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「ボクがどうにかするしかないかな?……山田君も少しダメージを与えてくれたみたいだし。頑張ってみるよ」
そう言ってべぇだが進み出ると腕をつかんで止められる。
べぇだの腕をつかんでいたのはリオンで、彼女の意外な行動にべぇだは驚く。
「待ちなさい……」
「なに?」
彼女に視線は若干の迷いが見て取れたが、べぇだに声をかけた瞬間覚悟が決まったようだった。
「いい? 即答しなさい。貴方は厳密にいうと人間じゃないのよね?」
「そうだね。人間と宇宙人の融合体だよ」
「……一か八か。これを一気飲みしなさい」
そう言って彼女が帽子から取り出したのは、ピンク色の液体である。
どうやらどさくさで回収していた抜け目のないリオンだが、なぜか彼女は薬を瓶丸ごと、べぇだに突き出した。
「これって惚れ薬?」
「そう。でもね……これのベースは使い魔を生み出す薬なの」
「使い魔?」
べぇだが聞き返すと、リオンは真剣な表情で薬を揺らして見せた
「使い魔であってるわ。魔女が人間以外の生物を使役するための魔法薬。使い魔は基本的に絶対服従することと引き換えにその代わり強靭な肉体と高い知性を得るの」
「うん」
「使い魔は無条件に主に親愛の情を持つ、その効用を調整して、少量の媚薬と混ぜたものがこれ」
つまりこの薬を飲めば、飲んだ相手を使い魔とやらにできるということか。
使い魔はよくわからいが、やりたいことはべぇだにも分かった。
「パワーアップするかもってこと?」
「そう。貴方が人間ではないのなら……いけるかもしれない。このままじゃ負けちゃうんでしょ? なら一か八かやってみる価値があるとは思わない?」
「……」
べぇだは差し出された薬を見据え、ゴクリと喉を鳴らした。
果たしてこの薬にまともな効果があるのかどうか、べぇだにはわからない。
たださっきひとなめした時には大した効果は感じられなかった。
量が少なかったからか、はたまたべぇだの体には効果がないのか。それはわからない。
だがそれを見ていたはずのリオンは、ゆるぎない視線を向けていた。
べぇだはその目を見た瞬間に迷いを打ち消した。
「いいよ。やってみよう」
「私がいうのもなんだけど……本気?」
「もちろん。これを飲み干したら、リオンちゃんとラブラブできて、その上パワーアップまでできるんなんて断る理由がないもん」
べぇだは不敵に微笑み、瓶を受け取ると戦う覚悟を決めていた。
すぐにでも襲い掛かってくるかと思われた同胞は、その場から動かない。
じっとこちらを見ている彼にべぇだは話かける。
「どうしたの? そんなところで突っ立って?」
『……何かするつもりなのだろう? 待ってやる』
「どういうことだい?」
『多少興味がわいただけだ。先ほどの地球人といい……不可解だ』
「ようやく興味を持ってくれた? うれしいね」
『そう……興味だ。だが決定的なものがまだ足りない』
同胞の関心はべぇだに向いている。
それは不愉快な愚か者を見る目から、多少の好奇心を感じるまでになっていた。
「なら応えたいね……」
べぇだは手の持った瓶を一気に飲み干す。
変化はない。
だが後ろにいたリオンの声が歌のように言葉を紡ぐのをべぇだは聞いた。
「我が血脈に流れる古の盟約よ、我と小さき者の魂を繋げ、使い魔となせ……」
小さき者ってどなた様? なんて思ったが口には出さない。
もう少しロマンチックなやつを期待してしまうのは、惚れ薬の効能なのか?
だが次の瞬間変化は起きた。べぇだの体にタトゥーのような文様が輝き、それは体にしみこむように消えてゆく。
それと同時に脈打つ鼓動が、体の中から聞こえてきた。
何の説明がなくてもわかる。それはリオンの鼓動だと。
鼓動はべぇだとシンクロし溶け合うと、力があふれた。
「こ、これは……!」
『どうやら、終わったようだ……』
「おかげさまで わざわざ待っててくれたの?」
『……覚悟は決まったか? 今しがた失った分の補充もかねて貴様を私の一部にしてくれる』
「冗談じゃないね。ボクはこの星の生活をエンジョイするって決めてるんだ。こんなところで死ねない」
『……ならば見せてもらおうか!』
べぇだはぺろりと唇を舐めて、目の前の相手に全神経を集中した。
そして動き出す。
すさまじい速さで、ぶつかり合い、閃光が瞬いた。
一瞬でべぇだと同胞の立ち位置が入れ替わり、べぇだは自分の手のひらを見つめていた。
「……すごいな」
スピード、パワー、どれをとっても先ほどの比ではない。
どうやら使い魔とやらにはなることができたらしい。
その結果は――もうすでに出た。
「ボクの勝ちだ」
『ああ……私の負けだ』
べぇだは相手の核を捉え、同胞の体は光の粒子になってはじけ飛ぶ。
リオンはべぇだに駆け寄って恐る恐る確認してきた。
「……殺したの?」
「いいや。ボク達はこれくらいじゃ死なないよ。ホラ」
べぇだの手の中にある核を投げる。
すると、弱々しく再び集まってきた光はヒト型の形態をとった。
リオンがぎょっとして手をクロスさせて構えるが警戒の必要はない。
相手にはもう敵対の意思はないとべぇだにはわかっていた。
「理解した?」
そう尋ねたべぇだに光は頷いた。
『そこに―――可能性の一端があることを認めよう』
「それで十分だ。ボクはボクなりの道を進んでいる。遥か宇宙に散った同胞よ。ボクらの旅は模索の旅だ。君は君の道を見つけてくれ」
『肯定する。同胞よ、肉を持った時の思想にいまだ囚われていたのは私だったようだ。君の旅路が実りあることを祈る』
同胞の人型は崩れ、玉のような形に姿を変えるとべぇだの目の前でゆっくりと上昇する。
再び出会った同胞は、来た時と同じくらいの唐突さで、空の向こうに飛んで行った。
「……」
僕らの願いはいつか叶うのか、それは誰にも分らない。
べぇだは光を送り出し、空を見上げる。
光の筋となって上空に消えた同胞は逆さに流れる流れ星のようだ。
リオンはぽかんと口を開けていて、そしてぽつりとべぇだに尋ねた。
「もう会えないのよね? いいの?」
その質問にべぇだは驚いたが、少しだけ考え首を横に振る。
「全然。ボク達はよほどのことがない限り不滅だもん。星の巡りがよければまた出会うこともあるさ。おっと遅刻した奴らが集まってきたよ?」
べぇだは特にやる気もなく、ずいぶん遅れてお気楽に駆けつけてきた時坂とホルストにやれやれと肩をすくめた。
特にホルストのやつは許しがたい。
もうちょっと早ければ、もう少し丸く収まっただろうに。
「おーもう終わったのか。まぁ当たり前か」
「校舎がぶっ壊れていたぞ。大和達はそっちを見に行った」
「あ。そうなんだ」
べぇだがあっさりとそう言うと怪訝な視線が集まった。
まず時坂がべぇだのリアクションに首を傾げた。
「なんだ? 血の涙とか流さないのか?」
「流さないよ」
「あれじゃないか? 馬鹿だから女子も一緒に行ったってわからなかったのだ。あれだぞ?当然他の女子連中も大和と一緒なんだぞ?」
「……わかってるよ」
べぇだは何とも緊張感のない連中に頭を抱えた。
だが男子連中がまだ駄菓子をぺロペロやっていようがそんなことはどうでもいい。
べぇだには、今最も優先すべきことがあった。
さっとべぇだはリオンに熱っぽい視線を向けて言った。
「ふふふのふ。それじゃぁ……これで些細な問題は解決さ! 本題に入ろう……」
「……なに?」
リオンはわかっているだろうにすまし顔でとぼけるが、そんなところもかわいらしい。
さっきの使い魔とやら、今の僕ならなんとなくどういう関係なのか理解できた。
だからこそ、この胸にたぎる熱い思いをまず受け止めてもらわねば話にならない。
「なにって決まっているじゃあないか! ボクは惚れ薬を飲んで君と深い絆で結ばれちゃった! 思うさまラブラブしよう! ああもう! シンボウタマラン!」
「「惚れ薬?」」
とぼけた声を出す男子どもにも見せつけてくれよう。
べぇだはシュバっと、絵にかいたようなダイブを決めてリオンにとびかかる。
熱い抱擁は一瞬もあれば、実現するはずだった。
しかし妙に冷静にべぇだを一瞥したリオンは一言べぇだに命じた。
「ひれ伏しなさい。この駄犬」
「キャン!」
べぇだは垂直に地面に落ちる。
何が起こったのかわからなかったが、何らかの力が働いたことは明らかだった。
べぇだは土下座に近い格好で地面にひれ伏し、困惑顔でリオン見上げていた。
「え? なにこれ? いとおしさが止まらない」
とりあえず不思議現象は放っておいて胸の内を吐露したわけだが、リオンはちょっとだけ気持ち悪そうに言った。
「勘違いしているんじゃないわ。あんたは私と使い魔の契約を結んだのよ。それは恋人関係なんかじゃない。一種の主従関係なの」
「主、主従関係?」
なんだかアブノーマルな響きである。
それなのにちょっとときめいてしまうのはなぜなのか?
「そう。今日から私は貴方のご主人様ってわけ。お分かり?」
「……」
げしっと女王様のごとくべぇだの頭を踏みつけるリオンに男子一同ドン引きだった。
時坂など顔を青くして。横にいたホルストに尋ねた。
「なんかすごいことになってるぞ? アブノーマルすぎやしないか?」
「それよりも惚れ薬とか言ってたぞ? なんだそれは?」
「な、なぁ? ああ言うのって……まずくないか? なんかこう、人類の宇宙生命体とのコンタクト的に」
「時坂、貴様たまに面白い着眼点になるな。しかしどー……だろうな。さすがにあそこまでされたらべぇだとて黙ってはいまい」
その場にしゃがみ込み、リオンさんは美しく微笑むと、さらにべぇだに追い打ちをかけた。
「犬のように可愛がってあげる♪」
だけど頭を上げたべぇだの目はハートだった。
「ワン♪」
男子二人は彼らとの間にある溝が、谷のように広く広がる音を聞いた気がした。
「どうなんだろう!? なぁ!」
「……まぁ、本人が嬉しそうだから。たぶん惚れ薬とやらが効いているんじゃないか? そうだと思うぞ?」
「そ! そうだな! そうだ!……そうなのか?」
「真相は闇の中でよかろう……どっちでもろくでもない」
到達した結論に時坂とホルストはどちらも力なく頷くのだった。
妙な空気になった空間を破壊したのは突如として空から降ってきた流星である。
真っ赤に輝く轟音を立てて戻ってきた光に、その場に集まった全員が臨戦態勢で身構えた。
「また来た! 今度は何!」
「あれ? 忘れ物でもしたのかな?」
リオンは悲鳴交じりに絶叫し、べぇだは疑問を口に出す。
しかしその疑問はすぐに氷解する。
派手に燃え上がり、膝をついて着地したのは地球人だったからだ。
空から落ちてきた何かは、地球人。山田 公平だった。
彼は半裸で立ち上がるとにやりと笑い僕らの背を向けこう言った。
「少し油断したが詰めが甘かったようだな! 月にとばした程度でいい気にならないことだ! さぁ! 続きをしようか!」
がっちり構えて、やる気満々の彼は相変わらずてんこ盛りだった。
全員の、なんとも言えない視線が山田に突き刺さる。
やる気満々だった山田も、何かおかしいと気が付いたらしい。
ちょっとだけ山田はいつもの調子に戻って全員を見回す。
「え? なに? どうしたの?」
そんな山田に、男子三人は別に示し合わせたわけでもなく同時につぶやいた。
「「「間が悪い」」」
「……!!!」
山田はごてごてした特盛の特殊効果がふっと消え去り、崩れ落ちる。
後日山田が立ち直るまでには三日かかり、立ち直ると普通に戻っていた。
山田曰、あの日の記憶は固く黒歴史として封印したようである。




