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まず僕にあったのは戸惑いだった。
攻撃が当たらない。想定した通りに相手が動いてくれない。
僕は過去、大和君を見た情報から、動きを予想しようとした。
しかし一つたりとも予想が当たらないのだ。
知らない能力、知らない動き。
一度目に合わせようとすれば、二度目はなお速い。
「はぁ!」
「……ぐっ!」
「よし! 三本目!」
ガッツポーズとは、また無邪気に喜んでくれる。
ならこれくらいならどうだろうか?
僕は拳を作り踏み込む。
グオンと風を切った拳は中々の鋭さで大和君にまっすぐ突き進む。
「うわ!?」
拳の圧力で大和君は吹き飛び、体のバランスを崩した。
やりすぎたかと、僕は身を強張らせたが、大和君はひるまない。
僕の体が固まった瞬間、視界から大和君の姿が掻き消え、衝撃が僕の首筋に走った。
「!」
「……あんまり舐めないでくれ。これで四本目!」
「……うん」
頷いたものの僕はそれどころではない。
僕の前に立つ大和君が得体のしれない何かに見える。
同時に、体が疼いてしびれるようだった。
それとかすかに痛みがあって、首筋に触れると、わずかに指に血が付いていた。
「……!」
本当に驚いた。
だが動揺するより先にわけのわからない衝動に突き動かされて、僕の体は動いていた。
「なら……これくらいならどうかな?」
僕は地面を殴りつけた。
クラッカーのように演習場の床は砕け、粉塵が巻き上がる。
僕はそのまま、視界が完全にふさがれたタイミングで上空へと飛び上がり、視界を確保した。
僕には粉塵の中で目を覆い、刀を振りまわしている大和君の姿が見えていた。
「ふん!」
そこにスタンピングである。
両足をそろえ、まっすぐの直上から一撃。
「うお!」
「……これも避けるんだ」
音もしなかったはずだが僕の両足は綺麗に外れた。
それは勘だったのかもしれないが、それでも見事によけられた。
「そこか!」
僕のスタンピングも新たに派手に土煙を飛ばしたはずなのに、僕を大和君の刺突が襲ったのは、一秒にも満たないその後だ。
今度は受けずにかわす。
そしてすかさず今度こそ刀を掴んで大和君ごと振り回した。
急回転からの急加速。
これでも力には自信がある。
例え掴んだものが怪獣だろうと投げ飛ばせる腕力で振り回されたら、大和君だってただでは済まない。
だが、予想よりもはるかに軽い手ごたえで僕はつんのめる。
「え?」
僕が振り回したのは、切り離された腕だけだった。
ぎょっとして、心底慌てた僕は振り返り、その光景に泡を食う。
目に飛び込んできたのは自分で腕を斬り飛ばした大和君の姿と、すでに先ほどの蛇の頭のように再生し始めていた右手と刀だった。
飛んでくる回し蹴りは、僕の体の芯を捉えて僕の体をたやすく蹴り飛ばす。
受け身をとることもできず、まともに演習場の端まで吹っ飛んだ僕は、観客席を破壊して数回転。
飛び石のように跳ねてようやく止まった。
「オロチの力がなじんできたな……これで五本だ!」
がっと生えたばかりの腕を突き上げた大和君を見て、僕はただただぽかんと口を開けて―――いつの間にか自分の表情が笑っていることに気が付いた。
「……楽しいな」
そんな言葉が口をつく。
僕はこの抑えがたい衝動の正体を、ここにきてようやく理解し始めた。
今まで戦いを楽しいと思ったことなどなかった。
それでも自分しかできないことではあるという自覚は存在した。
だからみんなを守るために、義務をこなす。
できる限り迅速に能力を発揮しなければならなかった。
だがこの学園に来て、それは少しだけ違うものになっていた。
僕以外にもちゃんと戦える人がいて、余裕が出来た僕はいつも以上に力を自由に使えていた気がする。
その形は、僕自身も今までに見たこともないものだった。
そして今日だ。
僕の中で新たな感覚が芽生えた記念すべき日に、体の細胞が震えるような歓喜に包まれてゆくのを僕はハッキリ自覚していた。
何時しか僕は腹の底から笑っていた。
「はっはっはっは! いいな! 楽しいんだね! 得意分野で競り合うって!」
誰かに教えることはもとより、合わせるということをしてこなかった。
だからこそ戦闘の中で意表を突かれるという経験もほとんどない。
こんな風に誰かと競って戦うなんてこともだ。
気持ちが昂るのに応えて僕の体は『変化』する。
今度はあの刀の鋭さでもかすり傷一つつかないように、より頑強に。
あの成長し続ける動きに対応するためにより高速に情報を処理。
攻撃も、もっと容赦なくしても大和君なら問題なさそうだ。
ついでに他にももっと派手な攻撃が色々あればもっとこの瞬間を楽しめるかもしれない。
メキメキと音を立てるほど急速に変わってゆく体の変化は初めてだ。
最初大和君が浮かべた笑顔の意味が僕にも今なら理解できる。
「さぁ……次はどうしようか?」
「……さぁどうするかな?」
僕を見ている大和君は僕の姿を見て、不敵な笑みこそ崩していなかったが今まで以上に気を引き締めていたようだった。




