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隣ノ世界ノワタシ  作者: ヴィンディア


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14/30

第13話 事故

 梅雨に差し掛かる前、僅かな期間の過ごしやすい季節の柔らかい日差しを浴びながら学校を後にする。

 部活に所属していないオレは一足先に受験シーズンに突入した。とは言え、元々25歳の知識があるため現役生ほどガツガツ勉強する必要はない。昨年の11月に始めた三人での勉強会や個別での指導含めて翔太に所々教えてあげる程度で別段変わった事もないのが現状だった。

 2年生の学年末テストの結果は上々で、彩とオレの学年ワンツーは変わらないものの翔太は学年30位まで成績を上げていた。

 彩には相変わらず敵わない。合計点数こそそこまで差はないものの、オレの得意な数学と理科だけ同点な以外は全科目僅かに数点負けているという驚異の結果だった。わざとオレの点数を少し上回るよう手を抜いてるのではないかと疑いたくなる。さすがにそんな事はないとは思うが、やはり少し悔しい。

 一番驚くべきは翔太だろう。学年トップ二人が手取り足取り面倒を見ているとは言え、わずか数ヶ月で30位という学年上位に食い込んでみせたのだ。彩とオレも驚いたが、それ以外の同級生達の驚きはそれ以上だっただろう事は容易に想像できる。

 やはり元々頭は良かったのだと思う。教えたことはきっちり覚えるし、なによりすんなり理解できるあたりがその事の証明だろう。

 余談になるが、以前彩と競っていた子は今回も3位だった。オレから30点以上離れた3位だった事に相当ショックをうけていたようだが、その後ろも20点ほどの差がついていた事を考えると、彼も相当レベルが高いのだろう。腐らずに頑張ってほしいものだ。


 季節はゴールデンウイークも終わり、頭も体もすこしづつ日常生活に戻る頃だ。五月病という言葉もあるが、幸い元の世界にいた頃も含めてそれを実感した事はない。しかし少しすると体育祭があって、またさらに少し後に定期試験があるといったスケジュールで若干イベント詰め込み気味の時期でもあり、部活も所属している生徒は連休からの落差に目が回ってしまうことだろう。

 そんな中、今日は帰って軽く復習でもしたらゲームしようと若干受験生らしからぬ事を考えて歩いていた所に後ろから声がかかる。


「ゆきちゃ~ん、一緒に帰ろ~」


 振り返ると、沙希が走って追いついてくる。肩口ほどまでの髪を後ろで束ねたポニーテールがピコピコ揺れている。男目線でみるとそれなりにかわいらしい容姿をしているが、それに相まってふわふわした雰囲気で男子受けはかなり良い。それでいてあざとさが感じられず誰に対しても態度が変わらない事もあり女子から目の敵にされる事も少ない。

 彩や翔太ほどではないが、そこそこ家も近く昔からこうして一緒に帰宅する事も多々あったようだ。

 彼女はオレのことを"ゆきちゃん"と呼ぶ。なぜ真ん中の"う"を抜いたかは定かではないが、小学生の時からのようで、その当時彼女がどういった心境でそう呼ぶようになったかは知る由もない。改めて本人に聞いてみても


「そんなの覚えてないよ~」


 との事だった。無理もない。


「ゆきちゃんはゆきちゃんだし~?」


 と意味のわからない返しをされた時は、この子の感性にはついていけないと痛感したものだ。

 そんな沙希との会話は聞き手に回る事が多い。こうして一緒に帰る間相槌打つだけしかオレが喋らないなんて事もある。

 しかし今日に限ってはまた違った様子だった。


「そういえば最近のゆきちゃんって、変わったよねぇ」


 少しだけ肩が跳ねる。


「そう?そんなに変わらないと思うけど?」


 あえて何も知らない風を装って答えるが少し不自然に聞こえたかもしれない。


「え~、だって少し前みたいにすっごい怖い顔しないし?よく知らない人とも普通に話してるし~?田所君とも最近はよく一緒にいるし、ぜんぜん違うよ!」


 さすがに仲のいい人達は本当によく見ている。元々完全になりきるつもりはなかったし問題はないのだが、もしかすると事情を知らない人達は結構戸惑っているのかもしれない。


「おかしいかな?」


「ううん!全然良いと思うよ~。昔のゆきちゃんみたいで私はホッとしてるよ?」


 なんだかんだで以前のゆうきの様子は周りの親しい人達にとっては心を痛めるような状況だったのだろう。ゆうきの事情も痛いほどわかるが、その周囲にとっても痛い状況であったようだ。


「なんか、ごめんね」


「ん~?何が?」


 わかるわけないよな、と思いつつもつい零れた言葉だったのだ。


「ううん、気にしないで」


「変なの~。あはは」


 本当に明るい子だ。こんな半分望まない状況にあっても救われる気分だ。

 その後はいつも通り、沙希の壊れた蛇口から出てくる水のようなトークを続けながら学校出てすぐの交差点に差し掛かった時に見覚えのある顔を見つけた。


「あれ~、田所君?」


「お?ゆうきに中村か。お前らも帰りか?」


「それ以外に見える?」


「…見えないな」


「あはは~、私達も帰りだよ~、一緒に帰る?」


「いや、このままスクール行くから、先行くわ。それじゃな」


 逃げるように横断歩道を渡ろうと走っていくが、声をかける前は青だった信号は既に赤に変わっている。しかし、翔太はそれに気付いていないのかそのまま突っ切ろうとする。

 その時は運も悪かった。信号があるとは言え、そう車の通りが多い交差点ではないにもかかわらず、その時はタイミング悪く、白いセダンの乗用車が横断歩道に差し掛かる所だった。


「バカ!!!!翔太、信号赤!!!!!」


 そう叫んだ時にはもう遅かった。オレの声と車が急ブレーキをかけてタイヤがスリップする音はほど同時だった。

 そこからの場景はずいぶんとゆっくりしたものに見えた。

 翔太が確認しようと横を向いた瞬間に乗用車が翔太にぶつかりボンネットに乗り上げた後、横に転がり落ちていった。

 頭の中が真っ白になり、オレは何が起きたか理解できず立ちつくす。


「おい!!大丈夫か!!!?」


 乗用車の運転手が飛び出してきて翔太に声をかけている。意識はあるようで立ち上がろうとしているのを運転手が止めている。頭から出血しているのかしきりに頭を気にしている。


「私先生呼んでくるから、ゆきちゃんは救急車呼んで!!」


 沙希にそう声を掛けられた事で我に返り、カバンから携帯電話を取り出そうとするが手が震えていて上手くいかない。意識すると膝も笑っている。

 震える手を何とか押さえつけて119番通報するもパニックになって何を言っていいかわからない。


「友達が車に轢かれて!意識はあるけど頭から血が出てて!それで!えっと…」


『落ち着いてください!すぐに向かいますので場所と簡単に状態を教えてください』


 そう電話口の相手に宥められてから、最低限必要な情報を伝えて救急車が到着するのを待つ。

 運転手は翔太の状態を見つつ、楽な体制で寝かせた後警察に連絡を入れていたようだ。

 5分だろうか10分だろうか30分だろうか。パニック状態の頭では正確な時間などわかるはずもなく、救急車が到着するまでの時間もどれくらい経っているのか見当もつかなかった。


 救急車が到着すると担架に乗せられた後救急車に乗せられていく。


「どなたか身元のわかる方がいればご同行願えませんか?」


 救急隊員から声がかかった。


「わたしが行きます!」


 そう主張したが、いつ来たのか気付かなかった40代半ばほどの翔太の担任である金井先生が名乗り出る。


「担任教諭の私が付いていきます。田所の事は私に任せて桜井も中村も今日はもう帰りなさい」


 そう言い残して金井先生と救急隊員が救急車に乗り込むと、救急車はサイレンを響かせて走り去っていった。




 できるが事がなくなると、気が抜けたのか腰が抜けたようにその場でへたり込んでしまった。


「ちょっとゆきちゃん、大丈夫!?」


 今でも気が動転していて、とても言葉を返す事ができない。


「端っこで少し休も?」


 沙希の言葉に無言で頷きよろよろと立ち上がって後歩道の端まで移動したところで、やっと沙希に声を掛ける。


「ごめんね、ありがとう」


「あんな事あったら誰でもパニックになるし、幼馴染ともなれば尚更だよ~」


 こんな時でなければ喋り続ける沙希も、何も言わずに側にいてくれた。

 もし沙希がいなければ救急車を呼ぶ事もなく立ち尽くしていたかもしれない。本当にありがたかった。

 どれくらいの時間そうしていただろうか。ある程度冷静さを取り戻したところで沙希に「帰ろうか」と促して移動しようところで警察に声を掛けられる。


「お友達が怪我して大変なところ申し訳ないんだけど、現場の目撃者として少し捜査に協力してもらえないかな?」


 正直なところ、できれば放っておいてほしかったが警察の捜査ともなるとそうもいかないかと思い、聞かれた事に対して淡々と答えていき、開放されたのは事故が発生してから1時間と少しが経った頃だった。

 改めて周りを見渡してみると、事故を起こした乗用車がレッカー移動させられていくところだった。バンパーは軽く、ボンネットは大きく凹んでおり、フロントガラスは割れていた。横断歩道の手前の車線半ば辺りに翔太のものと思しき血液が生々しく残っているのも見つける。改めて事故の衝撃を物語った痕跡をみると、翔太がもう戻ってこないのではないかという不安に駆られる。どういう状況なのか無性に気になり始め、どうして無理を言ってでも救急車に乗って行かなかったのか激しく後悔する。


「あら、ゆうきに沙希?あんた達、どうしてこんな時間までこんな所にいるの?」


 声の元を辿っていくと、そこには彩が立っていた。部活に出ていたはずだが今日は早く終わったのだろうか。


「彩…」


「なんだか事故があったみたいだけど、もしかして見てたの?」


「翔太が車に轢かれて、救急車で運ばれてった…」


 淡々と簡素に事実だけを伝えるがすぐには反応がなかった。信じ難い情報に自分の中で消化する時間が必要だったのだろう。


「ちょ、ちょっと…その話もっと詳しく聞かせて!」


 最初から今までの出来事を掻い摘んで話すと彩は血相を変える。


「それならさっさと病院に行くわよ!」


「でもどこの病院行ったかわかんない…」


「学校戻れば連絡入ってるかもしれないから戻ろ!」


「うん。あ、沙希、今日はありがとね。一緒にいてくれてホントに助かった」


「ううん、私もゆきちゃんいなかったら動けなかったと思うからおあいこだよ~。二人も気を付けてね」


 安易に「大丈夫」だとか慰めの言葉を口にしなかったのはオレ達二人を気遣っての事だろう。それだけ言うと沙希は帰っていった。






 幸いな事に、学校に戻ると金井先生から連絡が入っていて、あっさりと運び込まれた病院を知る事ができた。さらに幸いな事に、ここから歩いて20分ほどの総合病院だった事もあり二人だけで行くのも問題がなかった。

 しかし唯一悪かった事に既に時刻は17時を回っていて、二人とも両親に無断で行くのは憚れるという点だった。

 止む無く一旦帰り外出許可のお伺いを立てるが、中学生の娘をそんな時間に単独で外出させる許可など出すわけもなかった。粘って交渉した結果、車で送り迎えしてもらう事を条件に了承を得る事ができた。彩のところは母親を通して彩の母親を説得してもらう事で解決した。


 遅い時間だったが退院や患者への面会者が出て行くからだろうか、病院の玄関は開いていた。

 照明のかなり落ちたロビーに見知った顔を見つける。


「おばさん!先生!」


 声を掛けると、疲労困憊といった様子の翔太の母親が顔を上げ、所在なさげにウロウロしていた金井先生がこちらに顔を向ける。


「おばさん!翔太の容態はどうなんですか!?」


 彩は開口一番、全員が気になっている事を聞いた。


「彩ちゃんにゆうきちゃん、それに洋子さんまで…来てくれてありがとう」


 翔太の母親は少し申し訳なさそうにしながらも感謝の意を伝えると続ける。


「大腸と小腸にダメージが認められるからって今緊急で手術してるわ。体の方は発見が早かったからなんとかなるだろうって。でも頭を強く打ってたみたいで脳へのダメージ次第ではもう意識が戻らない事も覚悟してくれって…」


 そこまで話すとハンカチを目尻に当てる。

 何も言えなかった。症状が軽くないのはその場に居合わせたオレからすると想像するのは難しくなかった。しかし、心のどこかで身近な人がそういった事になるわけがないという、まったく根拠のない思い込みがそういった想像をさせてくれなかった。

 誰もが口を開かない、重苦しい空気がその場を支配する。

 しばらくして少し落ち着いた翔太の母親が再び口を開く。


「皆さん明日があるでしょうし、私が付き添いますので今日はお帰りください」


「いえ!私は翔太君の担任ですから、目を覚ますまで付き添う事はできませんが手術が終わるまでは残ります」


「わたしもせめて体の様子がわかるまでは居させてください!」


「あたしもゆうきと同じで残ります!」


 オレの母親以外は残ると主張する。


「それじゃ、私は主人も楓も帰ってくるから一旦帰るわね。何かあったら連絡頂戴ね」


「母さん、ありがとう。また連絡するね」


 楓は帰ってきていたが、父親の帰宅はこれからで二人とも夕食は当然まだなので準備はしなければならないだろう。そういった事情を告げてオレの母親は帰っていった。







 相変わらず重苦しい空気の中、誰も口を開かない。かなりの時間が経ったような気がしていたが病院についてから1時間も経っていなかった。

 やはり考えてしまうのはあの時の事だった。

 もっと早く信号が変わっていることを教えてあげられなかったのか。事故の前の気まずい雰囲気はもっと前から解消できなかったのか。そもそも気まずいのはわかっていたのだから声をかけなければよかったのではないか。さらに根本的な事を考えると、この世界にオレが来なければこんな事は起こらなかったのではないか。

 オレがあんなところにいなければ、こちらの世界に来なければ、そんな自責の念に追い詰められて苦しくなってくる。直接ではないにしろ、間接的な原因を作ったのは間違いなくオレだった。そんなオレがここにいるのは逆に翔太の母親を苦しめているのではないか。実は彩も同じ事を思っていてオレのことを責めるのではないか。

 悪い方向にしか考えられない。苦しくて目頭が熱くなってくる。


「ねぇ、ゆうき」


 そんな時に頭で考えていた人物に声をかけられ、目に見えて体がビクリと反応する。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない。あんた全部自分のせいだとか考えてるでしょ」


「そんなこと…」


「嘘ついてもわかるんだから」


 幼馴染は伊達じゃないという事か。すべてお見通しのようだ。もうバレてるならこれ以上否定する気も起きず無言で返す。


「どうせ、もっと早く止めれた筈とか、あの場にいなければとか声かけなければとか考えてたんでしょ?」


 ピンポイントで考えている事を当てられた事に驚く。


「この世の終わりみたいな顔してたら、そんなの簡単に想像つくわよ」


「そんなに酷い顔してた?」


「してた。いい?今回のはあんたに責任があるわけじゃないんだから変に思い詰めるのはやめなさいよね」


「そうよ、ゆうきちゃん。話聞く限りはウチのバカ息子が不用意に飛び出したのがそもそもの原因みたいだからゆうきちゃんが責任感じる必要はないのよ。むしろ相手のドライバーにも申し訳ないくらいだわ」


 オレ達二人の会話を聞いていただろう翔太の母親もそんな言葉をかけてくれる。

 それにしても翔太の母親は本当にできた人のようだ。息子が事故にあったら逆に責任ない人にまで責任なすりつけて責める人もいるくらいなのに、事故を起こした相手の運転手まで気にかけている。

 二人はそう言ってくれても自分が許せるかというと、それは別問題だ。少し気が軽くはなったが、翔太が無事目覚めてくれるまで自分を責め続ける事になるだろう。もし一生目覚めなかった場合は、オレも一生その十字架を背負っていく事になるのだと思う。






 その後は、ポツポツと会話があるものの基本的にはほぼ誰も喋らない状態で3時間程が経ち、時計は夜10時半を回ろうかという頃、主治医から無事終わったと報告が来た。その頃には翔太の父親も駆けつけていて5人で状態の話を聞く事になった。


「まず体ですが、内臓系の腸含めてなんとか処置しました。それ以外にも数箇所の骨折が見られますが、とりあえずの生命活動には支障ないでしょう」


 その言葉にその場にいた全員がホッとする。


「しかし、お母さんには申し上げましたが問題は脳へのダメージです。何事も無ければ3日以内には目を覚ますと思いますが、もし深刻なダメージがあり活動レベルが落ちていった場合このまま脳死と判定される可能性もあります」


 脳死。つまりは植物状態になるという意味だ。それはある意味死の宣告と同意義になる。

 誰もが絶句する中、翔太の母親だけがすがりつく様に主治医に問いかける。


「なんとかならないんですか!?」


「現代医療では脳へのダメージの処置はほとんどできる事がありません。心苦しいのですが彼の頑丈さと生命力にかけるしかありません」


「そんな…」


 翔太の母親はぐったりとうなだれる。


「きっと目覚めますよ」


 そんな根拠の無い無責任な慰めの言葉を口にできる訳もなく、オレも周りも一様に黙り込む。


「とりあえず、今日のところはできる事はすべてやりました。あとは経過次第になりますのでご両親以外の方々はお帰り頂いた方がいいかと思います」


 その言葉に金井先生が動いた。


「先生もこう言ってるから俺達は今日のところは帰ろう。明日またお見舞いにくればいい」


「そうですね」


 彩もそう賛同して帰り支度を始める。


「ほら、ゆうきも帰ろ?」


「うん…」


 重い腰を上げて、鉛のように重くなった心を引きずって帰宅する。


 帰りは金井先生が車でオレと彩二人を家まで送ってくれた。


「引きずりすぎるなよ」


 金井先生もそう言ってくれたが、気持ちは沈んだままで無理な注文だった。


 その日は夕食もそこそこにベッドに入ったが、ほとんど眠ることができないまま次の朝を迎えた。

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