第四十四歩 【龍人の戦士】
ルイとリンに忍び寄る者が一人。
夜が明け、朝食を食べ終えた俺、フェル、コタロウ、リンの初期メンバーは龍王様の下へ赴いた。
初期メンバーだけが呼ばれたのはミディが合流してからの旅の流れについてが主な話題だったからだ。
特に、ミディに初めて会った時の事を詳しく説明したが、龍の里に忍び込んだ犯人の情報がある訳もなく・・・・・・
「うむぅ、本当に忌まわしくも謎深き事よ。
賊の事はおろか目的すらも推測がつかん」
「そうですね・・・・・・もしミディ自体が目的だったなら森に置き去りにするわけはないし、ミディは卵から孵ったばかりで逃げ出せたとも思えません」
結局その場では結論は出なかったが、何か進展があるまでは龍の里としてより警戒を強めるという事に決まったそうだ。
「して、ルイ殿」
龍王様が失礼しようかと動き出した俺を呼び止める。
「これから先、貴殿はどうしていかれるつもりか?
恐らく王国は血眼になって貴殿を探しておるだろう。
聞き及ぶ限り、貴殿のスキルが魔獣を操るものだという誤解は解けておらぬはずだ」
「そうですね・・・・・・まだわかりません。
これから考えるつもりです」
「うむ、メガロ殿が完治するまで一月程はかかるとの話だ。
それまでは龍の里に留まり英気を養うと良い」
「ありがとうございます」
俺は龍王様に深々と頭を下げると、滝を後にした。
俺とリン、そしてコタロウの三人は龍人族の修練場へと足を運んだ。
フェルは「気が乗らん」との事で先に帰っている。
修練場は村から少し離れた湖畔にあった。
その修練場の端で俺はリンに戦い方を教えて貰うことになったのだ。
「綺麗な湖だなぁ。
メガロが起きたら連れてきてやりたい」
「そうね。
メガロが住んでいた湖も元々はここみたいにきれいな湖だったのかもしれないわね」
「ところで、ルイさんは修練場に来て何をするつもりなんですか?」
俺は抱えていたコタロウを地面に降ろすと、軽く頭を撫でる。
「俺さ、もう少し強くなりたいんだ! だからここで色々教えてもらおうと思って!」
「そうだったんですね! なら僕も特訓します!
僕もルイさんの力になれるくらい強くなりたいです!」
コタロウの気持ちは嬉しいが、もう十分なほどに力になってもらっている。
情けなくも役立たずなのは俺だけだ。
リンは木刀を俺に渡し、構える。
「じゃあ、戦いの基礎から始め――」
リンがそう言い終わらないうちに俺の目の前に木刀が振り下ろされる。
俺が対応できるはずもなく、木刀は俺の前髪をかすめ地面に衝突した。
その衝撃と共に俺を驚かせたのはその振り下ろされた木刀がリンの物ではなかったという事だ。
「なぁんだ。
この程度も反応できないなんてがっかりだよ。
それとも当たらないと分かっていてわざと動かなかったのかな?」
俺が木刀の先を追うと、リンとは別の龍人族のマントがなびいているのが見える。
そして、マントが地面に下りるのと同時に龍人族の角が見える。
「こんな奴が龍王様のご子息を救ったとか・・・・・・やっぱり信じらんないや。
しかも、リンが付きっ切りで面倒見る程、認めてるってのも釈然としない!」
マントとフードで顔を隠しているから相貌までは分からないが、リンと比較して一回り小さい身体と声変わり途中の様な高音と低音が入り混じった声から少年だろうと思う。
振り下ろした木刀を肩に担ぐと俺と距離を取った。
「ちょ、ちょっと‼ いきなり何をしてるの!?」
リンがハッと我に返り、少年に詰め寄る。
「リン、お帰り。リンがいない間はこの俺がしっかりこの里を守っていたんだ。
それなのに、こんな訳の分からない異界人なんかを連れて帰ってくるなんて・・・・・・しかも、ご子息の命を救い、王国の城から生きて生還した?
とてもじゃないけど信じられないね‼」
少年はリンと親しげだが、こっちには敵意剥き出しって感じだ。
「あんたねぇ、昔から少し強くなるとすぐに調子に乗るんだから‼
いつも面倒見てるこっちの身にもなってよ‼」
いつも面倒って・・・・・・もしかして幼馴染か何か?
なんか・・・・・・少しショックかも。
ん? 何でショック?
「リンがいない間に俺はこの里で最強の戦士になったんだ‼
この修練場の試合でもう俺に勝てる奴なんていないんだぜ‼
今からその力を見せてやるよ。
その異界人を叩きのめせばリンの目も覚めるだろう‼」
リンが制止しようとするが、少年の興奮は収まらない。
少年は再び木刀を構えると俺に向かって突っ込んできた。
そのスピードは弾丸の様に早く、俺の目では捉え切れない。
バキッ‼
俺がつい閉じてしまった目を恐る恐る開くと、少年の剣は寸でのところでリンの剣に止められていた。
「リン、邪魔すんなよ!」
「あんたって奴は・・・・・・いい加減にしなさい‼」
リンは少年の剣を跳ね除けると少年に向かって切りかかる。
少年はリンの剣を容易く受け止めると、それをいなし後退した。
「そう、どうあってもその異界人を庇うっていうんだね。
いいさ、それなら俺の成長度合いをリンに教えてあげる事にするよ!」
「そう。
それは楽しみだわ。
また、私に勝てなくて泣かないでね!」
二人は睨み合うと一気に間合いを詰め、戦いを始める。
気付けば周囲には修練場にいた龍人族が集まり、二人の戦いを見守っていた。
「おぅ、久々にあいつらのケンカが見られんのか。
いつぶりだ?」
「昔からよくケンカしてたもんなぁ。
まぁ、ケンカするほど仲がいいって奴なんだろうけどよ」
周囲の龍人族が発する情報を受ける度に俺の心は何だか重くなっていくような感じがした。
何でこんなにモヤモヤするんだろう?
俺は呪縛が残っているんじゃないかってくらい自分の心境に疑問を感じながらその戦いを見守っていた。
バチィッ‼
おおよそ木刀の音とは思えない音を上げた後、二人はいったん離れる。
「ハァハァ・・・・・・どうやら腕を上げてってのは嘘じゃないみたいね!」
「まだまだこんなもんじゃないよ。
俺は最強になったって言ったろ」
二人は木刀を握り直し、身構える。
リンの方は息が切れているが、少年の方は全くと言っていいほど呼吸が乱れていない。
これは二人の実力差が明白という事なんじゃないか?
かと言っても、少年とリンの視界にもう俺など映っておらず、俺が出て行っても止まるような雰囲気じゃない。
俺は固唾を飲んでその戦いを見ている事しかできなかった。
「「‼」」
二人は動き出したと同時に一瞬で肉薄する。
また、二人の剣同士がぶつかり合おうとしたその時だった。
「止めんか‼ お前らぁ‼」
二人それぞれの頭上に鉄拳が振り下ろされる。
リンはかろうじて受け止めたが、少年はもろに脳天にくらってしまった。
「ルイ殿が修練場を見に行ったと聞いて様子を見に来れば! 一体、どういう騒ぎだこれはぁ‼」
その鉄拳の主はバルファさんだった。
何でも先に帰ったフェルに俺たちが修練場へ向かったと聞いて来たらしい。
「だって、お父様! 急にニーズがルイに襲い掛かるもんだからついカッとなっちゃって・・・・・・」
「何? ニーズが?」
それを聞いて大体の事情を察したバルファさんは大きなため息を吐く。
「すまなかったな、ルイ殿。
我が愚息がとんだ失礼をしでかしたようだ」
「いえいえ、リンのおかげで無事だったんで大丈夫・・・・・・って、え?
息子さん? って事は?」
バルファさんの言葉に食いついた俺にリンが少年のマントを剥ぎながら告げる。
「そうよ。
この子はニーズヘイム・ドレイシア。
私たち姉弟の末っ子よ」
俺は鉄拳を食らって気絶している合間に紹介される少年を不憫に思いつつ、弟だと聞いて何故かホッとしたことはそっと胸にしまったのだった。
ドレイシア三姉弟が揃いました!
弟は敵意剥き出しですが・・・・・・




