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「……いきなり袴を着ろってどういうことだよ?」


「……構えろ」


 短く言った礼先生はいきなり日本刀で斬りかかる。


「うわ!」


 悲鳴を上げた大和君は持っていた日本刀をとっさに抜き刃を受けると、激しい青い閃光が固い音を立てて弾けた。


 周囲に砂ぼこりが舞う。


 それはすぐに収まったが、その一瞬の間に納刀まで済ませた礼先生は、ふぅとため息のような息をついた。


「……悪くない」


「一体何なんだよ?」


 大和君にもここに連れてこられた理由はわからないようだ。


 礼先生も袴を着て現れ、大和君の前に立つと厳しい表情のままため息を漏らした。


「お前が妙なことを言い出したせいだろう。私は……お前がここにいる男子生徒と関わり合いになることを望んではいない。特にあの山田 公平とはな」


「……なんで?」


「山田公平が、竜王寺校長の推薦で入ってきた不確定要素だからだ」


「?」


 礼先生の言葉に大和君は首をかしげる。


 礼先生はそんな様子の彼にあきれ顔で説明した。


「この学園は大和家が中心になって創設された。建前は様々な可能性を持つ能力者を一堂に集め、さらなる力を模索することだとされているのは知ってるな?」


「それは……わかってるよ」


「だがそれは建前に過ぎない。この学園はな。お前のために作られたんだ。学」


 礼先生は淡々と大和君に話しているが、僕らは盗み聞きしながら首を傾げた。


 この明らかに異常な最新鋭の設備を備えた施設が大和君一人のために存在するなどありえない。


 だが礼先生の様子には全く冗談めいたものはなかった。


 大和君も話の荒唐無稽さに、戸惑いながら否定する。


「な、なに言ってるんだ姉さん? そんなことありえないだろう? なんで落ちこぼれの俺なんかのためにこんな大掛かりなものが出来るんだよ?」


 落ちこぼれと大和君は自分のことをそう言い現わした。


 なんとなくそのニュアンスはさっき聞いた、家庭の事情が関係しているのだろうことが察せられた。


 しかし礼先生は何のためらいもなく同じことを言った。


「それでもこれは事実だ、受け入れなさい。理由はお前の生来持っている能力に関係している。だがな、我が一族の思惑だけで動くほど世の中は甘くはない。その最たるものがあの竜王寺という男だ」


「校長が何かしたのか?」


 僕も直接関係あるようだから、耳の感度もしっかり上げる。


 礼先生は不愉快そうに大和君の額に人差し指を突き付けた。


「心当たりはあるだろう。男子生徒を入学させた」


「それが何か問題なのか?」


「……あいつらは強すぎるんだ。あまりにもな。私は今現在のお前の力でも十分資格はあると思っていたんだぞ? しかし結果はどうだ?」


「うっ……それは……」


 二人のやり取りに僕は両足の膝が震え、思わず天を仰いだ。


やっぱり……なんか妙な事の引き金になったかー!


 と嘆いたところで完全に手遅れだった。


「記録映像を見て、ここまで差があるのかと愕然としたぞ」


「俺って……やっぱり負けてたんだな」


 完全に記憶が飛んでいたらしい大和君は茫然として呟くが幸い礼先生は聞き流した。


「どこであんな化け物どもを見つけてきたのかは知らんがやってくれたよ。とにかく竜王寺校長は、土壇場になって男子生徒をスカウトして送り込んできた。調整に丁度いいかと思っていたがあまりにも危うい。このままではお前が壊されかねない」


「それってどういうことなんだ? あいつらは最初からここに来るはずじゃなかったのか?」


 男子生徒全員が、想定外だったとすると最初はどんな想定だったのだろうか?


 僕も疑問に思ったが、礼先生は表情をなくしてさらっととんでもないことを言った。


「……当初は、お前以外は女子生徒のみで構成されるはずだったんだ」


「は?」


 なんですと?


 僕は思わず女子生徒達に視線を向ける。


 彼女達は、みんな困惑していた。


「え? ここ女子校になる予定だったの? そんなの知らないんだけど?」


「どどど、どういうこと? そこに学だけ放り込むつもりだったってことなの?」


「……それはさすがにどうなんだろうか?」


「で、でも全員女子と言ったって、私達だけなのでしょう!? 男子達がいないだけなら別に大した違いはないじゃありませんか!」


 動揺してざわざわしていたがシーラさんの一言で全員が微妙ながらも納得しかけているあたり、僕は自分達の存在感とかに疑問が生まれた。


 ともあれそれは今後の課題である。


 大和君自身はこの話を聞いてどう思ったかというと、明らかに信用していなかった。


 というか、礼先生の正気を疑って目が点である。


「……いや、それはさすがにおかしくないか? 常識的にどうかと思うんだが?」


 失礼な視線に電光石火の拳骨が落ちた。


 痛みで頭を押さえ涙目の大和君を見下ろし、礼先生のこめかみには血管が浮かんでいた。


「……しかたがないだろう。お前今までの人生で男友達ができたことあるか?」


「あ! あるよ! 公平とか!」


「ここにくる以前だ!……お前ときたら、家に来る女という女に惚れられるくせに、男と引き合わせると、喧嘩だの決闘だのでまともに人間関係が成り立たなかっただろうが。まったく……どういう星の下に生まれたらそんなことになるのか」


 礼先生の苦々しい表情で、今までの苦労が察せられた。


 いや全く、おかしな星の下があったものである。


 こんな話が今までの大和君を見ていれば自然と納得してしまえるのも恐ろしい。


 大和君は相当心外なのか一生懸命否定しようとしているみたいだ。


 彼が何を言うのか? 正直相当興味はあった。


「いや……その。俺は仲良くしたかったんだ! けど、なんでか会うやつ会うやつ初対面で舌打ちしてきたり、決闘申し込んできたりして話もまともにしてくれなかったんだ!」


「……そうだろうとも」


 まぁそうだろうけれども。


 礼先生と感想がかぶる。


 そして礼先生は今更ながらに頭痛を覚えたのか頭を押さえて、噛み含めるように大和君に言い聞かせた。


「いいか? お前の力には絆が必要なんだ。絆を結び、親しくなって初めてお前の力は意味のあるものになっていた。そして私達はお前の能力を伸ばすために特別な環境を作ろうとした」


「どんな環境だよ」


 僕は思わずぼそりとツッコミを入れてしまった。


 いやなんかこう疑似的なハーレムでも作りたかったのだろうか?


 そして大和君はその話が本当ならどれだけモテモテなんだって話である。


 さっと女の子達を見る。


 すると一斉に視線をそらされた。


 まぁここにいる女性は、特別大和君に好意的なメンバーだったのかもしれない。


 なんでそんなことをする必要があったのかはわからないが、礼先生含めた黒幕が何か確信をもってこんな大規模な学園を作り上げたのだろう。


 大和君にも初耳のような話は彼にも真実味を感じられなかったようで、礼先生から目をそらした。


「……その話はやっぱりおかしい。選ばれたのは姉さんのはずだ。俺は……選ばれなかった」


「ああ、あの時は選ばれなかった。環境が整っていなかったからだ。そして時も十分ではなかった。何せ力を継承すれば、体の成長が止まる。だが先代の体は限界だったんだ。だからお前が受け継ぐための繋ぎとして私は選ばれたにすぎん」


 礼先生の言葉に、大和君は何時しか膝が震えていた。


 そして、完全に混乱した表情で礼先生に詰め寄る。


「なにを……言っているんだ。姉さんは」


「学……今すぐ服を脱げ」


「へ?」


 その時電撃が走る。


「お前は山田公平と戦いたいんだろう? お前の望みを私が叶えてやる」


 礼先生は袴を脱ぎ棄て裸体を露わにした。




 とっさに目を押えたが、それどころではないと気が付いた僕は冴えていた。


 注目すべきは前ではなく―――後ろなのだと。


「……!」


 女の子達はその瞬間目を血走らせて、今にも飛び出していく寸前だった。


 僕は全力をもって彼女達を抑えにかかった。


 ガシッと鈍い音がする。


 受け止めたビックリするほどの力は、まるでトリケラトプスでも受け止めたみたいだった。


「……落ち着いてください! 見つかってしまいます!」


 できる限り小声の僕は何で彼女達を足止めしているのか自分でもよくわからない。


 効果はあったのか、女の子達はすんでのところで踏みとどまる。


「……そのまま抑えていなさい。展開次第では飛び出しそうだわ」


「えぇ……」


 先頭を切る早乙女さんの言葉には鬼気迫るものがあった。


 彼女達がその瞬間叫び声をあげなかったのは、ただ単に悲鳴が声にならなかったに過ぎない。


 それぞれにわずかに残った理性を総動員して口を押えているあたり、尋常ではない雰囲気だ。


 なんかもう僕としては泣きそうである。


 だけどそれとは別の意味で、僕は声を失う。


 ちらりと横目で見た礼先生の真っ白の肌には、蛇の鱗のようなものがびっしりと刺青のように浮かび上がっていて、それは間違いなく動いていたからだ。


 女の子達もそれを見てようやくただ事ではないと理解する。


 中でもシーラさんは顔色を失い、真っ青になって震えていた。


 あれは幽霊みたいなものなんだろうか? 


 なんとなく僕はそう感じる。


 礼先生は一歩踏み出すと、大和君の胸板に右手を添え、彼にささやきかけた。


「……準備は整った。受け取りなさい。このオロチの力を」


 言うと同時に刺青が礼先生の肌から浮き上がって、いくつもの頭を持った蛇へと姿を変えてゆく。


 空には黒い雲が渦を巻き始め、蛇は演習場の天井を覆いつくして、大和君を八つの頭でのぞき込む。


「……!」


 大和君はその非常識な光景に大きく目を見開いていた。


 そのよくわからない存在はその辺の幽霊と纏っている雰囲気が明らかに違っていたからだ。


 八首の蛇が解放されたと同時に礼先生にも変化起きた。


「……!」


 幼かった体から白い煙が立ち上り、彼女の四肢はものすごい勢いで成長する。


 何時しかそこには、今までの幼女のような姿の礼先生はいなくなり、20台前半ほどの美女が息を荒げ、膝をついていた。


「あ……ああ―――」


 大和君は、大蛇に睨まれ動けない。


 そのまま声にならない悲鳴を上げる大和君に大蛇は殺到してゆく。


「大和君!」


 僕は叫ぶ。


 大蛇は大和君の体にすべて吸い込まれ、大和君はその場に崩れ落ちた。

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