第十二歩 【旅立ち】
俺は光の中にいた。
光の靄以外何もない空間に俺だけが浮かんでいる。
『類、久しぶりだね』
頭に響くような声に俺は辺りを見回す。
その声は初めて聴く声だったが、どこか懐かしく感じた。
「だ、誰なんだ?」
声の主を探す俺は光の靄の先に一つの影を見つける。
『こうして話すのは初めてだからね。
わからなくても仕方ないさ』
「話すのは……初めて?」
俺はこの懐かしさの理由を必死に探していた。
なぜかとても胸が温かく感じる。
『類がこの世界で生きていけばまた話ができるかもしれないね。
でも、今はまだこれくらいで――』
声は次第に遠くなり、影は光の靄に消えていく。
その時に俺の懐かしさに一筋の痛みを感じた。
まさか……そんなことが?
「待ってくれ! お前は――」
俺は必死に手を伸ばした。
※
俺が目を覚ますとそこは木漏れ日の中だった。
俺の横ではコタロウが丸まって眠っている。
「コタロウ……俺は一体?」
俺は重い身体を起こす。
「目が覚めたか」
後ろから声がして振り返るとそこにはフェルの姿があった。
「フェル、お前が助けてくれたのか?」
「あぁ、コタロウが泣きついて来たんだ。
しかし、手痛くやられたものだな」
フェルがやれやれといった感じで今までの状況を話してくれた。
ここは最初にいた森の一角で俺は丸一日眠っていたのだという。
「そうだ! あの子龍は? 俺と一緒にいなかったか?」
「あぁ、それならな――」
フェルがそう言いかけた時だった。
「キュイ‼」
大きな甲高い鳴き声が聞こえたかと思えば、フェルの背中から何かが俺に飛びついてきた。
「よかった! お前も無事だったんだな!」
飛びついてきたのはあの子龍。
怪我も癒えて、とても元気な様子だった。
「フェル、ありがとう。
本当にお前のおかげだよ」
「礼は良い。
恩を返したに過ぎないからな」
恩って完全に返しすぎている気がするんだけど……
ありがたく受け取っておこう。
「しかしな、ルイよ! その子龍から色々と状況を聞いたが無茶が過ぎるぞ‼」
フェルは声を荒げる。
「その子龍とはあの時初めて会ったのであろう?
お前がお人よしのバカだという事は理解したつもりであったがここまでとは‼」
散々な言われようだが反論できない。
自分だってそう思っているくらいなのだから弱肉強食の世界を生き抜いてきたフェルなんかが見たら底抜けのバカに見えてもしょうがないというものだ。
「し、仕方んないんだってば! 目の前で弱っている生き物がいるのに見て見ぬふりなんて俺はできない‼ それに――」
俺は子龍を抱えて立ち上がり、続きの言葉を出そうとしたがそれと同時に心が抉られる様な思いがした。
自分では抑え込んでいるはずの過去が、俺の無鉄砲な行動を作っている。
そんなことは自分でも痛いほどわかっている。
あんな夢を見るくらいなんだから俺はそれを言い訳にしてしまっているんだろう。
だとしても、俺は……
「それに人間でも魔獣でも……守れるかもしれないのに何もしないのは嫌なんだ」
やっと言葉を発した俺をフェルはまっすぐ見つめている。
それは森で初めて自分のことを話したときと同じ瞳だった。
「お前は一体、何を抱えて……いや、やめておこう」
フェルはフッと笑うと体躯を少し縮め、俺と同じ目線になる。
「ルイよ。
お前はこれからどうするのだ?
先のことでこの世界がお前に対して優しくはないことが分かっただろう?」
「あぁ、そのことでフェルに相談があるんだ」
「相談・・か」
俺は腕の中で眠ってしまった子龍をコタロウの横に降ろすとフェルの前に腰を下ろした。
※
「相談があるんだ」
この流れは予想がついていた。
一度、弱肉強食の世界に触れてしまった者の考えることは大体が依存だ。
こいつも一度酷い目にあってしまえば我が身可愛さが出てくるというもの。
我に依存することでこの世界を生きていこうと考えても不思議は――
「コタロウと子龍をどこか比較的安全な場所まで連れてってくれないかな?」
「ルイよ、やはりお前も……ん? 何だと?」
ルイは我が思ってもいないことを口にしたため、一瞬だが言った意味が解らなかった。
コタロウと子龍だけだと?
「お前は何を言っておるのだ?」
「何でも頼ってしまって悪いとは思うんだけど、恥を忍んでお願いするよ。
本来は俺がやらなきゃいけないことなんでだけど――」
「違う、そこではないわ! なぜあいつらだけなのだ? お前はどうする?」
話を遮られてきょとんとするルイ。
やはりこいつが何を考えているか我には図れん。
「あぁ、俺か……」
ルイは頭を掻くと気まずそうに続ける。
「俺は王都に行こうと思うんだ」
ルイの返答を聞くと我の心に呆れと苛立ちが溢れた。
我が興味を示した男はこの程度の者であったかと、勝手な理屈ながら落胆したのだ。
自ら王の操り人形に成り下がろうと言うのか?
そんな命に何の価値があろう。
「いや違うんだ、俺は王の操り人形になりに行く訳じゃない!」
ルイは我の表情を見て何かを悟ったように否定する。
「では、何故わざわざ王都まで行くというのだ?」
「兵たちが〝日本の情報は収集済み〟って言ってたんだ。
それってつまり、王都には捕まっている日本人がいるってことじゃないのか?」
ルイが何を言い出そうとしているのかは大体理解できた。
「つまり、お前は同郷の者を助け出しに行きたいとでもいうのか?
そして、それができるとでも?」
我の問いにルイは首を振る
「できるなんて思っちゃいない。
ただ、見て見ぬふりができない性分でね。
何かできることがあるんじゃないかって思ってるだけさ。
同郷の人だけじゃなく、操り人形にされてしまってる異界人達全員にね」
「はっきり言ってやる。
お前には何も出来んぞ。
精々捕まって操り人形の仲間入りを果たすか、王の逆鱗に触れ処刑されるのが関の山だろう」
我の苛立ちはさらに大きくなっていた。
無力な奴が無謀に死んでいくのは今までも腐るほど見てきたが、その中でも飛びぬけて阿呆で気色が悪い。
他人の、しかも顔も知らぬ奴らのために命を懸けるだと?
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
我は内心でルイのことを罵倒し続けたが、最初にあった呆れはもうなかった。
「そう無謀だな。
だからあいつらは連れていけない。
それに俺と一緒にいるとあいつらまで執拗に追われることになるだろうから」
ルイは少し寂しそうにコタロウ達を見る。
「お前は自分のことは考えないのか? 一体、何がお前をそうさせる?」
我がそう呟いた瞬間、ルイの目の色が変わる。
「違う! 俺は自分のことしか考えていない!
俺は自分がそうしたいから、そうしなきゃ自分じゃないから助けるんだ。
だから……俺がやってることはただの我が儘でしかないんだよ」
我は返す言葉が見つからなかった。
こいつが何を抱え、何を考えているか我には解るはずがないがこれは異常ではないか……そう感じる。
我も何人か異界人を見てきたが、やはり最後には自分の命を優先させた。
しかし、こいつは……
「それにさ、誰も手を差し伸べてくれないなら、だれか一人くらい手を差し伸べられるバカがいたっていいじゃないか。
それが俺しかやれないなら……俺はやる!」
《私しかできないなら……私がやるしかないんですよ》
ルイの声に記憶の片隅が疼く。
まさか、こんな弱い異界人が奴と被るとは……やはり面白い人間だなこいつは。
「ルイよ。
先程の提案だが、受け入れることはできない。
そいつらはお前が勝手に助けた奴らだ。我の知るところではない。
その責任はお前にあるのだからな!」
「あぁ、勝手なことを言っているのは分かっているんだ。
でも――」
「だから、我もお前の道連れとなってやろうではないか。」
「え?」
ルイは我の言葉が思いもよらなかったと見えてポカンとしている。
先程までは立場が逆だっただけに少し痛快といったところだな。
「我はお前の行く先に興味が湧いた。
この地獄でお前のその甘ったるい考えがどこへ辿り着くか……暇つぶし代わりに見定めてやろう!」
「で、でもフェル――」
ルイはようやく我の言葉の意味を理解したようで、何か言いだそうとしている。
大方、我やコタロウ達を巻き込めない
しかし――
「僕たちも‼」
それよりも早くルイの後ろから声が響く。
さっきまで寝ていたコタロウと子龍だ。
「僕たちもルイさんに着いて行きます! 絶対にルイさんのそばを離れませんよ‼」
「キュイ! キュイ!」
自分の事よりこいつらを心配するルイだ。
こうなってしまっては我の提案を拒否することなどできまい。
「すまないな。
みんな、よろしく頼むよ!」
ルイは少し照れ臭そうに笑うと我らの提案を受け入れた。
「そうと決まればさっそく行くとするか‼」
我はルイとコタロウ達を鼻ですくい上げると背に乗せる。
「ここは辺境もいい所だからな。
転移術が使えない以上、王都までは一か月ほどはかかるかもしれん」
「そうか、苦労かけて悪いなフェル」
「我が好きでやるのだお前に詫びられることなどないわ!」
我は大きく吠え、身体を大きくすると地面を大きく蹴り飛び上がる。
この時、俺の心は確かに踊っていた。
長い孤独の終わりと新たなる旅立ち。
それはこの地獄に突然現れた一筋の光……いや、一本の〝けもの道〟だったのだと後に思うことになる瞬間だった。
― けものみち1本目 出会いの道 完 ―
色々とお待たせしましたが、やっと第一章完結です。
次回はようやくヒロイン登場しますよ( ̄▽ ̄)