第二十五歩 【門前と不死鳥 後編】
私たちはキレッキレの動きでポーズを決めた不死鳥に開いた口が塞がらない。
そもそもフェニックスなんて長命な龍族が多く住む龍の里でも見たことのある者などいない伝説的な存在なはず。
急に落下して来たかと思えば、何とも軽いノリで話しかけてくるフェニックスはとても伝説の不死鳥とは思えない。
「ありゃりゃ? どうしたのさ、テンション低いなぁ!
ここ一週間、こっそり付いて来てたけど一番低いんじゃないの?」
「何!? テメェ、俺たちの後をつけてやがったのか!」
この言葉に驚いたのはメガロだけではなかった。
ルイはともかくとして一週間もつけられていた事に私やフェルまで気づいていなかった。
それは殺気全開でフェニックスを睨んでいるフェルを見ればわかる。
「そんなに怖い顔しなさんなって! 別に取って食おうって訳じゃない。
お前たちと会いたいってやつがいるのさ!
だから、そのついでに王都に入れてやろうって良い話じゃないかい?」
「俺達っていつからそんなに有名になったんすかね……そんな良い話、罠って感じしかしないってのが本音っすよ」
シュウスケの意見は同意できる。
そんな話を容易に信じることが出来るはずがない。
しかし、その呟きにフェニックスが反応する。
「有名なんてもんじゃないさ。
王宮の貴族たちは魔獣を使役する異界人の話題で持ちきりだ。
王権騎士団内において期待の星である貴族出の副団長様。
その顔に泥を塗ったってね」
王権騎士団、副団長……最初の町でルイ達を捕まえようとしたって人間の事かしら。
どうやら厄介な奴に関わってしまったようね。
「あら、じゃあその汚名を返上するためのご招待って事かしら? それならご遠慮したいんだけど?」
「安心してくださいよ、お嬢さん。
そんな面白くないことでこの高貴な俺っちが動いたりしないって!」
私の質問に飄々とした態度で答えたフェニックスは翼を広げて飛びあがる。
「俺っちが動く時は俺っち自身の暇つぶしになりそうな時だけさ。
今回の招待なんざそのついででしかない」
フェニックスは笑みを深めながら、周りをくるりと回ると頭上で止まり、私たちを見下ろす。
「ならば、貴様は王権騎士団やグラブとは関係無いと?」
「あぁ、全くないね。
誓ってもいいよ!」
フェニックスはフェルの疑惑をきっぱりと否定すると再び地面に降り立つ。
「なら僕たちに会いたいっていうのはどうしてなんですか?
わざわざ招かなくてもその人が直接会いに来ることだって……」
「まぁ、そいつにも面倒くさい事情ってのがあるもんでねぇ。
悪いようにはしないってのは約束するよ。
それとも王都に入る別の方法でもあるっていうのかい?」
確かに王都の警備を見る限り、入り込む隙を見つけるのは不可能に近いって言うのが結論。
他の手段を考えようにも情報はほとんどないし、望みは薄い。
「分かった。
その招待を受けるよ」
私たちは急に響いた声に振り向く。
その声の主はルイだった。
「俺はどうしても王都に入りたい。
たとえ罠だったとしても、ここでこうしていても何にもならないからね」
罠という言葉を使ってはいるが、ルイの口調や態度からは恐れや疑念というものが全く感じられない。
前から感じていた違和感がここに来てさらに深まるような感覚。
私はルイを制止しようとするが、私の言葉が届く前に怒号が飛ぶ。
「何を言っているか貴様はぁ‼ 罠と分かっていて飛び込む馬鹿がどこにいる‼
身勝手もいい加減にしろ‼」
フェルは体中の毛を逆立たせ、ルイに迫るがルイは全く動じない。
「だから、王都に入るのは俺だけでいい。
みんなまで巻き添えになる事はないよ」
「クッ……もういい、勝手にするが良い‼ もう付き合い切れぬわ‼」
フェルは激昂するとその場を去ろうとする。
しかし、その行く手にフェニックスが先回りした。
「まぁ、待ちなって。
あんたも一緒に付いて行った方が良いと思うんだけどなぁ」
おどけた様に行く手を遮るフェニックスにフェルのイライラはさらに増していく。
「そこをどけ‼ 我はもう貴様たちの様な馬鹿に付き合う気はないと言っている!」
「あんたさぁ、そんな呪い抱えてどこに行こうっていうんだい?
俺っちはそっちの方がよっぽど馬鹿に見えるんだけどなぁ?」
「何だと‼ それと貴様に付いて行く事に何の関係があるっていうんだ!」
フェルの後足を一瞥し、クククと笑うフェニックス。
今にも飛び掛かられそうになっていても全く動じていない。
「それだけ強力な呪いだと生半可な解呪魔法では効果が無いはずだよね。
君たちに興味を持っている奴なら何とかなるかもしれないよぉ?」
「そんな戯言……あの馬鹿の様に惑わされると思うのか?」
「じゃあさ、逆に考えてごらんよ。
ここは王権騎士団を始めとする王が使役するあまたの戦力の御膝下だ。
そこにのこのこ現れた君たちに対して、こんな回りくどいやり方で罠にかける意味があると思うのかい?」
その言葉を聞いて唸りながら押し黙るフェル。
確かにメガロや私、そしてフェルがいると言っても王都の防備を突破することは現実的ではないし、騎士団クラスになれば、王都の付近まで出向いてきた私たちを捕まえることなど容易のはずだからフェニックスの言い分は正しい。
「ならば、聞かせろ! 我らに会いたがっているという者は一体、何者なんだ?」
「断られるかもしれねぇってのに、言えるわけないだろうよ。ただ、仮にも王都にあんたらを入れることが出来るくらいの男ってのは確かだ。そしておそらくだけどあんたの呪いを解くことが出来るはずだ」
フェニックスはやれやれといった感じで首を振りながら、フェルの前から離れる。
「……チッ! この忌々しい呪いを解かないとどうしようもないのも事実か」
「お~う、そう来なくっちゃ! やっとその気になってくれて俺っちも満足だぜぇ」
フェルの苦々しい顔と対照的にフェニックスの顔はさらに明るくなっていく。
「僕はルイさんと一緒に行きますよ。
今更、離れませんよ‼」
「俺も問題ねぇ。
もし罠だったとしてもぶち破れば済む話よ!」
コタロウとメガロもルイに賛同している。
シュウスケも王都に入るつもりだった様だから一緒に行くだろう。
……でも
「ねぇ、ルイ。
私は……」
「うん、わかってる。
君はミディを無事に龍の里に届けなきゃいけない。
危険に巻き込まれない方が良いよ。」
ルイは顔に笑みを浮かべると私にそう告げる。
自分でもわかっている。
私、龍人族のリントヴェルム・ドレイシアの使命は龍族の守護。
ルイの腕の中で眠っているミディを一刻も早く、安全な龍の里に連れて帰らなければならない。
「そうね……私は私の使命を果たさなきゃならないわ」
私はルイからミディを受け取ると、龍の里の方角を見る。
「本当に今までありがとう。
機会があったらまた会えると良いな」
ルイはそう言って手を差し出す。
私はミディを抱く反対の手で握手を交わすが、言葉が出てこない。
「何だよぉ……やっぱりそっちの嬢ちゃんたちは行かないのかぁ。
残念だなぁ!」
「あぁ、悪いけど王都には俺達だけで行く。
それでも構わないかい?」
「問題は無いけどさぁ。
花が無いよね、花がさぁ。
はぁ、かなり時間をロスしていることだし行こうか」
フェニックスは正門に対して西の方にゆっくりと移動していく。
「じゃあな、リン。
気を付けて!」
ルイはそう言うとフェニックスを追って歩き出す。
それを追うようにコタロウ、シュウスケ、メガロ、そしてフェルが続いていく。
私は彼らの背中を見送りながら彼らの無事を祈ることしかできなかった。
ここでリンとミディが離脱しましたね。
ここから王都に入ったルイ達にはどんな困難が待ち受けているんでしょうかねぇ?
そして、ルイ達を待つ人物とは一体?