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隣ノ世界ノワタシ  作者: ヴィンディア


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第12話 自分との邂逅

 ふと目が覚めた。閉めたカーテンから伺える外は暗く、目覚まし時計も当然鳴っていない。習慣から既に癖になりつつある身体チェックとして手を胸に当てる。ふっくらと柔らかい感触が手に、手が触れる感触が胸に返ってくる。

 もう当たり前になりつつある感覚に溜息すら出ない。

 最初の頃は戸惑い、不安、嫌悪等様々な感情を感じていたそれも、今では諦観とそれに伴って気分が少し落ちる程度でそれ以上の感情は感じなくなった。

 携帯電話の時間を見ると、まだ2時を少し過ぎたところだった。普段であればトイレ等で起きる事が極稀にある程度で、基本的には朝までぐっすりだ。そうであるにもかかわらずこんな真夜中に目が覚める事を奇妙に思いつつ、そんな時間であれば当然まだまだ眠気が強い。そんな眠気に逆らう理由もなく、中途半端に目を覚ましてしまった事に少しの勿体無さと、まだ朝まで眠れる事へのささやかな幸せを感じながら再び意識を落としていった。





 次に気がついたのは木々が鬱蒼と立ち並ぶ森のような場所で、そこに立っていた。そこまでは深い森ではないのか木々の間からはうっすらと太陽の光が差し込んで薄暗くはない。空気はひんやりしているが寒いほどでもなく、微風が吹くとむしろ心地が良い。

 なぜこんな所にいるのか理解が追い付かない。そんな中で、ふと違和感を感じて自分の姿を見て驚く。

 下を見ると、邪魔で仕方なかった胸部の膨らみがない。手を見ると、繊細で色白の肌をしたほっそりした指ではなく、少し日焼けしたゴツゴツした指だった。首筋に手をやると、いつもは手に触れる長い髪はなく、そのまま手を後頭部までもっていくと短くツンツンとした髪の毛が触れる感触がする。

 鏡はなく顔を確かめる事はできないが、それらは数ヶ月前までであれば当然のように慣れ親しんだもの、こちらの世界に来る前の男の頃の感覚で、おそらく間違いない。

 しかし、記憶が正しければオレは部屋で寝ていた筈で、男に戻っている嬉しさよりも知らない場所に一人でいることに対する不安の方が勝る。気付いたときに寝ていたならまだしも、立ったままだったのも不可解だ。


 どれくらいその場で答えの出ない問いを繰り返しただろうか。立ったまま同じ事を考えていても仕方ないと結論付ける。

 普通に考えれば知らない場所に放り出された時、無闇に動き回るのはリスクが高い。しかし動いたほうが良いような、動かなければいけないような、そんな予感がしていた。

 幸い、というべきかこの場合は微妙なところではあるが、手の入ったような道が正面に続いてた。変に道のないところを歩いていく事もリスクが高いと考え、道なりに進んでみることにした。


 時間の感覚はわからないが、それと同時に体の疲れもまったく感じない。そんな、時間も進んだ距離もわからない中、そのまま進む事に若干の不安を覚えはじめていた時、それは進行方向からオレとは逆方向、つまりは向かい合うように歩いてくる人影を見つけた。

 最初は若い女性のようだ、という程度しかわからなかったその姿が、近づくにつれて少しづつハッキリしてくる。そして、明確に姿を捉えた時、心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 それは中学生くらいの歳の女の子。背中の半ばまで伸ばした色の少し抜けた茶色っぽいストレートの髪、大きな瞳に整った鼻梁、白い肌、細身の体に歳の割には大きめな胸。ここ数ヶ月毎日のように見てきた自分自身の姿。紛れもなく桜井ゆうきだった。


「あ…なんで…?」


 思わず一人呟いてしまう。

 しかし、その驚きはオレ一人ではなかった。向こうも驚いたようにオレをみて口をパクパクさせている。

 軽く数分はお互いに固まっていただろうか、先に我に返ったのはオレの方だった。


「君は誰…?」


 俺の言葉をゆっくり理解したのか、相手の目にも理性の色が戻る。


「キミこそ誰…?」


 そのお互いの言葉はナンセンスだった。自分ではない今までの自分と同じ姿をした相手など一人しかありえない。その答えに辿り着いたのは同時だった。


「ゆうき?」


「悠樹?」


 こちらの世界の元の人格の持ち主とのまさかの邂逅だった。そしてお互いの姿を見た途端に即時に相手を理解できたという事は、そういう事なのだろう。


「やっぱり、元の世界のオレの中にいたんだね」


「そういうそっちも元の世界のワタシの中にいたんでしょ?」


「そうだね。お互い入れ替わってたみたいで、少しホッとしたよ」


 正直な想いを伝える。オレがゆうきの体を乗っ取って、乗っ取られたゆうきの行き場がなかったり、眠ってたりしたら悪い事をしたと思っているから。


「それはワタシも同じ。ホント根本は同じなんだねー」


 思うことも、考えることも似てるのは、ゆうきが言う通り根本が一緒だからだろう。それでも気になっていたことを聞いてみる。


「オレの体で不便した事なかった?」


「ううん、ほとんどない。最初は戸惑ったけど、元々男になりたかったし慣れた今は嬉しいくらい」


「そっか。いきなり中学生が社会人じゃ大変だったんじゃないの?」


「その辺は、不思議と何すればいいかわかったから」


「体の動かし方とか身だしなみとかそういうのと同じ感覚?」


 オレには体の動かし方や最低限生活に必要な知識がわかる程度で、その感覚はわからない。


「うん、仕事のやり方とかは知らないハズなのに不思議とわかったんだよねー。同僚の人達とかは最初わからなかったから苦労したけど!」


 仕事もやり方も最低限必要な知識に入るのだろうか。やはり、その感覚はオレにはなかったもので理解する事は難しそうだ。


「悠樹の方が苦労したんじゃないの?」


「あぁ、生活するっていう点だけなら不思議とわかったから苦労はしなかったよ。勉強も今更中学生レベルなら余裕だしね」


 生活だけなら嘘は言っていない。


「だけど、女の子の体って事で悩んだりしなかった?」


 嘘は言っていないが、それだけではない事はお見通しのようだ。ほぼ自分と同じ存在なだけあって隠し事は通用しなかった。


「さすがにわかるか」


「経験者だからね、もちろんわかるよー」


 最初は強烈だった。無駄に重い胸の脂肪に、男に比べてひ弱な筋力に不便なトイレ、薄くて面積が少なくて頼りない下着に、男だったら不要な下着、極めつけは月に一回くる女の子の日。挙げればキリがない。自分が女として存在する事そのものが本当に嫌だった。

 しかし、それも当たり前になってくるにつれて、嫌悪感も少しづつ薄れていき、今でもなくなってはいないが無理なく我慢できるレベルに落ち着いている。そのうち気にならなくなるかもしれない。


「でも、それも今ではそこまで嫌悪感感じなくなったよ」


「え!!?」


 どういうわけか、かなり驚いた様子を見せている。


「なんか、おかしいこと言った?」


「ワタシは…ワタシは今でも嫌だよ…。元に戻るなんて考えるだけで…」


「今戻ってるよね。それもかなり嫌なの?」


「これが…夢であって欲しいって思ってる…」


 純粋な男のオレ以上に女の体でいる事に嫌悪を感じているようだ。本来であればオレもゆうきと同じ反応をするのが正しいのだろうか。慣れてきたという事自体、実はオレにとっては非常事態なのではないか、そんな不安が過ぎる。


 そんなところに、声がかかる。


「二人ともお揃いですね」


 後ろを振り返るが誰もいない、首を傾げていると横から声がかかる。


「すみません、お待たせしました」


 いつの間にか、オレの隣に一人の女性が、ゆうきの隣に一人の男性が立っていた。

 オレもゆうきも声が出ずに固まっているところに、再び声がかかる。


「驚かせてしまいましたか。自己紹介がまだでしたね。私は運命の管理人です」


 運命の管理人と名乗った女性は、腰まで伸びた黒髪に整いすぎた顔立ち、白い肌に美しくバランスの取れたスタイルと、この世のものとは思えないような美貌を持っていた。

 それに見惚れていると、もう一人の男性が口を開く。


「俺は次元の管理人だ」


 こちらの次元の管理人と名乗る男性は、金髪を短く刈り込み、口周りには髭を生やして筋骨隆々の、所謂マッチョな髭おじさんだ。


「はぁ」


 と、気のない返事しか返せない。ゆうきに至っては無言で口が半開きになっている。


「今日は、お二人に大事なお話があったのでお呼び出しさせてもらいました」


 そこまで言われると、なんとなく事態が飲み込めてきた。


「つまり、今回のオレ達二人の入れ替わりはあなた達による現象ですね?」


「理解が早くて助かります。まずはどういう経緯であなた達を入れ替えたか説明しましょう」


 自称運命の管理人は、少しづつ説明を始めていった。


 入れ替えるには色々と条件があるようだ。

 まず一つ目に、お互いが入れ替わる事によるメリットをお互いが切に願う事。

 二つ目はまったく同じ時間、タイミングで強く願う事。

 三つ目は完全にウィン-ウィンの状態にならない事。

 四つ目はその条件を満たした組を運命の管理人が見つける事。

 そして、今回オレ達で言うと、過去に戻りたいオレの願いと、男になりたいゆうきの願いが同タイミングで一致した事、そしてオレは女になる、ゆうきは年上になるというデメリットを含んでいた事を管理人が見つけた事により成立したそうだ。


「ただし、あくまで今はお試し期間です。もしどちらか片方が強く元の体に戻りたいと願えばもう片方の方の意思は関係なく元に戻ります。期限は一年。次のあなた方の誕生日10月28日がリミットです」


 恐らく、少し願う程度では戻れないのだろう。こちらの世界に来る前日に痛切に想った以上に願わなければ。


「もし、お互いが元の体に戻る場合は時間と記憶も巻き戻します。入れ替わりのあった次の日を入れ替わりがなかったものとして迎えることになります」


 この現象自体が無かったという事になるのだ。

 ふと、気になった事を聞いてみることにした。


「ところでこんな現象よくあることなんですか?」


 何かを切っ掛けにして人が変わったようになる事象もあるにはあるが、そういった切欠も前触れもなく突然変わる今回のようなケースは聞いたことがない。


「滅多にありません。ひとつの世界で数百年に一度程度でしょうか。そもそも我々が発見できる事自体相当なレアケースなのです」


「今回はどうしてワタシ達が?」


「本当に偶然でしたが、ゆうきさんの願いがあまりにも強かったので少しお節介させて頂きました」


「オレがとばっちり受けたって事?」


「端的に言うとそういう事になりますが、悠樹さんにもメリットがある以上一方的なものではないはずですよ」


 確かにその通りだ。既にこちらの世界に来て良かったと思える出来事もあった。必ずしもマイナスばかりではなく当初のやり直しができるというメリットを享受している事も自覚している。


「さて、そろそろ時間も残り少なくなってしまいました。この空間もあなた方の夢を媒体にしていますから夢から覚めるとなくなります。お二人で話せるのは今回が最初で最後です。時間が許す限りお話されては如何ですか?」


 そう言い残すと来た時と同じように突然姿を消した。次元の管理人も一緒に姿を消していたが、最初の自己紹介以外喋らなかったし、何しに来たのだろうか。





 改めて、ゆうきの方を向くと少し俯き加減でポツリと言う。


「ワタシは元に戻りたくない…」


 オレが戻る事を強く望めば、ゆうきのその願いは叶う事がない。それを自覚しての言葉だろう。かと言ってオレとしても「そうだね」とは言えない。戻る方がいいのか、戻らない方がいいのか、それは今は答えを出せない。男に戻りたい気持ちは今でも強いが、こちらの世界での生活に未練も生まれてきていて一概にどちらがいいとは言えないのだ。


「悪いけど、オレは全面的に賛同はできないよ。戻る事も覚悟しておいてほしい」


「うん、わかってる。わかってはいるけど嫌なものは嫌…」


 そう言って涙を流す姿は、こちらの世界では"アイアンメイデン"なんて大層な渾名をもらっているようなイメージとはかけ離れていて少し意外に感じた。


「君さ、こっちの世界ではひどい渾名もらってたみたいだけど、どうしてそんな対応取ってたの?」


「一部の仲良い子は庇ってくれたけど、ほとんどは見て見ぬフリしてるの見て他人は信用できなくなった」


 いじめの事だろう。なかなかにつらい経験だったのだろう。


「だからもう知らないヤツとは誰とも仲良くしなければ傷付く事もないと思って…」


 自分が傷付かないようにあえて人を遠ざけて、その為には嫌な奴も装ったという事かもしれない。中学生にしては壮絶な覚悟だ。この子の記憶をもどして元に戻してはいけないようなそんな気がした。もしこのまま元に戻ったとして、ゆうきの生活は不幸な事の連続かもしれないのだ。同情かもしれない。しかし自分にゆうき程のデメリットがない事も事実で、それであればゆうきの願いを優先させてあげるのがベストなのではないか、そんな事も思ってしまう。


「それで、そっちの世界行って何か変わった?」


「翔太も素っ気ない態度取らないし、彩とも関係よくなってきたし、会社の人も昔の同級生もみんな良い人だったから、ワタシの考えは間違ってたって思ったよ」


 考えてた通りだ。オレの元の世界に行くことで、そのままの世界に居続けるよりも良さそうな方向に進んでいる。オレにしてもあのまま元の世界で彩と関係戻せたかというと難しかったかもしれない。


「お互い、このままの方が良い方向に進んでいくかもしれないね」


「それじゃ!?」


「ストップ。それとこれとは話が別。自分の人生っていう大事な選択だから、やっぱり確実な事はこの場では言えないよ」


「そっか、そうだよね…」


 下手に期待を持たせすぎない方がいいと判断しての言葉だ。本当にこの先どうしても嫌な事があって本気で戻りたいと思うかもしれないと考えているのは事実なのだ。


「暗い話はこれくらいにしてさ、お互いの世界に行ってからこれまでの事話そうよ」


「うん!そっちの話も気になるし聞かせてほしいなー」


 ゆうきはそう言って笑顔を見せる。そういえばこの場でゆうきが笑顔を見せるのは初めてだったを気がつく。やはり中身が違うと変わるもので、その笑顔は同じ顔をしている時のオレのそれとは印象が違う。両親や友人達もその違いを感じたからこそ、こんな非現実的な話を受け入れてくれたのかもしれない。


 彩には中身が違う事を話して協力してもらっている事、翔太とは彩も入れて試験勉強をした事で関係が少しよくなった事、三人そろって東高目指す事にした事、正月は初詣に行った事等を話していった。

 それを聞いているゆうきは、羨ましそうな、それでいて微笑ましいものを見るような、そんな表情をしていた。


 ゆうきからは、翔太には事情を打ち明けて協力してもらっている事、彩とは恋人一歩手前まで関係が進んでいる事、翔太含めて三人で集まる機会が増えた事、仕事では新しいプロジェクトのメンバーに抜擢された事等、羨ましくも自分ではそこまでいかなかっただろうなという諦めと共に内心は祝福しつつ耳を傾ける。


 時間は当然ながら有限だ。

 終わりの時間が近づいてきた事に気付いたのはゆうきだった。


「そろそろ、お別れみたい…」


 少し寂しそうな表情と共に、目がとろんとしている。そういえば元の世界のオレの方が通勤が長い分だけ朝が早かったのだ。そろそろ目覚めの時間なのだろう。


「そうみたいだね。それじゃそっちの父さんと母さん、それと翔太にも宜しくね」


「うん、そっちのお父さんとお母さんと彩にもよろしくー」


 これでもう二度と会う事はない。そう考えると寂しさも感じるが、本来はそもそも出会う筈のない出会いなのだ。そう考えれば一回でも会えた事に感謝しなくてはとさえ思う。

 とは言っても、感情がそれに従うかと言えばそんな事はなく、ゆうきは眠そうにしながらも目に光るものを溜めている。


「それじゃーねー、バイバイ」


「うん、さようなら」


 ゆうきが手を振って目を閉じると同時にその姿は掻き消えて、一人残される。それも束の間、オレの視界も徐々に白で塗り潰されていく。


「空間を維持していた片割れがいなくなったのだ。この空間はなくなり直におまえも元の夢の世界に戻るだろうよ」


 その声を次元の管理人と名乗った男のものだと認識したのは意識まで白く塗りつぶされる直前だった。


(あのおっさん、まだいたんだね…)






 気付くと目覚まし時計がけたたましい電子音を部屋中に振りまいていた。寝起きでありながら妙に頭がすっきりしている事を不思議に思う事もなく、静かにベッドから降りて目覚まし時計のアラームを止める。

 相変わらずのピンクのカーテンを開けると春らしい柔らかな朝日が顔を、そして体を照らし出す。その体が女の子のものである事を確認すると、いつもは感じない少しホッとした気持ちになるのだった。


 今日から新学期だ。そしてついに受験生となる。昨晩の出来事も含めて考える事は多い。

 だが、まずすべき事、それは両親へ報告する事だった。


 リビングに入ると、いつも通り母親は忙しくお弁当作りをしていて、父親はテレビを見ながら朝食を取っていた。そんな二人に軽く朝の挨拶をした後、一番に伝えたかった事を率直に伝えるのだった。


「父さん、母さん、ゆうき元気だったよ」

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[良い点] 面白い作品です。平行世界ってやっぱり色々想像できて楽しいですね。 [気になる点] 時間の概念についてちょっと違和感を感じます。 『二つ目はまったく同じ時間、タイミングで強く願う事』ってと…
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