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時坂 タクマは超能力者である。
世界がおかしくなってきてから数十年。多くの人間が今まで迷信だといわれていた物を目視できるようになり。怪物がぞろぞろと湧き出してくる。
そんな日常の中で人間すら変化してくると、様々な試みが成された。
超能力もそんな試みの一つだった。
人の進化を人間がコントロールするなど傲慢だと倫理観に悩まされながらも、それまではオカルトの領域だったものが嘘のように成果を出し始め、今では突如現れる化け物、幽霊なんて化け物にさえ対抗できる者が出てき始めている。
そんな能力者達の中で多くの注目を集めているのが、時坂タクマだった。
「オレがただ、だらだら慣れ合うと思うなよ……」
早朝学園のトレーニング室で一人、時坂はその全空間を支配する。
緻密な演算を繰り返し、能力で干渉し、現実を捻じ曲げる。
時坂の掌握する空間中は時の流れすら絶対ではなく、中に取り込めば塵にすることも、逆に塵から復元することさえ出来るある意味では万能の超能力だ。
幼い頃から研究機関で開発し、鍛え上げた能力である。自信が無いわけはない。
そしてここに来るまでは、無敵と信じて疑わなかった能力でもあった。
実際、時坂もここでも能力が通用しないとは思っていない。
例えばホルストの炎は確かに強力だが、その効果が熱ならどれだけ強力でも遮断できる自信がある。
そしてどんなに強力なエネルギーで守られていようと、本体が生身ならば、軽くずらして切り刻むもよし、時間を前世一歩手前まで巻き戻してやるのもいいだろう。
「だがべぇだの奴は厳しいな実際」
身体を未知のエネルギーに変換できる謎の宇宙人はどういうわけかその実態をとらえることが出来ない。
「オレにはあいつに有効な攻撃手段がない。そもそも理解が出来てない」
似たような相手にゴーストの類があるが、こいつらともまた違うとなれば、適応にはもうしばらく時間を掛けねばならなかった。
「もう少し、誤差を修正すればいけっと思うんだけどな」
時坂は思わず口に出してぼやいた。
ただの愚痴である。問題は思っていたよりもずっと多い。
一番わけがわからないのは、あの山田公平とか言うやつだと、時坂は頭痛の種のもう一人を思い出す。
瞬間的なスピードはべぇだの奴すら凌駕する。
腕を振り回せば、怪獣は吹き飛び、幽霊さえ砕く。
さらには手からビームまで出した上、完全に制御下にある空間の中で、何でもない様に動き回る。
ざっと上げただけでも、非常識なところしかない。
そもそも人ですらないのかもと時坂は疑っていた。
「まぁ……一つずつだ、焦らなくても時間はある」
ここが戦場ではなく、学園であればそのあたり十分に時間が取れるはずだった。
時坂がまた膨大な思索の海に意識を沈めようとしていた時、トレーニング室の廊下に人がいることに気が付いた。
人数は一名。女がいる。
普通とは少々違う女は、その手に丸い箱を持っているようだ。
そしてしばらく落ち着かない様子で廊下をうろうろしていたかと思うと、もう一人廊下の向こうから誰かが近づいてきて、うろうろしていた方の体温が急上昇した。
(ふむ。後から来たのは大和の奴か……ってことは外にいるのは、取り巻きの誰かってとこか)
時坂はまた何か姦しいことが起こるのかとうんざりしているとなにを思ったか、女の方は大慌ててトレーニング室に飛び込んできた。
ドアに隠れる彼女を時坂は目視する。
制服姿の女子の茶色がかったショートカットにリンゴのヘアピンには見覚えがある。
今は勝気そうな瞳を、どこか不安で曇らせていて、しきりに外の気配をうかがっているらしい。
(あいつは、確か早乙女とか言ったか? 早乙女 かりん。べぇだのやつは改造人間とかなんとか言っていたような)
超能力同様そういうジャンルがあることは時坂も知っていた。
機械的に身体能力を上げたりするものから、最近では薬物や大昔の呪術的なものまで用いて身体の能力を向上させる類の試みだ。
アプローチとしては超能力と似ていると時坂は少しだけ親近感を持ったが、それだけ。
だからと言って、まぁどう反応する気もなかった。
確認だけして、訓練に戻る。
幸い今はべぇだを捕らえるべく色々と試行錯誤している真っ最中で、向こうからオレの姿が見えてはいない。
能力を隠す意味ではこの際都合がいいと時坂は考えた。
ところが時坂からは外の様子を防音の扉からどうにか伺おうとする早乙女の間抜けな姿はばっちり認識しているわけだ。
「どうしよう……来ちゃう。誰もいない今なら……やっぱり無理!」
耳まで赤くなった早乙女は、その場でその後も立ったり座ったりを繰り返す。
彼女の手にある、青いつつみの中にはどうやら弁当箱があるようだ。
そして彼女の指には、真新しい絆創膏が。
答えは簡単に導き出されるだろう。それは彼女の手作りのお弁当であると。
時坂は平常心を保たねばと思いつつも、心の中で叫んだ。
(ベタだな!?)
いやだからこそ効果的なのか! 呆れるほどに有効な戦術である。
しかしそれは、相手に伝わらなければ水泡に帰す。弁当の存在すら知られることがなければいかに有効な戦術も意味がない。
結局もたもたしている間に、大和は通り過ぎてしまった。
「あーもう……なにやってんだろ私。ばっかみたい……」
早乙女はそのまま扉を背にずるずる座り込んで膝を抱える。
そしてそのまま動かなくなった。時坂の目の前で。
時坂は一度目を閉じて見たが、もはや集中どころではない。
気まずい! それも恐ろしく!
そのまま気を取り直して出て行ってくれればいいが、動く気配がまるでないと来ていた。
このままでは下手をすれば泣き出しでもしそうな雰囲気に時坂は堪えられそうになかった。
(えぇい! 何でオレがこんな気を使ってんだ!)
そんな結論に達したのは、時間が経てば経つほど色々聞いてしまいそうだったからである。
時坂は覚悟を決め、ひとまず能力を解除した。
「……」
のだが。
膝を抱えている早乙女にはまだ時坂の姿は見えていないらしい。
面倒くさいが仕方がない。
時坂は早乙女の前にしゃがみこんで、意を決した勢いのまま言ってやった。
「おい。そこは渡しとけよ」
「!!!!!ぎゃあああああ!!!」
「うぉっとぉ!!」
ズバンと衝撃波が発生する。
改造人間の突発的ストレートは半端じゃない。
拳圧だけ避けた時坂の体はひっくり返り、向かいのトレーニング室の壁がひび割れていた。
「……やべぇなうっかりしてたわ」
時坂は思わず冷や汗を流す。
驚異的な剛腕を披露した早乙女は驚くついでに背中のトレーニング室の鋼鉄の扉ごと廊下に飛び出していた。
だが慌ててまたトレーニング室に転がり込んでくると、壁沿いに距離をとって再び座り込む。
しばし気配を探り、幸い誰も来ていないようだった。
「あ、あんた! そこにいつからいたの!」
「……最初からずっと? 能力の訓練中だ」
「訓練って何の能力よ! 音もなく潜んでいるなんて陰険!」
「陰険ってなんだ! 大体後から入ってきたのはそっちだろうが! いいか? オレの能力はな――!」
時坂は自分の能力を口に出しそうになって――だが、そこで言葉が止まってしまった。
頭をよぎったのは彼にしても不本意ながら、べぇだの言葉だった。
『正直に言ったら間違いなく引かれる』
いや引かれたからと言ってどうってことはない。……ないが、つい口を付いて出たのはでたらめだった。
「能力は――透明化だよ」
「なにその覗き見のためにあるような能力」
「そんな事いうなよ! お前それは言っちゃいけない奴だろうが! 全国の透明人間さんに謝れよ!」
「……ごめん。いいすぎたわ」
「案外素直なのな。まぁ、わかりゃいいんだ」
真っ赤な嘘だけにちょっぴり良心が痛んだがこのまま罵られ続ける筋合もないと時坂は思い直した。
次はどんな言葉が飛んでくるかと身構えていた時坂だったが、一旦勢いを失った早乙女は急に視線をさまよわせ挙動不審になっていた。
「で、でもさ。それじゃあ……ずっとそこにいたなら……」
「ん?」
今度は途中までで言葉をとめてモジモジしはじめた。
そして早乙女は俯きぎみに目を伏せて、蚊の鳴くような声でぽつりと言った。
「……見た?」
「何を?」
「私がなにやってたか見たの!?」
気になるのはわかるが早乙女の顔は真っ赤だ。
偽る理由も見当たらず、本人もわかっているようなので、時坂はきっぱりと告げた。
「そりゃあ入って来てからだから、膝を抱えて泣きべそかいてるところまで見たわな」
「な、泣いてない! 泣くわけないから! それはあんたの勘違いだから!」
「じゃあ何してたんだよ」
「ちょっと……休憩よ」
「休憩ねぇ。まぁそれでいいか」
「なによ……こっそり盗み見したことなんて、証拠になんないんだから!」
「別にどうもしねぇよ。本気で泣きだす前に姿を現しただけ良心的だろうがよ」
「だから泣いてないって言ってるでしょ! 覗き魔!」
「だから不可抗力だって言ってんだろうが!」
このまま平行線が続きそうな問答だ。早乙女に時坂はきつく睨みつけられた。
「あんた、私が泣いてたとか言いふらしたりしないでよ! そんなことしたら絶対許さないんだから!」
「しねぇよ。そんなに悪趣味じゃねぇ」
「……絶対?」
「ああ、絶対だよ」
「うーん、今一信用ならないわね」
「……どうしろってんだ」
ようやく混乱が収まってきたのか、早乙女の声のトーンが大分落ちついていた。
時坂にしてみれば、心底疑わしげな視線はとても腹立たしいが、醜態をさらしまくっている相手にこれ以上露骨に怒る気にもならない。
「ならこんなのはどうだ? 黙っている代わりに一つだけオレの頼みを聞いてもらう」
「え?……まさか変なこと言い出すんじゃないでしょうね?」
出来る限りわかりやすく言ったつもりが、ちょっといかがわしくなってしまったらしい。
さっと肩を抱く早乙女に若干イラッとしつつ、時坂は顔を赤くした。
「いわねぇよ! なんだ? 変なことの方がよかったか?」
「そんなわけないでしょ! それで! なにをすればいいのよ……」
「頼みを聞く気はあるんだな……。あれだ、女子にシーラって奴いんだろ? あいつに悪かったって伝えといてくれ」
それは、この機会に気になっていることを済ませてしまおうという思い付きだった。
駄菓子屋でけっこうきつめに言ってしまった件の侘び。
男連中に指摘され、内心けっこう気になっていたからだ。
思わぬ名前が出てきたことで、早乙女の表情は一瞬できょとんとしたものに変わっていた。
「……なにそれ?」
「いや、オレあいつに結構きつめのこと言っちまったんだが、後で考えるとよく知らん奴に言うことでもなかったなと」
「なに? 喧嘩して気にしてたってこと? なんか意外」
呆れ交じりの驚きを向けられて、時坂は口をとがらせた。
「うるせぇ、それでどうなんだ? 頼めるのかよ?」
改めて指摘されると思いのほか恥ずかしかった時坂は、これ以上詳しく聞かれる前に強引に話を進めようとする。
相手は同じ女子、いつも一緒にいるのだから気軽な頼みだとばかり思っていたのに、早乙女の反応は芳しくない。
「あーどうかな。私そんなにあの娘と仲がいいわけじゃないから」
「は? いつも一緒にいるだろ? 話すチャンスくらいあんだろ」
「……そういえば私、あんまり話したことないわ」
「う、うそだろ? アレだけ騒がしいのにか?」
思い出されるのは毎度の大和争奪戦である。
ある意味すごい。本当に大和にしか興味がないと暗に言ってしまっているような物だった。
ただ自分達の争いが周囲にどう見えているのかという自覚はあるのか早乙女の顔は赤くなる。
「ななな、なに言ってんの。騒がしくなんてないわよ」
「いや、騒がしいだろう? 仲良くなくても、女子同士なら声くらいかけられると思ってたんだが、ひょっとして人付き合い苦手な人か?」
「違うし! 人並みだし! そんなに言うなら自分で行きなさいよ!」
「いや。オレにはあの物騒な戦場の中に突っ込む勇気がない」
「そんなにまで?……謝るなら自分の口で言った方がいいと思うんだけど?」
「じゃあそういう場を作ってくれるだけでもかまわない。まぁ実はそんなに悪いことしたって思ってるわけでもないしな」
「さいてー」
「やかましい。お前が頼みを聞いてくれると言うからまぁついでだ。そういうわけだから。後はダッシュで大和の奴に弁当届けるなり何なり好きにしてくれ」
最大の目的はこの気まずい空間をさっさとお開きにすることだ。
もうなんだかめんどくさくなってきて。時坂は軽く手を振ると、今まで出一番の必死な声が返ってきた。
「な! なに言ってんのよ! そんなことするわけないでしょ! ばっかじゃないの!」
「はぁ? いやその大事そうに持ってる包みを持っていってやれよ。そのために持ってきたんだろう?」
「なっ! これは……そう! 私のよ! ちょっと作りすぎちゃっただけだから……」
真っ赤な顔で手に持った包みを隠す早乙女の反応をどう解釈すればいいのか、時坂は首を傾げた。
「今更隠すようなトコなのかそれは?」
「うっさい……」
「……いやお前がそれでいいならオレがとやかく言うことじゃないけどよ」
「そうよ。なんか文句ある……?」
「いいや? じゃあ作りすぎたんならオレがもらってやろうか?」
「は? 何であんたなんかに? 意味わかんないんですけど?」
「……」
即答はそこそこ傷ついた。
時坂にしてみれば、この場の話が終わってしまえば、何をするつもりもなかった。もし仮に、早乙女が約束を反故にしたところで、文句を言うつもりもない。
いやむしろ、そうしてくれた方が面倒がないくらいだと時坂は思っていた。
「……まぁそりゃそうだわな」
少々調子に乗ったことを反省して時坂は差し出した手を引っ込める。
だが早乙女は時坂の手を強引に掴んだ。
「でもわかった。ちゃんとシーラさんには伝えておくわ」
そして約束を確認してそのまま勢いよく立ち上がる。
声をかける間もなくあっという間に早乙女は壊れた扉から飛び出していった。




