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「ごめん、急いでたもんだから」
「こちらこそ。注意力散漫でした」
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
微かに聞こえる会話から、自然に連れ立って歩いていく大和君らを見ていて、僕は赤面した。
登校途中に女の子とぶつかっている男子を初めて見た!
そして一瞬で仲良くなった!
こいつはある意味衝撃映像だった。
流石第一友達、すさまじい求心力である。
僕は友人の見てはいけないところを見てしまった気分になった。
「これは……声をかけるべきじゃないよね?」
結局彼らの前に出ることはできず、僕は壁の影で考えた。
いかに友達であろうとも、今目の前で学生にとってかなりの重要イベントが展開されていることは、間違いない。
ここは様子見に限る。
そう判断した僕は、今持てる最大限のスキルを駆使して、己の気配を消すことにした。
気分的には無色透明である。
「どうやら僕は、最初からとんでもない相手を友達に選んでしまったみたいだ」
薄々ただ者ではないことはわかっていたけれど、こう次々と見せ付けられては戦慄せずにはいられない。
褐色の肌と白い髪。すらりとモデルさんのように背の高い女の子は、最初こそ不満そうな表情だったが、今ではまんざらでもなさそうに距離も近づいていた。
大和君はぶつかった女の子とすでに相当仲良くなっているようだった。
結局、僕は学校の前まで気配を消し続けてしまった。
しかしそこで、僕はまた更に信じられないものを目撃してしまったのである。
校門前で大和君を待ち構えていた女性が二人いた。
僕ならば間違いなく、肉食獣を前にした草食動物くらい距離を開けて避けてしまうだろう美人達を目にして、大和君は大喜びで手を振り、駆けて行ったわけだ。
「姉さん! マイ!」
「遅いぞ」
「せっかく君のために時間を割いたっていうのにさ」
「そうかな?」
しかしいきなり不満そうに言われて、しゅんとした大和君はやはりこの二人の女性と知り合いのようだった。
僕は適当な角に隠れてそんな驚きの光景を観察した。
「五分前行動……いや、30分前でもいいかもしれないなたるんでいるぞ学」
「勘弁してくれ……久しぶりの再開なんだから、素直に喜ばせてよ姉さん」
「……それもそうだ。元気だったか? 学」
一見すると、小学生にしか見えない女の子がスーツを着ていた。その女の子はきつめの表情を若干やわらげて、大和君の頭を撫で。
って!お姉さん!
どう見ても小学生高学年くらいにしか見えないんだけれどもお姉さん!
おったまげた。都会とは摩訶不思議なところだ。
どうやら彼女は大和君の姉らしく、スーツという格好から見て確実に学生ではないらしい。
まさか……教師なのだろうか? お姉さんという情報が本当なら、その線も捨てきれない。
だとすれば、年の近い姉が彼の担任とかそう言う事になるのだろうか?
いやいやそんなことってあり得るのか普通?
僕は状況をうまく飲み込めずに、一人脂汗を掻く。
謎は深まった。
「それにしても学は昔とまったく変わらないな」
そしてあきれ気味に呟いた黒い三つ編みの白衣を着た眼鏡美人もまた大和君の知り合いみたいである。
「そんなことないって。少なくとも今のマイより背は高くなっただろ?」
にひひと笑い得意げに言う大和君に、彼女は少しだけ不快そうに眉を寄せていた。
「む……まぁそれは認めるけれど、自慢するようなことじゃないな。生物学上、そうなる可能性はかなり高いんだから」
「相変わらず堅いなぁマイは……」
「君がいい加減すぎるんだ」
そしてマイと呼ばれた眼鏡の女の子は学生らしい。
若干大人びて見えるが僕らと同じ制服で、大和君とそうかわらない年だということが伺えた。
どちらもかなり近しい間柄なのだろう、話し方から気心が知れている感じだった。
そして一緒にいた、角でぶつかった褐色美人は二人の顔を見て血相を変え、大和君に恐る恐る訊ねる。
「貴方……彼女たちと知り合いなのですか?」
「え? ああ、うん。紹介するよ。こっちは俺の姉で、大和 礼。この学校で教師をやるらしい。こっちは幼馴染で、薊 マイ。同い年だからクラスメイトになるかもな!」
大和君のざっくりとした紹介を受けて、ぐらりと頭を揺らす褐色の女の子は二人を知っていたらしい。
「そ、それは……すごいですね」
「それで? 彼女は?」
うろたえる少女の前に進み出たのは礼と紹介された先生である。
小柄な女性に睨まれ、戸惑う姿はなんだか気の毒だ。
「えっと……私は……その」
「ああ、彼女は、さっきそこの角でぶつかった。名前はまだ知らない」
にこやかにいう大和君は嘘なんてまったくついていない。
だがしかし、黒い怒りの波動を放つ人間に対しているにしては、笑顔がきらめきすぎである。
先生から怒りの波動をぶつけられたであろう女の子は青ざめた顔であわてて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 私の不注意だったんです~!!」
そしてそのまま脱兎のごとく逃げだす女の子を僕は気の毒に思って目で追った。
先生の方は他愛ないとでも言いたげな表情で仁王立ちである。
そしてマイという名の女の子は額を押さえてため息を吐く。
「はぁ、君は今でもその調子なんだな……」
「……何で逃げちゃったんだろう? お詫びにジュースでもおごろうかと思ってたのに」
「やめておけ。血を見るぞ」
「なんで?」
本気で訳が分からないと、首をかしげる大和君の顔を僕は見た。
一連のやり取りを前にして僕は声をかけようなんて気は吹き飛んでしまっていた。
なんだこれ?
お姉さんが教師で、更に美人の幼馴染がおそらくは同級生。
そして美人のさっきぶつかった女の子と恐らくはもう一度顔を合わせることが確定しているっぽい。
「マジ半端ない……」
改めて、どうやら僕はとんでもない御仁と友達になってしまったようだった。