第六十歩 【見極められる善意 中編】
俺はトカゲを連れ、広場から宿の一室に戻った。
そして、部屋の中にはもう一人――
「さて、ここなら落ち着いて話せる」
部屋の入り口を閉め、俺たちに向き直る機械的な仮面の男。
彼が広場での騒ぎを押さえてくれたおかげでトカゲをここに連れてくることが出来たわけだが、その真意はまだ分からない。
「助けて頂き、ありがとうございます。ですが、あなたは?」
「そうか、やはり知らないか……まぁ私の事は――」
「三英雄が一人、〝正義の使者〟ウルド・ライディン。その姿と名を知らないのはこっちに来たばかりの異界人くらいだねぇ」
その声と共に窓からバーンが入ってくる。
バーンは仮面の男を見つめるとフッと笑った。
「まさかこんなところでお目に掛れると思わなかったねぇ。〝正義の使者〟殿」
「こちらこそ。創薬協会創設者付きのフェニックス君か。まさか異界人に同行しているとは思わなかった。創薬協会も絡んでいると理解していいのかな?」
男は腕を組み、バーンに仮面を向ける。
バーンは床に降り立ちながら肩をすくめた。
「うんにゃ、俺っちはもう創薬協会とは関係ないのさ。んでもって、この一行はあんたとも関係ないはずなんだけどねぇ?」
しばらく睨み合う二人。
緊迫した部屋の空気は透き通った声に一変する。
「あ、あの……私の言葉が分かるんですか?」
俺が目線を下に落とすとさっきのトカゲが俺を見上げている。
乳白色の肌にダイヤのように煌めく鱗を持つその姿は一種の美術品の様に美しい。
「あぁ、分かるよ。君は何でこの町に来たんだい? 魔獣が人里に下りてくるのは危ないのに」
俺が目線を合わせながら語り掛けるとトカゲはうつむきながら答えた。
「お、おかぁちゃんが怪我をしてて、何とか薬を手に入れられないかって……」
「怪我?」
俺が続きを聞こうとした時――
「それが最近、鉱山で起きている魔物騒ぎと関係があるのではないかと思っているんだが……」
仮面の男もトカゲに目線を合わせた。
「しかも、その魔物の姿は君にそっくりだそうだ。無関係ってわけではないと思うが?」
仮面に反響してくぐもった声は優しげだが、鋭い威圧が伝わってくる。
その威圧に当てられて身震いしたトカゲは静かに頷いた。
「ま、待って下さい! 少しは彼女の話を聞きましょうよ!」
俺が間に割って入るとその威圧は俺に向けられる。
その威圧をその身に受けると俺の身体は硬直し、締め付けられるような感覚に陥った。
その不自然な程の威圧を振りまきながら仮面の男は俺に告げる。
「それこそ君には関係が無い事だろう? この町もその魔物も共和国の守護者である私の管轄だ。それとも、君がこの騒ぎを解決してくれるのか?」
俺は震えるトカゲと仮面の男を交互に見る。
「俺に出来る事なら何でもして見せますよ! 首を突っ込むときから覚悟は決めている!」
俺がそう言うと仮面の男は納得した様に少し頷き、威圧を解いた。
「良いだろう。だが、あの魔獣たちを使うのは無しだ。これ以上、魔獣が出たと騒ぎになることは避けたいのでね。あの魔獣たちが巨大化するような事態は好ましくない」
「あぁ、分かった。皆はここに留まってもらう――」
俺がそう告げた瞬間、閉められていたドアが開いた。
「話は聞かせてもらったわ。私が同行するのは問題ないって事よね?」
「僕も巨大化できないので構いませんよね?」
入ってきたのはリンとコタロウ。
「……良いだろう。君たちにも聞きたいこともある。では、半刻後に出立するとしよう。この宿の前で待っている」
仮面の男は俺達から目線を外すと部屋を出ていく。
それを見送った俺とトカゲは緊張の糸が切れた様にそこにへたり込んだ。
「流石のおしゃべりボーイも三英雄の威圧に当てられては堪えた様だな! んで、どうするつもりだい?」
バーンが俺をおちょくりながら、そばに寄ってくる。
「バーンはフェルとメガロを誤魔化しておいてくれ。このことが知られたら大目玉だろうからな。リンとコタロウは……本当に一緒に来てくれるのか? 危険だぞ?」
俺が見ると、二人は肩をすくめながら首を横に振る。
「危険なんていつもの事でしょうに……」
「ルイさんの行くところならどこへでも!」
俺は二人に礼を言うと、改めてトカゲに話を振った。
「さて、話の続きを聞かせてくれないかな?」