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響石

 初陽の儀―― そう呼ばれる儀式がある。 祭殿で行われる朝の祈りだ。

玻璃と呼ばれるガラス質の水晶のような石―― それで作られた半円状のその場所は少し高台にあって、 この敷地内で朝陽の光を初めに受ける場所だ。 手には鈴。 謡う声は朗々と、 謡うと言っても歌詞があるものでは無く、 自分の中にある音を出す―― という物なのだけれど。

 私達一人ひとりには、 固有の音がある。 例えばあの人とは合う、 あの人とはどうも合わない―― 一般には知られていない事だけれど、 それは、 一人ひとりが出している音に関係があるのだそうだ。

音が合えば、 共鳴して心地が良く―― 合わなければ不協和音…… つまり気持ちが悪いのだと。 もちろん、 全てがそこに当てはめられる訳ではないのだけれど。

 朝一番の『初陽の儀』 は、 自分の音を調律するために行われる。 石に細工するものが身の内にケガレを溜め込んでいれば、 石にも影響が出るからだ。 調律する事でケガレは払われ、 ケガレは玻璃が浄化してくれる。 またこの石は、 不協和音を奏でさせないと言う不思議な特性がある。 本来ならこれだけの人数で謡えば、 不協和音どころでは無い無様で聞き難い音になるはずなのに。 玻璃の下で謡うのならばそれは透き通った一つの音になるのだから不思議だ。

 今日の祈りが終わって、 同室の野茨のいばら皐月さつきと歩いていた時だった。


 「ゆすら。 ちょっとこっちにおいで」


 紫袴を履いた師匠の一人―― 山吹やまぶき様に呼ばれて振り返る。 


 「ごめん。 師匠がお呼びみたい…… 二人とも先に行って」


 山吹様の元に小走りに近付けば、 頷かれてついて来るように促された。

歩いて行けば、 師匠方のみ入る事を許されている大部屋の横にある相談室……?


 ―― 私…… 何か注意されるようなことしたかしら?


 そう思ってしまったのは、 師匠方に相談があるからと言って自分から行くのでなければ大概お説教を受けるために呼び出される事が多い場所だからだ。

 山吹様の後に続いて入れば、 そこには雪柳ゆきやなぎ様とよもぎ様―― お二方がいらっしゃる。 身に覚えが全く無いとは言え、 密室に厳しい事で有名なこのお二方がいらっしゃるのは正直緊張しか感じられない。

 私の顔が余程、 強張っていたのだろうか―― 山吹様が心配ないとおっしゃって席につかれた。 促されて私も席につく。 三対一。 身の置き所がないんだけれど。


 「そうビクビクする事はありません。 ゆすら。 別に貴女が何か失敗をして怒る為に呼んだなんて事では無いですからね」

 「そうですよ。 そんなに怯えられるのは心外です。 わたくしたちが貴女を苛めているみたいではありませんか」

 「まぁ、 これから指示する事は正直、 白袴のあなたからすれば無理難題と取られてもしかたがありませんがねぇ」


 お三方ともにっこりとした優しそうな笑顔なのに安心できないのは、 言われた言葉の中に不穏なものが隠れているのを感じたからかもしれない。


 「ゆすら、 貴女に男性でも女性でも付けられる片耳用の耳飾りを作って欲しいの」

 「これは、 ある方からの正式な依頼です」

 「耳飾りは対のもの。 同じ石を使って作って頂戴。 期限は一週間よ。 完成したなら、 晶麗館しょうれいかんにあるお座敷の―― 鷺の間に直接持ってお行きなさい」


 立て続けに言われた言葉に私は耳を疑った。 依頼人のいる仕事は白袴では出来ない決まりのはず――。

けれど、 思い当たる節もあった。 確か、 野茨が四、 五日前に言っていたからだ。


 『お金持ちのボンボンが、 お金と権力を笠に来て白袴に仕事を依頼してるんですって』


 最初は緋袴のお姉さま達が対応していたらしい―― その客は同じ細工師には二度と頼まない事で有名な人だった。 気に入らなければ、 細工と金を「好みじゃないので」 と言って放って寄こすという噂の最低な客だ。


 『基本的に、 お金を積まれようが権力を振りかざされようが、 決まりごとは動かさないトコじゃなかったっけ? ここ』

 『例外もあるみたいね。 といってもここ数十年無かった事らしいけれど。 この間、 裏手で泣いていた子がいたじゃない? アレもそうらしいわよ。 そんなに優遇されるなんて、 名家の子息は確定なんだし、 気に入られれば、 お抱え細工師―― もしくはお妾さん位にはなれるかもって皆張り切ってたんだけど…… 』


 鼻で笑われて投げ返されたようですよ。 …… なんでお妾さんかと言えば、 対の耳飾りは普通は結婚の証であるから。 外つ国だと指輪らしいのだけど。 しかも耳に穴をあけて、 一度つけたら外せないように作って欲しいと言うからには、 そのボンボン―― お嫁さん予定の方にゾッコンらしい。

 最高の一品を君に! って事なのかもしれないけれど、 細工師をなんだと思ってるのか――。 エライさんは下賤の者には心が無いとでも考えてるのだろうか。

 そんなやり取りを思い出して、 師匠達の顔を伺う。


 「―― それは、 最近はやりのお噂のかたですか…… 金と権力にあかせて作る事を強要しといて…… 気に入らないと投げ返す? 」


 そのお客の印象は最低最悪だったので、 歯ぎしりしながら問い返す。

 私のその言葉に、 お三方が吹き出した。 プルプルと小刻みに震えたあと、 一番先に落ち着きを取り戻したのは山吹様。


 「そうだねぇ。 大体それで合ってる―― かしら? 」

 「ふはっ! 蓬、 山吹―― 聞きまして? 的確にして容赦ない意見ですよ」

 「まぁ…… 的確で的外れな意見ですね」


 的確なのか、 的外れなのか分かりません…… 師匠方。 兎に角、 その噂の客に次の品を作るのが私の役目と言う事ですね。 良いですよ。 突っ返されるでしょうけど、 細工師も人間なんだって事を分からせてあげましょう。 

 一人で勝手にその意思を固めていたら、 師匠方に苦笑されましたが。


 「ゆすら、 時間がないからね―― さっそく取り掛かって頂戴な。 依頼の品を作り終わるまでは、 他の当番や手伝いを免除しますから」


 食事当番、 掃除当番―― 上位のお姉さま達のお手伝い…… それを免除してもらえるのは有難い。

私は、 師匠方に礼をとると、 相談室を後にした。 


 ―― 何の石を使おう……。 後、 どんな形にするのがいいかしら。 


 そんな事を考えて歩いていたら、 緋炎袴―― 先月、 緋龍院家に嫁がれた夕顔お姉さまに声をかけられた。 


 「やぁ―― 白袴の君…… 師匠方に相談ごとかい? 」


 低めの声に、 乙女は長い髪でいるべしと言われる昨今で珍しい短い髪―― どこか男性めいた雰囲気のある夕顔お姉さまは灰袴、 白袴、 浅葱袴の人たちには人気のある方だけれど、 緋袴以上のお姉さま方にはどうも好かれてはいないらしく―― 一人でいる事が多いお姉さまだ。 けれど、 その孤高の様が余計に素敵―― と、 人気が下降する事が無い。


 「ぶしつけですまない。 なんだろうな? 何か気になって―― ん? 」


 クンクンと、 顔を近づけて襟元を嗅がれドギマギする。 まつ毛の長い美しいかんばせが目の前にあるのだもの。 察して頂きたい。


 「―― ふぅん―― どこの家のだろ。 あぁでも―― あそことあそこは当分いらないし―― あそこしかないよなぁ」


 正直に言えば、 夕顔お姉さまが言っている事がまったく分からない。 一人で納得したようでウンウンと頷くと夕顔お姉さまは私から身体を離した。 


 「あの? 」

 「ん? あぁ。 ゴメンゴメン。 多分―― 大分ちょっと―― これから酷い目に合うかもしれないけれど、 頑張れ。 一応私は味方になれるから相談したい事ができたら部屋までおいで? 」


 私の疑問には答えずに、 ただそれだけ―― 意味のわからない、 しかも縁起の悪そうな予言を残して夕顔お姉さまが笑顔で立ち去って行く――。


 「え? 」


 後には、 どうしたらよいか分からず戸惑う私だけが残された。

 

 ※※※


 部屋に戻ってみれば、 野茨と皐月は灰袴のお勤めに出た後だった。 私は二人が取り置いてくれていた朝餉の握り飯を有難く手に取ると、 自分の作業部屋に向かった。

 作業部屋―― と言っても三畳程の大きさの狭い部屋だ。 白袴になって初めて与えられる自分だけの部屋―― 狭い部屋であっても一人になれる場所があるのは嬉しい。


 「さて、 まずは石をどれにしようか―― 」


 今ある、 原石を取り出してどれを使うかを考える。 情熱的な赤の薔薇石。 魔除けの効果に優れた黒の滅魔石―― 穏やかな家庭を望む緑の和朴石。 どれも奇麗な石だけれど、 今回の依頼に適う気がしない。 依頼人に文句を言うつもりはあるけれど、 相手の女性には幸せになって欲しい。 だからこそ、 石選びから慎重にしなければ。 普通であれば依頼人と、 その花嫁になるはずの人と直に顔を合わせてどんな物が良いか話し合って作るのが一番良い。 相手を見れば必要な石が理解しやすいし、 話し合いながら作る方がよりよい物が作れるからだ。


 「けど、 今回の依頼人はそんなコトどうでも良さそう」


 花嫁になる人が少し可哀想に思えて私は思わず溜息をついた。 そもそも横暴な話なのだ。 意匠を考えるのに少しも協力しないで『気に入らない』 なんて。 そう思うのなら、 意匠を考える段階で協力するのが筋じゃないのかと私は思う。


 「我儘っていうか自分勝手よね。 依頼人には腹が立つけれど、 お嫁さんになる人は何も悪くは無いんだし―― 幸せになって貰いたいなぁ。 けど、 合いそうな石がないわね。 もう一度潜って―― 」


 そこまで考えて、 私はもう一つ石があった事を思い出した。 『初陽の儀』 までに時間があまり無かったから籠に入れたままになっていたあの石だ。


 「―― なんて石なんだろう…… 」


 取り出した、 藍色の石を見つめながらそう呟く。 


 ―― ララ…… ユララ……


 頭に響いた声に、 少しだけ驚く。 石から話しかけられる事はあるけれど、 これほどはっきりした声は中々なかったからだ。


 「ゆらら―― そう。 彼女の名前もゆららだったしね…… あなたは響石と言うのね」


 ―― ソウ。 ワタシハユララ―― ツカッテ? ネェ、 ワタシヲツカッテ

 

 そう言われて、 キョトンと目を見開く。 初めて触る藍色の石。 効果など、 もちろん分からない。

調べている暇も無いから、 今回の件ではこのコを使う気はなかったのだけれど。


 「―― あなたを? 」


 ―― ソウ! ツカッテ? ワタシハ、 ユララダモノ。 ワタシジャナキャダメ。


 意味は良く分からなかったけれど、 その言葉に不思議と心惹かれたのは事実で……。


 「そう―― ね。 じゃあ、 あなたを使うわね」


 ―― ウン! ウレシイ!!


 無邪気に喜ぶ石というのは珍しい。 まるで幼い妹でも出来たような気持ちになって私はその石をそっと撫でた。

 小さめの金の輪に荒く細長く削った石を通す。 通す石は三本。 両端は細く短い石。 真ん中は長めで少し太い石だ。 

 最初は別の形で作ろうと思っていたのだけれど―― 考えていたのは、 なだらかな雫の形にした物に女性には金の透かしの装飾、 男性には銀の透かしの装飾をあしらうつもりでいた。

 けれど、 響石が大反対――。 『ソレジャダメナノ。 チカラガダセナイ』 とのおしかりを受けて、 この無骨なデザインに。

 透かしの金属をあしらうには石が小さく、 銀線、 金線をあしらうのもバランスが悪そうで―― そうしたら、 響石が模様を彫れと言う。 模様を彫って―― その溝に金粉と銀粉を定着させろと――。

 細工する時間のほとんどが、 模様を彫る作業に費やされた。 何故って? 響石―― 採る時はあんなに簡単だったのに、 彫り出すと嫌になるほど硬かった。 それでいて、 落としても割れない―― 硬度が高すぎると一点集中の衝撃に弱かったりするのだけど―― なんというかとても不思議な石だ。

 細かい模様を彫っていたせいでここ数日目がショボショボしますよ。 事情を知った野茨と皐月が『頑張って! 』 と言って夜に温めた手拭いをくれるのが嬉しい。


 「うーっ! 出来たぁ!! 」


 ―― オツカレ。 マンゾク


 響石にも満足してもらえたようで良かったです。 と言っても、 今さら文句を言われても作り直しする時間は無かったけれど。 丸い金の円環は夫婦円満の願いを込めて、 真ん中の石が大きめなのは大黒柱たる夫を現す。 石の右側は妻たる女性を。 石の左側はやがて産まれるであろう子供を現わす。

 石に彫られた模様は―― 正直意味は分からない。 響石に言われた後、 彫り出して手が勝手に動いたのだ。 模様は、 グネグネしてて、 不思議と文字のようにも見えるもの。 彫らされた感が半端無いけれど、 石に動かされる事はある事だし深く考えるだけ無駄だと思う。 

 物は出来た。 我ながら満足できる仕上がりだ。 それが受け入れられるかどうかは分からないけれどね。 さぁ、 依頼人に届けに行こうか。


 この世界は、 日本の明治、 大正時代位をモチーフにした別世界のお話です。

指輪の代わりにピアスが結婚の証になるのはある程度、 お金がある家の習慣です。 

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