人買いと買われた娘
継直さまに飴細工のお土産を渡した。 少し、 子供みたいなお土産かしらとも思っていたのだけれど、 あの蕩けるような飴が、 形を変える様は目に楽しく、 継直さまと見に行きたい―― と思わせる物だったので大目に見て欲しい。
継直さまは最初は何だろう? と言う顔をされていたけれど、 説明したら思いのほか喜んで貰えたようだ。 思い出しても飴細工職人の手捌きが素晴らしくて溜息が出そうになる。
一花と二葉が飴を買う時の私の様子を継直さまに伝えていて、 思わず苦笑してしまった。 流石に少し大げさだと思うのだけど……。
そんな事を考えていたら、 「そう言えば、 昔馴染みに会ったとか」 と継直さまに問われた。
一花と二葉から聞いたのだろうか…… それとも、 魔那かしら? 一瞬そう思ったのだけれど、 そんな事より昔馴染み―― と言うより数少ない友人に会えた事を話したくなってしまったので、 ついつい喋り過ぎてしまったと思う。
気が付けば、 一花と二葉は下がったようだった。 継護様や朱依様は居れど、 この部屋には二人きりで少しだけ緊張してしまう。
ふと見れば、 継直さまが何とも言えない様な顔をしていたので口を噤んだ。 一方的に話過ぎてしまったかしらと思えば、 少しだけ言い難そうに継直さまが口を開く。
「言い難いのだけど、 普通は人買いと―― 買われた娘と言うのはそんなに仲良くなれるものなのかな? 」
「あぁ―― そうですねぇ。 自分達を買った相手が黒狐だからだと思います。 黒狐は―― お金目当ての風を装ってますけど、 その実、 死にそうな娘を買っますから…… 私にとっても命の恩人なんですよ? 」
「命の―― 恩人? 」
私は、 黒狐の人となりを継直さまに話して聞かせた。 私にとっては友人でもあるけれど、 兄のような存在である事―― 黒狐が人買いなんて「畜生の商売」 をしているのは根本に「救いたい」 と言う気持ちがあるような気がする事を。
「そう言えば、 黒狐に買われて―― 花魁になったお姐さんの話を聞いた事があります。 その花魁に黒狐が話したらしいのですが、 どうにも死相が見えるんですって。 健康そうに見えるのに―― 何処か幸薄そうで、 このまま此処に居続けたら死ぬんだろうなぁ―― って感じる娘がいると」
ふと、 思い出して私はそんな事を話した。 あれはいつだったろうか―― 確か、 緋炎袴のお姉さまの仕事を手伝わせて貰った時だったと思う。
手伝うと言ってもまだ幼い灰袴の頃の話だ。 出来上がった豪奢な簪を入れる桐箱―― それを組紐で綺麗に装飾するのである。 それをやらせて貰っただけなのだけれど、 そのお姉さまはこれも社会勉強だと言って、 依頼人の花魁の所に連れて行ってくれたのだ。
眩しい位に美しい人―― 苦界と呼ばれる場所で影を感じさせないその人は、 私を買ったのが黒狐と知って色々と話をしてくれたのだった。
「黒狐はそう言う娘を買うんだって言うんです。 実際その花魁もそうだったみたいですよ。 食事は貰えてたけれど、 父親の暴力が酷くて―― 何度も死にかけてたそうです。 それに、 試金館はこの帝都で一番真っ当な人買いが居る所ですしね。 他の店だと―― もっと高く買い上げる所もあるけれど、 酷い扱いをされる事が多いんですって。 休みを貰えなかったり…… 病になっても放っておかれたり。 それを考えると、 試金館に売られた子達は幸福なのですって―― そりゃあ、 辛い事が無いとは思えませんけど…… だから、 花魁は黒狐は『救う為に』 買ってるって言ってましたね。 実際私も命を救われたと思うクチなので嫌うような気持ちにはなれませんでした」
実際に、 黒狐に死相が見えるのかどうかは分からない。 確認をした事もないし、 さして興味も無い。 ただ―― 私や、 その花魁が「救われた」 と思う事実があるだけだ。
「それは―― ゆらら、 君も死にかけていたと? 」
「―― そうですね―― おそらく。 私を引き取った人達が、 黒狐の出したお金に目が眩んで無かったら―― 」
そう、 水神様の嫁にと滝壺に沈められる事になっていたと思う。 誰だって、 自分の娘を生贄にはしたくは無いだろう。 なら、 生贄に選ばれるのは親の無い娘だ。
私は知っていた。 旦那さんとが、 他の村人と話していた事を。
「もしも、 水神さんに花嫁を出す事になったら、 お前さんの所の養い子を―― 」 「あいつは働きもんだからなぁ、 重宝してるんだ。 それにあんなんでも育ててやってれば情も湧く―― タダじゃあなぁ? 」 大人達のやり取りを家の中から聞いていて―― 情が湧くなら普通、 お金の無心をするよりも花嫁を出さない方法を考えるのじゃなかろうか―― 幼心にそう思った記憶がある。
だから、 私は生贄にされて死ぬのかもなぁと…… 死んだら両親に会えるだろうかと考えていたりしていた―― けれど、 冷静に考えれば水神様に嫁ぐのだったら両親には会いようが無いのだから、 我ながら生命の危機に随分と呑気な事を考えていたと思う。
「継直さま――? 」
見れば、 継直さまの顔が強張っていた。 血の気が引いたかのようなその顔に、 戸惑いを感じて思わず手が伸びる。
触れた頬はどこか冷たく、 私は思わず「大丈夫ですか? 」 と問いかけた。
「―― もっと早くに―― 」
そう呟くと、 継直さまは頬に当てた私の手を包み込むように握った。
※※※
ゆららが、 寒村の出だと言う事は知っていた。 幼少時に両親を亡くし、 遠縁の夫婦に引き取られて育ったらしい事も。
それは良くある話だ。 けれど、 実際にそれがどんな事かというのをどれだけ僕は知っていたんでしょうね…… ゆららの話から聞く村の価値観―― 未だに生贄等と言う事がまかり通っているのかと衝撃を受けた。
そこから導き出された答えは、 とても気持ちの良いものじゃあ無い。
―― 僕のゆららが、 死んでいたかもしれなかった……?
その事実だけで、 腸が煮えくりかえりそうだった。 その頃の自分は何をしていただろう。 呑気にご飯を食べていただろうか―― どちらにしても―― そんな事とは無縁の生活をしていた筈ですけどね。
「―― ゆらら―― もっと早くに君をそんな場所から連れ出せていたら…… 」
「―― 継直さま…… 確かに辛い事の多い場所でしたが、 あそこに居たから私、 ここに来れたのだと思います…… そんな顔をしないで下さい。 ほら、 私元気ですよ? 」
慌てたように言うゆららに、 思わず苦笑が零れる。 君を救いだすのが僕なら良かったのに―― その思いが微かなトゲとなって僕の心を刺した。
今更な事で、 過去に戻れる訳も無いのだから、 どうしようも無いのですけどね……。
そうは思っても、 彼女が僕の所に辿りつく前にその命が果てていたかもしれなかったと言う事実は、 心を冷やすには十分だった。
―― 石は花嫁を呼ぶ――
実際にゆららの状況から考えても、 その法則が働いたのだとは思えたけれど、 もしそれが無かったらと思うと叫び出したいような気持になる。
ゆららが傍に居るのが現実だと確かめたくて、 僕は彼女を手を引いて抱きしめた。
短かめではありますが……。
次は、 芸妓のお姐さんの視点からのお話です―― (お姐さんは主要メンバーにはなりませんが…… )




