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「くそ!……」


 とある技術者の男は頭をかきむしり、落ち窪んだ目でディスプレイを凝視する。


 機械化の技術には先がない。


 笑い話でしかなかったそんなたわごとだったが、事実それは現実味を帯びていた。


 人類が突如進化し始めたのはいつの頃からだったのか、機械でようやくできていたことを、個人で出来る者が出て来た。


 それでも機械の立場が危ぶまれないのは、誰でも同じことが出来るからである。


 いくら力の強い個人が現れたところで、力仕事をすべて押し付けるようなことにはなるまい。


 しかし、多くの者が力を手に入れる新たな技術が現れたらどうか?


 今までの技術がすべて衰退するということはないだろう。しかしすべての技術が割を食わないかと言えばそんなことはなかった。


 男は自分がそのうちの一人であることを理解していた。


 しかし男はあきらめるわけにはいかなかった。止まれるはずがなかった。


 生涯すべてをかけてようやく完成した技術をただのがらくたにするわけにはいかない。


 そんな想いが男を突き動かす起爆剤になる。


「これで終わると思うなよ……こんなことが許されるわけはない」


 男はパソコンのキーボードをたたく。


 彼の吐き出す言葉には色濃く怨嗟の念が渦巻いていた。




 この学園での授業は基本、昼を回れば終わってしまう。


 朝も極端に早いということはなく、自習こそを重視するのは、あまりにも期待されている個性が強すぎるせいだろう。


 同世代が行うであろう必要最低限の座学に、基本的な体力トレーニング。


 ごくまれに軽い検査的なものがある以外は自由な時間が一番多い。


 今日も今日とて駄菓子屋でなんとなく集まった僕らは、あまりの喉の渇きからジュースを買ってきたわけだがそこで少々問題が起きた。


 超能力者の時坂君は、今時珍しいビンに入ったジュースを赤い瞳で眺めて困惑していた。


「ビンか。なんだって、そのチョイスなんだ……」


「なんだかおいしそうかなって思って」


「いや、確かにうまそうだけれどもよ。これ、王冠のやつじゃねーか。いまどき相当珍しいぞ?」


「そうだよね」


 うんまぁそれは珍しいけれども。


 だがそれは一番の問題ではない、時坂君にビンを片手にじっと見られて、僕は視線をそらした。


「で? 栓抜きもってんの?」


「……ない」


「店長。栓抜きは?」


「ないな!」


「……何でないんだ?」


「勢いで仕入れちゃったね! 近所に栓抜きが売ってないのが痛いな!」


「あんたらが作った施設だろうに」


 そう元気に言って、スキンヘッドの筋肉店長はそそくさと店の奥へと引っ込んで言った。


 僕らはそのでっかい背中を見送るが、帰ってくる気配がない。


 まんまと逃げられた僕の頭を時坂君はポンと叩いた。


「……飲めねーじゃねーか」


「ははは……飲めないね」


 ガラス瓶に入っているのも物はそれだけでなんだか冷たそうに見えてしまった僕の失策だった。


 あのガラスに汗をかいている水滴の流れる様が、いくらおいしそうだったからと言って不覚だ。


 いや、飲む方法は何かあるはず。


 ここにいる面子は皆特殊な能力を持った、超人ばかりなんだからこんな王冠くらい、やって開けられないわけはない。


「私がやってやろうか?」


 そう言った、ホルスト君の手元に炎の球体が現れ、彼の横顔を明るく照らす。


 ホルスト君は太陽の力を使える能力者である。


 炎の出力はある程度自由が利くようだが、僕と時坂君は手元のビンにその力を使った場合どうなるかを思い描き、同じ結論に達したようだった。


「よぅしわかった。ファラオの力でその辺の金属を溶かして、栓抜きを作ってこい。もしくは財力を生かしてネット通販だな。なに、こいつも持って帰って冷蔵庫に入れておけば数日後には飲めるだろうさ」


 時坂君は眉間にしわを寄せホルスト君に言い放つ。


「……なぜジュース一つにそこまでせねばならんのだ?」


「だって、どうせガラスを溶かすとか言い出すだろ? ぬるくなんだろ」


「む、やったことはないが一瞬で焼ききればどうにかなるかもしれんだろ?」


 それはホルスト君ならば可能なのかもしれないが。いい方法とも思えなかった。


 続いて手を上げたのはべぇだ君は手足をばたばたさせて早くしろと催促しただけだった。


「早くのもーよ。どうにかなるでしょー? 歯で開けてるの動画で見たことあるよボク」


「うっせ。宴会芸か。お前がやれ」


「えー面白いじゃん。歯でガッてさ! やってみてよトキトキ」


「誰がトキトキだ」


 真顔の時坂君はすぐさま能力でべぇだ君を細切れにしてしまった。


 時坂君の超能力は時空間制御。


 射程に捕らえてしまえば、このように大抵の物は自由自在に組み替えられてしまう。


 さいの目になったべぇだ君はぷんすかと湯気を出して怒りながら、何事もなくくっついて文句を言った。


「うわ! ひど! いきなり攻撃とかないわー。でも君のそれじゃあボクの体は捕えらんないってば、君の能力じゃね!」


 強調して二回言うあたりに僕でも煽っているのを感じた。


 べぇだ君はまったく動じていないのは彼が宇宙人でエネルギーの体を持っているからだという。


 一見すると金髪の美少年ではあるものの人間にしか見えないが、その姿も絶対のものではないのかもしれない。


「ボクは光よりも速く動けるし。大概のことでは死なないよ? 宇宙でも珍しいんだよこの体」


「オレにしてみたら、是非とも一匹残らず爆散してほしいけどな。忌々しい」


「ひっどいなぁ。中々会えないんだから見つけたらぜひ知らせて欲しいくらいなのに」


 時坂君もべぇだ君の体に自分の攻撃が効かないことはわかっていたようで、苦虫を噛み潰したような顔だった。


「だいたいお前ら何で駄菓子屋に集まんだよ?」


「流れで? っていうか他に行くとこないからでしょ。店どころか街すらないし。 購買や食堂っていうのも昼時意外じゃちょっと。毎回人の部屋に押し掛けるのもねぇ」


「僕は別にかまわないけど」


 僕はここぞとばかりに主張してみたが、スルーされた。


 べぇだ君は腕を組み、悩ましげに話を続ける。


「この辺でできることと言ったら……ピクニックくらいのもんなんじゃない?」


「ピクニックってどこでだよ?」


「なんか学園の裏に、演習用の裏山なかったっけ? そことか?」


 だがべぇだ君は自分で言っていて、ここにいるメンツを見回し方を落とす。


「……それはないな。この面子でピクニックはない」


「私も遠慮しておきたいところだね」


「僕はピクニックもいいんじゃないかなと思うけど。それこそジュースでも持って」


 ジュースを手に取って、僕がそう主張するとそうだったとべぇだ君はジュースを時坂君の方に差し出して言った。


「そうだよジュース。早くしないとぬるくなっちゃうでしょ。ほら早くトッキーその超能力でジュース。君なら簡単でしょ?」


「あー、やっぱそうなるよなぁ。……しかたがねぇ」


 時坂君の能力の発動と同時に、ビンの蓋部分だけがゆがみ、スッパリと切り取られたように消えてなくなる。


 これ以上ないほど鮮やかに開いたビンの切り口を見て、全員から拍手が起きた。


「「「おお~」」」


「うっせ。拍手やめろ。ほら、これでいいか? まったく下らないことに能力使わせんなって」


「うむ。ご苦労」


 早速真っ先に手を出したホルスト君に時坂君は開いたジュースを差し出した。


「何で偉そうなんだホルスト。こんな能力の使い方、邪道だと思わんのかい」


「何を言う。能力は普段から便利に使うべきだ。特に我らのような能力の平和利用は積極的に行うべきだろう。さもなければ戦闘屋に成り下がるぞ? 超能力者」


「……まぁ。だが言ってもオレくらいの超能力の使い方っちゃあそっちがメインだしな」


「馬鹿を言うなよ。決めつけは視野を狭くするぞ。どうやらお前はもう戦闘員に片足を突っ込んでいるな若いのに嘆かわしい」


 心底哀れみを込めた目で見るホルスト君を時坂君はにらみ返した。


「だれが戦闘員だ。ビンの蓋もあけらんねー神(笑)が」


「……よく言った。そこになおれ。ジュースごと貴様の血液をホットドリンクにしてやろう」


 バチバチと二人の視線の先に本当に火花が散り始めた。


「ええっと……喧嘩しないで二人とも」


 そんな僕らを見かねたのか、今度はべぇだ君がため息混じりにわざわざ手を上げて言った。


「まぁまぁ二人とも落ち着いて、そもそも、そうやって簡単に人前で力を使うの、ボクはどうかと思うね」


 当然新たな意見をぶち込んできたべぇだ君に鋭い視線が集まった。


「なに言ってんだ宇宙人。お前なんて隠す以前の問題じゃねーか」


「存在が未確認生物の分際でおかしなことをのたまうなUMAめ」


「せっかくだから存在確認して欲しいな今ここで! いやさ! ボクがいいたいのはだよ! 例え現代科学が進んでいようと、神様がいるような古代だろうとだよ? ボクらのでっかい力はさ、そうひけらかしていいようなもんじゃないんだって!」


 僕はべぇだ君の言葉を実はちょっと意外に感じていた。


 べぇだ君は好き勝手に能力を見せるようなことが好きだと思い込んでいたからだ。


 意外だったのはホルスト君と時坂君の二人も同じようで少しだけ意外そうな表情をしていたが、自説は曲げないようだ。


「馬鹿を言え。力は誇示してこそだ」


「能力があることは今更隠したってしかたねぇしな」


 ホルスト君も時坂君も自分の力に誇りがある。そんな印象だった。


 ホルスト君にしてみれば生まれ持った力こそ自分の象徴であることはわかるし。時坂君にしてみれば厳しい訓練の結果手に入れた力だというのもあるのかもしれない。


 だから僕はなにやらしたり顔のべぇだ君に尋ねた。


「何でそう思うの?」


 するとべぇだ君は目を閉じ、一度深呼吸する。


「――女子に引かれるから」


「えぇ?」


 そしてやたら深刻そうに断言したべぇだ君。


 反応は割れた。


「くだらんな」


「な、何でだよ?」


 中でも思いのほか時坂君は動揺を見せた。


 べぇだ君は反応のいい彼にずずいと顔を寄せ、のっぺらとした妙な無表情で説明した。


「それはね? ボクらの能力はレアで、その上でたらめだからでしょ。口に出して言ってみるといいよ。ボクの能力は時空間制御ですって。まず笑われます」


 肩をすくめるべぇだ君。


 時坂君は納得が行かないと主張する。


「そこまで他人の顔色伺ってどうすんだ? 嘘じゃないんだからこそこそする意味がねぇ」


「意味はあるって。嘘じゃなかったらなかったで問題でしょ? 誰が機嫌をそこねたら目配せ一つでサイコロステーキにしてくる男の隣を歩きたいかって話ですよ」


「うぐ……」


 ひるんだ時坂君にべぇだ君はものすごく熱を持って力説した。


「でしょ? だから能力は女の子には秘密でお願いします! ボクはまだ明るい学園生活に大いに未練があるからね!」


「まぁそうかもな。宇宙人だって名乗ったらすげぇ馬鹿っぽいもんな」


「君も大概なんだからね! でもそういうこと!」


 一先ず話は纏ったようだ。


 僕も能力については積極的に話題にしないということにしよう。


 そこに至るまでの内容はともかくなるほど勉強になるなと僕は感心した。


 嫌われるかどうかはわからないが、みんなそれぞれ、自分の能力について自分なりの考え方があるというのが僕には新鮮だった。


「そ、それにしても。みんなの力ってすごいよね。色々できて」


 だが僕がそう言うと、その瞬間三人分の視線が集中する。


 僕の曖昧なほめ方は、僕が一番尋ねられて困る話題を引っ張り出してしまったみたいだった。


「俺から言わせりゃ、お前の力に興味があんだけど? って言うかお前はもっと語れ。謎すぎる」


「謎、過ぎるかな?」


 知っていることをそのまま伝えている僕にはこれだけしか言えない。


「まぁよくわからんな。強いことは認めるが」


「だよねぇ。わけわかんないにもほどがある」


 案の定、三人の友達の視線は、不審なものを見る目に変わって僕は冷や汗が吹き出した。


 そして時坂君が、言葉を選ぶように言った。


「他のやつらはリアリティがないなりに納得はできんだよ。でもお前は意味不明すぎてな正直一番怖ええ」


「……!!」


 怖いとか言われた!


 これは友達がいなくなる前段階とトラウマが訴え、僕の胃をキリキリ刺激する。


「そう言われても……僕もよくわかってないから」


 かろうじてそう口にしたが、このあいまいな答えこそが原因で友達の視線が明らかに落胆したのがわかった。


「まぁあんまりべらべら能力者しゃべられても信用できないんだけどな、自分でわからんてのも問題あるぞ」


「う、うん……」


「ご馳走さん。じゃあな。オレ帰るわ」


 そう言って弁解の場も与えられずに時坂君は帰ってしまった。


 その日は自然と解散の空気になったが、僕の冷や汗はとまることがなかった。


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