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『継護』と『朱依』

 一花と二葉に案内されて入った部屋はの西洋風の寝台を見て、 思わず後じさる。

幸いにも、 私の夫になる人は寝台の傍にあるテーブルの横―― 椅子に座っていてくれた。 テーブルの上には片手で食べれる軽食と、 漆塗りのグラスに注がれた琥珀色のトロリとした飲み物。

 空いている方の席を指示されて、 おずおずとそこに座る。 一花と二葉はもういない。 完全にこのひとと二人っきりだ。


 「あ―― の…… 私、 聞いておかなければならない事が―― 」


 緊張しすぎて、 まともに顔を見れない中、 勇気を出して問いかける。


 「何です? 」

 「その―― 名前! 名前を教えて頂けますかっ」


 思いきって言いきれば、 息を飲む気配―― おそるおそる顔を見れば、 茫然と驚いた顔をしたあとに少し赤面したそのひとが居心地悪そうに身じろぎした。


 「僕の―― 名ですか。 あなたは本当に―― いや、 知っているだろうと思い込んでいた僕も、 随分と間抜けですね。 はぁ。 よもや今上帝の御名も分からないとか言わないでしょうが――…… 開いた口がふさがらくなりそうですね」


 今上帝の名前と言われ、 そっと目を逸らしたことで察したのだろう。 居た堪れない気持ちで私は彼の答えを待った。


 「蒼龍院 継直つぐなお 伊周これちか


 憮然とした様子で名を告げられて、 口の中で復唱する。 継直さま――。


 「二人の時は伊周でも構いませんが? ちなみに、 今上帝のお名前は―― 聖武帝せいぶてい、 近仁ちかひとさまだよ。 皆『帝』 とお呼びするし直接名を呼ぶ機会は無いとは思うけれどね。 一応、 四方院の家は私的に帝とお付き合いがあるからお会いする事もあるだろう―― 代をさかのぼれば親族だしね。 覚えておくと良いですよ」


 告げられた名よりも、 さらりと告げられた事の方が重大事だった。


 「無理―― 無理です…… 四方院のお家だって雲の上の人達なのに……! 帝? 空の遥かかなた上の人ですよ?! 」


 そんな人と会う機会があるですって? 冗談じゃない。 というか親族って何ですか? 恐れ多くてどうしたら良いかまったく分からないんですが。


 「あきらめて。 代々のゆららが皆通った道だから―― というかそもそも我が家の場合は『最初のゆらら』 が皇族の姫だったんだけどね」


 『最初のゆらら』 は降嫁してこられたそうで……。 後は、 何代か前の帝に蒼龍院家の娘が入内したりしたそうです。 四方院のお家は多かれ少なかれそう言った形で、 皇家との繋がりがあるとか――  


 「ちょっとまって下さい! 『最初のゆららは』 蒼龍院家のご先祖様って事ですか? 」


 良く分からないけれど、 石の精霊的な―― 神さま的な何かだと勝手に思っていたので驚いた。


 「そうなるね。 そして、 これが『最初のゆらら』 のつまと娘だ」


 そう言って、 継直さまが見せてくれたのは一振りの刀と小さめの護り刀。

 

 「は? 」


 思わず、 私がこんな声を出してしまったのは悪くないと思う。 これを見せられて夫と娘―― って。

それを言ってしまうと、 『最初のゆらら』 が水底の石の中に居る事もおかしいのだけれども。


 「斬妖刀ですね。 娘の方は僕の『妻』が持つ用の護り刀だけれど」


 そう言って継直さまが刀を半分ほど引き抜く。 妖しく光る銀の刃は刃紋も美しく、 まるで揺らめく炎のよう―― 鍔には、 梅と―― その散り際から武家には忌まれる事の多い、 椿が透かしとしてあしらわれ、 柄巻つかまきは蒼。 かしらの先に同色の蒼い紐と宝珠が揺れていた。 鞘は黒漆―― それに金の装飾があしらわれていて、 全体的に重々しい雰囲気だ。

 対して護り刀は、 朱塗りの鞘に金の桜模様と大変可愛らしい見た目だ。 申し訳程度にある鍔は金色で特に装飾は見られない。 柄も朱塗りで柄巻きは無く、 頭の先に蒼い紐と宝珠が揺れる。

 宝珠はどちらも―― ゆらら石だ。


 「夫の方が『継護つぐもり』 娘の方が『朱依あけい』 と名が付いている」


 気軽にハイと渡された、 朱依がずしりと重たい。


 「―― えぇっと? 」

 「今から、 貴女の護り刀ですよ。 大事にしてあげてくださいね? 一日一回、 磨いて上げると喜びます」

 「…… 喜ぶ―― んですか? 」


 石の中にご先祖様がいる位だから、 この護り刀にも何かあるのだろうか…… 一応、 「ゆすらです…… 宜しくお願いします? 」 と挨拶してみたけれど、 うんともすんとも返事はない。 それどころか継直さまに大笑いされてしまった。 


 「初回で挨拶したのは、 貴女が初めてじゃないですか? 朱依も喜んでますよ。 えぇ―― さて、 少しは食べた方がいいのでは? 」


 ひとしきり笑われた後、 真顔になった継直さまがそう言って薄い笑みを浮かべた。 その様子に、 喉がからからに乾く。 これから先に起こる事を考えれば、 食べ物は―― 喉を通る気がしなかった。

 私は、 漆塗りのグラスに注がれた琥珀色の液体を見つめた。 せめて、 カラカラに乾いた喉位は潤せる気がする。 継直さまの視線を感じながら、 私はグラスを手に取ると一気に呷った――。

 

 ※※※


 「やりすぎだ―― 」


 グラスを呷って暫く、 目の焦点を失わせ倒れた花嫁に目を覆う。

盃に媚薬を盛ったのだろう―― まったく。 これじゃあ盛りすぎだ。 意識が完全に飛んでるじゃあないか。 にこやかに笑う一花と二葉の顔を思い出して毒づく。

 僕が、 昏倒した女を無理やり抱くような事は無いと分かっていて盛ったのだろう。 

溜息を吐きながら、 ゆららを寝台の上に寝かす。 これじゃあ蛇の生殺しだ。


 「可哀想な位に怯えていたからね。 双子がこの方が良いと判断するのも無理はないが」


 緩く結われた髪をそっと解いてやりながら、 そう呟けば朱依がコロコロと笑うように答えた。


 『貴方の性格じゃ、 据え膳をどうこうしないって読まれてるものね』

 『ははは。 双子にやられたか。 まぁ、 先は長いんだ。 許してやれ』


 同じように継護が笑ってそう言う。 僕は年長者にそう諭されて、 怒る程子供じゃあない。 そもそも、 一花と二葉も信じられない位、 年上なのだし。 


 「怒るつもりもないさ。 『僕のゆらら』 は従順な性質たちじゃあなさそうだしね。 無理を通せば、 心を閉ざすだろう」


 心を閉ざせば、 石との対話もままならなくなるかもしれない。 それでは、 『ゆらら』 を手に入れた意味が半減する。 彼女には斬妖刀ふたりのために、 ゆらら石から採集した石で宝珠を細工してもらわなければならないからだ。 

 この刀を受け継いでから五年―― 妻となるべき、 ゆららが見つからなかった。 その間、 母上が何とかこの石を、 還元―― 最低限の石の力を引きだす儀―― をしてくれていたが、 正直限界が近かったのは否めない。 

 緋袴の中におらず、 どうしたものかと困惑したが、 紫袴の者が古い話をしてくれたお陰で助かった。 『過去に何度か―― 緋袴以外娘が選ばれているようです』 と。 技術が拙い娘だったらどうしようかと思ったが、 この『ゆらら』 ならちゃんと宝珠をつくれるだろう。


 『ふむ。 継直はどうやらこの『ゆらら』 が気に入ったらしい』


 自分の妻なのだからと、 化粧を落とした顔を見つめていたら継護に揶揄された。 少し、 むっとしながらも悪い気はしない。 初対面で―― 怒っていた娘。 おそらくは、 悪い噂のある『若旦那』 を同胞の為に諌めた娘。 ―― けれど、 それが自分の思い込みだと知れば、 潔く謝った。


 「悪いのか」


 金持ちの息子に取り入ろうとしない娘。 無駄な色香で迫るような事もせず、 心地が良い稟とした気配―― 全体的に好ましいと思うのは仕方がない。 見た目は十二分に可愛らしいし、 そのこころは愛おしいとすら思える。


 『あら、 良い事でしょう? 私も気に入ったもの。 この『ゆらら』 母上に会ったからかどうかは分からないけれど、 まだ・・私の声も聞こえないうちから挨拶してくれるなんて、 可愛らしいじゃないの』


 朱依の『まだ』、 の言葉に我に返る。 耳飾りは明日の朝―― としても、 血の交換はしておくべきか……。 意識の無い娘の肌を傷つけるのは躊躇われたが、 継護と朱依の声が聞こえなければ婚姻が完了したと認められない。 


 「朱依が気に入ってくれて良かったですよ―― 貴女は気に入らないと守護の手を抜く事で有名ですからね」


 朱依が気分屋なのは周知の事実―― 僕のゆららを気に入ってくれたのなら、 何者からもきっちり守ってくれるだろう。


 「寝込みを襲うようで気が引けますが―― 朝までに血を馴染ませるためです。 まぁ、 許して下さいね? 」


 僕は、 眠るゆららの懐を肌蹴ると胸の谷間にそっと口付を落した。 白い、 肌は飲まされた媚薬で桜色に色づき、 汗の味は甘い。 継護から小柄を外して手に取ると、 僕はゆららのその肌に、 切っ先をあてた。 深く切り過ぎないようにして刃を滑らせる。 ぷくり、 と赤い珠が肌の上に浮かんだ。


 『最初の口付はいらなかったんじゃないの? 』

 「煩いですよ。 妻の肌に触れるのに何か問題が? 」


 朱依のからかう声にそう返して、 僕は八重歯で自分の唇を噛みきった。 

鉄の味が口に広がる。 動かないようにゆららの両手を押さえて、 その口に含んだ血を、 ゆららの胸の傷に馴染ませるように丹念に舐めてつけてやった―― 僕の血が彼女の血と混ざり、 彼女の身の内へと還って行く――。 後に残ったのは白く薄い傷跡だけだ。


 「気絶しててくれて、 かえって良かったのかもしれませんね…… 」


 彼女の肌から唇を離すのを名残惜しく感じながらも、 理性を働かせてそう呟いた。

 

 『確かに。 起きている時にコレをしたら、 それこそ気絶したんじゃないかしら、 このコ』

 『継直にとっては、 拷問だがな』


 あぁ。 確かに拷問だ。 僕は蒔絵が施された貝の中に入っている軟膏を指ですくうと、 ゆららの胸にそっと塗った。 これを塗っておけば、 この傷もすぐに治るだろう。

 くすぐったかったのだろうか、 ゆららが声を上げて身じろぎした。 そんな事だけで、 身体の中に燻る熱を感じる。 


 「―― 忍耐力を上げる修行とでも思っておきますよ」 


 着物をなおしてやりながら横になり、 そっとゆららを抱きしめた。 抱きしめて寝る位は良いだろうと思ったけれど、 お預けされている身としては、 結局これも中々の拷問だったと少しだけ後悔した。


 ※※※

 

 温もりが気持ちいい―― そんな事を考えて、 その温かいものにすり寄る。 冬の寒い朝に、 このぬくぬくしたものはとても心地が良い。 すべすべの肌が熱いくらいで――…… 肌?


 「起きましたか? 」


 頭の上からそう声が聞こえて思考が停止した。 目を開ければ、 夜着の肌蹴た人肌があって…… ちら―― と上を見れば、 不機嫌そうな顔の継直さまが見える。


 「継―― 直さま――? 」

 「はぁ、 継直―― ですか。 別に伊周でも良いんですけどね」


 昨日―― 琥珀色の液体を飲んだ後の記憶が無い―― いたしたのだろうか―― いや、 確か初めては何だか痛いのだと聞いた。 何処が痛くなるのかまでは分からないけれど、 身体に痛い所は―― 無い。 これは、 してない?


 「大体、 何を考えているか分かりますがね。 あからさまに嬉しそうな顔をしないで欲しいのですが? 」


 そんなに嬉しそうな顔をしていたのだろうか、 機嫌が悪そうな声で継直さまがそう言って溜息を吐く。


 「そもそも、 じゃあ今からしましょうと言われたら、 貴女どうするんです? 」


 継直さまが、 そう微笑んで―― 私は思わず身じろぎして距離を開けた。 咄嗟の反応だったのだけれど、 どうやらそれがいけなかったらしい。 継直さまの笑みが深くなる…… 不穏な空気を感じて、 私は冷や汗をかきながら継直さまを見つめた。


 「え? 朝―― ですよね? 」


 良く分からない。 そういう事は明るいうちでもする事なの? 勝手な印象で夜だけだと思い込んでいたのが間違いなのだろうか。 何にしても、 このままだと拙い気がする―― と身の危険を感じてジリジリと後ろに下がる。 継直さまの笑顔が怖いです―― 目の奥が笑ってませんが…… 何故だか怒ってらっしゃいますよね?


 「別に夜しなきゃならないと決まってる訳じゃありませんよ」


 馬鹿ですね―― そう言われて抱き寄せられた。 そのまま押しつけるように口を吸われて、 思わず胸を叩く。


 「―― っ? 」


 難を逃れたと思って安心した自分の事を、 継直さまが言った通り馬鹿だと思った。 

まだしも、 昨日の夜の方が覚悟を決められた気がする……。 安心した後だけに、 この状況は辛かった。


 『それ位にしてやらんか。 可哀想だろう』


 急に聞こえた男性の声に、 継直さまが顔を上げた。 抱きしめられたままなので動けないままだけれど、 それでも口付けが終わった事に安堵の息を吐く。

 そして、 声が聞こえたと言う事は―― 何者かがこの場に居るのだと…… よりにもよって、 今のを見られていたのかという事に気がついて私は赤面した。

 唯でさえ、 口を吸われたと言う羞恥心があるのに―― それを人前でしたと? あまりの事実に泣きそうになる。


 「こちらが、 生殺しの憂き目にあってたと言うのに、 あの嬉しそうな顔ですよ? 少し、 仕置きをした所で責められる云われはないでしょうが」


 むすっとした声で、 継直さまが誰かに話かけるのを聞いて―― いよいよ私は顔を上げられなくなった。


 『だとしてもよ。 可哀想に、 涙ぐんでるわよ? その子』


 もう一人、 女性の声がしていよいよ隠れてしまいたくなる。 継直さまはそれを許してはくれなかった。 私の頤を掴むと、 そのまま上を向かせて顔を覗き込む。 私はその目を見れずに逸らすと、 目を瞑って首を振った。 口を吸われた衝撃よりも、 誰かに見られているという事が厭わしくて涙が滲む。


 「―― っ」


 継直さまが、 息を飲んだ後―― 大きな溜息を吐いた。 余計に怒らせてしまったのだろうか―― その音に思わずビクリと震えてしまう。 怯えた事で哀れに思ったのか、 継直さまがそっと私を抱きしめた。 先程とは違う、 荒々しい抱擁ではなく―― 労わるようなそんな触れかただ。


 「僕に口を吸われたのが―― 泣くほど嫌でしたか? 」


 そう問われて、 固まってしまった。 怖かったのは事実だけれど、 それは私が閨の事を知らないからだ。 だから継直さまに、 嫌悪感があった訳ではなかったと思い返す。 ただ、 口を吸われて恥ずかしかっただけだ。 


 『それよりも、 誰かに見られていたのが嫌なのでしょ? 』


 女性の声に私はコクコクと頷く。


 「見られている? ―― 貴方達を人と考えるのは、 どうなんですかね」


 継直さまが困惑したようにそう言って問い返す。


 『元は人だ。 まぁ、 この身体になってから、 閨事に何の関心も無くなったが』

 『そうね。 見ても別に何も思わないし―― けど、 このコにとっては違うのじゃない? 声だけ聞こえれば、 そこに誰かいると思うのでしょ? 』


 まるで、 自分達が人では無いと言っているように聞こえて、 私はソロソロと声のする方へ視線を上げた。 そこにあったのは斬妖刀と護り刀―― 継護と呼ばれたそれと、 朱依と呼ばれたそれがあるだけだ。 

 止められないのを良い事に、 私は身体を起こすと部屋の中を見渡した――。 誰も―― いない?


 『昨日は声が聞こえなかったろう? ここだここ。 我が名は継護―― ご覧の通り斬妖刀だ』

 『ふふふ。 護り刀の朱依よ。 昨日、 継直が紹介してくれたでしょ? 』


 枕元―― 木で設えた黒塗りの棚の上にある刀掛台―― そこにある一振りの刀と護り刀から聞こえた声に私は思わず瞬きを繰り返した。 


 「―― あの―― 本当に」


 最初のゆらら、 彼女の夫と娘…… 昨日言われた事を思い出す。 彼女が存在するのなら、 この刀たちもやはりそう言う存在なのだと納得するしかない。


 「本当ですよ。 昨日―― 話した事も、 今、 二人が話している事も。 貴女が寝ている間に少し必要な事をしました。 まぁ、 私の血を貴女の身の内に混ぜたんですけどね? ほら―― 花が咲いている…… 」


 そう言うと、 継直さまが私の胸元をそっと押さえて淡く微笑む。 その笑顔がとても美しく思えて、 心臓がおかしな動きをした。 見惚れた事に気がついたのか、 継直さまは意地悪そうな笑みを浮かべて―― おもむろに私の夜着の襟のあわせをグイと開く。 

 あまりの暴挙に一瞬何が起こったのか理解できずに、 私はそのまま固まってしまった。


 「きゃあっ! 」


 嫌いな毛虫を見たとしても上げない様な悲鳴が口を突く。 私にもこんな女らしい一面があったのかと変な感心をしてしまったのは混乱してたからだろうか。

 胸元を手で覆い―― 継直さまを睨みつけると、 ニヤリと笑んだ継直さまと目が合った。


 「怒るな。 僕が自分の妻の身体を見ても問題無いだろう。 本来ならこれより凄い事をするんだけれどね。 本当に、 先が思いやられるな…… 」


 自分の妻と言いきられ、 私は思わず視線を逸らせた。 本来ならもっと凄い事をするのだと言われても、 正直想像も出来なければ分からない事に対する恐怖しか出てこなかった。

 私は、 その怯えを投げ捨てるように継直さまを睨みつける。 


 「そうかもしれないですけど! そうじゃなくて―― いきなり何をするんですかっ! 」


 そうだ。 妻―― なのかもしれないけれど、 こんなにいきなり胸元を肌蹴されたのだから怒っても良いのじゃあないだろうか。


 「まぁ、 花紋を見せようと思ったんだけれどね。 胸元を見て御覧よ」


 私の、 怒った声などものともせずに継直さまは、 そう言って私に胸元を見るように促す。


 「これ―― 何です? 」


 そこにあったのは鮮やかな瑠璃色。 少なくとも、 昨日までそんなモノは存在していなかった。

 花だ。 おそらくは桔梗―― その花が、 白抜きの小さな白い花が一つ―― 瑠璃色の大きい花が二つ―― 葉で描かれた円と共に、 私の慎ましい胸の真ん中に刻まれていた。

 

 「桔梗の花は、 僕が産まれた時に定められた花紋だ。 君の胸元に刻まれたのは、 君が『僕のゆらら』 である事の証だよ。 遠い昔の時代はね。 その花紋を刻むより、 嫁して来た娘の破瓜の血を家の者が確認することで婚姻が完了したと見做していた時代もある。 それよりは遥かにマシだとは思わないかい? 」


 想像したくもない事を告げられて思わず青褪める。 良かった―― 私が昔の人間ではなくて……。


 「安堵している所悪いけど、 遠くない未来―― 妻としての役目は果たして貰うよ? 」


 今は無理強いしないけどね―― そう言われてツキリと胸が痛かった。 そうだ―― 嫁いだのなら私は私の役目・・をいつか果たさなければならないのだろう。 私が望まなくとも―― を望まれなくても……。 


 「さて、 花紋も無事に刻まれた―― 後は耳飾りだね。 ゆらら、 君がつくった物だよ」


 見覚えのある桐の小箱―― 開けられたその箱の中の耳飾り、 その『ゆらら石』 はキラキラと輝いてとても嬉しそうだ。 『つける? つけちゃう? わくわく』 そう言っているのが聞こえて思わず笑みを零す。


 「初めて―― 僕の前で笑ったね」


 継直さまの言葉に目を瞬かせる。 そうだったろうか―― そうかもしれない。 緊張する事が多すぎて、 継直さまの前では笑っていなかった気がする。


 「笑ったのが、 ゆらら石のお陰かと思うと複雑ですが―― まぁ、 いいです。 耳を」


 少しだけ拗ねたように見えたのは気のせいだろうか? そんな姿にクスリと笑う。 継直さまは意外と可愛い人なのかもしれないと思って、 そんな事を思った自分に驚いてしまった。 私―― 継直さまの事を好きになれるかしら。 どうせ妻になるしかないのなら、 この人に恋をしたい……。 そう思って。 

 

 一花と二葉に年上(予想外)疑惑が……。 

『継護』さんと『朱依』が登場した訳ですが、 肝心の嫁としての役目は延期の模様。

継直さまが、 私の予想以上にゆららの事が好きそうでびっくりです。 基本的に書きながら考えているので、 私にもこの先どうなるのかの完全予測がつきません。 


 次は指輪交換ならぬ、 耳飾りの交換となります。 

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