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隣ノ世界ノワタシ  作者: ヴィンディア


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16/30

第15話 まさかの…

 朝から蝉の鳴き声が響き渡り、強烈な日差しが容赦なく肌を刺す。額は汗ばみ、後ろ髪は束ねているにもかかわらず首筋には汗が伝う。


「溶ける…」


 隣を歩く彩が珍しくダラダラとだらしないと形容するのがぴったりな歩き方をしてぼやく。元の世界では気付かなかったが暑さには極端に弱いらしい。

 女にはなかなか厳しい季節になった。ただでさえ男より下着が一枚多いのだから、その分夏場は必然的に男以上に厚着になってしまい、特に胸元が蒸れる。彩の気持ちもわからないでもない。


 明日から夏休みに入るが受験生の夏に楽しい予定はない。海、プール、花火に縁日。できるかどうは別として、甘い誘惑すべてを鉄の意思で押さえ込まなければならない。というのは建前でオレの場合は恐らくそこまで詰め込んだところで伸びしろがない。基礎学力と少しの応用力があれば一定までの学力アップは望めるが、それ以上になるとある意味天性のものが物を言う。オレと彩の決定的な差はそこにあるといえる。今でこそ5が多い成績も伸びきった状態でのものであり、元の世界の中学時代はほぼ成績4だったオレの限界なのだろう。

 翔太と彩とは週三回の勉強会を予定しているが、あくまで翔太の学力アップが目的であり彩とオレは付き合いといった側面が強い。恐らく彩もガツガツ勉強する必要はないレベルだろう。

 しかしテニスに勉強と人の何倍も努力している翔太を放っておいて発案者の彩と真っ先に飛びついたオレが遊びに行くなど出来るはずもなく、彩と示し合わせて受験生らしく大人しくしている事にしたのだ。


 翔太はあの事故の怪我は医者も驚く驚異的な回復力をみせて1週間と少しで退院してしまった。骨折の治りも早く、6月末にはテニスに復帰していた。1ヶ月半遠ざかった事で勘がかなり鈍ったと嘆いていたが、そこは自業自得だ。

 入院中の猛勉強の甲斐があり、成績もうなぎのぼりだ。5月の中間試験では学年17位まで上げてきた事には驚きを隠せなかった。

 ちなみにオレと彩は定位置、沙希は12位だった。


「夏なんて無くなればいいのに…」


「わたしは冬が無くなってほしい」


「なんて実の無い会話かしら」


「まぁまぁ、早く学校行って涼もうよ」


「そうね、その意見には全面的に賛成だわ」


 暑い。それもあるが今日は朝からお腹が痛い。我慢できないような鋭く刺すような痛みではないが、鈍く重いような痛みというのだろうか。それがずっと続いている。

 あの日と似たような痛みではあるが、先日終わったばかりでその線はなかった。


「ところでゆうき、あんた顔色悪いよ。風邪でも引いた?」


「そう?実は朝からお腹痛い」


「アレの日?でもゆうきそんなに重い方じゃなかったよね?」


「それはついこないだ終わったばっかり」


 さらっと男の前だったらい絶対にしないような内容の会話もできてしまうこの身が恨めしく感じる事もあるが、今日に限ってはどうでもいい。


「やっぱり風邪じゃない?」


「そうかも?今日は早く帰って寝るよ」


「そうした方がいいわ」


 この時はその程度だと思っていた。






 事態が変わったのはその日の夜遅くだった。


 朝から続いていた腹痛によって目が覚める。しかし痛みのレベルが昼間とは段違いで脂汗が滲んでくるほどだ。

 ここまで来れば如何に疑り深いオレでもはっきりと気付く。


 恐らく盲腸だろう。昼間の痛みの程度では半信半疑だったが、ここまで右下腹がはっきり痛いのであれば可能性はかなり高い。


 寝ていた両親に助けを求めて救急受け入れをしていた病院に車で連れて行ってもらう。


 深夜だったため詳細な検査が行えなかったが、エコーで見た限りほぼ盲腸だろうという事だった。痛み止めは処方されたがすぐには効かない。点滴だけ打たれて痛みと向き合う時間が続いていたが、しばらくすると少し薬が効いてきたのか朝まで浅い眠りにつくことができた。






 翌朝、出勤してすぐに診察してくれたであろう医師を見て驚いた。それは翔太が交通事故で入院していた時の担当医だった。確かに同じ病院ではあったし手術を要するのであれば外科になり、同じ外科医が担当医になっても不思議は無い。しかし、偶然とはあるものだなと身をもって体験することになるとは思わなかった。


「おや、君は確か翔太君のところに頻繁にお見舞いに来てた子だよね?」


 言われる通り頻繁に、というより一日おきに来ていたわけで顔を覚えられていてもおかしくはない。


「…はい。自分が来る事になるとは思いませんでした」


「ははは、立場が逆になってしまったわけだね」


「先生、笑い事じゃないですよ…」


「いやぁ、ごめんごめん。それで処置なんだけどね」


 担当の医師は少しづつ説明を始める。

 治療方法は二つ。

 一つは虫垂、一般的には盲腸と言われる部位を外科手術で切除する方法。こちらのメリットは治りが早く対象器官を取り除いてしまう為再発の危険性が無い事だ。しかし外科手術となるため切開した腹部には痛々しい傷跡が残ることになる。

 もう一つは薬で徐々に治療していく方法。こちらのメリットは当然外科手術が不要なため身体的負担が小さく、入院が不要で傷跡も残らない事。しかしデメリットは劇的な回復は望めず、また器官が残るため再発の危険性が残る事だ。しかも2,3割は1年以内に再発し結局手術が必要になるようだ。


「医者としては手術をお勧めするんだけど、女の子だからねぇ」


 もしかすると返すかもしれない体だ。できるだけ綺麗に保っておきたいという思いは強い。だが、今回のような苦しみはできる限り再び味わいたくないというジレンマに悩まされる。

 しばらく考えて出した結論は。


「薬の治療でお願いします」


「うん、わかった。うまくいけば体に痕を残さないで再発もしないかもしれないから、それにかけようか」


「お願いします」


「でも手術が必要なギリギリなくらい程度は重いから1週間くらい入院はしてもらうよ」


 ちょうど夏休みに入ったばかりで良かったと言うべきか、ついてないと言うべきか悩むところではあるが、なんにしても入院する事に対して障害が無い。


 こうして、夏休み一日目にして入院することになってしまったのだった。






 痛み止めと抗生物質が効いてきたのか、深夜に感じた強い痛みがかなり和らいだ事もあり、昨夜の睡眠不足からベッドの上でウトウトしていると、ベッドの横に人の気配を感じて目を覚ます。

 昨夜から付き添ってくれている母親かと思って顔を向ける。


「翔太が退院したと思ったら今度はゆうきとはね」


「立場が逆になったな!」


 そこには少し呆れ気味の表情の彩に、なぜか楽しそうな翔太の姿があった。


「翔太はなんで楽しそうなの?」


「悪い。こないだと逆だと思ったらつい、な」


「まったく…。こっちは痛くてつらいってのに先生と同じ事言わないでよね」


 同じやり取りが担当の医師ともあった事を思い出し文句を言う。


「同じこと言われたのか。俺の時の先生みたいな先生だな」


「あ、そうだ。同じ先生だったよ」


「マジか!?」


「マジ」


「幼馴染二人が同じ先生にお世話になるなんて複雑な気分だわ」


 オレとしてもお世話になりたくてお世話になったわけではないと言いたいところだったが、言う意味もないため黙っておく。


「で、どうなんだ?やっぱり手術か?」


「ううん、今回は薬で散らしてもらう事にした。再発率結構高いみたいだけどね」


「できれば手術跡残したくないものね」


 さすがに彩にはオレが考えてる事はある程度把握しているようだ。それが元のユウキ絡みかという所まで至っているかはわからないが。


「そういう事。痛みと暇に悩まされながらひたすら寝るだけの簡単なお仕事です」


「絶対やりたくない仕事だな」


「今回ばかりは翔太と同感だわ」


 三人で笑い合うが、おなかに力が入らず、少し気の抜けたような力のない笑いになる。


「そんなわけで、悪いんだけど今週は勉強会ムリっぽいから二人でやってくれる?彩の負担が大きいから何日か翔太が通ってくれてもいいけど」


「了解。あたしが全部面倒見るわ。余計な気を使わなくていいから病人は大人しく寝てなさい」


「うん、ありがとう」


「あれ?俺の意思は無視?」


「教えてもらう立場のあんたにそんなもの許されると思ってるの?それともあたしじゃ不服?」


「…思ってません。不服もありません!すみません!」


「わかればよろしい」


 容赦ない彩の指摘にうなだれる翔太。間に立たされると面倒だが、傍から見ているだけなら面白い。


「状況もわかったし、あんまり長居するのも悪いから今日は帰るわ」


「そっか、わざわざありがとね」


「おう、お大事に。また来るわ」


 翔太も入院中に勉強を二人で教えている間に今までのぎこちなさが出ないようになってきた。喜んではいけないところだろうが、翔太の入院はオレ達の関係を改善させてくれたといっても良かった。怪我の功名、不幸中の幸い、そんな言葉がマッチする。


 二人が帰ってからは、一回母親が来た以外はひたすら痛みと退屈に一人耐え時間が過ぎるのを待つ。

 元の世界ではスマートフォンのゲームアプリ等でいくらでも暇を潰せたが、こちらの世界では精々携帯ゲーム機で遊ぶ程度だ。しかし元より据え置き機と言われるテレビと接続して遊ぶゲーム機よりもかなり性能が落ちる上に、時代も古いこともプラスされて稚拙過ぎてあまり遊ぶ気になれない。なんせ、元の世界のスマートフォンのゲームアプリよりも質が低いのだ。

 この手のデジタルゲームに関しては、既にそういったものだと諦めの色の方が強い。

 痛みはともかくとして、スマートフォンという最高の暇潰しの道具を喪失したオレにとっては退屈というかなりの難敵に立ち向かっていくのだった。

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