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隣ノ世界ノワタシ  作者: ヴィンディア


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番外編1 とある夏の日

 無事に高校受験も終わり、高校生活始めての夏休みを迎えていた。

 夏休みと言っても、基本的に月曜日から金曜日の平日は部活が入っている。

 元の世界の時と同様に部活でテニスをやろうと思ったのが運の尽きだった。そこそこ強いという事前情報は持っていたものの、蓋を開けてみたらなんと全国クラスだったのだ。

 県トップの公立進学校で全国クラスの部活ってなんなの…。

 さらに落とし穴だったのが、翔太と一緒に部活できれば良いなぁと思っていたが、大事な事を一つ忘れていた。そう、元の世界と違って、わたし女だった。当然の事ながら同じ競技であろうとも、男女の活動は別々である事が多い。残念ながら東高のテニス部も別だった。合同での練習もあることはあるが、基本は別だ。

 色々と残念の事な点はありつつも、やはりテニスそのものは好きだ。十年近く前を思い出しながら、それなりに楽しめている。

 翔太は入学早々から期待の新人として注目されていて、春の大会が始まるとメキメキと頭角を現して、一年生ながら早くも三年生を差し置いて団体戦に出場していたりする。

 わたしは…まだボール拾い要員だ。でも、部活が休みの時には翔太が練習付き合ってくれるから、実は一年生女子の中では一番上手い…と思っているが独りよがりの可能性は否定しない。


 そんなハードな部活動をしながらも、夏休みの宿題を容赦してくれる筈もない。進学校というだけあって、数日集中してやれば終わるという程度の量ではない。一日数時間、毎日やってなんとか終わらせられるというハードさだ。

 華の高校生の夏休みだが


「海?プール?テーマパーク?何それ、おいしいの?」


 そんな生活だ。しかも、六月の定期試験での落伍者は特別補習のオマケ付きだ。わたしと彩は余裕だったが、翔太は危うく引っ掛かるところだったらしい。高校合格後は本当に翔太は勉強しなくなったから、ある程度想定内だったけど、ギリギリの所で回避する辺りさすがに要領が良かった。


 そして、高校に入学と同時に変わった物と言えば、家だ。

 元の世界と同様に、わたしが高校に入学と同時に父親の海外赴任が決まった。まだ小学生の弟は付いていったが、当然わたしは付いていかなかった。そうなると必然的に、これまた元の世界同様伯父母の家に預かってもらう事になった。

 今日はその家の中のわたしに割り当てられた部屋で机に向かっている。部活のある日は疲れてなかなか進められないので、日曜日である今日は、ある程度宿題を進めておかないと、休み終盤になって泣きを見る羽目になるからだ。


 朝はまだ少し涼しい空気が入ってきていたが、朝と言える時間を少し過ぎた時間帯にかかると、冷房の入っていない部屋の中もじっとりと汗ばむような温度になってきていた。上はキャミソール一枚に、下はジャージの短パンという男の幻想を崩すラフだが涼しい格好をしていても、少し不快になりつつあった。


「ゆうき!」


 呼ばれた声に振り返ると、開けっ放しの部屋のドアの前に彩が立っていた。


「彩、おはよう。あれ、こんにちはかな?」


「どっちでもいいわよ」


 彩は笑いながら部屋に入ってきた。今日は特に約束もしてないし、いつものだろう。


「今日はどうしたの?」


「どこかの誰かさんが全然構ってくれないから、こっちから会いに来たんだけど?」


 「誰かさん」とは部活と宿題に追われて時間を取れないわたしの事である事は言うまでもない。色々とお誘いは受けるんだけど、如何せん余裕がない。我ながら人付き合い悪いなぁとは思うが、実際に時間がないのだからどうしようもない。

 そんなわたしの状態は見かねた彩が、こうして一緒に宿題を消化しようと部屋を訪ねてくるのは珍しくない。彩も吹奏楽部に入って精力的に活動しているので、わたし同様に時間はあまり取れていないと思う。

 たまに沙希が付いてきたりすると、もうただのお喋り会と化す。客観的に見れば邪魔しているとしか思えないような二人の行動ではあるが、ずっと根つめていても参ってしまう。良い息抜きの時間を提供してくれていると考えれば、二人には感謝の気持ちも出てくる。


「だよね」


 こんなやり取りをして笑いあうのも、夏休みに入って彩が来た時のお約束となっている。


「それにしてもエアコンも点けないで暑くないの?」


 特に暑さに弱い彩は既に溶けそうになっている。さすがにこのままでは可哀相だったので、リモコンを手にとってエアコンのスイッチを入れる。


「うん、そろそろ暑くなってきたから入れようと思っていたとこ。彩はホント暑いの弱いよね」


「こんなに暑いところで平気な顔しているあんたが信じられないよあたしは…」


 最初こそ死にそうな顔をしていた彩だったが、冷房が効いてくると少しづつシャキッとして来る。

 彩と二人だけであれば、適度に雑談と言う休憩を挟みながらも地味に宿題は進んでいく。



 お昼を挟み彩が戻ってきて少し経つと新しい訪問者が現れる。


「あ~、やっぱり彩ちゃん来てた~」


 沙希襲来。

 もうこうなると宿題消化はアウトだ。残りの時間は宿題をやるふりをした雑談タイムになる。午前中で平日分に少しの貯金が作れていた事もあって、今日のところは最悪ここで進捗がとまってしまっても問題はない。

 予想通り、沙希の乱入により三人ともまったく宿題は進んでいない。進むのは時間と雑談ばかりだ。


「ゆきちゃん、部活漬けだけど楽しいの?」


「きついけど、まぁ楽しいよ」


「そっか~、私はゆきちゃんと遊びに行きたいのにぃ~」


「沙希、あんまり無理言わないの。そう言えば、ゆうきって炎天下で部活してるわりに焼けないわよね?」


 沙希は中学のときと同じく帰宅部のままだった。宿題に関しては全員平等にあるが、部活という負担がないだけわたしや彩ほど時間に追われてはいない。

 微妙な我侭を言い始めた沙希は置いておくとして、やっぱり彩は結構細かいところを見ている。

 一昔前はガングロとか言って不健康な焼け方するのが流行した時期もあったらしいけど、元の世界にいた時もやっぱり女の子は色白でいるのがわたしの理想だった。


「うん、日焼けしたくないから日焼け止めはしっかり塗ってるよ」


「高校生なんだから、気にしすぎじゃないの?」


「二年とか三年の先輩の一部が引くくらい黒くなっているのみると…ね?」


 言葉には出さないが、女の子は色白でいて欲しいという、わたしの男の部分としての好みや願望も込みだ。


「あの人達は元々が地黒だと思うよ~。ゆきちゃんは色白だからあんまり焼けないでしょ」


「そんな事ないよ。やっぱり毎日外で練習してればそれなりに焼けるよ」


 元の世界の高校時代は日焼けなど気にしなかったせいか、色白のわたしでもしっかり日焼けしていた記憶がある。確かに他の部員に比べると焼け方がマシだったような気もするが、何もケアしなければ少しづつ黒くなるのは避けられなかっただろう。


「ふ~ん、運動部は運動部なりの悩みがあるのね。一年生エース様は色白で綺麗、と」


 彩は少し嫌らしい顔でニヤニヤしている。わたしをからかう時の顔だ。「一年生エース様」なんて言葉を使っている時点ですぐにわかる。


「ねぇねぇ、ゆきちゃんって結構テニスすごいの?」


「初心者だよ」


「その初心者が上級生バンバン負かしちゃって、一部の男子が大騒ぎしてるわ」


 実際にこの世界では「初心者」なのだが、元の世界での知識があるから厳密に言うと「初心者」ではない。当然身体が違うから同じようには動けないけど、その辺はすこし修正してあげればいいだけだ。

 男として高校三年間の経験はやっぱり大きいし、この身体は元の世界のものより高スペックだったみたいで、わたしの想像以上の力が出せている。しかし、その原動力になっているのは翔太だ。ジュニアの世界でバリバリやっている彼の経験と指導が他にはない強みなのは間違いない。

 一部の男子が大騒ぎしているというのも、少し誇張してはいるが残念ながら事実だったりする。

 「ゆうき」の外見は、男として客観的に見ると自分でも「かわいい」と思った。さすがに少しづつ自分の顔と認知するに従ってその思いは弱くなっているが、周囲の評価と、この身体になってしまった当時の自分の評価を総合すると、事実なんだろうと思う。

 こんな事口に出したら激しい反感買いそうだから絶対に言わないし、自分で考えていて恥ずかしくなってくるからできる限り考えないようにはしている。

 そんなわたしの事は、良くも悪くも噂される事が多いらしく、意図せず耳に入ってきてしまう事もある。良い話ならいいけど、「顔で男にへつらっている」とか「体を売ってる」とか根も葉もないような噂を立てられた時には、さすがにげんなりしてしまった。


「ゆきちゃんモテモテだ~、いいな~」


 彩の若干悪意のある言葉にも素直に反応する沙希。天然というか素直というか、少し心配になるくらいだが、そこが沙希の良い所でもある。妹系キャラで実のところ男子受けはかなりいいのだが、本人は気付いていない。


「あんたがそれ言うの?」


「え?」


 彩と沙希で噛み合っていないのが端から見てると面白い。


「お前もだからな、彩」


 新しい声に、声のする方を向くと翔太が立っていた。彩と沙希もだが、翔太含めて三人は頻繁に来ることもあって、顔パスで通されているらしい。そんな事もあって、突然部屋に入ってくるなんて事は珍しくない。


「ちょっと!あたしがいつモテてるっていうのよ!」


「えぇ!?」


「え~!?」


「は!?」


 自覚がないのがもう一人いた。彩は周りの人の気持ちの機微には敏感なわりに、自分に対する好意には恐ろしく鈍い。


「なによ!?」


「あー、まぁ彩だしね…」


「うん、彩ちゃんはね~…」


「彩のは今に始まった事じゃなかったな…」


 三人は同じような事を感じて溜息をついた。この手の話になると、必ずと言っていいほど彩と沙希の鈍感話になる。わたしもちょくちょく鈍感扱いされるけど、その二人よりはマシだと思っている。


「そ、そんな事より、翔太何しにきたのよ」


「俺の扱い酷くね…?」


 翔太のこういう軽い扱いはなにも最近始まった事ではない。小学校の頃から一緒にいる事の多かった彩と沙希と「ゆうき」の三人に翔太が絡もうとすると、大抵こんなあしらうような扱うを受けるのだ。邪険にしているわけではなく、四人の中でのいつもの冗談のようなものだ。


「田所君も一緒に宿題やる?」


「い、いや、ゆうきを練習に誘いに来たんだけど、今日はダメっぽいな」


「うん、今日は宿題やらないと。翔太は自分の進んでる?」


 翔太は気まずそうな顔をして、あからさまに目を泳がせ始めた。予想はしてたけど進捗は芳しくなさそうだ。


「はぁ…一応忠告しておくけど、あたし達でも地道に進めないと終わらない量だからね?」


 彩のその言葉に表情を絶望的な色に染めていく。それでなんとなく察してしまった。


「まさか、まったくやってないなんて事ないよね?」


 翔太は、それでも何も答えずに、暑さだけではない汗を浮かべ始めた。まさかのまさか、完全に白紙のようだ。今日は八月四日の土曜日で夏休みが始まってから既に二週間が経っている。まだ三分の一が終わったところではあるが、宿題の量からすると、一日辺り最低でもわたし達の五割増しの時間をかけなければ終わらない計算になる。


「わたし知らないからね…」


「ちょ、ちょ、ちょ、待って、待って!俺に死ねって事!?」


「賢い賢い翔太さんは、二週間何もしなくても間に合うって計算なんでしょ?」


「あんたのは自業自得よね」


「田所君、やっちゃったね」


 真顔のわたし、呆れ顔の彩、満面の笑顔の沙希。三者三様に翔太を崖に突き落とそうとする。しかし、そのまま素直に落ちていかないのが翔太の良い所だ。


「そんな事言わないで助けてくれよ!!ゆうきにはテニス教えてやってるよな!な!?」


 切羽詰った顔で迫ってくる様は非常に暑苦しい。そして見苦しい、鬱陶しい。


「わかった!わかったからちょっと離れて!」


 そう言うと、翔太はホッとした表情をして元いた位置に戻っていく。元から本気で見捨てるつもりなどなかったが、ここまで本気で焦るのは少し意外だった。


「助かったぁー。やっぱり持つべきは幼馴染だよな」


「答えは写させないよ?」


「え!?」


「とりあえず土日の午前中は九時にわたしの部屋集合。平日もわたしが区切るところまでを次の土曜日までに進めること!できなかった時点で今度こそ見捨てるから」


 安心した表情が再び絶望の表情へと戻ってきた。

 これでも、わからない所を教えてくれる人が傍にいてくれるだけで相当進むはずだから、かなりの救済になっている。


「今日は夕方までここで缶詰ね」


「マジか…」


「田所君、がんばれ~」


「お前らは!?」


「一応やるよ。多分お喋りして終わるけど」


「鬼いいいぃぃぃ!」




 夕方、少し日が短くなったこの時期、辺りが薄暗くなる頃、笑顔の女子二人とボロ雑巾のようになってぐったりしている男子一人が、わたしの居候する親戚の家から出て行った。


「折角だからご飯食べていけばよかったのに」


 声をかけてきたのは伯母だ。実子の、わたしからすると従兄妹二人は既に社会に出て働いている。妹の方の由紀はまだここに住んでいるが、今日は友人と遊びに出ているらしく、まだ帰ってきていない。平日も残業やら付き合いやらで帰ってくるのは九時を過ぎている事が多い。

 そうなってくると、夕食は伯父と伯母とわたしの三人で取る事が多い。そこにわたしの友人が入る事は新鮮で嬉しかったらしく、事あるごとに食べていくように話を持ってくる。何回かは食べていった事があるが、そう頻繁では彼らも気を使ってしまうだろう。


「ん~?それはそれであの子達も気を使って来づらくなっちゃうよ」


「それもそうね。そろそろご飯だから降りていらっしゃい」


 「はーい」と返事をして、一階に降りると丁度由紀が帰ってきたところで珍しく、四人での夕食となった。


「ねぇねぇ、ユキちゃん、今日は彼氏じゃないの?」


 わたしの言葉に、ぎょっとした表情を見せる。恐らくビンゴだ。さらに伯父の目付きが急に鋭くなる。

 元の世界の記憶だと、わたしの居候してた頃には既に結婚まで考えていた相手がいて、三年ほど交際を重ねて、めでたくゴールインしていた。


「ゆ、ゆうちゃん、何言ってるの。今日は友達だよ」


「ふ~ん?」


 慌てて取り繕っているが、こういう時の由紀の反応は隠している事がバレバレになる。カマをかけたわたしの方が逆に申し訳なくなるくらいに。伯父はともかく伯母はその辺敏感に察している節があるが、由紀は隠し通せていると思っているようだった。


「そういうゆうちゃんはどうなの?将来有望なエリート候補が選り取り見取りでしょ?」


 由紀は話を摩り替えることで追求から逃れる手に打って出てきた。よりによって「選り取り見取り」なんて、わたしを何だと思っているのか。


「そんなわけないでしょ。今はそれどころじゃないしね」


「むー、もったいないなぁ。私がゆうちゃんだったらとっかえひっかえするのに」


「ユキちゃん、さらっとビッチ発言やめて!?」


「あはは、叔父さん気が気じゃないね多分」


 その言葉はわたしが言ってやりたかったけど、地雷っぽかったのでぐっと言葉を飲み込んだ。

 でも多分、うちの父親はそんな心配はしていない。わたしが元男だったことを知ってる人だから、むしろ、ちゃんと嫁にいってくれるかって事の方を心配してそうだ。

 

 この日の夕食は、伯父が少しムスっとしていた事と由紀がいた事以外は、いつも通りの食事風景だった。それでも、一度は失ったこの幸せな光景を再び味わえる事に感謝する事は忘れない。

 そして、この世界に来る前に痛感した後悔だけはしないようにと自分を戒めるのだった。

最初の頃、大々的に名前の出てきた伯母さんが出てない、高校生活も描いていない、という事で纏めて書いてみました。

ちなみに宿題の量は、私の実体験だったりします。夏休みなのに毎日宿題をやっていたのも実体験です…。


楽しんで頂けたら幸いです。

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