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『ははっこれは痛快だな』


 僕は目の前で起こっていることに思考が付いていかないかった。


 竜王寺校長が気を失って動かない。それをやったのは薊さんだ。


 何より彼女の攻撃は、模擬戦なんて呼べるものではなく大けがをしてもおかしくないものだった。


『さて、これなら問題なさそうだ』


 そう言って薊さんは今度は視線をまだ倒れている大和君に向けた。


 彼女の殺気を敏感に感じ取った大和君は、ふらりと立ち上がり薊さんに言い放つ。


「なんだよマイ。ずいぶん物騒な目で俺を見るんだな……」


『ああ。学。これで君ともお別れだ』


「そいつは寂しいな。幼馴染だろう?」


『……興味なんてないくせによく言う。そういうところが昔から大嫌いだったよ。君の能力はもはや危険だ。対処できる今のうちにここでお別れとしよう』


「……!」


 薊さんの手のひらに大きな火の玉が燃え上がり、一気に膨れ上がると大和君めがけて放たれた。


 そこに手加減はなく、当たれば間違いなく大和君は死んでいた。


 大和君に飛んだ火球を遮ったのは巨大な土の壁で、無傷で彼を守り切る。


 マリーベルさんは薊さんに悲しげな表情を浮かべて問いただした。


「……やめて。貴女は自分が何をしようとしたかわかっているの?」


『ああマリーベル。だいぶん能力を使いこなせるようになってきたじゃないか。特訓の成果かな?』


 大和君の前には何時しか四人の女の子達が彼を守るべく立ちはだかる。


「あんたね。やばいやばいと思っていたけど。ついに極まったわね」


 早乙女さんの足元は力を入れすぎて砕け、いつでも飛びかかれる体勢だった。


「そうですよ。こんなの普通じゃありません」


 シーラさんの周囲には無数の死霊が渦を巻き、一つの意思で統率されている。


 ピリピリとした気配が周囲を支配し始めて僕は思わず生唾を飲んだ。


『ああ君たち。まだいたのか。君たちにできることはもうないから帰っていいよ』


「何よその言い方。私達は眼中にないってわけ?」


 リオンさんの額に青筋が浮かび、体からは黒いオーラがほとばしる。


 薊さんはそんな彼女達の怒気を一身に受けても、まるで気に留めてもいない。


 それどころかやけに楽しそうに笑い声をあげた。


『ハッハッハ! そうだよ? その通りだとも。君達の能力はもう私には価値がない。研究しつくしたからね』


「あんた、学を殺すつもりだったの? 小さな時から一緒にいたんでしょう?」


 問う早乙女さんに薊さんは一瞬考え、あまりにもあっさり答えた。


「この計画の要になってくれたことには感謝するけど、彼個人は別にどうでもいいかな? むしろ消えてくれた方が今となっては有益だ。それにしても君は昔と変わったな。あんなに泣いてばかりいたのに」


「……」


「君には感謝しているよ。人体改造の被験者として君は非常に優秀だった。ただ霊が見えるだけだった君は、戦える力を望んだ。並び立ちたかったのだろう? 訓練する学を見る君の瞳は恋する乙女そのものだった」


 薊さんがそう言った後の空気の氷っぷりは気のせいではもちろんない。


 この張り詰めた雰囲気は、まさしく修羅場というやつなのだと、僕は理解する。


 いつ来てもおかしくなかった怒りのダムが決壊する瞬間は、早乙女さんから始まった。


「そう、なんでもお見通しってわけ……私はあんたに感謝してるわ。この力は私を理想の私にしてくれた。でも……喧嘩を売ろうっていうなら容赦しないから」


『へぇ買ってくれるとでも? 逃げ帰った方が利口だと思うけれど?』


「そういうことは勝っていいなさいよ! この頭でっかち!」


 ズドンと地面を蹴って早乙女さんが飛び出す。


 人間離れした速度だが、強化された彼女の体は余裕で耐える。


 岩くらいなら軽く砕く彼女の拳は、しかしあのロボットを前にしては片腕で止まる。


 音もせず、ピタリと早乙女さんの体はやはり不自然に空中で動きを止めた。


「……くっ!」


『……君の私が与えた程度の怪力でまともに戦えると思っていた?』


「!」


 先ほどの竜王寺校長の再現だ。


 なすすべもなく同じ速度で反射された早乙女さんは、派手に地面にたたきつけられて意識を刈り取られた。


「……はぁああああああ!」


 今度はマリーベルさんの周囲に砂が巻き上がり始め、ぼこぼこと巨大な土の塊が生成された。


 大きな巨岩となってゆくそれを眺めて、薊さんは目を細めた。


『君の能力は面白いが、扱い辛すぎる』


「……当たって!」


 巨岩は重力に従い、まっすぐに落下した。


 しかし薊さんに触れる直前に岩はピタリと止まって、四角く圧縮されてゆく。


「……!」


 巨岩まるでなかったかのように消えてしまって、マリーベルさんは体を強張らせた。


「ぼーっとしてんじゃないわよ! 食らいなさい!」


 その隙をついてふわりと浮かび上がったリオンさんが姿が瞬間移動のように薊さんの目の前に現れる。


 箒で殴り掛かった彼女のフルスイングが薊さんに触れると、無数の魔法陣が現れたが、薊さんのバチッと光った光の手に振り払われただけで簡単に霧散してしまった。


「なっ!」


「相変わらず不思議な力を使うな。君は昔から警戒心が強くて、情報を集めるのに苦労したよ。学の何が君の心を溶かしたのかな? まぁおかげでこちらは隙が多くなって助かったけれどね。魔女のデータは有用なものだったよ。生体部品を一から作り出すのは魔法でも使わないと時間がかかりすぎたからね。だが余計な情報も見てしまったかな。惚れ薬はさすがにやりすぎだ」


「……趣味が悪いわよ?」


「君の男の趣味ほどじゃない」


「マリーベル! いくよ!」


「……合点承知」


 今度は無数の植物が火山の噴火のように地面から吹き出しロボット達に絡みつく。


 それとほぼ同時に放たれた紫色に発光する文字の羅列がロボット達を捉えて、不気味な稲妻が襲い掛かった。


 だが、それくらいじゃダメなのだ。


 捕らえたと思ったロボット達は次の瞬間には空中に瞬間移動して、一斉に炎を放った。


 火球は膨れ上がって一瞬にして演習場を舐め、派手な爆発は容赦なく彼女達を巻き込んでゆく。


「……!!」


「きゃぁ!」


 爆風に巻き込まれたマリーベルさんとリオンさんはなすすべもなく爆風で吹き飛ばされ、地面にたたきつけられると、動かなくなってしまった。


「……貴女は!」


 大和君の前に一人残ったシーラさんは、髪をざわつかせ薊さんを睨みつける。


 力を開放したシーラさんの前方には黒い穴が現れた。


『ほほう……』


 薊さんは少しだけ興味深そうに唸る。


 穴から飛び出した白い腕が、薊さんの体を掴みとったのは一瞬のことだった。


 現れた巨大な手に僕はすごく見覚えがあった。


 あれは……死そのものさん……!


「どうです? 降伏してください……このまま地獄に引きずり込まれたくなければ」


 どうやらシーラさんはいつの間にかあの力を自分のものにしていたみたいである。


『さて、それはどうかな?』


 しかし薊さんがそう呟くと、彼女を掴んでいた腕はいともたやすく緩んでしまう。


 ビクリとまるで怯えた様に動いたと思うと手は霧散し、穴に逆戻りして消えてしまった。


「そんな!」


「怯えていたのかな? あの手は彼に痛い目に合わせられていたからね。君の能力は、相当に期待していたけれど。死者の力というのは生きているものには合わないようだ」


 薊さんが右腕をさっとかざしただけで、シーラさんの周囲の霊達は霧散する。


 そうなればシーラさんは普通の女の子と変わらない。


「あぁ……」


『……さてこれで終わりだ。あまりにもあっけないな、君達は』


 あまりにも一方的な展開にため息を吐き、薊さんは倒れ伏すクラスメイト達を見下ろす。


 その言葉は確かに彼女たちを見てかけられた言葉のはずなのに、薊さんにはまるでその目に全く彼女たちの姿は映っていなかった。


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