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僕は同時に全身の毛穴から冷や汗が噴き出すのを感じていた。
妖気が血潮のようにまき散らされ、霧散する光景は、心臓が潰れそうだ。
全く本当に―――手加減というのは難しい。
僕は心底そう思った。
もいじゃったけど、大和君……大丈夫なんだろうか?
しかしその時、もがれた蛇の頭のあった部分に変化が起きた。
煙のようなものが渦を巻きながら傷口に集中すると、蛇の頭が再生したのだ。
すごい再生力で怖がるところかもしれないが、僕は心底ほっとして胸をなでおろした。
「よかったー……あれくらいじゃ堪えないのか。敵って殺される前に殺す以外に選択肢がないものだと思ってたものな……。大和君をやっつけるわけにはいかないし」
僕は不安に思って振り返る。
するとそこには案の定、驚愕に目を見開くクラスメイトの女の子達が。
ああこれは、やってしまったが。もう仕方がないのであきらめた。
僕は大きく深呼吸して気を静める。
まずは目標を確認しよう。
敵をとにかく叩き潰すのならたやすいが、友達にそんな真似絶対にしたくない。
大和君の命が、このわずかな感覚の中にあると思うと、拳を出すのもためらわれた。
「がああああ!!!」
大和君はまだ正気ではないようだが、主導権はとりついた化け物の方にあるのか、攻撃したことでオロチの敵意は完全に殺気へと変わっていた。
そもそもの元凶はあの突然出てきた化け物だ。
僕はいらだって気が付くと思わず自分の歯を噛み締めていた。
「こうなったら……アレが音を上げるまで首をもぎ取るくらいしか思いつかない」
蛇の頭は僕を睨む。
すると僕の周囲が一気に溶け出し、腐ってしまった。
「む……」
歩きにくいし、肌がピリピリするのが不快だ。
邪魔だったので右手を一振りすると抵抗があったが蜘蛛の糸が切れるように、不快な感覚は霧散する。
まずは一蹴り。僕は飛び上がった。
さっき首をもぎ取ったことで、物理攻撃ができることはわかっている。
ならばあれがなんだろうが勝てない道理はない。
力を込めて、蹴りやすそうな頭に向かって振りぬいた右足は、力を入れすぎて粉々に頭を粉砕してしまった。
「ゲッ! またやりすぎた!」
派手に飛び散る霊体にちょっと泣きそうである。
まだ少しずつ調整していかねばならない。
空中に放り出された僕を一飲みにしようと大きな口が襲ってきたのでちょうどいい。
僕はそっと軽くなでるように拳を繰り出すが、残念ながら蛇の頭に穴が開いた。
「いまいち……粉々にはならなかったけど。ダメだなこれ」
漫画のようにカッコよく気絶させられればいいのだが、うまくはいかないみたいである。
三本の頭がなくなったことで蛇は一度に攻めるのをやめて、慎重に距離を取り始めた。
妙な気配を感じて空を見ると、派手に渦巻いていた黒い雲に雷が走り、雨のように降り注いだ。
あの蛇がやったのだとしたら、案外賢い。
雷を操るとは器用なことだが、雷くらいで僕は殺せない。
どういうわけか雷は無差別に降り注ぐのではなく、僕にすべてまっすぐ飛んできた。
「うわ。どういう雷だよっと……」
だがそれだけだ。
僕は降り注いだ雷を右手で受け止めて、そのまま溜めて投げつけ返すと、蛇は自分で出した雷なのに、体が一つ消し飛んだのには納得がいかなかった。
「なんでそこでダメージがある。自分で出したくせに……」
何にしてもこれで残りは四本。そろそろ折り返しである。
どう出るのか様子をうかがっていると、大和君は僕に向かって手をかざし、今度は半透明だった蛇の頭が彼の体に溶けて収まってしまった。
明らかに様子が変わって、狙う頭がなくなってしまった状況に僕は大いに動揺した。
どでかい半透明の蛇の代わりに、大和君のその手にはいつの間にか一振りの剣が握られていた。
とてもきれいな大太刀だ。
その刀身にはうっすらと鱗のような文様が浮かび上がり、蛇の妖気はそのまま凝縮して大和君の手にした剣から少しも衰えずに感じられた。
「……大和君。ひょっとして正気を取り戻した?」
僕はピンときて語りかける。
僕の巧みな手加減が功を奏したのか、先ほどとは妖気の質が明らかに変わっていたからだ。
オロチとやらが落ち着いたのか、それとも憑依されてなじんだのか、すでに暴走は収まっている。
しかし気になるのがまだ大和君は厳しい目つきでこっちを見ていることだろう。
彼自身は正気に戻っても、戦意がなくなるどころか増してさえいるようにも見えた。




