けものの脇道 ~リンの決意~
これはもう一つの決意の夜!
時は少し遡り、ルイたちが出発に備えて寝静まった頃の事。
唯一、光が灯る部屋には今回の襲撃の報告書を忌々しそうに眺めるバルファの姿があった。
「今回はルイ殿と魔獣の方々のご助力があればこそ、この程度の被害で済んだが……もし、我らのみで対応しなければならないとしたら――」
玉砕覚悟の作戦も辞さず。
そんな考えがバルファの頭をよぎる。
龍人族にとって龍族の守護は命よりも優先されるべき事。
たとえ、龍人族にいかなる被害が出ようとも、龍族に魔の手が伸びることだけは絶対に避けなければならない。
「うむぅ――」
バルファは唸る。
頭ではそう理解できていても、その判断を下すときは来て欲しくないと思ってしまう。
特に自分の子供たちが自分の後を継ぎ、そのような非情な決断を迫る場面になるようなことがあれば――
バルファは計り知れない不安に駆られ、頭を抱えた。
「お父様? 大丈夫?」
バルファが顔を上げるとそこにはリンの姿があった。
「こんな時間にどうした? 明日は彼らの見送りに行くのだろう? 早く寝ないと――」
「そのことについて話があるの。お父様……いえ、族長様!」
リンはバルファの前へ正座すると、そのまま頭を床につけ懇願した。
「お願いです。彼らに同行することをお許しください!」
バルファは何も言わずにリンを見つめていたが、しばらくしてその重い口を開く。
「それはこの里を出ていくということか? 龍族に関わりなくこの里を出ることは――」
「重々承知しております! ですが、このままでは龍の里はずっと危険にさらされることに!」
「違うな――」
リンの言葉をバルファは一蹴した。
「いや、その言葉も嘘ではあるまい。お前ほど、この里の事を考えている者も少ないことは私がよく知っている。しかし、今回の件はもっと別の想いがあるはずだ……偽りなき想いを話せ」
バルファはリンをまっすぐに見つめ、諭すように告げた。
そのまなざしを受けて、リンは少し険しい表情を浮かべる。
「わ、私はルイがこの世界を変えられる唯一の人物だと感じたの。だから、その夢を近くで見届けたいって……でも、このままじゃ龍の里が危険なのも事実。だから彼らと一緒に世界を見て、何か打開できる術がないかを探そうと――」
リンの想いを受け止めるように目を閉じたバルファ。
部屋の中に静寂が流れる。
「お前、ルイ殿に〝映し火〟を感じているのか?」
「〝映し火〟?」
リンは聞きなれない言葉を耳にして、バルファへと聞き返す。
「その意味を知らないということは感じてはいないようだが……」
〝映し火〟
それは龍人族が本能的に感じ取る運命のようなもの。
それを感じた相手に龍人族は龍族への使命以外の全てを捧げる。
もし、それが龍人族同士ならばいわば運命の赤い糸となるのだ。
「その感覚はよくわからないけど……私は純粋に彼の夢の先を見たいの。この厳しい世界で彼が実現するかもしれない世界を一緒に作ってみたいのよ!」
リンは迷いを断ち切るようにバルファへ言い放つ。
バルファは立ち上がり、背中を向けるとふぅっと大きく息を吐いた。
「龍人族の長として、お前の勝手を許すわけにはいかない。だが――」
振り返るとバルファは長としての顔ではなく、父親としての顔を浮かべていた。
「私は父として、お前を勘当する! 今日中に荷物をまとめてこの里を出るがいい!」
バルファはそう言い残すと部屋を出ていく。
そのバルファを見送るリンの目には大粒の涙が浮かんでいた。
「ありがとう……お父様」
リンは部屋の明かりを消し、外に出た。
二度と戻れないかもしれない里の景色を目に焼き付けておこうと思ったのだ。
「リン姉さん!」
甲高い声がしてリンは振り返る。
そこにはミディの姿があった。
「え? どうしてこんなところにミディが?」
リンは不思議に思いながらもミディを抱き上げた。
「明日、ルイ兄さんたちを見送るから父様に許可をもらって下りてきたんだ」
「そうなのね……え? あなた、いつからこんなにはっきりと話せるように?」
今までは意思疎通がとれるリンでもミディの言葉ははっきりと聞こえているわけではなかった。
だから、まともに会話できるのはこれが初めてだったのである。
「本当にここ数日だと思うよ! 父様も驚いていたんだ。成長が驚くほど速いって!」
ミディはリンの腕からすり抜けると空中に浮かぶ。
「きっと皆と旅をしていたおかげだね! 僕は様々な経験を積んだし、他の龍たちにはない想いも持てるようになった!」
「想い?」
「うん、たぶんリン姉さんと同じ想いだよ。僕はまだルイ兄さんとは話せないけど、もっと成長して出来ることが増えたら、きっと兄さんの夢を見に行くんだ!」
ミディは空を見上げながら告げる。
「だから、それまで兄さんをお願いね。姉さん!」
リンは頷きながら、ミディと同じ空を見上げる。
これは二人しか知らない約束。
そして未来へつながる決意の夜であった。