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「始まったかな?」


 僕は学園の外の何もない場所から、女子寮の方が騒がしくなっているのを感じていた。


 濃密な死の気配が、黒い霧となって女子寮を覆い隠している。


 渦巻く霧の中に切り込み、シーラさんを救出に向かっている大和君は、結構無謀な状況だろう。


 手を貸したいところだが、今はいい。


 学園の外の荒野を一望できる場所で、僕は地平線を睨みつけた。


「さてこっちはいつ始まるかな?」


 僕はここに迫ってくる悪意をひしひしと感じ、落ち着かない気分をどうにか押さえつけた。


 飛び掛らなくても、待っていればすぐに力を使う機会はやってくるだろう。


 僕は今、持てる力のすべてを使って、大和君が目的を達成する時間を稼ぐ。


 その手段は簡単だった。


 相手がどんな大群でも、視界に入った瞬間、一掃してしまえばいい。


 そう言う力に不自由したことはないのだから。


 そのためには出来る限り、学園から離れすぎないのがベストな位置だろう。


 全部塵にしてしまう様な力だが、とりあえず振り回すことに意味があるのなら、少しはマシな使い道に違いない。

 

 夕方の日が沈む頃合いだった。僕は一人その時を待つ。


「今日は思う存分やってやる!」


 いまだかつてないほどに、僕には気合がみなぎっていた。 



 一方その頃、偶然話を聴いてしまった者は他にもいた。


 彼らは、偶然学園からも察知されないほど離れた場所に集まり。


 偶然、同じ目的で。


 偶然、同じような気分で愚痴をこぼした。


「まぁ偶然聞いちまったものは仕方がないよな」


「そうだねー。偶然だし。仕方がないよ」


「そうだな、偶然だ。だが私達だけ締め出そうとしてもそうはいかん」


 時坂は落ち着かない様子で、自分の赤い髪をなでる。


 べぇだはお気楽に笑い、舌を出した。


 ホルストは腕を組み、遠くを眺める。


 べぇだはほかの二人の落ち着かない様子を見て、思わず噴き出した。


「はっはっは! その通り! 裏方だけどね! それじゃあ、どうしよっか?」


「はぁ。まぁなんだ。好きにやればいいんじゃないか?」


「ほほう。いいのか? 大和の奴においしい所を持っていかれるが?」


「今回は、まぁ仕方ねぇ。オレが原因みたいなもんだし……謝るよりは、こういうほうが俺には合ってるからな」


「「ほー」」


 ホルストとべぇだの非常に楽しそうな視線は時坂に向かう。


 どうにもいたたまれなくなった時坂は、敵に向かって駆け出した。


「……くそ。行くぞ!」




「まったく……馬鹿かオレは。責任を感じる必要なんてこれっぽっちもないじゃねぇか。あんな暴走本人の未熟さの問題だってのに」


 時坂は迫るよくわからないオカルトの軍勢に向かって、愚痴をこぼす。


 もちろん誰が聞いてくれるわけもない。時坂はがりがりと自分の頭をかいてそいつらを睨み付けた。


「もう少し昔なら、お前ら相手になすすべもなかったろうが、こんな時代にオレの前に現れたことを、死ぬほど後悔していけや……」


 オカルトは一昔前までは、科学的に否定されていた。


 だが超常的な力が表に現れ、解明されることによって人間はそれらを克服しつつある。


 人間の能力を開発、拡張した超能力。それらはすでにかつて存在しなかった物を確実に補足する。


「ああ、もう死んでるんだったなお前ら」


 視界に映る空間を捉え掌握するまでに数秒、セピア色の空間は現実を侵食する。


 俺の能力は掌握した空間を完全に支配する。


 虫のように群れた悪霊を、自分の領域に捉えればこの通り。


 化け物の群れの突進はすべて見えない壁にさえぎられ、悪霊は完全に動きを止めると一瞬で切り刻まれた。


 いっせいに上がる断末魔を聞きながら、やれやれと時坂はため息をつく。


 彼の目覚めた能力は、彼の所属していた機関においても無敵と呼ばれるもののひとつだった。


 いくつかの制約はあれど、空間をずらして物を傷つければ切れないものはなく、防御に使えば突破できる者はいない。


「なるほどな。時坂。確かにその能力、人間は超えているな。もう一歩踏み込めば神の領域に届くかもしれん」


「ふん……そうかよ」


 時坂が呟くと同時に、空から閃光が降り注ぐ。


 空には一際巨大な炎の塊が、空中に浮いていた。


「さて悪霊ども……ここは私の学び舎だ。それすなわち神の領域。穢れた者の踏み入ることなど許されないと知れ」


 空から火の玉が落下する。


 あまりにも強大な炎はスタジアムを焼いた炎よりも更に大きく、悪霊を焼き尽くし浄化する。


 彼の炎はあらゆるものを燃やし尽くす。それは魂だろうが体があろうが例外はない。


 荒れ狂う熱波を遮断して、時坂は叫んだ。


「馬鹿やろう! 少しは加減しやがれ!」


「おおっとすまんな。だがよくやった、雑用ご苦労。ほめてやろう超能力者」


「この野郎……」


 時坂はホルストを睨みつけるが、感心した声を挙げるのはべぇだである。


「すっご……本当に天体規模のエネルギーを使える人間なんているんだねー……」


「まぁ。加減は必要だがな。大抵の物は灰に出来る。さてお前の力も見せてもらおうかべぇだ?」


「ハハハ! そうだね! ボクも何にもしないわけにはいかないかな!」


 言葉を残しべぇだは消える。


 ちかちかと光が走り、炎が取りこぼした悪霊は裂かれ消えた。


 ザザザと地面を擦り、再び現れたべぇだの手には、悪霊が一匹、その手の中でもがいていた。


「とまぁこんな感じ?」


 その手の中にいた悪霊は、べぇだの手の中で苦悶の表情を浮かべてやはり消滅する。


 ぺろりと舌なめずりするべぇだに時坂とホルストは眉をひそめてなにをしたかを看破した。


「……お前まさか、悪霊を食ったのか?」


「お前が一番えげつないな」


「まぁね。こいつらもエネルギーといえばエネルギーだしね。ご馳走様でした」


 三人は顔を見合わせ、クッと笑う。


 大体わかっていたが、この程度の相手に後れを取るほど弱い輩はこの場にいない。


 たとえそれが、空を真っ黒に覆い尽くすほどの化け物の群れであったとしてもだ。


「まぁ大体わかったよ。お前らやっぱそこそこやるな。じゃあ、残りは早い者勝ちってことでいいか?」


「おいおい? いいのか? そのルールならお前、最下位確定だぞ?」


「速さでボクはちょっと負けないかな?」


「うるせぇよ。お前らオレの本気見てちびるんじゃねぇぞ!」


 そして、まだまだ集まって悪霊達に向かってそれぞれ飛び出していった。




 

 こういってしまうのは不謹慎だとはわかっている。だが山田 公平は退屈していた。


 待てど暮らせど中々敵がやってこない。


 だけど待ちくたびれた僕の前にも、やっと第一陣がやって来る。


「はー……」


 僕のところにやって来たのは黒くて変なものだった。


 それは僕の前で形になると、巨大などくろの形になって現れる。


 なるほどこいつか悪者か。


 僕はゴキリと腕を鳴らす。


 そいつは、しゃれこうべの暗い穴から、赤い目をぎょろりと覗かせて僕に気がついた。


『なんだお前は?』


「ここから先は通さないよ」


 ダメゼッタイと手を出す僕を見てなにを思ったのか、そいつは腹を抱えて笑い出した。


『ふははははは! なるほど、お前も身の程知らず共の仲間ということか。だが無駄だ。誰であれ我を止めることは出来はせんぞ!』


 いきなりなにを言い出すのか意味不明である。


 やけに自信満々のしゃれこうべだが、僕にはその自信の根拠がわからなかった。


「なんで?」


 思わず聞き返す。


 するとしゃれこうべはドロドロと巨大化して、まるで舞台のように無防備に腕を広げた。


『我は死そのものだからだ。生物が死を恐れる限り、我は滅びぬ。そして今強力な力が生死の境を曖昧にしている。我が門に到達したその時、死者と生者のバランスは崩壊し、この世界は楽園となるであろう……』


「へー。そうなんだ。もういい?」


『?』


 僕は説明を聞き終えたので、とりあえず殴ってみた。


 すると思いのほかいいのが入って、しゃれこうべの頭は大きく仰け反る。


 うむ、思ったよりも頑丈だった。


『な!!!!』


 ヒビの入った頭を抑えて、しゃれこうべはあごを落として驚いていた。


「あ、一発じゃだめか。じゃあもう一発……」


『まてまてまて! なぜだ!? お前なんで我を殴れる! いやそれ以上になぜダメージが!』


「何でって……僕別に君のこと怖くないし?」


『な!……まさかお前死な――』


 メゴシ。


「ゴメンね? でも、ホラ後がつかえてるから」


『……!』


 粉々に砕け散ったしゃれこうべは、そのまま黒い霧になって消えてしまった。


「……むふ」


 なんだか成し遂げた気分である。


 友達のためにはっきりと役に立てる一戦だけに、かつてないやりがいがあった。


 だが浸っている場合じゃない。


 まだまだ最初の一体を僕は倒しただけなんだから。


 僕は景気づけを終えて、ぐるぐる右手を振り回す。


「……さてようやく一個、役に立てたのかな? さぁ次々こい!」


 僕は出来る限り気合を入れ、これから次々現れるであろう敵を待ち構えた。


 そわそわ


 そわそわ


 それからその場所を微動だにせず待ち続け……。


「……あれ?」


 そして――朝日が昇ってきて。


「……ん?」


 結局その日、言っていたような脅威が、それ以上ここに到達することはなかった。


「んん?」


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