天目一箇神 ※若干の痛い表現があります※
大変遅くなりまして、 申し訳ありませんm(_ _)m
「初めて御目にかかります―― 周と申します」
「―― 刀吾です」
そう自己紹介してくれた二人の男性を前にして、 私は思わず目を瞠った。
周という男性が、 見上げるほどの巨漢であるのに対し、 刀吾という男性は小柄で線が細い。 継直さまより少し低い位の背のはずなのに、 二人が並んでいると大人と子供が並んでいるようにしか見えなかったのだ。
継直さまから聞いていた名前から察するに、 神職のような袴を着た小柄な男性の方が鍛冶師―― 宣教師の格好をした巨漢の男性が、 私に勉強を教えてくれる先生であるらしい。 聞いていなかったのなら、 逆だと思う所だ。
「ゆすらです。 宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します。 お嫁さま。 このような格好で驚かれましたかな? まぁ、 私はこの巨体でも驚かれる訳ですが…… 」
豪快に笑う周の声で、 部屋の空気が振動するような錯覚を覚える。 私が見た事のある宣教師の方は、 穏やかそうな線の細い体躯の方が多かったので「宣教師」 という方達の印象をそう思っていたのだけれど…… 規格外―― という言葉が思わず浮かんで私は慌てて首を振った。
「失礼ですが、 外国の方なんですか? 」
「いいえ、 私は鬼の血を引く一族の末裔でして。 ほら、 この八重歯もその名残。 伴天連かぶれが高じましてな、 こんな恰好をしている訳です。 後は、 この格好の方が、 不思議と坊さんや修験者の恰好よりも優しく見えるようなのでね…… 婦女子に対しては、 宣教師らしいと思われる方が良いらしいのですよ。 これはナイショですがね? 」
おずおずと聞く私に、 周がそう片目を瞑って教えてくれましたよ。 わざわざ見せてくれた口元には、 確かに鋭すぎる八重歯が見える。
しげしげとそれを見る私に、 周が面白そうな者をみるような顔をした。 あまりジロジロ見るのは失礼だったのかもしれない。
「ははぁ。 確かに。 修験者の格好をしていた時は、 むさ苦し―― いえ、 威圧感がありましたしね」
今、 むさ苦しいって言おうとしましたよね。 継直さま……。 思い出してそう話す継直さまの言葉を聞いて、 私も周が修験者の格好をしている所を思い浮かべてみた。
あぁ―― 威圧感―― 確かにありそうだ……。 というか、 格好だけで言うのなら、 宣教師の恰好よりもしっくりくる。
「子供に大声で泣かれましてね。 まぁ、 この格好でも泣かれる事はありますが、 以前よりはなんぼかマシと言うもの」
あぁ―― という皆の声が重なりましたよ。 子供受けは確かに悪そうだ。
もし、 この巨体で上から覗きこまれたら…… 幼い子なんて、 ひとたまりもないだろう。 多分巨大な黒い影にしか見えないだろうし。
しかも、 それがむさ苦しい修験者の格好だったら怖くてお漏らしした子もいるかもしれない。
何故なら、 宣教師の格好で鬼の血が入ってるんです―― と言われても、 え? そうなんですか??という感じになるのに対して、 実際の格好を見ていない私が言うのも可笑しいけれど、 修験者の格好でそれを言われたら、 あぁ、 やっぱりそうなんですね―― としか思えない気がするからだ。
衣服が与えるイメェジと言う奴は、 中々どうして侮れない。
「お嫁様は私の事をあまり怖がっていらっしゃらないようなので、 安心しました。 教師役と言うのも我ながら―― おこがましいとは思いますが、 宜しくお願い致します」
笑顔で周に言われて、 私も改めて宜しくと伝えた。 周は笑顔になると顔全体がクシャッとなる。 どこか憎めない可愛らしい笑顔なので、 見た目の年齢よりも幼いような印象になるようだった。
この笑顔を見せれば、 婦女子に怖がられる事も無いんじゃないのかしら…… と思ったけれど、 体格で最初の印象が決まるなら、 威圧的にしか見えないので難しいのだろうなと思いなおした。
「周は僕には厳しかったですけど、 ゆすらには僕程には厳しくしないであげて下さいね? 」
「大丈夫ですよ若様。 男子には厳しくしますが、 私は基本的にジェントルメンなんです。 女子供には優しいですよ? 」
「それなら、 安心ですがね―― さて、 ゆすら―― 刀吾とは継護を介して相談が必要な事もあるでしょう。 必要になったら案内しますが、 刀吾が住んでいる工房は裏手にあります。 時には継護を鍛え直す作業の過程で、 ゆすらの細工が必要になる事もあると―― それだけを今は覚えておいて下さい」
大まかな説明をきけば、 継護さまが重大な損傷を負った時、 私が細工を施したゆらら石が必要になるのだとか。 それも、 損傷具合によって細工を変えなくてはならないと言う…… しかも、 折角細工を施したそれは、 砂鉄と共に炉に入れられて解かされる運命なのだとか。
その細工の加減を損傷した継護さまの具合を見ながら刀吾と相談するのだと言う。 まぁ、 滅多に無い事らしいのだけど。
「済みません。 本来であれば、 俺などでは無く…… 兄がこの場に居るのが相応しいのですが、 父と折り合いが悪く家を出ているのです」
どこか言い難そうに、 刀吾はそう言って目を伏せた。 そこにある感情は複雑で、 何か憤るようなものと、 失ったものを悼むような気持ちが交差しているように感じて取れる。
良く分からないけれど、 複雑な事情がありそうだ。
「―― 刀夜と自分を比較するのはお止めなさい。 アレは特殊な男です。 刀吾―― 君は十分に実力のある鍛冶師だと私は思いますよ? 」
少しだけ厳しい顔で、 継直さまは刀吾にそう告げた。 刀吾はどうやら自分に自信が無いようだった。
その所為か、 刀吾は今の継直さまの言葉を本心からのものだとは思えていないように見える。
「―― 兄は―― 天目一箇神に愛されてますから…… 特に祖父等は天目一箇神の化身だと思っていたようですし―― 兄の才は天性のモノ。 他の誰にも追従を許しません。 孤高でいてとても美しく強い剣を打つ。 父の悲劇は、 それが自分の息子であった事でしょう。 俺にとっては尊敬できる兄ですが、 父にとっては自分を追い落す邪魔ものになってしまった…… だから――…… あぁ、 済みませんこんな事を話すつもりは無かったんですが…… 」
悲しそうに、 寂しそうに刀吾はそう話した。
天目一箇神―― 確か製鉄と鍛冶の神だったはず。 目一箇とは―― 一つ目、 つまり片目の意味で、 鍛冶師が鉄の温度を色で見る時に片目を瞑った事と、 片目を失明する事が多かった鍛冶師の職業病から由来が来ているとも言う。 ようは片目の神様だと言う事だ。
どうやら刀吾の兄は、 父親と何かあって家を出てしまい―― 刀吾が兄の代わりを務めているらしい。
継直さまからすれば、 刀吾は兄の代わり等では無く蒼龍院家の鍛冶師として認めているようなのだけれど、 実兄が凄過ぎて刀吾には、 それが理解できないのだと分かった。
「刀吾クンはお兄様が大好きなんですね。 ここに居るのが自分なのが申し訳ないと思っている訳だ」
ふむふむ、 と言いながら周が頷いて刀吾を見た。 刀吾は肯定するように小さく頷く。
「けれど、 刀夜は出て行って、 君の父親は刀を打つ資格を自ら失った。 もし、 君が刀を打つ資格がないと思っているのなら、 それはとんだお門違いと言うものです。 僕はね、 刀吾―― その力の無い物に継護を任せたりはしない。 それとも君は、 僕のその判断を疑うのかな? 」
どうにも弱気な刀吾に、 継直さまが先刻よりも厳しい言葉をかける。 要は、 自分が蒼龍院家の鍛冶師として相応しくないかのような発言ばかりするのは、 継直さまの判断が信じられないからか―― と言った訳だ。
「―― 申し訳ありません…… 若様。 不敬をお許し下さい」
流石にこれ以上、 自身を貶めるような発言は継直さまへの不敬になると刀吾は思ったらしい。
私は継直さまは刀吾が不敬な態度であるかどうかよりも、 自分の仕事に誇りと自信を持って欲しいと思っているように見えたのだけれど……。 ここでも、 二人の思いは噛み合わないようだった。
自分が信じられないのなら、 僕の判断を信じればいい―― 継直さまはそう言って少し寂しそうに刀吾に笑いかけた。
※※※
周と刀吾が部屋から下がって暫くした頃、 継直さまが重たい口を開いた。 「外から噂を聞くよりも、 僕が話した方がまだ良いでしょうから―― 」 と、 そう言って。
呉緒達が気を利かしてくれたのか、 今は部屋に二人っきりだ。 ―― 継護さまと朱依さまはいるけれど。
深刻そうな話だったので、 椅子に座った継直さまの横へと立って寄り添う。
「刀吾の父親はね、 我が子を憎んでその片目を潰したんです。 天目一箇神だと言うのなら、 片目が相応しかろうと言ってね……。 その後、 刀を打てないように手も落そうとした所―― 因果応報と言うべきか、 斬りかかった刀が金床と言う刀を打つ時に使う鍛冶道具に当たって折れた。 それが跳ね返り、 刀吾の父親の腕に刺さって―― 自分の方が二度と剣を打てない身体になった」
それで、 蒼龍院家の鍛冶師は代替わりしたんです―― と継直さまが囁くように続けて言った。
「そんな―― 」
告げられた話に私は言葉を失った。 刀吾がどこか言い難そうにしていた理由が分かって息を飲む。
実の父親に、 目を潰された刀吾の兄を思って私は思わず目を伏せた。 殺す気まで無かったようにも思えるけれど、 その苛烈な行為は狂気じみていて、 とても怖ろしいものだったからだ。
目を潰された当人は、 いったいどう感じた事だろう……。
「刀夜は―― 手当もそこそこに、 そのまま姿を消しました。 自分が居れば、 この家はより不幸になると言ってね。 祖父殿は自分を責めていましたよ。 『息子の不出来を孫と比較して責め立てた。 儂の不徳の結果がこれだ』 とね。 父親の方は今も呆けたままで―― 彼岸の彼方に魂を飛ばしてしまった。 …… 刀吾はね、 優秀な鍛冶師なんです。 才だってある。 その辺の鍛冶師に比べれば十二分とも言うべき才が―― けれど、 幼い時から刀夜の打つ刀を見てきた所為で自己評価が低いんですよ」
それは、 少しだけ分かる気がした。 私だってそうだから。 ふとした時に晶の巫女―― 細工師としての自分の腕に不安が沸き起こる。
今日は上手に出来た、 満足行く物になった…… そう思っても、 お姉さま方の細工を見ればその思いはいつでも霞んで消えるのだ。 馬鹿だなって思うけれど、 そうなのだ。
お姉さま達が、 血の滲む努力を重ねてその域に至っていると言うのは理解している筈なのに。 ふとした瞬間にそれは起こる。
自分の技術はずっと未熟なままで、 お姉さま達には追いつけないと。 ―― そう思う事があるからこそ、 刀吾の気持ちが理解できる気がした。 私のそれは少しの間のだけの事だけれど、 彼のそれは常にの事なのだろう。
「いい加減―― 刀夜離れをしてくれると良いんですが。 いっそ好敵手だ! 位の認識をしてくれればまだ良いんですけどね? 刀吾の場合、 刀夜は焦がれても手が届かない憧れなんです。 祖父殿に止められなければ、 刀夜を追いかけて家を出ていたでしょうね」
刀吾の夢は今でも兄の片腕として、 共に刀を打つ事なのだそうだ。 「難しいでしょうけど…… 」 継直さまはそう呟くと目を伏せた。 当初は、 継直さまも心配して刀夜の事を探したようだけれど行方は杳として知れないらしい。
「僕はね、 刀夜とその父親―― 刀麻が仲が悪いのは知っていました。 仲が悪いと言っても、 刀麻が一方的に刀夜を冷遇していて、 刀夜は諦めてると言った感じでしたがね。 けど、 僕は、 あの事が起こるまで―― 父親と言うものが、 あそこまで我が子を憎めるものなのだと言う事に気が付かなかった」
「―― 気付いていたら止められたと考えてるんですか? 」
その苦しげな顔を見て、 私は理解した。 継直さまは―― 後悔しているのだ。 もしかしたら、 その凶行が行われる前に出来る事があったのではないかと。
「今更言った所で、 詮無い事ですがね。 けれど―― えぇ。 あそこまで行きつくまでにどうにか出来なかったかな―― とは思います」
痛みを堪えるような顔をしている継直さまの手を取って、 私はその目を見据えた。
「人の気持ちって難しいですよね。 顔では笑っていても、 心までそうだとは限らない。 家族ですら、 そこまで憎しみを募らせているのだと気付かなかったんですよ? 継直さまが気付けたかもなんて、 ありえない話ですよ。 過去は変えられません」
笑顔で、 酷い事が出来る人が居るって事を私は知っている。 例えば、 幼い少女に奇麗な着物をあげようとか、 美味しいものはどうかね? と笑顔で近付いておきながら、 後ろに縄を隠しているような人達。
例えば、 優しそうな笑顔で居ながら、 口から毒を吐く人達。 好きな相手にしか優しく出来ない人、 好きな相手だから優しく出来ない人―― 人はその顔の裏に様々な感情を持つ。
「―― 随分はっきり言いますね―― 」
「仕様がなかったんですよって、 慰めて欲しかったんですか? 」
継直さまの言葉に少しだけ、 からかうような顔をしてそう言えば、 「どうだろうね? 」 と考えるような顔をして返された。
無責任な噂に振り回されない為と言うだけなら、 私にここまで話す必要は無かったはずだ。 ただ、 過去にあった出来事を言うだけで良いもの。
どうやら、 継直さまはどんな思いで私に自分の心の内を吐露したのか、 自分でも把握しきれていなかったらしい。
「継直さまにとって、 大切な方達だったんですね。 けれど、 サトリの力を持ってでもいない限り、 その刀麻という方の心を全て推し量る事なんて出来ませんよ。 起こってしまった事は変えられません―― どんなに当人が望んでも―― 」
―― そう、 過去を変える事等、 誰にもできやしないのだ。
両親が死んだ時、 神様に祈った。
これからは、 ちゃんと言いつけを守る良い子になります。 父ちゃんと母ちゃんを返して下さい。
親戚の家に引き取られた時、 何度も願った。
ぶたれませんように、 怒られませんように、 少しでもご飯が貰えますように。
祈りは届かず、 願うだけでは叶わない。
起こってしまった事は変えられない―― 変えられるとすれば、 先の事―― これからを、 どうするかという事だけだ。
「相手が生きてるんなら、 これからの人生の何処かで、 また会えるかもしれませんよ? 過去を後悔するよりも、 未来に実になりそうな行動をしたりする方がいいんじゃないですか? 」
「諦めずに、 探し続けるとかですかね―― 」
継直さまの言葉に私は笑顔で頷いた。 死んだ人とは違って生きているのなら、 会える事があるかもしれない。 諦めなければ、 大切な人の足跡くらい、 いつかは見つけられるんじゃないかと思ったのだ。
「まぁ、 それも一つですかね。 後は、 その刀夜という方が帰って来れるような環境を整えるとか」
「確かに。 その方が建設的だ。 後ろ向きでいるよりずっとその方が良い」
継直さまは少し寂しそうに笑ってから頷いた。
現状では、 帰って来る事自体が難しいだろう。 特に難しいのは彼岸に魂を飛ばしてしまった父親だ。 刀夜が帰って来れば、 どんな反応をするかが分からない。
いっそ、 心を飛ばしたままであれば幸福であるかもしれない。 刀夜にとっては複雑だろうけど。
けれど、 もし狂気を抱えたまま父親が此岸に戻って来たのなら、 さらなる流血を求めるかもしれないのだ。 それでは皆が不幸になる。
継直さまには帰って来られるような環境を整えれば―― とは言ったものの、 どうにかして父親の魂を彼岸に留めるか、 狂気を浄化させて此岸に戻すかをしない限りとてつもない難題であるように思われた。
けれど、 帰って来られるように出来たのなら、 刀吾の夢である「兄の片腕」 として共に刀を打つと言う事も出来るだろう。
それに継直さまも嬉しいだろうな―― そう考える自分に呆れる。 嫁いだとは言え、 出会ったばかりなのに随分と継直さまに情を移したものだ……。 それは、 少しだけ私に怖ろしさのようなものを感じさせた。
私ばかり、 継直さまに惹かれて行くのでは無いかと言う恐怖だ。 所詮私は「ゆらら」 であるだけの娘だ。
蒼龍院の家にとっても継直さまにとっても細工の事を除けば、 子供を産む為の存在でしか無い。
継直さまに恋をしたいと思った癖に、 いざ、 そう言う感情が芽生えそうな予感がすると怖くなるなんてお笑い草だ。
しかも、 欲張りな私は継直さまに私の事を好きになって欲しいなんて自分勝手な事を願っている。
子供を産む道具ではない私を好いて欲しいなんて…… 贅沢な話だ。 そして、 継直さまに心が動く程、 いつか訪れる別離が怖ろしかった。
子供が出来れば、 私は必要とされなくなるかもしれない―― 或いは両親のように死別する事だってあるかもしれない…… そんな時、 私が継直さまを好いていれば好いている程、 傷つくのじゃ無いのだろうか?
そんな後ろ向きな感情を私は振り払うように私は唇を噛みしめた。
駄目だ―― いけない。 いつもなら、 こんな黒い感情が出てきた時は細工をする為の意匠を考えたりして散らしていたのだけれど、 ここには紙も筆も墨も無い。
「ゆらら? 」
訝しげに聞く継直さまの声が耳に響く。
「どうしたんです? あぁ、 唇は噛むものじゃあ無いでしょうに―― ほら、 口を開いて」
まるで幼い子をあやすように椅子から立ちあがった継直さまの指が、 私の唇に優しく触れた。
「血が滲んでる―― 何で噛んだりしたんです? ――…… 話が重くなりすぎましたかね? 」
そんな風に困ったように言われて、 私は慌てて首を振った。 今の状態は弱い私の心の問題で、 刀吾の家の問題は関係が無いからだ。
まさか、 継直さまに私の事を好きになって欲しいとか、 恋したいと思った癖に恋をするのが怖いだとか―― ましてや別離が怖いとか、 そんな情緒不安定な自分を曝け出せるはずも無い。
「少し考え事をしていて―― 噛んでる事に気が付きませんでした…… 」
嘘を言うのは心苦しかったけれど、 本当の事を言うよりかは良い筈だ。 本当の事を話して、 面倒な女だとか重たい女だと思われるのが嫌だった。
「そうですか? なら、 次は気を付けて下さいね。 あまり傷だらけになると痛そうで、 貴女に口付の一つも出来やしない」
「――っ! 馬鹿な事を言わないで下さいっ!! 」
「ふふ。 何か辛そうな顔をしてるより、 怒ってる顔の方が可愛いですよ? ついでに言えば、 ゆららが笑っている顔が一番好きです」
どこまで、 本気か分からない様子で継直さまがそう言った。
抱きしめられそうな位に傍に来た所為で、 私の心臓がコトコトと音を立てる。
「真っ赤になっている顔は笑顔の次に好きです」
「からかわないで下さい―― 」
「刀吾といい、 貴女といい―― 僕の言葉はそんなに信憑性がないんですかね」
―― まさか。
本気で言ってるのだろうか。 あぁ、 でも外国の人は湯水のごとく口から女性への褒め言葉等が出て来ると、 お姉さま方から聞いた事がある。 継直さまは洋装である事が多そうだし、 立場から外国の人との交流が多くてもおかしくは無い。
先頃開かれた、 どこだかの館であったと言う舞踏会にも外国の方が招待されていたと聞くし――。
これも、 褒め言葉のようなもの―― なのだろうか。
「どうにも、 誤解されている気がするんですよね…… 可愛いゆららの色々な顔が見たくて苛め過ぎたのが悪いと朱依に言われそうですけど―― 」
何故だか、 聞いては行けない言葉が含まれていた気がする。
継直さま―― 苛めすぎたって何ですか。 やっぱり、 からかうのを楽しんでいたのか……。 けれど、 何よりも可愛いゆららとかナニヲイッテルンデスカ?
いつの間にか手が腰に回されていて、 逃げられないように固定されているし―― これはどうしたら良いのだろう……?
「そう言えば、 朱依さまも継護さまも静かですね」
「空気を読んでくれたのだと思いますけどね」
どうしたら良いか分からなかったので、 朱依さまと継護さまが静かだと指摘すれば、 継直さまにそう返された。 更には、 ゆららは空気が読めないですね―― と冷ややかな声でそう告げられる。
そのまま、 腰を引かれて―― 私は椅子に座り直した継直さまの上に横抱きで座らせられてしまう。
「―― っ 」
咄嗟に逃れようとする私を、 逃がさないように固定した継直さまが…… 冷やかな笑顔を浮かべて仰った。 「逃がすと思うんですか? 『僕のゆらら』 は本当に可愛いですね? 」 嘘です。 何か怒ってませんか継直さま!
何か私の本能的な部分が今の継直さまが怖いと言っている気がします。 ジリジリと腕を突っ張って逃げようとする私―― それを冷笑を浮かべながら阻止する継直さま――
『誤解を解こうとして、 怯えさせてどうすんのよ』 と言う朱依さまの声が、 小さく耳に届きました。
刀麻、 刀夜親子の話がリアル表現じゃ無くても痛そうだったので、 ※※(注意)入れました。
ゆららは、 他人の事は良く分かるけれど、 それを自分に当てはめると見えなくなるタイプです。
継直サマは結構ベタボレな対応をしていると思うんですけど、 色々フィルターがかかっているので、 自分が好かれている訳では無いと思ってます。
継直さま不憫。 次回では信じて貰える事を祈ります。
今回から書き方をかえました(その方が見やすいかなと言う感じです)追々、 投稿済みのものも同じようにしていく予定です。




