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さて中々興味深い朝を過ごしてしまったが、僕は僕なりに今朝は緊張していた。
僕の想像としては、クラスメイトとて初日はみんな同じ事である。思っていたよりもずっとすんなりと学校生活は始まるつもりでいたわけだ。
ところが事はそう単純にはいかないようだった。
「……」
案内に従い、教室にたどり着いた僕はそのあまりの緊張感にごくりと生唾を飲んだ。
クラスメイトは僕を含めて全部で十人。
指定した教室に入るなり例の小柄な先生が待ち構えていて、一人一人の顔を確認する間すらなかった。
確実に空気が悪い事だけはわかる。
殺気めいた雰囲気は、僕にもひしひしと伝わってきた。
やっぱり担任だった大和 礼先生は鋭い視線を僕たちに向け、教壇を両手で強く叩き言った。
「私が今日から君達の担任となる大和 礼だ。今人類は、最大の危機に直面している。ありとあらゆる未知の脅威が地球上に溢れ、活性化している現状では人類の生存権すら危ぶまれていると言えるだろう。しかし人類もまた新たな力を手に入れつつある。超能力、魔法、呪術、科学力などの過去から未来における人類の力は、ここ数十年で爆発的な進化を遂げてきた。そして当学園の目的は、人類の更なる発展にある。ここにいる皆で人類の新たな可能性を切り開いてほしい」
などと先生の演説から、初の顔合わせは始まった。
僕は一人教室の後ろの隅の机で、首をかしげた。
「……」
あれー? 僕はそんな話聞いてないんだけどなー?
って感じである。
いやね? 色々ニュースなんかで大変だって話は聞いたことくらいある。
でも家の実家はいたって平和だったし。怪獣とか悪霊とか出てきても夕飯までには帰ってこれた。
この学校についても、そこまで大仰な話だとは全く聞いていない。
やっぱり都会ってのはおっかない所だなぁって感じである。
「では今から一人ずつ自己紹介をしてもらおう」
そう言うと、礼 先生はまず最初に大和君に視線を向けた。
俺?っと大和君も実に驚いた風だが、お世辞にも穏やかとは言えない殺伐とした空気を先生も感じているのだろう。
先陣を切れと、そう切れ長の目が命令したのが僕にすらわかった。
振られた方はたまるまい。
しかし選択肢はなく、大和君は恐る恐るみんなを振り返って、そして人身御供としての任務を遂行していた。
「えーっと俺は、大和 学って言います。家の関係で、古武術をやっています。以上です、ええっと、一年間よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をした大和君に僕は、出来る限りの拍手を送った。
今僕にできることはこれくらいである。
しかし、なぜか拍手は僕だけで……しかも褐色の女生徒には睨まれてしまった。
「ちょっと待ってください!」
下火になるたった一人の拍手。
ただ、僕には睨む彼女の顔にとても見覚えがあって、彼女の行動にどことなく嫌なものを感じた。
そして予想通りに、彼女の視線は一層険しくなって大和君に向けられるのである。
「貴方、大和女史の弟さんなのでしょう? その能力が古武術だけという事はないのでは? もう少し貴方のことを詳しく伺いたいのですが?」
丁寧だが、強い口調だった。
だが、その受け取り手はと言えばきょとんとしていて、大和君は本気で気まずそうに頭を掻いた。
「ええっと……それだけだけど」
「ならば、ここにいるのがおかしいのです。即刻出て行っていただきたいものですね」
「!」
「……なんで君にそこまで言われなきゃならないんだ?」
「当然でしょう。ここは最強でなければいられない場所のはずです。貴方はそこにいらっしゃる先生。大和 礼様の弟さんだからここにいらっしゃるのでしょう? 現在最強の名をほしいままにする女性、大和 礼先生の」
彼女の語る口調から想像できるのは、強い憧れだ。
あの一見すると背伸びした小学生にしか見えない先生は実はすごい人らしい。
そして今朝その憧れの先生の前で見せた醜態の原因を、彼に求めているという事なのかもしれない。
しかし先生への好感度を上げたいというのなら、それは逆効果の様な気がする。
だが僕は気が付いてしまった。
よく彼女の顔を観察するとちょっと涙目になっていたのだ。
ああ、これは、怒りと勢いによる自爆らしい。
かわいそうにと思いながらも、ちょっと口を出せる雰囲気ではなかった。
「ならば場違いです。とっとと田舎にでもお帰りになったらいかがかしら?」
もう引っ込みがつかなくなった彼女は煽る。
ここで大和君が機転の利いた返しをしてくれればよかったのだろうが……
「じゃあ……俺が、君に力を見せればいいんだな?」
大和君は積極的に喧嘩を買っていった。
「!」
まさかもまさかである。
いやいや、喧嘩を買わないでいただきたい。こんな教室の真ん中で。
ぽかんとしていた僕だったが、しかしこの喧嘩の副産物として、若干他の生徒の中にも影響があったことに気が付けたのは僕が第三者だったからだろう。
明らかに怒りを表情に滲ませているのは女子である。
個人の差はあるだろうが、間違いなくそれは怒りであった。
そして僕は気が付いてしまったのだ。
この部屋にいる女子、そのすべてに見覚えがあることに。
大きな帽子を被った女の子、りんごのヘアピンの女の子、そして小柄な緑色の髪の女の子。
ま、街で大和君と歩いてた娘ばっかりだー!
ありえない! ありえないがそれは否定しようがない!
僕はハッと大和君を見る。このクラスの多くの視線もまた彼を凝視していた。
思わず叫びそうになったのをぐっと堪えて、僕は口元を押さえた。
「ええ、それができるのであれば。……私はシーラ。シャーマンです」
喧嘩腰の彼女が言葉を紡ぐたび、怒気が殺気に変わりつつある。
ため息をつき、やれやれと呟く先生はなにかしてくれそうだったが、その前に、男子生徒が一人、手を上げて発言した。
「いいんじゃないか? 決闘でもなんでもすれば。口頭で自己紹介などよりはずっとわかりやすかろう」
あ、煽らないでくれないか!?
発言した人物を探して、僕は内心愕然とした。彼は褐色の肌の青年だった。
僕は黒い高級車とともに、彼の顔を思い出す。
あ、あの時の火の玉のお金持ち!
そしてもう一人、若干荒々しい口調の赤毛の男子が口を挟んだ。
「そうだな。やりたい奴はやらせときゃいい」
おお! 彼は、タンクローリーを巻き戻した人!
更にはいはい!と無邪気な声が、割りこんだ。
「ボクはケンカはダメだと思うけどなー」
最後の彼は、銀行強盗の人だ!
見覚えのある男子に、僕は場違いだとは思いつつも目を輝かせる。
僕も僕で結構前日から顔合わせは終わらせていたみたいだった。
いや喜んでいる場合じゃない。
「何言ってんだお前?」
「えー? ボクなにか変なこと言った?」
元気な銀行強盗の彼にタンクローリーの彼が突っかかって、こっちはこっちで険悪な空気が流れる。
同時多発的に教室中の緊張感が最高に高まった頃、先生はパンと手を叩く。
「わかった。ではまず君達には顔合わせがてらレクリエーションをしてもらおう。第一、第二運動場を開放する。そこで思う存分自己紹介をするといい」
僕はそんなんでいいんだーと思いつつ、なかなかの英断だったんじゃないかと思い直した。
先生がそう言ってくれなかったら、このめちゃくちゃな空気は収まらなかっただろうし。
若干緊張の糸が切れて、僕が胸をなでおろしていた時だ。
ぽんと肩を叩かれ振り向くと、そこには怖い顔のタンクローリーの人がいた。
タンクローリーの時はロクに話もできなかったが、今がその時である。
「その、こんにちは……」
「よう、やっぱりお前もここの生徒だったか。ちょうどいい……面貸せ」
「……ええっと」
何か言うまもなく引き摺られていく僕。
これはどうにも、初日から僕自身、波乱の学校生活になる予感がびんびんした。