第八歩 【お茶と別れ】
俺は至福の時間を過ごしていた。
温かいお茶に甘いクッキーの様なお菓子。
ヒューリさんが花の査定が終わるまでと出してくれたものだが、俺にとっては異世界に来て初めての飲食物となるわけで、五臓六腑に染み渡るような心地だ。
「お菓子って初めて食べましたけど美味しいですね!」
「久々の甘味だな。
この茶の香りも良いものだ」
フェルとコタロウも皿に分けてもらったクッキーを食べている。
というか、魔獣がクッキーを食べてもいいのだろうか?
「心配しなくても大丈夫ですよぉ。
そのお菓子に魔獣の害になるようなものは入っていませんから」
ヒューリさんがまた俺の心を読みながらカウンターから出てきた。
「お待たせいたしましたぁ。
鋼美花の買い取り額がこちらになりますわ」
「鋼美花? あの花の名前ですか?」
「えぇ、鋼のように美しい光沢を放つ花なのでそう呼ばれております。
一説では黄金色に輝く金剛花という変種もあるそうですよぉ」
ヒューリさんの話では鋼美花で作れる霊薬と金剛化で作れる霊薬では効果が大きな差があるという話で、値段も数十倍になるという。
因みに俺たちがとってきた花は全て鋼美花だった……少し残念。
「どれどれ銀貨2枚、銅貨6枚か。
これって……」
ぶっちゃけ高いか安いか皆目見当つかないな。
来る前に物価とかリサーチしておけばよかった。
「あら、すみません。
お客さんは異世界からのお客さんでしたね。
では、サービスとしてこの世界の物価と合わせてご説明しますね」
ヒューリさんの丁寧な説明のおかげもあって、この世界の通貨と物価が理解できた。
この世界は金貨、銀貨、銅貨が主に使われていて、大体の価値は上から10万、1万、1000円程度のようだ。
平均的にだが、素泊まりの宿は一泊につき銅貨3枚ということらしいから、数日は暮らせる程度の金額というわけか。
「いかがいたします?」
まぁ、別に断る理由もないし、なるべく早急に服などを手に入れないとまずそうだからな。
「お願いします。
それと、出来れば服を売っている店を教えていただきたいんですが――」
「かしこまりました。
それでは、買い取り料と一緒に地図もお渡ししますねぇ」
ヒューリさんはそう言うと再びカウンターの奥に消えていった。
「ようやく一段落といったところだな」
足元のフェルが俺を見上げる。
「あぁ、これもフェルのおかげだよ。
本当にありがとう」
「うむ、これで恩を返せたとは思わんがお前たちの役に立ててよかった」
フェルはそう言うとトコトコとドアの方へ歩き出す。
「フェルさん?」
「我は本来、あまり他者とはつるまない信条でな。
追われる身でもあるし、ここらで行くとしよう」
フェルは振り返るとフッと笑う。
その後を追うようにコタロウが前に出た。
「フェルさんはこれからどこへ行くんですか?」
「さぁな、暫くこの町の中に身を潜めてから考えるさ」
フェルはそう答えると魔法で風を起こし、ドアを開ける。
「また会うこともあろう。
達者でな!」
再び風が起こるとフェルの姿はドアの前から消えていた。
なんか最後のフェルの顔が寂しそうに見えたのは俺の勝手な妄想だろうか……
「あらぁ? 狼さんは行ってしまったの? 相変わらず忙しそうねぇ」
ヒューリさんが風で乱れた髪をかき上げながら戻ってきた。
「そういえば、前にもこの店に来たって言ってましたよね?」
「えぇ、150年前くらいかしら? 珍しいお客さんたちだったから覚えてたの」
「たち?」
「えぇ、前は人間の男の人と一緒に来てたわ。
その頃は狼さんも今ほどの力は持っていなかったけど」
人間の男?
フェルは昔、人間と一緒にいた頃があったってことなのか?
だから、ある程度人間の町にも詳しかったのか――
「その人とのことはあまり知られたくないみたいだったから見られなかったけど、あなたたちのことはかなり気に入っていたみたいでしたのに」
過去……か。
それが傷になっているなら、無理に引き留めない方がよさそうだな。
というよりも俺には他人の過去に足を踏み入れる資格はない。
「ルイさん? どうしました?」
俺の苦々しい顔を心配そうにコタロウが見つめている。
「何でもないよ。
さて、俺たちも動き出そうか!」
俺はコタロウの頭をなでると、重たい腰を上げる。
「では、こちらが代金になります。
枚数を確認して受取証にサインをお願いします。
サインはどの言語でも構いませんよ」
ヒューリさんが小さな台に銀貨と銅貨を乗せて差し出す。
俺は貨幣の枚数を確認し、受取証に日本語でサインする。
「はい、確かにお渡ししましたわ。
またのお越しをお待ちしております」
ヒューリさんは俺たちを人間街側のドアに誘導すると頭を下げた。
俺たちはヒューリさんが書いてくれた町の地図を片手に店を出ると人目を気にしつつ服屋へ向かおうとしたその時――
「あなたたちの新しい道に幸多からんことを」
ヒューリさんの声が頭に響いたような気がして振り返ると、店があった場所はただの路地になっていた。
「妖精街か……また行ってみような、コタロウ!」
「そうですね、ルイさん!」
俺たちは顔を見合わせるとまた前に進みだした。