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『なんだと! 馬鹿な! 何が起こった!』
時坂は混乱しているらしい声に、少しだけ溜飲が下がる。
そして状況を呑み込めていないのは、腕の中にいる早乙女も同じようだった。
「え? なんでここに!」
「……ちょっと目に入ったもんで」
飛び出してしまってから尋ねられると、ものすごく気まずいわけだが、飛び出てしまったものは仕方がない。
だが細かい部分に気を配れるほど、早乙女の方にも余裕はなさそうだった。
「ど、どうしよう! 私のせいで学達が!」
そして先ず心配するのは自分のことより大和の方。
時坂はなぜか複雑な気分になりながら、早乙女を落ち着かせるように努めた。
「大丈夫だ、落ち着け。あいつらだって簡単にはやられねぇよ。それよりお前だ、体は大丈夫なのか?」
「どうってことないわよこんなの!」
「そんなわけあるかよ。お前がぶっ壊した残骸からなんか出てんぞ。ありゃ多分毒だ」
「毒!?」
時坂はこの運動場全体に拡がりつつある毒ガスを分析する。
体の機能を麻痺させる神経毒は、早乙女の強化された体にも有効なほど強力なものらしい。
「この演習。目的はお前を殺すことだよ。改造されても毒は効く。多分普通の人間なら即死するような奴だぜそれ」
「でも私はまだ動ける!」
「そういう問題じゃね! アホかお前!」
「学達を助けないと!」
だが、必死に服を掴まれると、時坂も強くはいえなくなった。
どうにかする方法はあるのだから。
「だからまず落ち着け。こいつらも放置してもまずいだろ。あいつらの目的はお前なんだから地の果てまでも追ってくんぞ」
実際見失ったターゲットを再び補足したあのアンドロイドたちは、真っ先に早乙女を狙ってくるだろう。
「じゃぁどうすればいいって言うのよ! あ! わかった! あいつらを瞬殺して追っかけるのね!」
「……お前ってさ、根本的なところ脳筋なんだな」
「誰が脳筋よ!」
「今考えると薊ってやつは、こうなることを予想してたのかも知れねぇな」
時坂はやれやれと頭のよさそうなクラスメイトを思い出す。
メインターゲットは薊は今ごろ演習場の裏山にいる。戦力を分散したことで、学校への被害は減ったかもしれない。
そして、女子連中もここの生徒だ。かなりの戦力的な期待はもてる。
「ありえそう。そうなると学達がもっと危険かもしれない」
「ああ。動機から考えても、絶対あいつのメインのターゲットは、薊の奴だろうからな」
「どうにかしないと、なにもしないなんてできない」
ようやく考えるくらいの落ち着きを取り戻してきた早乙女を、時坂は地面に降ろしてやった。
「ああ……わかってんよ。毒ガスまで使ってきてんだ。あいつ相当なりふり構ってないからな。だから分担する。お前はあいつらを助けに行け。毒のことだけでも伝えられたらかなり違うはずだ」
時坂が提案すると早乙女は驚いていた。
「で、でもあんたどうするつもりよ?」
「だから、オレはここに残ってこいつらの足止めすんだよ」
「だからどうやって! あんたの透明化じゃどう考えてもむりでしょ!」
そこで時坂は、早乙女の中で自分の付いた嘘が今だ有効だったと思い出した。
「まぁ透明化なら、むしろオレの方が伝えに行くのにむいているかもな。だけどやらねぇ。オレ、別にあいつら助けに行きたいわけじゃねぇし」
「な……!」
「お前は行きたいんだろう? こういうのはな。やりたい奴がやんのが一番いいんだよ」
「適材適所ってのがあるでしょ! 私は毒もらってるし!」
「脳筋の癖に適材適所とか難しいこと考えんな。こっちはこっちでさくっと終わらせる。それに――」
時坂は、自らの空間を構築し、中にいる人物を取り込み、解析する。
そして彼女を蝕んでいる物を除去。分解してみせた。
「お前の中の毒は取りのぞいた。行け。ここはオレがどうにかしてやる」
ここまでやれば、時坂の能力がただの透明化じゃないことは伝わるだろう。
毒に犯されたまま、飛び出されるよりもこちらの方が遥かにましだろうと時坂は考えた。
「……あんたの能力、隠してることがあるのね?」
早乙女はじっと時坂の目を見る。
時坂もその目をじっと見返して、頷いた。
「ああ。そういうこった。ここは任せて行け。あいつを助けろ。せっかくだからいいところ見せ付けてこい」
そう言って目を逸らした時坂に、早乙女は小さく頷いた。
「……わかった。 でもあんたも後で絶対詳しいこと聞かせないよね!」
「そうだな。じゃあオレの気がかわらねーうちに死ぬ気で走れ」
早乙女は駆けだしたら、もう止まらない。
塀を空高く飛び越えて、裏山に風のように駆けつけるだろう。
後ろ姿を目で追う事なんてほとんど一瞬の事でしかなかった。
時坂は、しかし早乙女の走って行った方をしばらくじっと見ていた。
「はぁ……なんだろうな。オレはめんどくせぇから山までダッシュとかしねぇし、ピクニック組みも助ける義理ねぇし。別どうってことねぇはずなのにな」
『さて、そこをどいてもらおう。邪魔をするなら排除するが?』
スピーカー越しに聞こえる声に合わせて、アンドロイド軍団も動き出す。
時坂は、ゴミを見るように何の感情も伴わない視線でそいつらを見下ろしていた。
「……はぁ。なんだお前ら。まだいたのか。オレが振り返る前に自爆なりなんなりして、目の前から消えてくれてりゃ。良かったのに」
『気でも触れたか? お前も何らかの能力者の様だが、この数を一人で足止めするつもりか? 無謀だよ。私はお前に興味はない、おとなしく逃げ出すなら見逃してもいいが?』
「そうなのか? 話している間黙って待ってっから。お優しいやつだとは思ってたがな」
『なに、長々と話をしていてくれるなら好都合だっただけさ。実のところ早乙女 かりんはついででね。薊博士のお人形などどうでもいい。出来ることなら私の作ったアンドロイドで壊してやりたかったがね』
「へぇ……」
挑発的な声すら、時坂どうでもいいと感じていた。
それ以上に、こう、もやもやとして妙な感情が時坂の内臓のあたりをきゅっと締め付けていたからだ。
ああ、何とも言い表せない。だがそれは心地いい感情でない事だけははっきりしていた。
だから時坂はいつの間にか震えていた身体を鞭打って、そいつらに言った。
「オレの方こそ、ガラクタくらい見逃してもいいと思ってたんだがな。なんだろうな……今は死ぬほど気分が悪い。つぅわけで、悪いがあんたら、オレの八つ当たりの相手になってもらえっかな?」
ただ目の前にいるぞろぞろと数だけそろえたポンコツに、そのすべてが受け止めきれるのかというととてもそうとは思えなかったが。
『ばかめ……後悔しろ』
「は? 後悔なんかするか」
ああ。そんなこと絶対にしていない。
腕を伸ばし、ターゲットをすべてを視界に捕らえ、胸いっぱいに息を吸い込む。
時坂は腹の底になぜかたまった黒い物をぶちまける。
自分の周囲を完全掌握。
賽の目に空間を区切り、入れ替え。組み換え。適当に並べ替え。
出来上がったのは最新鋭のアンドロイドなどではなく、前衛芸術にもなっていない、鉄像である。
ガラガラと音を立てて積み重なるくず鉄の山は、男の余裕を崩すには最適の光景だった。
『なんだ……何が起こったんだ!』
「そうだよ、誰が……後悔何ぞするかよ」
範囲を広げれば、完全掌握とはいかないがこの運動場くらいはカバーできる。
ゾゾゾとセピア色の空間が、薄く広く現実を侵食すると、スピーカーの向こうから悲鳴が聞こえた。




