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ゆらら石に呼ばれた娘

 婚姻の証の耳飾り―― 守られる側の女性がつけるのは右の耳…… 守る側の男性がつけるのは左の耳。

昔からある風習である。 とは言え、 石でつくられた耳飾りは庶民には敷居が高い。 一般的には木彫りのものか、 刺青で済まされる事の方が多かった。

 継直さまに耳飾りを差し出されて、 私は髪を掻き上げて右の耳を差し出した。 

確かめるような手が私の耳朶に触れる―― 正直に言えば恥ずかしい。 いっそ自分で付けてしまいたいけれど、 こればかりは互いの手でつけ合うもので…… 拒否すればまた継直さまに怒られるだろうと言う事は、 私にも簡単に想像できた。 

 化膿止めの薬だろうか、 継直さまは美しい蒔絵が施された貝の中から軟膏を掬って耳飾りの針に塗ると、 そのままそれを私の耳朶に当てる。


 ぷつり


 耳朶を貫く音と共に、 熱い痛みを感じる。 

カチリとした音がして、 この耳飾りが外れないように固定されたと分かった。 継直さまが手を離せば、 耳飾りの重みが耳朶を刺激する。 


 「大丈夫ですか? 」


 ジリジリとした痛みは感じるけれど、 酷い物では無い。 私は大丈夫だと頷くとそっと耳飾りに触れた。 シャラシャラとした音が鳴る。 ゆらら石が『まかせて。 がってん』 と得意げにしているのが微笑ましい。


 「――…… 」


 そんな私を見ながら継直さまが、 私にもう一つの耳飾りを差し出した。 受け取る時に少し手が震えたのは、 つけられるよりも―― つける方が緊張したからだ。

 差し出された継直さまの左の耳に、 そっと触れる。 少し冷たい…… 柔らかな耳朶。

 頷く継直さまを見て、 私は息を飲む。 恐る恐る耳飾りの先に軟膏を塗ると、 そっと針を継直さまの耳朶に当てる。 深呼吸を一つ。 こう言う事は一気にした方が良いと聞く。 中途半端に刺せば余計に痛いだけだ。 

 手に感じるのは皮膚を破る針の感触―― 怯みそうになる心を叱咤して、 一気に押し込む。 最後に目を瞑ってしまったのは、 人を刺すと言う事に慣れないからだ。

 貫通した針先に、 固定するための金具をつける……。 カチリと音を立ててそれは嵌った。

 「無事につけられましたね。 これで、 他の誰が見ても私達は夫婦になった訳だ」

 臆面も無く告げられる言葉に、 目を逸らす。 そして、 間が持たないこの妙な雰囲気をどうにかしたくて、 継直さまに気になっていた事を聞こうと思い立ち口を開く。


 「あの―― 今更ですけど、 お聞きしたい事があって…… お姉さま方が駄目だったのは分かりました。 でも一つだけ、 継直さまは他の白や灰袴の中にもっと相応しい娘がいるかもしれないとは考えなかったんですか? 」


 私で決まってしまったから、 まだ試されていない白袴や灰袴がいたはずだ。 あの時―― 紫袴の方達が一斉に膝をついた後―― 同期の者達の中からも妬ましさの籠った視線を感じて、 居心地が悪かった事を思い出す。


 「…… あなたも大概諦めが悪いですね。 単純な話ですよ―― 晶技館に来た時に花名かめいを付けられて元の名は隠されますね? あなたはゆすらと名付けられた。 けど本当の名は『ゆらら』だ。 蒼龍院家にとって第一の理由はそれです。 『ゆらら』である事―― けれど実際には、 あなたの他にも『ゆらら』 の名を持つ者は緋袴の中にいたんですよ。 けれど、 彼女は『最初のゆらら』 に呼ばれなかった。 あそこまで潜るのは苦しかったでしょう? けど、 あなたはそれを為した。 何故です? 」


 私の問いに呆れた顔をした継直さまだったけれど、 溜息をひとつ―― 諦めたような顔をしてそう答えてくれた。

 もう一人いた―― それも緋袴の中に――? 正直に言えば、 混乱した事は事実だ。 だって私なんかより、 その人の方が相応しい。 それなのに―― 何故? と。


 「わかり―― ません。 けど、 どうしても行かなければと―― 」


 呼ばれる―― そう。 確かに私は呼ばれた―― あの『最初のゆらら』 に。

あの声に惹かれて、 私は―― 願ったのだ。 私にしか聞こえない、 あの祈るような声が私を呼んでいると言う事を。 

 もう誰も呼んではくれないその名を呼んでくれていると言う事を。 だから潜った。 私を呼ぶ石に会いたくて。 


 「それが、 呼ばれるという事です。 そうであった以上、 私の子を産めるのは、 あなただけにしか出来ない事になった」

 「――……? 」


 継直さまにそう言われて、 私は訳が分からなくなった。 呼ばれた事と、 継直さまの子供を産めることに何の関係性も見出せなかったからだ。


 「四方院の家だけ、 何故頑なに―― 妻を晶技館の細工師の中から娶るのか、 疑問には思いませんでしたか? その理由ですよ。 我々は強い妖を討つ力を得た代わりに、 我々の家の守護石に呼ばれてその場所に至れる娘との間で無いと子を残せないのです」


 そう笑顔で告げられて、 ざわりと肌が粟だった。 笑顔の奥で、 まるで品定めをされているかのような居心地の悪さを感じて、 私の顔が引きつる。

 それなら―― それなら…… 私以外の誰にも継直さまの子を産めないではないか……。 あぁ―― 継直さまに無知であると言われる訳だ。 どうしよう。 この話も継直さまの名前のように知っていて当たり前の知識だったのかしら? 

 耳飾りも付けてしまったのだし、 今更逃げられないとは感じていたけれど―― あぁ、 これはどうにかして覚悟を決めた方が良いと言う事だ。


 「ゆらら、 君は聞こえたと聞いています。 緋龍院家の細君は芳しい匂いを感じたそうですよ? あまり知られてる事ではありませんが、 四方院の家のどこかに嫁ぐ娘は五感のどれかで呼ばれるんです…… あなたにとっては不幸な事でしょうね。 好きでもない男の元に嫁ぐのは。 けれど、 可哀想だとは思いますが、 僕は貴女を逃がす事はできないんです―― ですから、 諦めて下さいね? 」


 気が付けば、 目の前に妖しい笑顔の継直さまが―― だから、 目の奥が笑ってなくて怖いんですとは言えずに石のように固まる。 そんな私を楽しそうに一瞥した後、 継直さまはもう一度私の口を吸った。


 ※※※


 巫女であったのだから当然ではあるが、 僕の妻は男に対して免疫が無い。 

それは呆れるほどにだ。 耳飾りを持ってきた数々の娘達を思い出せば、 彼女達の方が男慣れしていただろう。 だからこそより愛おしく感じるのは夫となった僕だからこその特権だろうか。 まぁ、 それを教えてあげる気もないけれど。

 ついでを言えば、 僕の妻は大分鈍いらしい。 なので、 からかうととても楽しいと言う事に気が付いた。 少しでも視線に色を滲ましただけで固まるのだから面白―― いや困る。

 この様子じゃ、 本当の初夜を迎えるのにどれだけかかるんだか。 

 自分にしか僕の子供を産めないと知った時なんて、 蛇に睨まれた蛙? それとも袋小路に追い詰められた鼠のような、 途方に暮れた顔をしていた。 まぁ、 窮鼠猫を噛む―― という言葉もあるから、 僕はそうならないように気を付けるべきだろうね。


 「口を吸っただけで、 どうして隠れる必要が? 」

 「―― 」


 今更のように思うけれど、 固まったままのゆららを置いて、 軽く着替えて来たら彼女が布団にくるまっていて団子か大福ようになっていた。 そして、 そのまま出てこない。


 『恥ずかしがっているのでしょ? 』

 『継直が離れた事で我に返ったようだな』


 朱依と継護の言葉に、 白い団子がもぞもぞと動いた。 その前に悪戯で押し倒しもしたし口も吸ったと言うのに、 本当に初心うぶな事だ。


 「ゆらら、 初々しいのはいいですけどね。 あまりそんな状態で丸くなっていると言うのなら…… 早く慣れるようにもっと口を吸わないといけませんかね? 」

 「!! 」


 白い団子がビクリと震えて、 ゆららが真っ赤になった顔を布団から少しだけ覗かせる。


 「しますか? 何なら、 貴女が恥ずかしさを認識できない位に蕩けさせて差し上げても良いですが? 」


 少しだけ怒った振りをすれば、 ゆららは素早く起き上がり寝台の上に正座した。 勢い良く出た所為で、 胸元が肌蹴て形の良い小ぶりの胸が今にも見えそうだ。

その胸元に刻まれた証に、ニヤけそうになる頬を理性を総動員して引き締めた。

 男と言うものはどうにも妻を自分のものだと主張したいらしい。 先に嫁をとった幼馴染みが、 そんなような事を言っていたのを思い出す。 聞いた時は馬鹿にしていたのだけれども。


 「そこの扉から出れば、 貴女の部屋ですから。 そこに一花と二葉がいるはずです。 着替えて来たらどうですか? 」


 あまりにもガチガチに固まっていたので、 そう助け船を出してあげた。 ついでに指をさして胸元を指摘してやる。 それで自分の惨状に気付いたらしい。 僕の妻はバッと胸元を合わせると、 涙交じりの目で睨んだ後―― 脱兎のごとく駈け出して、 隣の部屋へと逃げ込んだ。 

 その可愛らしい様子にクスクスと笑っていると、 継護と朱依に呆れたような溜息を吐かれた。 

 『僕のゆらら』 はとても可愛い。  


 ※※※

 

  恥ずかしい…… 恥ずかしすぎる。

 継直さまに笑顔で胸元を指摘され、 自室だと言うそこに脱兎のごとく逃げ込んだ私は、 一花と二葉に髪を梳いて貰いながら赤面していた。

 好きになれれば良いとは思ったけれど、 やっぱり継直さまは苦手だ……。 こちらが困るのが分かっていて遊ばれている気がするから。 胸元が肌蹴ていると教えてくれた時の、 飄々とした笑みを思い出して、 少し苛っとしてしまった。

 困るのは私ばかりで、 継直さまは動揺の欠片も見えないのだ。 ずるい気がする。


 「昨日は不首尾だった筈ですけれど―― 」

 「不首尾になるようにした筈ですけれど―― 」

 「「もしかして、 若様に据え膳食べられてしまいましたか? 」」


 ぎょっとするような事を二人に言われて目を見張る。 マジマジと私の顔を覗きこむ双子は、 悪気のない顔で平然としていた。 

 貴族様と言うものは、 身の回りの世話をしてくれる人達にそんな話もするものなのだろうか……。 昨日から、 私も貴族の端くれになった訳だけれど、 閨の話をこの幼さの残る少女達にしていいものかと困惑してしまった。


 「あら―― この様子では違うようですわ一花。 まぁ、 多少手は出されたようですけど」

 「真っ赤になって駆け込んでらっしゃったから、 そうかしらと思ったのですけれど…… 若様ってば、 そういう事に関しては―― やっぱり甲斐性無しですわね」


 困惑したまま無言でいたら、 何やら察してくれたよう…… けれど、 一花サン? 二葉サン―― 何でそんな事が分かるの―― と言う位に的確に良い当てられて思わず赤面する。

 多少―― 手を出されたって…… 思わず、 思い出しそうになって頭を振ってソレを追い出す。


 「甲斐性無しって…… ていうか何で不首尾って知っているの? 」


 整えた髪が乱れたと一花に文句を言われて、 前を向かされた。 ほつれた所をなおされながら、 おずおずと私は口を開く。


 「簡単ですわ、 お嫁様―― 」

 「昨日のお飲み物に、 媚薬を少々―― 」


 艶やかな笑みを浮かべる二人に、 ゾクリと背筋が粟立った。


 「多めに入れておきましたので…… ふふ。 ぐっすりお休みになれたでしょ? 」


 どうやら、 私が意識を失ったのは、 この二人が原因だったらしい。 助かったとお礼を言うべきなのか―― 余計に緊張するようになったと文句を言うべきか悩んでしまった。


 「媚薬―― 」


 ポツリと口から零れた言葉に、 一花と二葉が頷いた。


 「お嫁様のお心の準備が伴っていなかったので」

 「お心に傷が付けば、 良いお仕事が出来なくなる事もありますから、 私達の権限で入れさせていただきました」


 お嫁様のお仕事はもちろん、 蒼龍院の次代をお産み頂く事ではありますが、 晶の巫女として、 宝珠を細工して頂く事もお嫁様の勤め―― そのお仕事に障りが出るのは困るから―― と。

 石の細工は繊細なもの。 細工師の心が石に反映される。 心が凪いだ状態で、 過不足なく中道にあれば、 良い仕事が。 負の状態であれば、 石がソレを吸収する。 私個人が使うものであればそれでも良い。 私の負の感情を吸収してくれるのだから。

けれど、 それが人が使うものであれば―― 負を吸収した石を使えば、 災いを呼ぶ事もあるので危険だ。

 二人は、 私の心の準備が整わずにそう言う事になれば、 私が傷つき―― 細工師としての勤めに影響が出ると判断したようだ。 それにしても――


 「権限で? 」

 「「はい」」


 笑顔で同時に返事をされて、 私は小首を傾げた。 一花と二葉の権限とはなんだろう。 今みたいに勤めに影響があると判断したりする事だろうか。


 「お嫁様―― 妖は見た事無くとも、 存在は知ってらっしゃるでしょ? 」


 唐突に一花にそんな話を振られて更に混乱する。 妖―― 継直さまが戦うべきモノ。 人の負の気の顕現―― 人がいる限り、 世界に存在し続ける人の『業』 


 「私達は、 半妖と呼ばれるものです。 そして―― 蒼龍院のお家に代々仕える式神しきと呼ばれるもの」

 「怖ろしいですか? お嫁様」


 一花と二葉が…… つ―― と私から離れて二人並び―― 伺い知れぬまなこでもって私を見つめる。 あぁ―― この二人はか幽世かくりよの者の血を引くのか――。 一瞬、 畏れに似た気持ちが駆け抜けた。

 妖には、 二種類いる。 人を害するものと、 人を害さない者。 害さない者の中には、 人の世で人のように暮らし、 人との間に子をつくるものもいると聞く。 ならば二人は、 人を愛した妖の子なのだろう。 そう思った瞬間に畏れは消える。


 「―― 何の妖か聞いても失礼にならないかしら? 」


 クスリと笑ってからそう言えば、 一花と二葉が花が綻ぶように嬉しそうに微笑んだ。 そのまま、 二人嬉しそうに私に抱きついてくる。


 「あぁやっぱり! お嫁様は素敵だわ」

 「えぇとっても! お嫁様は優しいわ」


 その笑顔を見て、 あぁ、 一花と二葉は私に嫌われるかもしれないと思いながらこの話をしたのだと思った。 先程の伺い知れぬ表情は、 彼女達なりの傷つかない為の仮面であったのかもしれないと。


 「ふふ。 代々のお嫁様の中には私達をお嫌いな方もいらっしゃったのですけれど。 やはり妖というものは不気味で怖ろしいものですからね」

 「恐れずに接してくれるお嫁様は貴重でしてよ。 まぁ、 この所はお優しいお嫁様ばかりで有難い事ですけれど―― 」


 一花が話し、 二葉が同意する。 やはり、 半妖と言う事が受け入れられなかったかたもいたようだ。 ―― 確かに難しい事だとも思う。 晶技館には、 妖に家族を殺されて売られてきた娘もいるのだから。

 そういう人達からすれば、 一花と二葉は憎しみの対象ともなりかねない。

  

 「「私達の母親は数千年生きた妖弧でした。 父親は普通の人間でしたけれどね。 兄弟の中で私達だけがより、 妖に近かったのですわ」」


 笑顔で話す一花と二葉に我に返った、 『代々仕える式神』 だとか『数千年生きた妖弧』 と言った言葉が重なる―― あれ? もしかしてこの二人は…… かなり年上でらっしゃる?

 年齢を聞いたら、 『『お嫁さまったら。 女性に年齢を聞くなんて、 ヤボですよ? 』』 と笑顔で返された。 どうやら、 秘密のようです……。

 継直さまはポーカーフェイスがお得意のようです。

ゆららは思ってる事が丸分かりみたいなのできっと苛める―― からかうのが楽しいのだと思ったり。

されてる当人はたまったものじゃないでしょうが。 

 当分妖は出てこないと言ったのに、 こちらの都合で一花と二葉が半妖化しました。 コレは別の人間(?)を考えていたのですが、 少々変更です。


 次回は、 継直さまの視点から始まる予定です。 継直さまが苦手な人がでてくるかも?

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