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寮の個室は完全に個自由にできるスペースである。
男子寮が希望に合わせて改装できるように、女子寮もまた個人の要望によってある程度調整が効いた。
その一室もまた、かなり特殊な改装が施された部屋だった。
部屋の中には大きな鍋に、不気味な素材。まさに魔女部屋にはきちんと一つ一つに意味がある。
そんな部屋の持ち主は、大きな帽子をかぶった見目麗しい少女だった。
この少女、リオンは生粋の魔女である。
大きな帽子は魔女の嗜み。隠れ潜んで暮らしていた過去など今は昔のことだ。
異形、異能が跋扈する混沌極まる現代で魔女が飛びぬけた存在だったことは彼女にとって幸運だった。
世の中で認知されつつ、一目置かれたことで立ち回りやすい立ち位置を確立できたことは魔女の歴史の中でもいい時代になったと言える。
「よっと……コレでよしっ」
本を閉じ、リオンは魔法薬をかき混ぜる手を止める。
リオンが鍋から少しだけ距離をとり観察していると、ポカンと音がして紫色の煙が上がった。
「にゃー」
「ちょっと待ってなさいね」
リオンは鍋の中から出来上がった液体を掬い上げると、用意していた黒い猫にそれを一滴舐めさせた。
するとどうだろう。黒猫はピクリと震え、じっとリオンの顔を見るとにっこり笑いしゃべりだした。
「ご主人様大好きにゃー」
「うん。私も大好きよ」
リオンはクロネコの頭をなでる。
知能の飛躍的向上。そして肉体も強化されて人間以上の寿命も獲得しているはずである。
さらに使い魔として好意もある程度刷り込まれているようなら完璧だ。
薬臭い室内をひとまず換気し、窓を開けたリオンはそこでピタリと動きを止めた。
「いえ……一つもよしじゃない。……よしのわけがないわ」
リオンは現状のあんまりな状況に爪を噛んだ。
もちろんその問題は今作った薬が失敗したとかはなく、日常生活について。
リオンは自分の置かれている日々を思い返してそのあまりの問題の多さに頭を抱えた。
「かなり積極的にアプローチしているはずなのに、一向にマー君との関係が進展してない気がする……」
誰に伝えるというわけでもなく、血を吐くように言うリオンの言葉は気がするどころか真実だった。
この学園は、一般的とは言えない特殊能力を伸ばすための場所である。
一般教養を授業としてやってはいるが、メインはあくまで自習。
つまりは『各々好きにやってみろ、この学園の設備は好きなように使ってもよい』ということだ。
選りすぐられた超希少能力ならなおのこと、誰かが教えられるものでもない。
その点でいえば魔女は恵まれているとはいえる。
古くからの歴史があり、ノウハウもあるわけだ。
TVゲームに出てくるような派手な魔法も使えないことはないがそれはメインではなくあくまでサブ。
魔法薬を調合するような研鑽こそが魔女として重要度が高いのは今後続いてゆく魔女のためのノウハウを蓄えるためでもある。
あるのだが……それすなわち。
「あまりにも……インドア過ぎる! 剣術がメインのマーくんとは遭遇率が低すぎるんだわ!」
ダンとリオンは激しくテーブルを叩いた。
剣にしても霊感にしてもマー君こと大和学は一般的にいう武道に近い訓練に重きを置いていた。
対して魔女は過去の文献をあさり、知識を継承することが最も重視される。
つまり自然に会える機会は少ないということだった。
「数少ない接触のチャンスはかなり大胆にアプローチしてるつもりなのに……あの連中、張り合ってくるのよね」
たった10人のクラスメイトだというのに、中でも半分の女子がすべてライバルなんてどうかしている。
面倒なのが、かりんという東洋人で、改造人間という体力馬鹿だ。
リオンがアプローチを掛けていると、決まって無理にでも張り合ってくる駆け引き知らずだが、妨害という意味ではこれ以上ない。
油断ならないのはマリーベルという全体的に緑色のちびっこだ。
音もなく忍びより、いつの間にかマー君の隣に座っている強かさは、脅威である。
さらっとあざといのは、シーラだろう。
最近一目ぼれして参戦してきた彼女は、マー君と同じ霊的な能力を利用してぐいぐい攻めていくスタイルで、今のところ接触率トップなのは間違いない。
よくわからないのがマイ。
マー君とは最古参の幼馴染で、いまいち何を考えているのかよくわからないところがある。
だがどこか意味あり気で、何よりヤバいというのがリオンの感想だった。
その上、マー君のお姉さんの礼先生もどこか怪しいとなるともう気が休まる暇はない。
その結果貴重な時間で一気に決めるどころか、ぐだぐだになってしまっている。
こちらも熱くなり、やりすぎてしまうせいか、タダの痛い女になっている節があるのが気になるところだった。
「何か、今までと違うアプローチが必要なの……それでいて、この停滞した現状を打破しうる、決定的な一撃が」
リオンはうろうろと自分の研究室を歩き回る。
「でも私は魔女……研究の時間だけは削れない……どうすれば……いえ、待って? 何で魔女をマイナスと考えなければならないの?」
そしてハタと立ち止まった。
こと今回の問題についてデメリットこそあるが、だからこそそれを覆すのも魔女の力であるべきだ。
そんな閃きはまさに青天の霹靂だった。
その辺の能力者など及びもつかない多様性こそ魔女の花。
ライバルと差をつけるにはここしかない。
「そうよ。何でこんな簡単なことに気が付かなかったのかしら!」
魔女の本分は自然の中から神秘を見つけ出し己が物とすることだ。
もちろん人間も自然の一部、魔女以上に人間を理解している者もいまい。
良くも悪くも人心さえ翻弄できる知識で歴史上の魔女達もいらぬ不興を買ったものである。
リオンは姿見で自分の姿を見る。
悪魔や精霊と交わったというご先祖様の影響か、人間離れした美貌はまさに芸術的だ。
「ご先祖様……感謝します。何でコレが誘惑してきて、飛びついてこないのか理解できないまでありますよ。きっと後一押しー……そうだ!」
リオンはおのれの戦力を再確認しつつ、更なる一手を思いつき、部屋の本棚に飛びついた。
あれでもないこれでもないと本のタイトルを確認して放り投げ、目的の本を見つけたリオンは歓声を上げた。
「これだ! ある意味人類の永遠の夢! 惚れ薬! これこそ魔女の特権!」
魔法薬の中でも歴史の長い、飲んだ相手の心を鷲づかみにする最終兵器である。
ただし……コレには問題も多くあることを、すでにリオンは知っていた。
「結局未完成なのよね……強力な媚薬にはなっても、惚れ薬には程遠い。……でも私は天才なの! 改良くらいちょちょいのちょいってものよ!」
仲良くはなりたいが、段取りも大切である。
リオンとて甘酸っぱい恋愛に憧れがないわけじゃなかった。
そして、答えに限りなく近い方法を思いついてリオンはさっき作った魔法薬を見た。
「ふふふ……使い魔用の魔法薬は主人に対して忠誠や好意を抱かせる。考えてみればこっちの方がよほど惚れ薬に近いんじゃない? ホントに使い魔にしちゃまずいから、そっちの効能は押さえて、未完成の惚れ薬を適量混ぜて恋心の方に寄せてみる……あっいける。これたぶんいける」
リオンの顔に怪しい笑みが浮かぶ。
「よし……そうと決まれば始めましょうか」
その瞬間、部屋中の蝋燭に一斉に青い炎が灯り、魔女の魔法は始まった。




