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「いや、確かに頼みはしたけどよ……」
「私は約束をいつまでも放っておくのは嫌いなの」
思わぬ邪魔が入り、トレーニングを切り上げ、着替えて出てくると、やたらドヤ顔の早乙女がいた。
「な、何なんですか! なんですか???」
そして早乙女の手が握っているのは小麦色の女の手。
シーラは今だ、なにが起こっているのかまったく把握できていないようだった。
時坂としても、まさかいきなりつれてくるとは思っていなかった。
(困った。なんて謝るか考えてなかった)
何事も心の準備は大切だろうと、時坂は呆れの混じったジト目を、早乙女に向けた。
今更言っても仕方のないことだが。
時坂はシーラの方も確認するが、こちらは目が合った瞬間そらされた。
シーラは時坂に少なからず苦手意識を持っていることは明白だ。
「……」
時坂は次に言うべき台詞を考える。
謝罪が目的ではあるが、シーラもまたライバル関係。あまりへりくだった物言いは今後のためにならない。
ほどよく、軽い謝罪が必要だろう。
時坂はシーラに向かって、ささやかだが笑みを浮かべ言った。
「よう……また会ったな。あんたに言いたいことがあんだ」
「ひぃ!」
完全に悲鳴を上げられて、時坂は自分の台詞のチョイスが間違っていることを知ったと同時に、飛んできた拳を回避した。
「ぬお!!」
「ちょっとなに怖がらせてるのよ! 私がどれだけ勇気を振り絞ってここまでつれてきたかあんたわかってんの!?」
「あっぶねーだろうが! これから今後の人間関係のバランスを崩さないようにだな、最高に気を使った絶妙な謝罪をするところだったんだろうが!」
「どこが謝罪よ! あんな三秒見たら刑法に引っかかりそうな目つきで言われても説得力皆無でしょ!?」
「はぁ!? お前言っていいことと悪いことがあるからな!?」
「えっと……謝罪ですか?」
「「あ」」
今にもののしりあいが始まりそうなところではっとする。
恐怖から完全に戸惑いへと表情が変わったシーラの視線が自分達に注がれていたからだ。
どうやら謝るにはいいきっかけになったようだった。
時坂はこうなったらと覚悟を決めた。
「……ん。まぁそういうわけだ。いつかは悪かったな。なんか大事になっちまったし」
時坂とて自分の一言がきっかけで、彼女が意識不明になった自覚はある。
女子寮の一部は未だ工事中との話だ。
するとシーラは目を伏せて、ためらいがちに言った。
「ああいえ……謝罪の必要などありません。貴方の言葉は何も間違っていなかったのですから」
「ん? そうか?」
「ええ、むしろお礼を言いたいくらいですわ。自分の未熟さが恥ずかしい。あんなにも心乱れたのは単に図星を突かれてしまったからでしょうから」
「ああ、いや」
「早乙女さんもありがとう。ここにつれてきてくれたおかげで、彼とお話できました」
「いや、私は別に……」
「そう、私は未熟でした。今回の事件でご迷惑をかけた分、しっかりと精進しなければいけません。特にご迷惑をかけた学様には今後の私の成長を見届けてもらわねばと思いますわ!」
ただしシーラが、時坂が考えていた反省のベクトルとは違うところに落ち着いているのもまた確かなようだった。
ポッと頬を赤らめながら、やたら気合が入ったシーラは恋愛と能力開発双方を両立させていく覚悟を決めたようである。
「……んん?」
「は? いやそれ全然反省してないでしょ? っていうかなんで名前呼び?」
早乙女にしてみたら、聞き逃せない部分も多々あるようである。
しかし若干棘のあるセリフもシーラはどこ吹く風だ。
「なにを言います。何事も最初が肝心でしょう? 特に……夫婦になるかもしれないのですから、名前呼びのほうが何かとつごうがいいかなぁと」
「ちょっとあんた……いい加減にしなさいよ? なんかさっきはちょっと仲良くなれるかもって思ったけど。やっぱあんたとは相容れないわ」
「それはこちらの台詞ですわ」
睨み合う女の子二人はすでに周囲など見えてはいまい。
恋は盲目というが、まさにこれがそうなんだろうなっと時坂は妙に納得した。
「……なるほどな。そうやって女子の溝はだんだん深くなっていくわけか。そりゃ仲良く出来んわ。すまんかった」
「ち、違うからこれは!」
今まさに友人関係が出来上がる前に破綻しようとしていることを指摘され、早乙女は慌てて言い訳をし始めた。
それをそっと押し留め、時坂は呆れ交じりのため息をついた。
「いやしかし、男連中でもまだましだぞ?」
「な、仲良くくらいできるってば!」
「男の子達は仲がおよろしいのですか?」
シーラは好奇心が勝ったのか、普通に尋ねてきたが。仲がいいと断言するほどではないかと時坂は一考した。
「仲がいい……というほどじゃないが。日常会話くらいはするぞさすがに。かなりやばいんじゃないか? 女子? いや馴れ合うな的なことを言った手前、オレが言うのも本気でどうかと思うんだがな?」
「……いや」
「……その」
「まぁ、大和の奴とはあんま話せてないんだが。これじゃあ無理もないわな」
視線に憐れみをにじませて二人を見ると、早乙女とシーラの二人は気まずそうに冷や汗をかく。
自分たちの争いが、大和 学の人間関係に偏りを生んでいる自覚はあるらしい。
「よ、容赦ないわねあんた……」
「この方、確信を突いてくるので苦手です……」
「ああ、また余計なこと言い過ぎちまったな。ならおせっかいついでにもう一つ。大和の奴と仲良くしたいんなら、もうチョイ女子同士、歩み寄る工夫をしてもいいんじゃね? さすがにあいつが不憫だ」
最初はいちゃいちゃしやがってと思っていたが、こうして話を聞いてみるとこれはトラブルの部類だと、そう時坂は思ってしまった。
しかも本人達にはどうしようもない部類のものであると。
そしてこんなことを言っている自分に内心自己嫌悪だった。
ただ、思いのほかこの提案に対する反応はよかった。
「それは……具体的にはどのように?」
「あんた、こいつの言うことに乗る気?」
「……この方の物言いは思慮には欠けますが、一考する価値があるかと」
「そ、そうね。それでどうしろと?」
話がまとまったようで何よりだと時坂は頷く。
とは言っても別段いいアイディアがあるというわけではなかったが、さしあたって、時坂は無難な提案から始めた。
「そうだな……まぁどっかに遊びに行ったり、メシ食ったりとか」
「それは割りとやってるわよね?」
「ええ、ほぼ毎日」
「いやあれは。ただの椅子取り合戦だろう? 隣の席を奪い合う醜い争いじゃなく団欒をしろよ」
「奪い合ってなんてないってば!」
「私は狙っていますね。それは間違いなく」
「……あんたすごいわ。少しはつつしみを持ちなさいよ」
「今さらでしょう?」
「だからやめろって。……まぁこの学校で遊びに行くってのもけっこうしんどいだろう。駄菓子屋で女同士だべろって言うのもきついか」
少し考え時坂が思い出したのは、ついこの間した不毛な会話だった。
「だから、ほれこの学校裏山があるだろう? 演習とかできるすげぇ広い」
「ああ、そういえばパンフレットに載っていた気がするわ」
「そういえば、そんな場所もありましたね」
「べたかもしれんがピクニックってやつでもやってみたらどうだ?」
「「ピクニック?」」
「そうピクニックだ。弁当でも持ち寄ってよ。集まりが悪いなら、大和の奴をダシに使ってもいいだろうぜ?」
ピクリと露骨に反応する女子二人の様子を見ていると、このエサには間違いなく効果がありそうだ。
しかしシーラは首をかしげる。
「それじゃぁ。いつも通りになって終わる気がしますわ」
「……そうならない様にお前等二人が気を使うんだよ。メンバーのうち二人が気をつけてりゃ。早々もめやしないだろ」
「なりますわよ。これ幸いと学様にアプローチされたらどうするんです」
「……あえて譲れ、むしろほかの女子に気配りしろ。包容力ってやつだ」
時坂はぼそりとそう呟いた。
「「!!」」
「なんだかんだ、男ってのは気遣い出来る奴がいい奴に見えるもんだ。露骨なのがいるならそいつをダシに、大人なところを見せてやれよ。それに今回はあくまで女子同士の和解が目的なんだ。毎日おんなじことを繰り返してんだから一回くらい変化があっても別にいいんじゃねーか?」
「「なるほど……」」
「それに考えてみりゃ。ピクニックってのも悪くない。みんな仲良くピクニックって状況じゃ、抜け駆けで関係が一歩進むなんてこともねぇだろう」
以上時坂が考える、交流が目的のレクリエーションである。
二人にも思うところがあるのか、かなり迷っていてそれでも最初に頷いたのはシーラだった。
「……わかりました。あなたの案。一つ私も乗ってみますわ」
「えぇ! ホントにやるの!」
「ええ。一応筋は通っていると思います。時坂さんに言われるとは思っていませんでしたが」
「……オレもこんなこと言うとは夢にも思ってなかったよ」
まったく本当に、自分で言っていて信じられないと時坂は頭を抱えた。
シーラは案外乗り気のようで、随分気合を入れて両手を握り締めていた。
「とにかく私一人ではこの計画の成功はおぼつかないでしょう。早乙女さんにも、ご協力お願いしますわ!」
「だからなんで私が!」
「……今の話を聞いて少しでも危機感はありませんでしたか?」
「まぁそれは……ないわけじゃないけど」
「というわけで! 私は行きます! ご指南ありがとうございました!」
勢いよく頭を下げて、シーラはトレーニング室を後にした。
取り残された時坂と早乙女はぽかんとして、その後ろ姿を見送った。
「……中々個性的な奴だなあいつ。そんな印象なかったんだが」
「……私もなんか新鮮だわ。あんな子なんだシーラって。でもさあんた、なんでピクニックなんて言い出したの?」
突然そう切り出され、時坂は片眉を上げた。
「ああん? 別にさっき全部説明したろうが」
「いやそれこそ、あんたにメリットなんて何もないじゃない」
早乙女に言われて、時坂は頬を掻く。
メリットがない。そう言われたらそうだろう。
そもそも提案は損得を基準に考えたものじゃない。理由を上げればそれは、確実におせっかいそのものだ。
ピクニックの提案は彼女の握り締めている弁当が無関係ではない。
「まぁそりゃそうだが……さっきのアレを見たらなぁ」
「アレってなに?」
「あんまり気にしなくていい。お前も精々気合入れて弁当作ってもってけよ。全員で持ち寄るなら、少しは食わせやすいだろう?」
だがそう時坂が口にしたことで、アレについての見当が早乙女にもついたようで、カッとその顔を赤くした。
「そ、それ完全に余計なおせわだから! 何言っちゃってんの!」
「わかってんよ。ただの思いつきで乗ってくるとも思ってなかった。でも話がまとまったんだから後は好きにすりゃいいだろ」
おせっかいが気づかれることも時坂にしてみれば想定内。一応謝罪もすんでいる。
あとは、きもいだの寒いだの何らかの罵倒でも浴びて、若干イラつきながら訓練でもして忘れればいいかとそんなことを考えていた。
しかし、早乙女から帰ってきた言葉は予想とは少し違っていた。
「でも……ありがと。ちょっとがんばってみる」
「……おぉ」
なにがなんだかよくわからないなというのが時坂の感想だった。
早乙女もまたトレーニング室を後にして、時坂は一人トレーニング室に取り残され、とても長くため息を吐き、本気で頭を抱えた。
「なにやってんだろうなオレは……」
ようやく人心地付いたせいだろう、うっかり散漫になっていた感覚が戻ってきたことでその視線にようやく時坂は気がついた。
それは早乙女でもシーラでもなく、廊下の向こう。
青い目を見開いたまま瞬きもしない、べぇだだった。
「……」
「いや……その……あのな?」
「――駄菓子屋集合ね。ちなみに拒否権ないからネ」
「……」
本当に面倒なことになった。
時坂は重くなった足を引き摺ってなにを言おうか考え始めた。




