第三十三歩 【老人と勇者の伝説】
部屋の真ん中にある質素な木のテーブルを囲みながら、俺たちは老人の様子を窺っていた。
それは何も老人を疑っているだけではない。
お互いに目を合わすことがはばかられるような気がしたのだ。
「いやぁ、この部屋にお客など何年ぶりかのぉ。しかも、魔獣を従えているという噂の異界人とは・・・長生きはするもんじゃ!」
老人はガチャガチャと食器をかき分けながらコップを探していたかと思うと不揃いなコップを人数分探し出した。
「誰か従がわされているものか‼ いい加減その勘違いは聞き飽きたというものだ」
フェルが苛立ちながら吠えると、老人は手を止めて目を丸くする。
「ん? んんん? お前、人の言葉が喋れたのか?」
「フン! これが此奴のスキルだ。ただ、言葉が通じるようになるだけの能力を過大評価して追いかけまわしているとは存外、ここの王も頭がよくないと見えるな!」
目を丸くしていた老人はそれを聞いて笑いだす。
「フハハハ! そいつは間違いではないのう。昔の功績だけを評価し、この老いぼれにたいそうな研究を続けさせておるのじゃからの!」
老人は笑いながらコップに白い牛乳の様な物を注ぐと、四角い箱を取り出した。
老人は慣れた手つき箱の横に付いた扉を開くとコップを中に入れると、つまみを回した。
これはまるで・・・
「異界人の君ならこの道具を見たことがあるのじゃろう? はて、名前はなんじゃったかのう?」
「もしかして電子レンジ・・・ですか?」
その名前を口にした時、まるで正解と言わんばかりのタイミングで箱からなじみ深い音が鳴る。
老人は箱の中から湯気が出ているコップを次々と取り出した。
もうこれは疑いようがない。
「左様。これは王が集めた異界の情報を基にわしが〝趣味〟で作り上げたもんじゃ。これは非常に便利じゃのう。わざわざ火を起こさんでもええんじゃからのう!」
箱を擦りながらしみじみと語る老人。
この雰囲気からは想像もできないが情報だけで電子レンジを再現するなんて・・・相当にすごい人なのでは?
「かつては栄装の神と呼ばれた鍛冶師が随分と腑抜けたものだな。今は王の飼い犬という訳か?」
「勇者の飼い犬であったお前さんも今は異界人のペットとは恐れ入ったわい!」
嫌味を言ったつもりのフェルだったが、思わぬしっぺ返しを食らってしまった様だ。
せっかく話が逸れていたというのに自分の過去に関するワードを掘り起こしてしまった。
「フェルさん、勇者って?」
コタロウが首を傾げながらフェルに質問する。
まぁ、元々野良犬だったコタロウにはなじみがない名前か。
「なんじゃ? 仲間だというのに話しておらんかったのか?」
「・・・今の我には関係のないことだからな」
フェルはそう言うとテーブルから離れていく。
「まぁ、なんだ。奴の身の上話はできんが、勇者の伝説を話してやるとするか」
ばつの悪そうな顔をしながら老人は勇者の伝説を話してくれた。
伝説は俺たちの世界では月並みな英雄譚。
人類を脅かした魔王率いる軍勢を勇者が一人で殲滅し、魔王も討伐した。
だが魔王と一騎打ちの末勇者も命を落とし、魔王軍の残党は各地に潜伏しているのだとか。
「勇者は一切、仲間を募らなかった。そもそも勇者の実力に肉薄するような奴もおらなんだでの。じゃから、勇者が唯一の仲間としてまだ魔獣となっていなかったあの狼を連れて歩いていた事を知っているのはワシくらいのもんかのぉ」
「あなたは何故フェルさんの事を知っているんですか?」
「んん? そりゃ、当たり前というものだ。なんたって勇者の坊主が魔王を倒すために使った剣。ありゃ、ワシが作ったんじゃからな!」
まさかの発言に俺とコタロウは口を開けたまま固まった。
確かに電子レンジを複製したトンでもお爺さんだとは思ったが、まさか勇者の剣。
言わば、聖剣を作ったと?
「わしゃ、元々有名な鍛冶屋をやっていての。強い武器を作るためだったら邪法を使うこともいとわんかった・・・若気の至りという奴じゃな。そんな折に魔王を倒す剣なんて面白い注文を付けて来おったのが勇者の坊主だったわけじゃ」
老人は昔を思い出しているようにしみじみと話している。
その話が進むたびに部屋の隅に蹲っているフェルの耳がぴくぴくと動く。
「そんなすごい鍛冶師のあなたがどうしてこんなところに?」
「勇者の剣を作って有名になったのは良いがの、兵力増強を目指す王国に目を付けられてしまってのう。研究資金も提供してくれるというし良い話だとおもったんじゃが・・・どうも王の考えとは反りが合わんでのう。協力するふりをしてここでのんびりやっとるという訳じゃ」
「反りが合わない?」
俺は剣の強さを求めるのと兵力を求めるのは一緒ではないかと思った。
俺が疑問そうな顔をしていると老人は目を細めて続ける。
「ワシが納得できないのはおぬしたち異界人の扱いに関してじゃよ」
「え?」
「異界人が祝福者と堕落者に分けられているんだがね。祝福者は感情が希薄になり、自己防衛本能が麻痺しているような状態にあるんじゃ。所謂、底抜けの善人になるって事じゃな」
俺が聞き入っていると、隅にいたフェルが動き出す。
「あぁ、まさに今のお前の様にな! だが、本来の祝福者とお前は少し異なる点がある。我はそこが気になっているのだ」
「え? 俺?」
俺は自分を指差しながら驚くが、フェルとコタロウはお互いを見ながら頷き合う。
「自覚は無かろうがな。緩やかにではあるが、以前より感情の起伏が無くなってきている。コタロウ、お前もそう感じることがあったろう?」
「そ、そうですね。最近のルイさんは出会ったころと比べると少々違う気がします・・・」
「王はそんな異界人を利用し手駒にしている。それは人道を疎かにする邪道に思えてなぁ」
「力を求めて邪法だろうと何だろうと手を出していた男とは思えぬ言葉だな」
「ワシは剣の力を求め、自分の身はいくらでも切り刻んだが他人に犠牲を強いる真似はしたことが無いぞ! じゃから、わしは剣や武器を作るのはやめたんじゃ。今、世に生きる全ての者に必要なものを作る事こそわしの使命じゃてのう。そのためにワシは〝魔技工〟を産み出したんじゃ!」
老人は電子レンジを撫でながらしみじみと話す。
「〝魔技工〟?」
「左様。このワシ、〝魔技工師〟ランズ・ベア・イシュメールが極めしは魔法と技工の融合である〝魔技工〟ぞ!」
胸を張り、高らかに宣言した老人。
〝魔技工師〟ランズと俺たちの出会いはこの世界に大きな変化をもたらしていくのだが、それはまだまだ先の話なのだ。