第十歩 【尋問と子龍】
気が付くと俺は薄暗い牢の中にいた。
生きているところを見るとハイトの一撃は峰打ちだったようだが、首の後ろがズキズキと痛む。
「お、起きたか異界人」
牢の前に座っていた男が俺に声をかける。
俺はその男の服装に見覚えがあった。
「治安部隊か」
そう、妖精街に行く前に追いかけっこをした奴らと同じ服装。
即ち、異界人狩り専用部隊の〝治安部隊〟ってわけだ。
「治安部隊? 随分と古い名前を聞いたもんだな! そりゃあ50年くらい前の名前じゃなかったかな?」
あぁ、やっぱり古いのね。
フェルの知識はやっぱり150年前で止まっているようだな。
「今は国王から〝グラブ〟ってちゃんとした役職を賜ってんだ!
お前らみたいな奴らを専門に王様にお届けするって簡単なお仕事だがな」
「俺たちは完全に物扱いってことかよ」
「もともとこの世界に存在しない奴らの権利まで知らねぇって話だよ。
文句があるなら勝手にこの世界に渡ってきた自分を恨む事だな」
異界人に対する扱いは思っていた以上に酷い様だな。
俺も何か考えないと王様の便利人形コレクションの仲間入りだ。
「そう、ソワソワするなって! もう暫くすれば尋問が始まるからよ!」
「尋問? なんのためにそんなことを? 王都に着けば王様の言いなりじゃないのか?」
言いなりになってからなら何でも話すだろうからそんな手間をかけなくてもいいのではないだろうか?
「支配魔法は自我を失わせる魔法だからな。
自我を失っちまったら話したくても話せないってもんだぜ。
まぁ、精々苦しい思いをしないうちに話しちまうのが身の為だ」
俺たちがそんなやり取りをしていると牢獄の奥にあった扉が開いた。
※
我は町の喧騒の中に身を潜めて周囲の様子を窺っていた。
あの人間たちと別れ、改めて追手の処理をしようと思ったが、どうやら本当にこの町には来ていないようだな。
奴らが察知しやすいように撒き散らしていた魔力を身体の内にしまうと我は建物の屋根に飛び乗った。
何やら動き回っていた騎士共が町の外へ出ていったようだし町を出るなら今が好機のはずだ。
我は建物の屋上へ次々と飛び乗り、町の外を目指した。
「く、来るなぁ!」
我は聞き覚えがある声にふと足を止める。
屋上から下をのぞき込むと袋小路になっている路地に二人の騎士。
そしてその目線の先には小さく黒い塊……コタロウか!?
その近くにルイの姿はなく、明らかに追い詰められている。
「へッ! 手間取らせやがって」
「魔獣め、もう逃げられんぞ‼」
「僕たちは何も悪いことなんかしてないのに! お前たちこそルイさんをどこへ連れて行った‼」
コタロウは大きく吠えているつもりだが、魔獣の声など普通の人間に理解できるわけがない。
それどころか小さい魔獣の遠吠えなど威嚇にもなりはしないわけだが、さてどうしたものか……
恩があるとはいえ、不用意に首を突っ込めば自分の身が危うくなる。
他人に情けをかけるなど、この世界では愚行であると身を持って知ってきた。
しかし……
我はどうしても足を進めることができなかった。
※
俺は後ろ手に縛られたまま椅子に座り、目の前の治安部隊の尋問官を睨みつけていた。
「まずはお前の名前と出身地から教えてもらおうか」
「沢渡 類……出身地は日本」
「二ホンか……記録にあるな。
最近の情報は収集済みになっている」
収集済み? 最近?
ということは日本人がいるってことなのか?
しかも……王様の操り人形として?
「さて、それではさっさと尋問を……」
『タスケテッ‼』
尋問官の言葉を遮るように俺の頭に声が響く。
ぎこちない声だが悲痛なほどはっきりと――
ドタッ‼ バキッ‼
その途端に隣の部屋から大きな物音がし、扉が破壊された。
飛び込んできた小さな影に俺は目を疑った。
小さな翼に尻尾。
身体は細かく綺麗な鱗に覆われている。
それは〝龍〟!
身体の小ささから言ってまだ子供だろうか?
でも、なんでこんなところに?
「暴れるんじゃねぇよ!」
子龍を追ってきたのは治安部隊とは違う制服を着た騎士だった。
「おい、尋問中だぞ! 魔獣狩りは他所でやってくれよ!」
魔獣狩りだと!?
「悪ぃな。
町の近くでまさかこんなレアものが見つかるとは思わなかったからテンション上がっちまってよ!」
騎士は子龍の尻尾を掴み、持ち上げると高らかに笑う。
『イタイッ! ヤメテッ!』
子龍の鳴き声と頭に響く声が重なる。
この悲鳴はあの子龍なのか?
どちらにしてもこのまま見過ごせない‼
「やめろよ‼ まだ子供じゃないか」
俺は縛られている椅子ごと立ち上がり叫んだ。