意教科は数学です。趣味はスポーツ観戦する事です。特に海外サッカーが好きです。やるのはてんでダメなのでプレイする方は期待しないでください。皆さんと一年間上手くやっていきたいと思っていますので、宜しくお願いします!」
最後に軽く頭をみんなに向けて下げて締めると拍手が起こった。その後飯塚先生と何個かやり取りがあって僕の番が終わり、次の人へと回っていく。考える時間が短かった割には意外とまともな自己紹介ができたかな?
順調に各人の自己紹介が進み、僕の隣まで来た。
「桜井ゆうきです。教科に得手不得手はありませんが、好きな教科は歴史です。趣味は幼馴染を弄る事です」
「趣味わっる!」
「あの窓際でツッコミ入れてきた幼馴染は弄ってもつまらないので、隣のクラスの幼馴染を弄る方が好きです」
「ちょっと!」
最初の優しそう、というイメージを綺麗にぶち壊して、二人で漫才のようなやり取りを始めると、クラス中がドッと笑いに沸く。先生まで笑っている始末。どうやらさっきの勇者くんも幼馴染で、彼を弄るのが好きなのはホントっぽいのが、よくわかる。勇者くんと桜井さんと峰岸さん、三人は仲の良い幼馴染なんだろうなと思うと少し羨ましい。僕にも幼馴染の女の子が何人かいるにはいるが、小学校高学年辺りから疎遠になってしまって、ついには高校も違うから、今では会っても挨拶だけで世間話すらしない仲になってしまった。改めて考えると少し寂しい。
「高校ではテニスを始めたいと思ってますので、もし部活が一緒になったら、一緒に頑張りましょう!…というか初心者なので誰か手取り足取り教えて下さい」
桜井さんは最後に少しおどけて締めた。
なんていうか、イメージって当てにならないな。最初は勝手に清楚で優しそうなイメージを持ってたけど、この自己紹介聞く限りはどこにでもいそうな陽気で少し変わった所のある女の子にしか見えない。ガワに騙されたよ。…まぁ、得てしてこういうタイプは高嶺の花みたいなタイプよりはるかにモテるんだよな。最後の一言も人によっては媚びてるように取られそうなもんだけど、周りを和ます意図が見え見え過ぎるせいでまったく本気に聞こえないから、そんな穿った見方をするのもバカらしくなる。ある意味、彼女はこれから大変だな。
自己紹介はその後も順調に進み、本日一番目立っている子に回ってきた。
「峰岸彩です。ゆうきと同じで教科に目立った得手不得手はありませんが、強いて挙げるなら国語が得意です。趣味は読書と音楽鑑賞と幼馴染ウォッチングです。ちなみにゆうきの保護者でもあるので、ゆうきに手を出す場合はアタシを通すように!」
どこまでが本気で、どこからが冗談なのか微妙は判断がつき辛いけど、さすがに最後のは冗談だろう。…冗談だよね?
一部の目立ちたがりと例の女子二人だけがメチャクチャ目立ってたけど、自己紹介も一通り済むと、最後に明日の連絡を一通りされて、この日はお開きとなった。
まだまだ入学して初日で、僕自身浮足立っていた事にも後押しとなって、隣の桜井さんに話しかけてみた。
「ねぇねぇ、桜井さん、一つ聞いてもいい?」
「んっと…朝倉君だっけ、何かな?」
帰る準備をしながらも僕の問いかけに嫌な顔も見せず、軽く笑顔で答えてくれた。いや、この子ホントに可愛いわ…。でも想いが成就する可能性と、想いが叶わなかった時の苦しさを思えば絶対に惚れちゃダメな相手だって事くらいは僕にもわかる。
「さっき自己紹介で行ってた隣のクラスの幼馴染ってさ、入学式最前列でスヤァしてた日焼けした勇者くんの事?」
僕の問いかけに一瞬ポカンとしてた桜井さんだったが、少し間があって突然大笑いし始めた。
「あはははは、スヤァしてた勇者くんって、あははは、その言い方最高!」
何かツボにハマったのか、ひとしきり笑うと目尻を拭って落ち着いてから、ようやく僕の疑問に答えてくれた。
「いやぁ、笑ったわ~。そうだよ、その勇者くんがわたしの幼馴染。あんな目立つところで居眠りするなんて恥ずかしいったらないよね。あれ絶対先生方に目を付けられたよ」
口では恥ずかしいと言いつつも、実際に恥ずかしそうな素振りなんて全く見せない。これも桜井さんの趣味である幼馴染弄りなのか…。
「なんか幼馴染と高校になってもいい関係保ててるなんて、羨ましいな」
素直な僕の気持ちだった。
「あ、うん…そうだね。良い関係は続けられているのかな」
それに対して、桜井さんの反応は少し鈍かった。でも、言葉に重みがある気がする。
「ごめん、僕なんかまずい事言ったかな?」
「ううん、違うんだ。改めて言われると、照れくさいかな」
桜井さんは確かに少し照れたような表情を見せているけど、なんとなくそれだけじゃないような、気のせいのような、僕自身もはっきりしない。でも初対面の相手にそこまで踏み込んで「それだけじゃないよね、何かあるよね?」なんて聞けるわけもない。
「ゆうき、帰るわよ…って、あら?朝倉君?と話してたの?」
「あぁ、うん。……あぁ、そうそう!朝倉君がね、翔太の事、スヤァしてた勇者くんだって!」
「あっはははは!なにそれ!ピッタリじゃない!」
「でしょ!後でこれネタにしてからかってやろうかと」
なんだか、峰岸さんが入って来ると二人は大盛り上がりで、幼馴染トリオに燃料投下してしまったみたいでもの凄く勇者くんに申し訳ない気持ちになってしまい、さっきまでのモヤモヤなんて吹き飛んでしまった。
「あー、なんか爆弾投げ込んだみたいで申し訳ない気持ちになるから、程々でオネガイシマス…」
「いいのいいの、寝てたアイツが悪いんだから。それじゃ朝倉君、また明日」
「そうそう、いいネタありがとう、朝倉君。また明日ね」
「うん、二人ともまた明日」
そう挨拶を交わして二人を見送る僕の背後に、裕翔が突然現れた。
「礼~、おまえ上手くやったなぁ、このやろう」
下心がまったくなかったわけじゃないけど、裕翔のこの言われ方はなんか嫌だ。
「それが主目的じゃないから」
「でもゼロじゃないんだろ?」
否定しきれないから言い返せない。そして、裕翔のニヤニヤ顔がなんかムカつく。
「それにしてもあの三人、早くも有名人だな~。最前列居眠り野郎に首席入学の才女、極めつけは芸能人も真っ青の清楚系美少女だもんなぁ」
「だぁねぇ…」
裕翔と二人して呆けてしまう。
「…俺らも帰るか」
「…うん、帰ろう」
どちらからともなく、帰り支度をはじめて、この日は帰宅したのだった。
この日が、楽しくも充実していた高校生活幕開けだった。
後日、勇者くんが実はジュニアテニス界ではかなり名の知れた凄い奴だったと聞いて驚いたり、幼馴染トリオとは別にもう一人幼馴染の女の子がいて、実は幼馴染カルテッドで勇者くん改め三股外道ハーレム野郎とか嫉妬に塗れた悪意たっぷりに呼ばれたりとかもあったのだが、それはまた別の話。
私の別作品「僕と彼女と英雄の裏物語」の主人公、朝倉礼の元の世界、その高校の入学式という視点でゆうき達3人を描いてみました。
元々、主役級たち以外の視点から主役たちを描いてみたいとは前々から思っていましたが、ただのモブではなんかなぁ、という事で彼に登場してもらいました。
…結局、役割はただのモブなんですが(笑)
別作品を読んで頂けた方にはニヤリとでき、そうでない方にもただのモブ視点で見て頂けるように書いてみたのですが、如何でしたでしょうか?
今回は学校のイベントを使ってしまっていますが、また今後も何気ない日常を描いた番外編を更新できればなと思っています。…筆が進めばですが…。
ちなみに、時系列がバラバラなので、少し経ったら順番は入れ替える予定です。
また機会があればお付き合い頂けると幸いです。




