第10話 翔太との関係
最近ゆうきの様子がおかしい。
あの事件があってから、付き合いが浅かったり元々ない連中から話しかけられても素っ気無いし、しつこいと俺でもビビるくらい冷たい視線を飛ばしてたのが、急に当たりが柔らかくなった。
誰に対しても穏やかに対応するし、何より最近は昔からの友達以外にも笑顔を見せるようになった。
変わったのは、忘れもしない10月末頃だった。
それまで俺の前で"アイアンメイデン"なんてクソみたいな渾名で呼んでる奴は片っ端からボコボコにしてやっていた。
その日も、珍しくゆうきが俺のとこに来たんだが、ちょっと引いた俺の態度見て帰って行くの見てた奴がぽろっと「メイデン」なんて言いやがったからボコボコしてやろうと思っていた。
それがその日はできなかった。俺がそいつを突き飛ばしてやると、ゆうきから意外な言葉が出てきた。
「翔太!いくらなんでもちょっと悪口言われただけでコレはやりすぎだよ!」
いつもは気付かないフリしていなくなるか、いつもの冷たい視線で一目そいつを見て立ち去るかどっちかだったのに、その時は相手を庇った。
さすがにビックリしたのと、ゆうきとの気まずさから「頭冷やしてくる」なんて適当な言い訳して逃げてしまった。
今にして思えば、最初に異変に気付いたのはあれが最初だった。
そういえば、その二日後もおかしな事があった。
その日の放課後、クラスメートと話してるとその前と同じように俺のとこに来て
「翔太ー、今日さ…」
と言い掛けた所で彩が慌てて教室に入ってきて
「ゆうき!!それは絶対ダメよ!!」
そう言ってゆうきの口を塞いでしまった。
「むぐー!」
「お前らさ、コントやってんのか?」
「違うわよ!」
ゆうきも口をふさがれながらも首を横に振る。
「とにかく!なんでもないから気にしないで!」
「んー!んー!!」
ゆうきの口を塞ぎつつ引っ張っていく彩。首を横に振りながら抵抗するゆうき。しばらくは二人してコントの続きをやっていたが、最後にはゆうきが大人しくなって彩に引っ張られていった。
本当に何がやりたかったんだあいつらは。
でも、幼馴染の中で俺だけ男で疎外感があって寂しい。そうさせてしまったのは俺だというのも事実なのだが。
さらに数日経ったある日、クラスの奴ら数人がゆうきの事を話してるのが聞こえてくる。
「最近の桜井ってさ、雰囲気違いすぎると思わね?」
「あー!俺もそれ思った!なんていうか前の怖い感じがないよな」
「そうそう、こないだ委員会の関係で桜井と話さなきゃいけない事があったから超ビビッてたんだけど、話したら全然普通でマジびっくりしたわ」
「前なんて話しかけるだけで冷凍ビームきたもんなー」
「冷凍ビームってなんだよ!」
そこで全員揃って大笑いしている。
冷凍ビームなんてなかなか本質を表してる。以前は俺らみたいな特定の仲良い奴ら以外には凍りつくような冷たい視線投げてたから、あながち間違っていない。
「でもさー性格が普通だったら、桜井ってかなりアリだよな」
「超アリ!」
「今まで性格がアレだったけど、顔だけ見たら一番可愛かったしな」
「俺いってみようかな」
「告白した途端ビーム飛んでくるかもよ?」
「それはいやだああ」
また笑いが起きる。
小学校の頃はゆうきも男っぽくて髪も短かったから気付いている奴が少なかったけど、中学入るころから髪伸ばしてからは見違えるように女っぽくなった。そうなれば元々顔立ちが綺麗なのが際立って、相当にモテる事は容易に想像できる。あいつ等が言うように性格がアレだっただけだ。
一時的なものの可能性もあるが、確実にこないだまでのゆうきとは違う。俺の方が逃げててあまり話もできていないからなんとなくではあるが、俺達のような以前から態度が変わらない友人達に対しての態度も微妙に違っている気がする。本当に微々たるもので気のせいで済ませられる程度ではあるし、何かと聞かれるとはっきり答えられないが何か違う。
そんな俺の疑問に明確な答えは出ない。
そして、どういう訳か今日は彩と一緒にゆうきの部屋で試験勉強をする事になっている。
玄関のチャイムを鳴らして少し待つとゆうきのとこのお母さんが出迎えてくれる。
「いらっしゃい翔君。久しぶりねぇ」
「こんにちは、おばさん。お久しぶりです」
ゆうきはおばさんに似たのだろう。おばさんもなかなかの美人だ。
「ささ、上がって。ゆうき部屋にいると思うからどうぞ」
「ありがとうございます。おじゃまします」
靴が表に二足あるから、彩はすでに来ているのだろう。昔はよく来ていたからマンションの間取りは頭に入っている。ゆうきの部屋まで行って開けっ放しになっていたドアを通って中に入る。
「あ、やっと来た。翔太遅いよ」
「お前らが早すぎなんだよ!彩なんか直接きただろ!?」
「あんたと違ってアタシはマンション違うんだから仕方ないでしょ」
関連性がわからないが、彩の中ではそういう事なのだろう。
「でもなんで急に勉強会なんだ?」
「だって、翔太一人だけ成績やばいでしょ?」
言い返せない。
「それにわたしと二人っきりだとまた逃げるでしょ?」
さらに言い返せない。
「そういう事。ゆうきもあたしも一人でいいのに付き合ってあげるんだから感謝しなさいよね」
そうなのだ。こいつらは頭良いのだ。ゆうきは常に学年で上位40人には入ってるし、彩に至っては常に学年で1位か2位だ。俺は約130人中3桁順位突入しなければOKというレベルの俺とはえらい違いだ。
とはいっても、俺は高校受験を学力で受けるつもりはないから落第しなければ良い。既に私立のいくつかの高校からテニスでの推薦の話をもらっていて、その中から条件の良い学校を選ぼうと思っている。
「頼んでな……」
言いかけたところで二人の険しい視線が飛んでくる。彩はともかくゆうきのは怖…くない?
あの事件以来、怒らせると容赦なくあの氷のような視線が飛んで来てたのだが、今回はそれがなかった。本気で睨んだわけではないのだろうか。それにしては彩のはガチだ。
「なんで俺睨まれてんの?」
「可愛い幼馴染二人の好意を無駄にしようなんてバカな事するからでしょ!」
「翔太、やるよね?」
まぁ、勉強するつもりがあったから来たんだが、ゆうきの様子に有無を言わせない雰囲気がある。
「はい、やります…」
「うむ、よろしい。では座りたまえ」
「なんで偉そうなんだよ…」
でも、こういうところは変わっていない。
早速三人揃って、勉強を始める。
ノートはとってあるが、夢うつつで書いてるだけのせいか何を書いてあるかわからない。教科書も併せて確認するが、やっぱりわからない。
うん、俺終わった。
そんな様子の俺を見かねたのか、彩がノートを覗き込む。
「うわぁ、これは重症ね…」
それにつられてゆうきまで俺のノートをのぞくなり「うわぁ…」と声を上げている。そんなに酷いんだろうか。
「板書もまともに写せてないし自分なりの要点も書いてない。これじゃ見返す価値もないわ」
「うっわ、全否定!?」
「最初から全部は無理だろうから、最初は板書を確実に全部綺麗に書き写す事!わかった?」
「えー」
「わかった?」
「綺麗にってのがハードル高いんだよ」
「わ・か・っ・た?」
どういう訳か俺脅迫されてる。
「…はい」
そう答えるしかない。
「よろしい!」
どうして、ゆうきといい彩といい、俺の周りはこんな怖い女ばっかりなんだ。
その後は、なんだかんだゆうきも彩も丁寧に説明してくれるおかげで地味に勉強は進んでいった。
意外にも、ゆうきの教え方は上手かった。色々な経験を積んだ上でどう説明すれば相手に伝わるか考え抜かれた、そんな大人のような教え方だった。俺と同い年なんだから、そんな経験しているわけないのに本当に不思議だ。
テニスで鍛えた集中力は伊達じゃなかった。気付いたらもうすぐ18時半になるかという時間だ。
「そろそろいい時間だから帰るか」
そう切り出すと彩も時計を確認して「そうね」と同意する。
「翔太、結構頑張ったね」
「おう!数学と理科は多分バッチリだ!」
「やればできるのになんでやんないのよ…」
「ホントだよね」
女2に対して男は俺だけ。1対1でも分が悪いのに2対1じゃどう考えても多勢に無勢。俺の立場が弱すぎる。
「ホントにもう許してください、マジで…」
女二人はケラケラ笑ってやがる。鬼どもめ…。
この時点で気付いたが、少し前は3人で集まっても気まずいことが多かったのが今日はわりと昔のように自然体でいられた。ゆうきと二人っきりだと意識してしまうだろうが3人なら問題ない。これならまた3人で集まりたいと思った。
そんな中唐突に彩が切り出す。
「ちょっと二人に提案があるんだけど」
「うん?なに?」
「改まって提案って大げさだな」
少し真面目な雰囲気になって、彩から出てきた言葉は衝撃だった。
「みんなで東高いかない?」
「えぇ!?」
「は!?」
「東高ならテニスも強いし翔太も問題ないでしょ?」
東高。地域一の公立進学校でほぼ全員が大学への進学希望で進学実績も地域一位だ。
そんな学校問題ありまくりだ。
「えーと、東工業じゃないよね?」
東工業。学力だったり素行だったりが理由で行く学校がない生徒の最終受け皿と言われる高校で同じ東とつきながらもその実は間逆の高校だ。
ゆうき、ナイスボケ。
「そんなわけないでしょ!」
そうだよな。
「って、いやいやいやいや!!ゆうきはともかく俺は無理だろ!?」
「うーん、わたしもちょっと厳しいよ?」
「そう?翔太は今日教えてた感じだと飲み込みはいいから、1年以上あるしなんとかなると思うわ。ゆうきは自分の評価が低すぎなのよ」
それだと勉強にもかなりの時間を割かなければならない。そうなると、やっと全国で名前が売れてきたテニスが疎かになるかもしれない。それはダメだ。
「仮に勉強はなんとなるとして、だ。かなり時間かけなきゃだろ?」
「そうね」
「それだとテニスの練習に時間取れなくなるんだよな。俺にとっては進学よりテニスなんだよ」
「あんた体力だけはあるんだから、どっちも頑張ればいいでしょ!」
鬼だなコイツ。無理言ってくれる。今でも練習の疲れで日中眠いというのに更に睡眠を削れって事を暗に言ってくる。
「わたしとしてはまだ三人で同じ学校通いたいよ」
ゆうきまで彩に同調し始めてしまった。今日の流れから考えると、これは負けパターンだ。腹を括るしかない。
「はぁ…約束はできないし、最優先はテニスだ。これは譲れない。それでも良ければできる限り努力はする。これでいいか?」
二人は顔を輝かせてお互いを見合った後ハイタッチしている。最初から出来レースだったんじゃないかと思わなくもない。
「最初からそう言っておけばよかったのよ」
「翔太!がんばろう!」
二人して好き勝手言っているが、決めた以上は出来る限りの事はしないといけない。元々頭の悪い俺は諦めていたが、二人と同じ学校に行けるなら願ってもない事だ。
それに二人がまた同じ学校に行きたいと思ってくれた事が本当に嬉しかった。
それから試験までの数日間は毎日必ず三人の誰かの家に集まって勉強をした。身になっているのが実感できて少し楽しかった。しかし、スクールを数日休んでしまったのは頂けなかった。次はさすがに無いように日頃から勉強しておかないといけない。
テスト自体はやっただけの結果が出たのだと思う。万年80~90位辺りをウロウロしていた俺が今回は47位だった。飛びぬけて良いわけではないが、これまでの成績からすると信じられないような結果だ。彩とゆうきに感謝だ。
彩は定位置の1位だ。何も驚かない。平常運行だ。
今回一番驚いたのはゆうきだ。なんと彩に続いて学年2位だった。いつも彩と1位争いしてたクラスメイトは3位で、ゆうきにすら負けた事に呆然としてたな。
当然と言うべきか、この試験の結果は急な変化とも相まって、ゆうきへの同級生からの評価そのものを大幅に変えていった。
成績、容姿共に学年で1,2を争うとなれば後は性格だけだが、それも解消されつつある今周囲の、特に男共の評価が急上昇するのは自然の事だった。
それにしても、ゆうきはいつの間にあんな成績取れるほど勉強したんだ?




