第五十三歩 【奈落からの声】
俺とリンはニーズを探し、森の中を進んでいくと明らかに戦闘の形跡が残る場所を見つけた。
「ニーズかしら?」
「調べてみるよ……少し待っていてくれ!」
「え? 調べるってどういう事?」
俺はその場に片膝を付くと耳を澄ます。
俺が〝言語理解〟を強化して手に入れたもう一つの力。
その力の名は〝言葉の記憶〟
使えば、この場で発せられた言葉を遡ることが出来る。
「あ……こっちだ!」
俺は耳を澄ましたまま走り出す。
俺の耳にははっきりと聞こえているんだ。
ニーズの声が!
※
ルイ達がグラトニルの男を退けた頃から遡る事、一時間。
レヴィとはぐれたニーズは一人で八体のホムンクルスを相手にしていた。
「うざってぇなぁ! 早くレヴィ姉を助けに行かなくちゃいけないのに!」
ニーズは苛立ちながらも、ホムンクルスの動きを冷静に分析する。
「こいつら、一体一体に役割を持ってやがるな……ならその役割さえ見極めてやれば遅れをとることは無い!」
ニーズの戦闘技術は紛れもなく龍人族トップクラスであった。
それはいつもニーズを戒めている父のバルファも認めるものであり、実際にホムンクルスを八体同時に相手にしていてもレヴィの事を案じる余裕があったほどである。
ホムンクルスが動き出すと同時にニーズも距離を詰める。
しかし、攻撃をするわけではない。
ホムンクルスが自分の動きに対してどう反応するかが見たかったのだ。
「なるほどな。早いけど単純な挙動。舐められたもんだね!」
ニーズは翼を一気に広げると、ホムンクルスたちを風圧で吹き飛ばす。
すかさず散らばるホムンクルスの一体を見定めるとニーズは肉薄し、剣を突き立てた。
「次っ!」
ホムンクルスから剣を引き抜いたニーズは後ろから迫って来ていた二体を飛び越えた。
身体を捻じると一体を剣で切り裂き、もう一体を尻尾で薙ぎ払うとニーズはすかさず翼をはばたかせ、木の上へ。
残るホムンクルスを確認しつつ、勝利を確信したニーズはニヤリと笑う。
「やっぱり俺は最強だ。大人たちがあんなに手を焼く相手を圧倒している」
ニーズはいつしか得体の知れない相手への恐怖を感じなくなっていた。
「一気に片を付けてやるぜ!」
木の下へ降りたニーズにホムンクルスが群がる。
ニーズは油断なく構えるが、先程までとは違う点が一つ――
敵への恐怖を忘れたニーズはホムンクルスが自分の予想通りに動くと信じて疑わなかった。
その違いはニーズの足を救う結果となる――
「ハァッ!」
剣を思い切り振るうニーズの斬撃は予想通りにホムンクルスを捉える。
しかし――
「な、なにぃ!」
両断されたホムンクルスの上半身がそのままニーズに抱きつく。
勝利を確信していたニーズは予想外の行動に対応しきれなかった。
「ギギギギギギ!」
不気味な音を上げながらしがみつくホムンクルスにニーズの恐怖が再燃する。
「く、クソっ! 離せ!」
ニーズが力を入れて引き剥がそうとしたその時、眩い光がニーズの目を眩ます。
ボズンッ!
爆発音が響き、ニーズは一気に吹き飛ばされる。
「うぐぅ……この程度で!」
空中で翼を広げ、体勢を立て直そうとするニーズだがそこであることに気付く。
「あぁ! ここは……」
ニーズが下を見るとそこは底が見えないほど深い谷。
その谷は――
ニーズが谷に気を取られていると残りのホムンクルスが飛び掛かる。
咄嗟に反応したニーズは一体を切り裂くが、もう一体を取り逃す。
斬撃を避けたホムンクルスはニーズの翼に爪を突き立てた。
「うぐあぁ! し、しまったぁ!」
片翼を損傷したニーズはホムンクルスと自分の体重を支え切れず、谷底へと落下していく。
その場にはニーズの悲鳴だけが虚しく響いていた。
※
俺は谷の淵に立ち、耳を澄ましていた。
「ね、ねぇ……一体、どうしたっていうの?」
「ニーズはここに落ちたみたいだ……」
俺の言葉にリンの顔が蒼褪める。
「確かに深い谷だけど――」
俺が谷を覗き込むと、リンが首を横に振る
「深さの問題じゃないの……この谷の底には高濃度の魔粒子が滞留しているの。その中では亜人や魔獣はうまく身動きが取れないのよ!」
俺はリンの言葉を聞くと、ゆっくりと俺を指さした。
魔粒子というのは初めて聞くが、人間や異界人は影響を受けるのだろうか?
「人間は魔力の影響を受けにくいからそれほど支障は無いはずよ……でも、何でニーズがここにいるって分かったの?」
「後で説明するが、今はニーズを助けることが先決だ。俺が行くからリンは命綱を頼むよ!」
俺が言うとリンは何か言いかけたが、それを飲み込んだ様だ。
「やっぱりあなたは変わらないのね……あの時と一緒」
「メガロの湖に飛び込んだ時か? あそこまでの無茶じゃないって!」
俺は軽く笑うと、残っていたバインドボトルに蔦のイメージを込め、非対称のまま発動させた。
「この蔦なら十分の長さだと思う!」
「でも、この下は視界が悪いわよ? ニーズを見つけられるの?」
リンは不安そうな表情を浮かべているが、俺の自信は揺らがない。
「大丈夫。俺の声が届くなら、きっと見つけてみせる!」
俺はそう言うと崖へ飛び込む。
その行為に迷いはない。
俺がこの龍の里で色々と足掻いて出した結論。
それは俺にしか出来ない事をするという事だった。
俺だけが持つ力〝言語理解〟
この力は俺が望み、俺たちを繋いだ。
なら、俺がすべきことは一つなのだろう。
「俺の声が届くなら、俺は絶対に見捨てたりなんかしねぇ!」
これは俺の決意の叫び。
その決意は谷底へ反射し、世界に大きく響き渡ったように思えた。