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ちょっとだけATMの操作にてこずってしまった。
結局買い物をしたらぎりぎりバスに間に合うかどうかという微妙な時間にあせった物の、僕は最低限度の物を買いそろえて、指定のバスに飛び込む。
そこからバスに揺られること2時間。
長い。とてつもなく長い道のりがようやく終わり。
到着した頃には、体がまた強張ってしまった。
バス停で大きく伸びをしていた僕は、同じように隣で伸びをしている誰かに気が付いた。
「「ああ、ようやくついた~」」
「!」
どうやら同行者がいたようだ。
彼は、同じくらいの歳にの身長の高い男性だった。
黒髪、黒目、かなり二枚目である。
そして彼の腰には刀がさしてあり……。
「!!」
僕はその瞬間、今までの記憶が一つになってゆくのを感じだ。
認めたくなかった。僕は逃避していたのだ。
だけど、こうして関わり合いになりそうな状況に陥って、今向かい合う時が来たという事なのだろう。
というわけで……。
モテモテな人だ!
同じ目的地に行く人だったとは驚きである。
そしてよく見たら、彼が着ていた制服は僕の着ているものと同じだった。
はわわわわ。
どう対応したものか? この人単純に考えて悪い人だよね? 女の子とっかえひっかえとか?
都会の未知の存在に混乱していると、向こうの方から僕に話しかけてきて、僕は大いにうろたえた。
「君も、この学校に入学するんだよな? よろしくな!」
こらぁおったまげた。
いやいや、ここまでさわやかに握手を求められると僕の方も対応せざるをえない。
おっかなびっくり、僕は握手に応じる。
「よ、よろしく」
「ああ! よろしく! でも都会なんだか田舎何だかよくわからないところだよなここって!」
「う、うん。僕もそう思うよ」
僕なんて駅前で圧倒されて完全に都会に来た気分に浸っていたが、バスで二時間は田舎に逆戻りの様な気がする。
しかし、道中には何もなかったのに、止まったバス停はやたらかっこよく文字盤が光っていた。
そして。
「イヤ本当に……」
「だよな……」
そしてそこから動く歩道で、とんでもなく未来な建物へ続いているのだからなんと言っていいのか判断に困るところだった。
「ううん……僕が住んでいるところに比べたら、都会っぽいなぁ」
何とか僕は気まずい表情ながらそう搾り出すと、モテモテの彼は笑みを浮かべて頷いた。
「俺もバスが通ってる時点で前のところよりも都会かも。俺の住んでたところなんて山の中の寺だったし」
「あ、そうなんだ」
単純な話なのだが、僕はちょっと親近感がわいた。
そうなのかー。お寺だったのかー。
そして親近感がわいた勢いで、僕はちょっとした質問をした。
「その刀は君のなの?」
正直、そこに踏み込んでいいのかは一か八かの賭けだったと言っておこう。
結果、刀のことを尋ねたのは正解だったらしく、彼はうれしそうに腰の刀を見せてくれた。
「ああ! 俺の家、古武術をやっててさ! 俺もちょっとかじってるんだ!」
どうやら僕は賭けに勝ったらしい。
かちりと剣を持ち上げて見せた彼は、言われてみれば立ち居振る舞いが様になっている。
なるほど古武術かようやく納得した。
今までの人生でかかわったことはないが、言われてみればどこか古式ゆかしい気品が漂っている気さえしてくるから不思議だった。
「すごいな。僕はそういう習い事みたいなのしたことがないから、なんだかかっこいいって思うよ」
「いや、習い事っていうのとは少し違うんだけどな……。でも、この学校は強い奴がたくさん集まってくるって聞いてたんだけどな? 君はなんだか普通っぽい」
ただ首をかしげる彼の言葉に、僕は何とも言えなかった。
「あー、いやそうかな?」
「でも、考えてみればそうだよな! 普通に勉強するところもないと、学校っぽくない」
「それはそうだね。そうだと思うよ」
「ごめんな変なこと言って。俺はここの寮で暮らすことになってるんだ! ひょっとしたらまた顔を合わせることもあるかもしれない。その時はよろしく頼むな!」
「そうなんだ……」
彼の言葉に、僕は目を見開いた。
そうか、彼も寮に入るのか。それはぜひとも仲良くしなければ。
友達を作る。僕はここに来て最も大切な目標を思い出した。
話したこともない相手を先入観で判断して、なにが友達か。
よし、ここは自分から、言ってみよう。友達になってくださいと。
ただそれだけの事なのに、動悸が激しくなり、手が震える。
何でこんなことでこんなに緊張しているのかわからないが、とにかく緊張した。
友達になってください。
台詞がのど元まで出かかって、もう一息といったところだった。
「どうしたんだ?」
ところが僕が何か言う前に、こちらが何か言おうとしたことに気がつかれて尋ねられる。
「いや、その……僕も寮に――」
だがようやく言いかけたところで、僕は思い出すことになった。
今日はよくトラブルに見舞われる日だという事を。
ズズンと地面が噴火したみたいに吹っ飛んで、巨大な頭が地面の下から姿を現したのは、僕にとって最高に間の悪いタイミングだった。
「……」
「うわ!」
彼が地面の揺れた衝撃で吹き飛ばされて、僕の飛び出しそうだった台詞も吹っ飛んでしまう。
地面の下から現れた黒い岩のような鱗を持つ異形は頭だけで小山が出現したみたいだった。
「……」
僕は黙って出てきたものを見上げる。
「なんだこいつ!」
転がっている彼は必死の形相で叫んで、日本刀を抜いていた。
そいつはいわゆる怪獣だった。
一説によると、太古の昔滅びたはずの恐竜が進化しながら生き残っていたんだとか、大気汚染が進んだ結果突然変異で誕生したとか、様々な説があるが真偽は定かではない。
わかっているのは、思いついたように現れて、人間の町を襲う事がある人類の敵だということだ。
「グロロロロロ……」
ティラノサウルスの化け物みたいな顔がすぐそこにある。
一個一個が僕の慎重よりも遥かにでかい牙の付いた顎を大きく開いて、そいつは地面から這い出して襲い掛かってきた。
だがそんなことは問題じゃない。
問題なのは、こいつが今まさに僕の邪魔をしたという事。
そして、こいつが僕の敵だということだった。
「……」
「逃げろ!」
随分派手に吹き飛ばされたというのに、剣を構えて走ってくる彼。
どうやら、彼はいい人のようだ。
僕ははぁと一つため息を吐いて、目の前の敵を見定める。
そして無造作に一振り、チョップを叩き下ろした――とたん、怪獣はズドンと大地ごと裂けた。
「あ、やりすぎた」
開きになった怪獣の身体が左右に倒れる時、僕は呟いた。
もう少し静かにやるつもりだったのに、ちょっとだけ加減を間違えてしまった。
だけど仕方がないのだ。
僕は未だかつて、敵に負けたことはない。
中学の時どんな能力の適正検査を受けても全く反応は示さなかった。
能力は完全に「不明」。
でも負けない。
けれど、実家ではこんな呼び名が定着していた。
「無敵」
文字通り僕に敵はない。
「……はっ!」
でも僕は同時にやらかしてしまったことに気が付いた。
ちょっと長旅の疲れもあって、そして今まさに勇気を振り絞ろうとしたところを邪魔されて、イライラしてしまったのがよくなかった。
中学の時もこうだったのだ。
過去の過ちを思い出し、僕は恐る恐る振り返る。
ああ、たぶん彼も怖がっているんだろうなと、あきらめに似た気持ちが多めだった。
彼のうめき声が聞こえる。
「~うぅ」
ところが振り返った先にいた彼の表情は恐怖とはまったく違っていた。
それはむしろキラキラとはしゃぐ子供のように、輝かんばかりの笑顔だった。
「す、すごいな君!」
「え?」
走り寄ってきた彼は初対面の時よりも熱烈に僕の腕を取る。
正直ものすごく戸惑ったが、彼は僕がさっき言いたくても言い出せなかった言葉を、すごくあっさり言ったのだ。
「なぁ! 俺と友達になってくれないか!」
この瞬間、僕の中で決定したことがある。
彼は間違いなく絶対いい人だ。
「う、うん!」
一も二もなく僕は頷く。
「俺、大和 学っていうんだ! 君は?」
「ば、僕の名前は、山田 公平。今日からこの学校に通うことになってるんだ」
こうして僕らは友達になった。