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駅周辺でやることはもちろんある。
ここから学校まではかなり遠く、寮からもまた距離があると聞いていた。
しかし商業施設がきちんと整っているのはこのあたりだけで、ある程度必要なものは駅でそろえておいた方がいいという話である。商店街は割と充実していて、簡単な日用品を買うことにまったく問題はなさそうだ。
その証拠として、日用品を買いそろえたらしいカップルが、微笑ましく路上で語らっていた。
「私の歯ブラシもカップもすごく使いやすいんだから! 同じの買って大正解よ! 大切に使いなさいよね!」
「ありがとうな。俺一人暮らしってあんまり経験なくってさ。一緒にいてくれて助かったよ」
「べ、別にあんたのためじゃないから! 勘違いしないでよ?」
「ご、ごめんな」
「でも……あんたがどうしてもって言うなら、他の物も一緒に買に行ってあげないこともないんだけど――」
「ホントありがとな! そんじゃ! 俺先に行ってるから!」
「あっ――――そんなに急ぐことないじゃない……」
僕は思う。
「ほほう」
ツンデレって初めて見た。さすが都会ってすごい。
実は空想だけの存在なんじゃないかって疑ってた。
女性の方はなんだか見覚えのある制服を着ていて、かわいいリンゴのヘアピンで髪を止めている。
もう一人の男性は、長身でなぜか刀を下げた……あれ? これはさっきの人じゃないだろうか?
でも一緒にいる女の人は違うような?
しばらく考えたが、答えは僕の想像できる範疇を超えていたのであきらめた。
「まぁ……勘違いかな? それにしても都会は刀が流行ってるんだろうか?」
どうしても必要だというのなら、真剣は無理だから、木刀でも買っておこう。うん。
だけどその前に――。
「一人暮らしって……何買えばいいんだろう?」
とりあえず歯ブラシとカップはいるらしい。
パンフレットには入るはずの寮には冷蔵庫や軽く炊事ができるキッチンなんかもあるって話だし、何か食べる物を買ってっちゃったりしてもいいかもしれない。
基本、寮の食堂で食事は出るらしいけど、それとこれとは話が違うというものだった。
適当な店に中に入ると、そこは相当な広さがあったが、中は静かなものだった。
まぁ人が多いよりも、少ない方が買い物はしやすい。
初めて来る店ならなおさらだ。
ただ、人がいないというのもちょっぴり気が大きくなっていけなかった。
「うん! 今晩くらいはちょっと……贅沢しちゃおっかな!」
炭酸飲料は確定として、買って帰るのは甘い物にするか、それとも塩辛いものにするか?
僕は楽しい予定に考えを巡らせる。
その時、いきなり店内に地鳴りが響き、ガシャンという大きな音が襲った。
「……騒がしい町だなぁ」
ガラスがあちこち飛び散っている。
壁の向こうから突っ込んできたのは、タンクローリーだ。
「なんてこったい」
このままいくと大惨事、というか、もうすでに大惨事。
ガラスの破片は店内に降り注ぎ、タンクローリーは店内に突っ込んで、下手すれば大爆発と言ったところだろう。
冷静に観察でき、感想を言う暇があったのは、目の前で不思議な現象が起こったからだった。
「うわぁ……世界がセピア色だよ」
店内の色が薄く淡くなった気がする。
そして飛んでいる物も、壊れた物も何もかもが止まって見えた。
不思議なことに店内を見回しても動いているお客は僕以外に、もう一人しかいないらしい。
僕以外のもう一人は、ポケットに手を突っ込んだままタンクローリーを睨み付けて舌打ちした。
「たくっ……なんだこの茶番は。頭にくるぜ」
彼の体はぼんやり光っていた。
するとタンクローリーを含めて、すべての瓦礫が逆再生のように巻き戻っていった。
店外まで巻き戻されたタンクローリーは、今度は一瞬で賽の目に切り刻まれて、正方形にまとめられてしまった。
すべてが終わる。駐車場に高く積まれた金属のブロックがある以外は静かな店内が戻ってきた。
「おお~」
とても面白い力だと僕は思った。
「こんなもんか。まったくめんどくせぇ事をさせる――」
ここで、ボヤく彼と目が合う。
ああ、これはお礼をしないとなと僕は咄嗟にぺこりと頭を下げた。
もちろんその対象は、色を取り戻した店内にいた、赤い髪の毛に赤い瞳の男子。
だが彼はそんな僕を見て大きく目を見開いた。
「お前……なんで。いや、そうだな……取り乱すのもかっこわりい」
彼が横に手を振ると、世界が色を取り戻した。
元に戻った世界で彼は手をかざして背中越しに語る。
「おいあんた。顔、覚えとくぞ」
「?」
ちょっと怖い目で睨まれて、彼はそのまま去って行った。
なんだかちょっと僕の田舎にはいないタイプの人だ。
そしてあの人にもまた、会うことになるらしい。
僕はやっぱり首をかしげる。
「うーん。なんでまた会うってみんなわかるんだろうか?」
全然面識はないんだけど、不思議である。
「おっと、はやく買い物をしないと」
ひとまずお財布と相談しようと取り出すと――僕は中身を見て愕然とした。
「……しまった。銀行に寄ろうと思ってたんだった」
残念ながら今回、被害を回避できたチャンスを生かすことはできないようである。