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この学園は生徒数に対して、驚くべき敷地と設備を有している。
今後増員の可能性も大いにあるのだろう。しかし今はまだ、使われていない施設が多く、人目につかないスポットは多くある。
今いるベンチとテーブルのある人気のない校舎の中庭は、べぇだがいつか女の子と人目を忍んで来てみたい秘密のスポットランキング3位の場所だった。
「と、いうようなことがあったんだよ……ひどいと思わない? 引かないよね? 女の子達もあんなむっつりスケベコンビに言いくるめられてかわいそうに」
「私も引いてるから安心しなさい……っていうかなんで私こんな話に付き合わなきゃならないのかしら?」
ツンと明らかな不機嫌青でそっけなく言い放つリオンにべぇだはそんなことは決まっていると、決め顔で言った。
「……そこにかわいい女の子がいたら、引きとめるかなって?」
「さいっこーに訳が分からないわ。かわいい女の子のところ以外は」
「大体伝わってるよそれ」
駄菓子屋前で遭遇し、人気のない場所に連れ出して、大体数分は立っただろうか?
両者の溝はまだ埋まっていない。
べぇだはニコニコしながらリオンと話をしていた。
対してリオンはいらだっている。眉間のしわがその証拠である。
それはべぇだもわからないではなかったが、あえてそこは流すとしよう。
べぇだの手にはガラスの薬瓶がある。
さて、このきっかけで後何分話していられるのか、それが問題だった。
隙をついてさっと手を伸ばしたリオンの手を、べぇだは自慢のスピードでさっとかわした。
「……」
「……」
べぇだとリオンに視線がぶつかり合う。
「返しなさい……どういうつもり?」
「だって返したらすぐ帰っちゃうでしょ?」
「当り前でしょう?」
断言されると悲しみも数倍だが、涙を呑んで不本意なことをしなければならないとべぇだは誓った。
このまま何の光明も見いだせずに過ぎ去るかと思われた灰色の日々にようやく訪れたわずかなチャンスだ。
大切に、いや、思い切って踏み込まなければ、逃げ出すだけなのだから。
「まぁボクもつらいんだ……でもぶつかってケガさせちゃったし、お詫びがしたいんだよ?」
「いいわよ別に。その瓶さえ返してくれれば」
「でも返したら帰っちゃうでしょ?」
「……話を聞いたら返してくれるの?」
「あったりまえじゃないかー。ボクは君とお話がしたいだけなんだもの! もちろんお詫びがしたいというのも嘘ではない!」
駄菓子屋の前でうっかりぶつかってなんてロマンチックなのではないだろうか?
そんなことない? いやいやロマンしかない。
まぁ偶然手に入れた、逃げられたり攻撃されたりされない千載一遇のチャンスともいう。
せっかくのきっかけにお話ししないなんて選択肢はない。
ちなみに瓶がなにか大切なものであるということは、手にした瞬間のリオンの焦りようから察していた。
それが何かはわからないが、とりあえず話を聞くくらいはしてくれるはず。
ついついこの悲しみを癒すべくちょっぴり強引な手に走ってしまっても何ら変ではない気がする。
いつものように魔法による苛烈な反撃もないということは作戦は成功しているようだった。
べぇだとて好感度が上がるどころか、マイナスになっていることはわかっている。
しかし普通に愛を叫び、顔色を窺っても突破口が見えないのは日々のスキンシップで十分に理解していた。
「いまいち信用できないのよね……君って」
「何を言います! ボクほど誠実な人間はいないよ?」
「誠実な人間が、こういうことしないと思うんですけど? というかそれ以前に本当に人間なの? どうにも混じりけが多い気がするんだけど?」
「ううん……言い回しが鋭い!」
リオンの青い瞳がべぇだをじっと見つめていた。
ひどい言い草ではあるが、言葉以上に本質を捉えているのがべぇだにも分かった。さすが魔女、よく見れば一般人に見えないものまで見えるらしい。
思惑はともかく、美女に見つめられるのは大歓迎だ。
せっかくなのでべぇだは自分のことをもっとよく知ってもらうことにした。
「いいよ? 君にだけ、ボクの秘密を教えてあげよう。ボクはね宇宙の果てからやってきて、死にそうな地球人と融合したんだ」
「融合ですって?」
「そう。死産するはずだった胎児さ。ボクは彼の肉体と融合して、一人の人間として生まれたのさ。それからこの地球で宇宙人としての知識と力をもってすくすくと成長した。人格形成に影響はあったけど、まぁ性格やら人格やらは地球ではぐくまれたものだと思うよ。力は二種類の形態を獲得してる。地球人としての肉のある体と、エネルギー体としての宇宙人の体、自由に変化できるのは正直幸運だった」
べぇだは当時を振り返って感慨深く頷いた。
宇宙人としての能力はいくらか失う可能性が高かっただけに、ほとんど能力を失うことなく人間の肉体を手に入れられたというのは好都合すぎた。
もちろん人間の形態を手に入れたことで今までなかった弱点も当然できたが、今後なかったはずの可能性が生まれたことを考えるとおつりがくる。
この情報は中々外に出さないだけに、リオンもめちゃくちゃ驚いて真剣に話を聞いてくれている。
うれしくなったべぇだはガシッとリオンの手を取った。
「……その真剣なまなざしが好き!」
「その軽薄な物言いに虫唾が走るわね」
そっけなく振り払われてしまって非常に残念である。
ただ接近して改めてわかったことだが、リオンは今の状況を差し引いてもイライラしているようだった。
ちょっと目の下にクマがあるあたり、どうにも寝不足のようだ。
リオンの目じりが吊り上がっていくたびに、これはそろそろダメかもしれないとべぇだはタイムリミットが迫ってくるのを感じていた。
「とにかく……無駄話に付き合わされたことには後で慰謝料を請求するとして」
「無駄なんて悲しいなぁ。……え? 慰謝料?」
「当然。こっちは徹夜で作業して頭が痛いっていうのにこんなバカ話に付き合わされていい迷惑……」
額に青筋を浮かべているリオンは怒りの限界のようである。
話をしていればあるいはという予想は甘すぎたかもしれない。
べぇだはじっとりと汗をにじませ、強烈な一撃を覚悟したが、怒りの一撃は彼を襲うことはなかった。
「……」
リオンはべぇだを見つめたままいつしか眉間のしわが消えていて、何か心境の変化があったようだった。
「いえ、そうね……そっちの出方によっては許してあげてもいいかも」
「へ?」
リオンはぶつぶつと何か呟き、そして怪しく微笑んだ。
「慰謝料の代わりに実験に付き合うって言うなら許してあげてもいいかな?」




