20
僕の意見は後日検討するということになって解散して登校すると、その日学園は騒然としていた。
学園中のなんだかよくわからないロボットが忙しく走り回り、女子寮の方角から騒音が上がっている。
女子寮の方で何かあったらしいのは明らかだった。
「どうしたんだろ?」
なんとなく胸騒ぎがして僕も急いで女子寮の方へ向かうと、ものすごい量の車とロボットが、なにやら忙しそうに動き回っていて、女子寮の周りには立ち入り禁止と書かれたテープを発見した。
そしてもう一つ発見したのは、大和君と、女の子達だ。
僕は彼らに駆け寄って声をかけた。すると振り返った大和君はどうにも困惑しているようだった。
「一体どうしたの?」
「それが女子寮が……」
「女子寮?」
「俺にもよくわからないんだ。でもなんだか大変なことになってて……多分シーラの部屋なんじゃないかって」
そうして女子寮を見る大和君の視線を追えば、どこがシーラさんの部屋なのかはすぐにわかった。
わかったと同時に僕はとりあえず目をこすって、現実なのかどうかを確認した。
空間がゆがんで建物が曲がって見える。
その中心はやはり女子寮の一室であるようだった。
大きな帽子とつばを持ちあげて、鋭い表情を向けているのは一人の魔女、リオンさんだ。
彼女は爪を噛み、冷や汗をかいているようで、この場で唯一何が起こっているのか少しでもつかんでいるようだった。
「……負の念があの部屋を中心にして集まってる。すごい力。これがあの子の力なのかも」
「力? 一体どういうことだよ?」
大和君が尋ねると、リオンさんはしばしためらったが、話し始めた。
「あの娘の力は、ただ物の怪の類を使役することじゃなかったってこと。……冥界へのアクセスって言うのかな。とにかく死とか、地獄とか、そういうネガティブな概念に波長が合いやすいのかもしれない」
「それでなんであんなことになるのか?」
「……何かきっかけが、彼女が精神的にショックを受けるような引き金があって、その……制御が利かなくなったのかもしれない」
リオンさんは言いづらそうに言葉を濁しながら、歪んだ建物を見やる。
「きっかけ……それってもしかして。俺がシーラを負かしちゃったからか?」
「……違うわよ!……絶対」
リオンさんが一番恐れていたのは大和君が責任を感じることだったようだ。
昨日のことを含めた一連のごたごたが、彼女の心身に大きな負荷になっていたことは、僕にもわかった。
大和君達が心配そうしている中、僕にはもう一個こうなった心当たりがあった。
(だ、駄菓子屋の一件ん!)
どこにどれだけ比重があるか、今語っても仕方がないが無関係とも思えない。
悪くすれば、今朝のホルスト君の予言が最悪の形で実現する可能性すらある。
べぇだ君や、時坂君もそれはもう嘆き悲しむことだろう。
蒼白になって僕が固まっていると、大和君は唇をかみ締めてシーラさんの部屋に向かって歩き出す。
「……このままにはしておけないよな」
それを、いち早く察知したリオンさんと早乙女さんが、大和君を押さえつけて止めた。
「だめよ! 何の耐性もない人間がアレに触れたら確実に死ぬわよ!」
「……何の耐性もない人間だったら、だろ? これでも霊験新たかな家の出なんだ。少しくらいの耐性はあるって」
「それは……そうかもしれないけど!」
大和君の目を見ればわかる、これはもはや止まりそうにない。
女の子達がひるんだその時、ポンと彼の頭を軽く書類の束で叩いたのは、彼の姉であるレイ先生だった。
「なにを熱くなってる。頭を冷やせ」
「姉さん! でも!」
今度は強めにどつかれた。
相当な威力だったのか、大和君は地面に叩きつけられて動けなくなった。
容赦なしである。
僕は姉弟の強烈なスキンシップに冷や汗を流した。
「先生だ。さて。見ての通り非常事態だ。今日の授業は中止とする。皆自室に待機。大和はこちらに来い。話がある」
「……」
そのままずるずると引きずられてゆく大和君の後を、僕はこっそり付いていった。
「単刀直入に言おう。シーラの力の暴走はまだ止められる」
僕は適当な教室に入った二人の声が聞こえそうな場所に隠れ、様子を伺う。
開口一番レイ先生が大和君に告げたのはそんな台詞だった。
「あの子の血筋は死者の世とこちらの世界をつなぐ橋渡し役だったと言われている。中でも彼女は大きな資質に恵まれていた。だがある程度制御できるようになったのは最近のことらしい。自信をつけてきたところでの敗戦が堪えたのかもしれん。お前が相手だから……まぁ大丈夫かとも思ったんだがな。そう都合よくはいかないということなのかもな」
「……うん」
大和君は頷き、うつむく。そんな大和君の頭を、レイ先生はぽんぽんと優しくなでた。
「お前も知っていると思うが、この世ならざる者と相対した時、最も大事なのはその精神だ。シーラは今著しくそのバランスを崩している。あの娘は死を引き付けすぎるんだ。正直今の状態で何が起こるのかは私にも分からない。だが解決方法はある。彼女を説き伏せ目を覚ましてやれ。それが出来るのは退魔の血を受け継ぎ、この学校に来てシーラと接点の多いお前であるという判断だ」
「ああ」
「あの子を助ける自信はあるか?」
尋ねたレイ先生に、大和君は力強く頷いた。
「やるよ。俺が助けられるなら助けたい。俺に出来るならやりたいんだ」
「……」
そして大和君はレイ先生の顔をじっと見ると、妙な質問をした。
「なぁ、姉さん。この学校の生徒に知り合いが多いのって何か意味があるのかな?」
その質問にレイ先生は、少しだけ間を置いて答えた。
「……この学校は私達の家もかなり協力している。古来から人外を相手取る家柄の元締めみたいなものだからな。お前の知り合いが多いのも当然だ」
「そっか……そうだよな。ゴメン変なことを聞いて」
「……思うところがあるのはわかるが、気にするな。知り合いといっても、彼女達と一緒にいたのは一週間ほどだろう?」
レイ先生は言うが僕は密かに驚いた。
随分親密そうに見えたがたったの一週間!
驚愕の事実である。大和君自身が頷いてそれを肯定していた。
昔のことを思い出しながら大和君は語る。
「寺にいた時話をしたよ。あの頃は寺に来た子にはとにかく話しかけてたけど、中でもよく話した子達だったから覚えてた」
「そうなのか?」
「うん。来たやつには必ず話しかけるようにしてたんだ。なんか家に来る子って、みんな悲しそうだったから、ほっとけなくて。話にならなかったこともあったし、ちゃんと話してくれる子もいた。恥ずかしいことしちゃったこともあったかもだけど、俺、なんかうれしかったんだよ」
「……」
「話しかけた日は特別な、いつもと違う日な気がして、目の前がぱっと明るくなった気がしたんだ。ただ話をしただけなのに、俺も相手も笑ったり怒ったりさ、その日一日幸せな気分だった時は最高だった」
「そうか」
「俺、不器用だけど、色んな奴がいるってちゃんと知ってる。そんな俺だから、出来ることもあると思ってる」
「ああ、そうかもな」
「俺、この学校生活すごく楽しみにしてた。もうシーラは仲間だ。また一緒に登校できるのが最高だと思うから……俺がやる」
ぐっと拳を握った彼の目は、僕が今まで見たこともないくらいに力のあるものだった。
僕にはあんな風に熱意にあふれたことはない。
そんな大和君を見て、苦笑したレイ先生は少しだけ明るい口調で言った。
「まぁ、本人達はただの仲間だとは思っていないだろうけどな……お前、いったい子供の時に彼女達になにを言った?」
「? たぶん普通に話をしただけだけどな?」
「……そうか、まぁそれはいい。忘れろ」
「ああ?」
そこのところ僕も気になるけれど、わかっていなさそうな大和君。
そしてレイ先生はいつものキツイ表情にすぐに戻るとしっかりと命じた。
「ならば、死力を尽くせ。この騒動のきっかけはお前だ、だからきっちり始末をつけて見せろ。もしどうしても暴走が収まらないなら――わかるな?」
「……」
「以上だ。段取りはこちらで整えよう」
カツカツと聞こえてきたヒールの音に、僕は本気で身を隠す。
口と頭を抑えてうずくまり先生をやり過ごすと、僕は山田至上最大級にうろたえた。
とんでもない話を聞いてしまった。
とにかく、時坂君が謝るとかそんな場合ではなくなってしまったようだ。
僕は口元を押さえたまま、考える。
大和君はシーラさんを助けに行くつもりらしい。そしてそれが出来るのは彼だけとのこと。
僕は考える。
シーラさんの下まで僕が行くことは可能か?
答えは出来るだ。
なんだか女子寮がもやもやしたことになっていたが、出来ない気がしない。
だがシーラさんのところまで安全に行くことができたとして、精神的な原因を取り除いて解決することが出来るか?
一番重大なこの答えは出来ないだ。出来るわけがない。
言葉を交わしたこともない他人、まして女の子の考えなんて、僕にわかろうはずもない。
無言で今までにないほど考え込んだ僕の耳もとで、そのささやき声は脳みそまで響いた。
「うーん。リスキーなことをするなぁ、君もそう思わないかい?」
「!!!!」
声を掛けられて恐ろしくおったまげた。
僕同様、膝を抱えて身を隠していたのが、知っている女の子だったからそりゃあもう驚いた。
眼鏡の女の子は薊 マイさん。大和君の幼馴染である。
思わず叫びそうになった僕に薊さんは唇に指を当ててシーっとジャスチャーする。
僕は口元を押さえて、浮いた腰をすとんと下ろすことに成功した。
「や。随分集中していたね」
ニヤリと笑う薊さんだが、笑っている場合じゃないと僕は思った。
「薊さんはなにが起こっているかわかってるの?」
そして、とりあえず何か知っていそうな薊さんに尋ねて見ると、彼女はやはりしたり顔だった。
「もちろん。わからないことがあったら私に聞くといい。大抵のことは知っているよ?」
ささやき声ながらにっこりと微笑む彼女の問答無用の説得力に圧倒されて、僕は頷いた。
「そ、そうなんだ。じゃあ今なにが起こっているのか教えてください」
「シーラは、こことは違う別の場所から、鬼やその他のもっと得体の知れない者を呼び出すことが出来る。それはいわゆる死後の世界とか呼ばれているものだと言われていてね」
「う、うん」
「君も見たとおり今現在、その力が暴走状態になっているわけだ。下手をすれば穴が開きっぱなしになる。そんな事になれば大変だね。シーラがいつも呼び出しているような化け物がこっちの世界にあふれ出す」
僕にもその光景はすぐに想像できた。
鬼やらなにやら人外の化け物が、ものすごい数あふれ出すその光景。
あんまり歓迎すべきことではなさそうである。
「ものすごく大変じゃないか……」
思わず呟くと、薊さんはニッコリ頷いた。
「そうだとも。でもコレは想定内の事態なんだよ。この学園、施設の割りに人が極端に少ないだろう? いざという時どんな措置でも取れるようにしているのさ」
そしてとんでもない裏情報のおまけ付きである。
道理で人とあんまり出会わないはずである。その代わりロボットの類は沢山あるのだから徹底していた。
「うわー……やっぱり大変じゃないか」
僕の素直な感想もまた、薊さんには想定内みたいである。
「とまぁそんな感じなわけだけど。私も君に頼みたいことがある」
「……なに? 今なら大抵の願い事は聞いてあげられそうだけど」
色々な事件がいっぺんに起こりすぎて頭がパンクしそうな僕に薊さんは手に持った端末を僕に見せた。
そこには学園の地図が映し出されていて、やじるしで何かがこちらに向かっていることが記されていた。
「それはありがとう。実はね。シーラの力で穴が開くことを喜ぶ輩もいる。それはすでにこっちの世界にいる化け物どもだ。彼らはこのチャンスを見逃さない。シーラ向かって集まってきて、穴をこじ開けようとするだろう。魑魅魍魎の類だけならまだいいが、この異常事態でもっとやばいものも具現化する可能性がある」
そしてこの後起こる最悪の事態を並べたてる薊さんの言いたいことを、僕はなんとなく理解した。
「シーラは学が何とかする。だからその間の時間稼ぎを頼めないかな?」
薊さんは、最後の頼みだけは笑みを消して僕に言う。
それだけ危ないことなのか? 僕は大きなため息をついた。
「なんかとんでもないことを聞きすぎて、わけがわからない」
「気持ちは察するよ。私も時々さじを投げたくなることがある。とても危険だから無理にとは言わないけど?」
薊さんは最後に付け加えたが、僕に断るという選択肢はなかった。
「いややるよ」
友達が今、この事態を何とかしようとがんばっている。
なら、僕は――。
「僕は僕の出来ることをする」
僕は立ち上がった。
「そうか……ありがとう」
薊さんは礼を口にするが、そんなものは必要ない。
まだまだ学生らしいことは何もしていない。
今ここをなくしてしまうなんてこと、僕だって絶対に許せるわけはないのだから。




