第二十八歩 【不死鳥と実験の代償】
俺は心地良い微睡みの中で重い瞼を開く。
昨夜の豪華な食事とふかふかのベッド。
さらに言えば、相部屋を希望した俺とコタロウ以外はそれぞれに合わせた個室が用意されていた。
この至れり尽くせりの状態は俺たちの疲れ切った心身に会心の一撃だったのである。
こんなに深く眠ったのは湖に近い村で眠った時以来か……今まで深く眠った時はあの夢を見ていたけど、今回は見なかったな。
あれ、そもそもどんな夢だったっけ?
何故だか靄がかかったように思い出せない。
コンコン‼
物思いにふけっているとドアが叩かれ、俺は眠い目を擦りながら上半身を起こす。
「ルイ様、起きておられますか? 朝食のご用意ができております。
イゼア様もご一緒したいと仰せですので、お迎えに上がりました」
ドアの外から聞こえたのはチェルクの声だった。
俺はチェルクにすぐ準備する旨を伝え服を着替えると、軽く身だしなみを整える。
まだ寝ぼけているコタロウを抱えドアを開けると、チェルクと共にみんなも廊下へ出ていた。
「ではご案内します」
チェルクは俺たちをテラスのような場所へ連れてきた。
そこには大きなテーブルと並んだ椅子、そして昨日の夕食に劣らぬ豪華な食事。
「諸君、昨夜はゆっくり休めたかな?」
テーブルの上座の方からした声に一同が注目する。
チェルクはイゼアが待っていると言っていたが、その声に俺たちは聞き覚えが無かった。
「改めて自己紹介をさせてもらおう。
私はイゼア・ヴァン・ピーミリア。
この創薬協会のまごう事なき会長だ」
今、目の前でイゼアと名乗った人物は不遜な態度を崩さずにそう宣言した。
しかし、そこにいたのは昨日の面影は全くない、赤髪の青年。
チェルクが横に控えている事から嘘ではない様だが、もし双子にしても同じ名前とは奇妙だった。
「まぁ、驚くのも無理はないわな!」
俺たちが困惑しているとテーブルの上にバーンが笑いながら着地する。
バーンは食卓のブドウを摘まみ食いしながらイゼアを指差した。
「あいつは昨日お前たちと会っていたイゼア本人に間違いないぜ!」
「何言ってんだ鳥公! イゼアって野郎は昨日、女だったじゃねぇか」
同じ疑問を俺以外も持っていることからこの世界でも稀有の事の様だ。
「私の口から説明するのは少し面倒だ。バーン……」
「はいよ。
って訳で俺っちが代わりに説明してやるぜ! まぁ座りねぇ、食いねぇ!」
俺たちはバーンに促され、食事を始める。
「それで、イゼアさんはどっちの姿が正体なんすか?」
シュウスケがパンを加えながらバーンに質問する。
「別に、どっちが正体って訳でもねぇよ。
あの小娘もこっちのふてぶてしいガキもどっちもイゼアなのさ!」
その言葉にフェルがざわつくのが分かった。
「人格だけでなく、姿も二つ有しているというのか!?」
「別に好きであいつをこの身に宿したわけではないがな……」
イゼアが忌々しそうに呟くが、バーンは気にしない。
「こんなことを言っちゃいるが、こいつの元の人格が男なのか、女なのか、はたまた別物なのかはもうわからねぇんだ。
それもこれも、こいつが繰り返した無理な霊薬実験の所為だがな」
「霊薬実験?」
「あぁ、50年ほど前に創薬協会が立ち上がるまでにはいろいろあったのさ。
俺は協会設立前からの付き合いだが、その時にはもうこんな状態だった……それでな!」
バーンの話をまとめると、霊薬は生物によって起きる副作用が違うらしく、人間に向けて販売するためには人体実験が必須だった。
そこで、イゼアはバーンと出会う前から自分の身体で実験を繰り返していたらしい。
「俺自身が実験体になれば情報が漏れることも責任問題が発生することもなかった。
何よりあの時は信用できる者がいなかったからな」
そんなイゼアの前に現れたのが暇つぶしを探していたバーン。
霊薬に興味を持ったバーンはイゼアの協力者となり一緒に創薬協会の土台を作っていったのだという。
しかし、何より驚くべきなのはイゼアとバーンが初めて会ったのは100年以上前だという事だ。
「もはや私は姿も人格も人としての生すら忘却してしまった存在だ。
しかし、そのおかげで大事を成せたと後悔はない」
イゼアはバーンの話にそう付け足すと席を立つ。
「俺の主な要件は昨日、あいつが伝えた通りだ。
しかし、俺もお前たちをこの目で見てみたかったのだ」
俺たちはいつしかイゼアとバーンの話に聞き入っていた。
この時の話はこの先、何度も思い出すことになる。
「さてと、今日の本題はこっちだぜ!」
バーンは話を切り替えるように翼を広げると、身体を包む炎の中から大きめの瓶を取り出す。
中には濃いオレンジの液体が入っていた。
「これは?」
「昨日、私が調合した解呪薬だ。
そこの狼の呪いは強力だが、私なら手間取るほどでもない」
それを聞いた瞬間にフェルがテーブルに飛び乗る。
「それが本当ならばありがたいがな。
我の解呪魔法でも直せぬほどの呪いだ。
この薬もどうだかな」
「お前程度の解呪魔法と一緒にされては困る。
私が調合した霊薬は王宮の回復術師よりも優秀であることを保証しよう。
まぁ、気に食わぬのなら飲まなくても構わないが?」
睨みつけるフェルに対し挑発的な笑みを向けるイゼア。
「オイオイ、こんな高級でダイナマイトなかわいこちゃんを飲まないなんてありえねぇだろ!
何だったら俺が代わりに飲み干してやろうかぁ?」
フンと鼻を鳴らしたフェルはバーンが栓を開けた瓶を奪い取り、霊薬を一気に飲み干した。
すると、フェルの身体が赤い光に覆われ、魔力が一気に放出し凝縮する。
その後、赤い光は後足に集まり呪いを焼き尽くした。
「どうだ、私の薬は?」
赤い光が消えたフェルにイゼアが近づく。
「……呪いはきれいに消えている様だな。
さすがは創薬協会の長といったところか」
フェルは呪いが消え去った後足を見ながらイゼアに答えた。
「す、すごかったっすね!
まるで地上で花火が爆発したみたいでしたよ‼」
「この前のクスリみたいに変な匂いもしなかったですし、綺麗でした‼」
「へっ、そんな怪しい薬なんざよく飲めたもんだぜ‼」
反応は様々だが、何よりフェルの呪いが消えてよかった。
「ありがとうございます。
おもてなししてもらった上に解呪のお手伝いまで」
「礼には及ばない。
これも口止め料の一環だからな。
これで狼の解呪も済んだ。
後はお前たちの王都内部への手引きだったな……その日時だが、こちらで決めさせてもらっても構わないか?」
「えぇ、こちらは構いませんが……本当にそこまでお願いしてしまっていいのでしょうか?」
口止め料にしては法外な気がするが……
「テメェら、何か企んでんじゃねぇだろうな?」
メガロは未だ敵意を剥き出しにしているが、イゼアは意に介していない。
「少なくとも君たちに不利益になるようなことじゃない。
先の事件の当事者の君が信じられないのも無理はないが、他に方法は無いはずだ。
違うかね?」
バーンはそう言うと、俺たちに背中を向けた。
「私はいろいろと用意することがあるのでここで失礼する。
日時はおって知らせることとしよう。
では、ごきげんよう」
バーンはそのまま屋敷の奥に消えていき、俺たちはそのまま食事を続けた。
王都内部への出発が3日後という事が決まったのはその日の夕方の事であった。
次回から少し脇道が続きます!