第三十四歩 【合流と因縁】
ランズさんは得意げに電子レンジを撫でながら魔技工というものについて得々と語っている。
専門的な用語が多すぎて詳しくは理解できなかったが、要するに異世界の技術を取り入れつつ、足りない部分を魔法で補うというものらしい。
「初めて会った時から150年程経つが、見た目は老いても自分の技術に心酔する癖は治っていない様だな」
150年って・・・この人、何歳なんだろう?
俺のそんな疑問を置き去りに、フェルとランズさんの話は続く。
「しかし、祝福者であるはずのお主がこんな行動をするのはちと妙に思ってしまうがの?」
「そうなんですか?」
「我も同意だ。此奴の行動は普通の祝福者の在り様とは違うと感じる。まぁ、次第に薄くなっては来ているがな」
フェルの言葉を聞き、ランズさんはしばし考え込んだ。
「うむぅ・・・お主の存在は異界人の謎を解明する糸口になるやもしれんなぁ」
ランズさんが俺をまっすぐ見つめ呟いた。
俺は自分が変わっているとは思っていないし、以前より感情が無くなってきているという実感もない。
自分の置かれている状態について理解できぬまま話がドンドン進んでいく。
俺は深い知識を持つランズさんに何かを尋ねなければならないと思う反面、思考が回らずにいた。
「‼」
話が難しくて寝ていたコタロウが毛を逆立たせて身体を起こす。
「微かに水の匂いがします! これは・・・メガロさんの魔法です!」
「何⁉ それは本当か?」
フェルも気づかない程の魔力を嗅ぎ分けたコタロウにランズさんは感心する。
「ほう、この部屋の中にいても外の魔力を感じることが出来るとは鋭い感覚を持っているんじゃのう! 経験を重ね、成長すればお主を凌ぐ魔獣に成長しそうじゃわい」
「ランズさん、俺たちはそろそろ行こうかと思います。外で仲間が危ないかもしれない」
「そうか・・・よかろう。安全な場所に出る抜け道を教えてやろうじゃないか」
ランズさんは立ち上がると部屋の隅へと歩き出すと本棚の前で止まった。
一番上の棚に手をかけ、一冊の本を引き抜くと本棚は横へとスライドし、下から魔方陣の様なものが現れた。
「この魔方陣はこの塔の裏手。わしの資材廃棄物置き場へ続いておる。そこならば誰もおらんじゃろうて」
俺たちは魔方陣の前へ行き、ランズさんと握手を交わした。
「色々とありがとうございました」
「いや、こちらも久方ぶりの楽しい時間じゃった! また、会える日を楽しみにしておるぞ!」
「フン、もしこの城から生きて出られたとしても二度と来るものか!」
フェルはそう言い捨てるとそそくさと魔方陣へ入っていった。
「では、失礼します」
コタロウもペコリと一礼すると魔方陣へ入っていく。
「じゃあ、俺も・・・」
「あ、そうじゃ! しばし、待て!」
ランズさんは何かを思いついた様に懐に手を入れると銀色の腕輪を出した。
「これはわしの試作品でな。魔法を溜めておけば好きな時に発動できる優れものじゃ。使ってくれ!」
俺は腕輪を左腕にはめ、お礼を言うと魔方陣へ歩を進めた。
身体が完全に魔方陣に乗った時、目の前が一瞬眩むと屋外の風景が広がる。
「コタロウ、どっちだ?」
「ここからそう遠くないと思います! 急ぎましょう!」
俺たちはコタロウの後に続き駆けだした。
※
激しい激流と熱風がシュウスケの目の前に迫っていた騎士たちを押し流していく。
食物庫から出たシュウスケ達は程なくして番兵に見つかってしまい、交戦と逃走を繰り返していた。
「おい、鳥公‼ ルイ達の居場所はまだわからねぇのか?」
「分身が消えたって言ったろ! 本体もこっちに移動しちまったし、分かったもんじゃないってぇの‼」
人間の身長くらいになったメガロと本体になったバーンが魔法を行使しつつ、シュウスケの退路を確保する。
「バーンさん、メガロはなんて言ってるんすか?」
ルイの〝言語理解〟の効能が及ばず、シュウスケは未だメガロの言葉が分からない。
そんなシュウスケとメガロの連携を何とか保てているのはバーンの通訳があってこそだった。
「こっちは気にせず物陰に隠れてろってぇの‼」
翼を大きく羽ばたかせながらシュウスケに指示を出すバーンだが、その表情には余裕がない。
「なぁ、魚君。気付いてるかい?」
「あぁ、ヤベェ奴が近づいてきてやがるな・・・急いで身を隠した方が良さそうだ」
メガロとバーンが顔を見合わせ、魔法の行使を止める。
「シュウスケ君、急いで移動するぞ‼ 早くこのヌルついた奴に捕まれぃ!」
バーンがシュウスケを促し、メガロに乗せる。
メガロは攻撃に使っていた水をかき集めると水の道を滑る様に進んでいく。
「これからどうすればいいんすかね?」
「さぁねぇ・・・今回の首謀者が不在の今となっちゃあ、とにかく彼らを探すしかできないんじゃない?」
バーンとシュウスケがそんな話をしている間に前方には番兵が先回りしているのが見えた。
「新手っすよ‼」
「グルワァァァァァ‼」
メガロが大きく咆哮し、番兵に向けて魔法を行使しようとした時――
「うわぁぁぁ‼」
番兵達は横から飛び出した巨影に吹き飛ばされてしまった。
※
俺とコタロウは巨大化したフェルの背に乗って移動していた。
その最中に通りかかった番兵達を蹴散らしてしまったわけだが――
「ルイさん‼ 良かった。無事だったんすね!」
聞き覚えがある声がして、振り返るとそこにはシュウスケ達の姿があった。
「シュウスケ! メガロ! それにバーンも! お前たちこそ無事でよかった」
俺とシュウスケは合流できたことを喜んだが、魔獣たちの声が聞こえないことに俺たちはすぐに気づく。
俺たちが魔獣たちの方を見ると皆、一方向を見つめ警戒態勢を取っていた。
「やっと見つけたぞ! 異界人‼」
辺りに声が響き、目の前に三人の騎士が姿を現す。
その中の一人に俺は見覚えがあった。
「オレストで貴様から受けた屈辱! 今ここで返してやるぞ!」
その騎士は最初に行った町で俺を痛めつけた王権騎士団の副団長。
確か名前は――
「ハイト、私怨を任務に持ち込むべきではないと教えたはずだ。冷静になれ」
俺が思い出すより早くその名を口にした騎士はハイトよりも身体が一回り大きく、風体はまさしく歴戦の聖騎士といったところだ。
そして、フェルたちの視線はその男に集中している。
騎士は俺たちに視線を戻すと、剣に手をかける。
「魔獣を従えた異界人・・・なるほど。確かに放置すれば王国の脅威となりうるな」
騎士はゆっくりと剣を抜き放つと切先を俺たちに向けた。
その気迫は素人の俺やシュウスケでも身体がきしむ様な感覚に陥るレベル。
この騎士こそ王国の最高戦力である王権騎士団の団長にして王国最強の騎士であるゼノス・ブランであった。