エピローグ 夢の始まり
吐く息が白い。分厚いコートを着込んで首にはマフラー、そして厚手の手袋とモコモコの耳当て。朝の気温が氷点下を下回る2月中旬ともなるとこれくらい着込まないと外を出歩く事ができない。
3年前のこの時期は騒がしく歩いていた事を思い出し、改めてこの先はそれぞれの道に分かれていく事をひしひしと感じる。
見慣れた町並みを彩との待ち合わせ場所に向かって歩きながら、高校3年間の事を思い出していた。
その彩は、元の世界とそう変わらなかったかもしれない。結局中学時代に言っていた法学関連に進みたいと言っていた。頭の回転は早いし、口達者なので弁護士は天職なのではないかと思う。
つい先日、一足先に超有名国立大学の法学部の合格が発表されて既に入学を決めていた。4月から念願の東京での一人暮らしができるとあって珍しく浮かれていた。
知り合いの中で元の世界と最も差が大きかったのは翔太だろう。2年夏のインターハイで3位に食い込むと昨年夏のインターハイでは本命を退けて優勝してしまったのだ。元の世界では3回戦止まりでプレイヤーとしてのテニスは諦めていたが、こちらではいくところまでいってしまい、本人はプロとしてどこまでできるか挑戦する気満々のようだ。
進路は既にテニス推薦で私立大学への進学が決まっていて、学生寮に入るようだ。
高校生活で幼馴染以外の友人としては一番仲良くしてもらったのは沙希だった。小学校4年からの付き合いは彩と翔太に次いで長い。準幼馴染といったところで、高校の中では彩も含めて3人でいる事が一番多かった。
翔太は「女三人の中に男一人は入りづらい」とあまり絡んでくることはなかったが、何かイベントがあると一緒に楽しむ事も多かった。
そんな彼女は大学への進学はせず、保育士になりたいらしく専門学校への進学が決まっていた。なぜにエリート候補の道を蹴ってまでと、わたし含めて周りは驚いていたが本人がやりたいならそれが一番なのかもしれない。なにより、ふわふわした雰囲気で頼りなさげではあるが、その内実は芯がしっかりしている彼女には向いていそうだった。
余談になるが、年に一回10月29日には一日だけ元の世界に戻してくれると言う約束は守られていた。
最初の年に戻ったときは彩とは婚約していて、次の年の6月に式を挙げる事が決まっていた。さらにその次の年になると彩のお腹には新しい命が宿っていて、去年行った時は"唯"と名付けられた女の子が産まれていた。
自分の子どもだけどわたしの子どもじゃない。そんな複雑な気持ちはあったが、抱くと暖かい気持ちになれる、そんな瞬間だった。遺伝的にはまったく繋がりはないはずなのだが、その顔立ちはどこかゆうきに似ていて、やっぱりわたしとゆうきは根っこが同じ存在なのだなと再認識させられた。
仕事では相変わらず気の強いところを遺憾なく発揮しているような彩だが、母親としては夢の中で見たように穏やかな表情を見せるようになっていた。あの夢は夢ではなく本当にあり得る未来を切り取って体験させてくれたと言う方が正しいのだろう。いずれわたしも男性と結婚して子どもを産む日が来るのかもしれない。
わたしはと言うと、元の世界にいた時もそうだったが高校の3年間は楽しく充実していてあっという間に過ぎ去っていった。しかし、勉強、部活、交友関係等すべてにおいて元の世界にいたときに経験したものを上回る充実度だったように思う。
しかし、元の世界のときと違って恋人だけはできなかった。元の世界でも失恋したショックから代わりを求めるように交際を始めたという不毛な切欠ではあったが、始めてみればなかなか良いものでその交際は5年間も続いた。
今でも女性を恋愛の対象として見る事はできる。これは精神に引っ張られているのだろう。しかし徐々に男性も恋愛の対象としてもいいと思う気持ちが出てきた。こちらは逆に体に引っ張られているのだろう。
3年間で告白された事もない事はない。むしろ人と比べると多かったかもしれない。それでもまだピンと来る事がなく、誰とも交際することはなかった。そろそろ干物女とか喪女とか言われてしまいそうだ。
入れ替わった当初は絶対無理だと思っていたが、できそうな明かりが見えてきただけ大きな進歩だと思うことにしている。
高校時代の収穫で何より大きかったのは、将来やりたい事が見つけられた事だった。そもそも、入れ替わりの原因の一つを作ったのが元の世界では学生時代にやりたい事を見つけられなかった事だったのだ。その目的の一つが達成できた事で入れ替わりそのものを肯定する材料になるのだ。ゆうきの為の自己犠牲だなんて思いたくない。
中学3年時にぼんやりと描いていた医者と言う職業に対してのビジョンが、いろいろな出会いや出来事で目指せるものとして明確に描く事ができるようになった。それでも発端を作ってくれたのは翔太が事故にあった時に担当してくれた医師なのは間違いない。
その為にはこの先の受験をパスしないことには入り口にすら立てない。
私立大に入る、浪人するという選択肢は端から捨てていた。元々そこまで家計に困窮している家庭ではなかったが、浪人するのはともかく私立大の医学部ともなると国公立のそれの10倍以上の学費がかかり、6年間で数千万円を負担させる事になってしまう。さすがにそこまで我が家は裕福ではない。
国公立大の医学部に現役合格。言葉にすると格好良く感じるが、その道のりは険しい。その分前回の高校生活ではしなくてもよかった努力はしてきたつもりだ。元々頭が良いわけではないわたしはその分天性のものを持っている人の倍は労力をかけてきたと思う。ダメだった時は土下座してでも両親に浪人させてもらうかもしれないが、今はそれは考えていない、それだけ今回一回にかけてきた思いは強い。
つらつらと考え事をしながら歩いていると待ち合わせ場所に到着する。彩はまで来ていないようだ。
逸る気持ちのせいか待ち合わせの約束の時間より30分も早かった。近くのファーストフード店にでも入ろうかと考えたいたところで声がかかる。
「気持ちはわかるけど、あんた来るの早すぎよ」
「おはよ。そういう彩だって早いじゃん」
「ちょっと早く来て朝ごはん食べようと思ったらもういたからビックリしたわよ」
「家から来たのに?」
「受験も終わったからお母さんにはあんまり負担かけたくないのよ」
彩は既に受験は終わっていて、今回東京までわざわざ出る必要はない。しかし、今回はどうしても一緒に合格発表に付いてきて欲しかった。だから、わたしの我侭に彩の母親まで巻き込まいような配慮にありがたい気持ちだった。
「ありがとね」
「いいわよ。あたしはごはん食べるけど、あんたはどうする?」
「わたしも付き合うよ」
そうして二人して朝食を済ませた後は電車に2時間と少し揺られて志望大学に到着する。
先週も同じようにこの場所に来た。その時は彩とは立場が逆だった。その時の彩は珍しく3年前の翔太のように顔を強張らせていた。何せ最難関と言われる国立大学の一つの受験結果だ。合格できるという確信など持てなかったのかもしれない。
そして、それは今日のわたしもまったく同じだった。合格できるだけの努力はしてきて、模試でもそれなりの結果を残してきた。合格できると言う自信はある。しかし100%という確信とまではいかない。
「直前の模試もA判定だったし、自己採点も良かったんでしょ?」
「うん…」
「それなら大丈夫よ。ほら、行こう?」
彩に促されて歓喜と落胆が入り混じる掲示板前まで歩を進める。
それを見ただけで、3年間の努力に合否という判決がおりる。そしてその結果次第では未来が大きく変わる可能性も否定できない。高鳴る鼓動と少しの息苦しさ。震える手をなんとか律しながら受験票を取り出して受験番号を確認する。
"020224"
奇しくも高校受験と下4桁が同じだった。結果も同じなら最高だがはたしてどうなるか。
顔を上げて、あの時と同じように端から受験番号を確認していった。
拙い作品ですが、最後までお読み頂きありがとうございました。
推敲してる間も表現の仕方や展開等、自分で突っ込む要素も多くてお世辞にもよくできた作品とは言い難いのですが、完結まで書ききれた事だけは唯一自分を褒めても良いかなという気持ちです。
本当は学校行事やプライベートをモリモリ入れて今の2、3倍のボリュームにしてもよかったのですが、ただでさえ乏しいストーリーの抑揚がさらになくなってしまいそうでかなりカットしました。
後日譚やカットしたストーリー期間内のお話も機会があれば書こうかと思ってます。
一応次の作品を書き始めてたりします。
ちょっと敷居が高いのですが、今流行りの異世界ファンタジーに挑戦してます。
実は一回公開してるのですが、あまりに先の見通しが立たないので一旦公開停止にしました。
今のところ5章構成の1章が書き終わりそうと言ったところで近々投稿を始める予定です。
そちらも機会があれば読んで頂けると幸いです。
それでは。




