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 「――」


 その日シーラは自室に飛び込んでからの記憶が曖昧だった。


 ただ、自分のふがいなさと弱さに打ちのめされたような気分だったことは覚えている。


 気が付くと寝巻きに着替えて、ベッドの中で丸くなっていた。


 闇の中で膝を抱えて、襲ってきたのは敗北の記憶と、それを忘れて浮かれていた自分の姿だった。


「あの男の……言う通りですわ……すべてが未熟。私は弱い……」


 憧れの方の弟だからといって、負けた相手に好意を寄せる。力を制御も出来ていない醜態はすでに学園に知れ渡っている。


 この学園が本当はどういう場所かちゃんとわかっていたはずなのに。


 強くなくてはならない。それは自分に課して来た戒めだったはずなのに。


「あ……っく……」


 シーラは暗闇の中で一人、胸を押さえる。


 それは身の内から沸きあがる黒い物を押さえつけるたえるためだった。


『開け……その扉を……開け……』


 どこからか声が聞こえ、身体が跳ねた。


「あ、ああ!!」


 身体が震え、喉の奥から意味のない言葉が漏れる。


 体中からおびただしい汗が流れて、制御できない感情は暴走する。





「いや、正直すまんかった……」


 どんなに激しく怒っていても、一日くらいたてば、自然と頭も冷えるものだ。


 時坂君は若干気まずげに、僕らと寮の食堂で顔を合わせるなりそう言った。


 驚いたのは僕だけではない。ホルスト君もべぇだ君も目を丸くするくらいには驚いていた。


「ホントだよ! アレじゃあ恐ろしく印象悪くなっちゃうじゃん!」


 プンスカ怒っているべぇだ君。そしてホルスト君も朝のコーヒーを飲みつつ苦笑する。


「まぁ、ああまで見せ付けられれば気持はわからないでもない」


「いや、そういうんじゃ……少しはあったかもしれないが。こう、あまりにも緊張感のないかんじがな?」


 ポリポリと頭をかく時坂君は、あの時を思い出して表情を苦そうにゆがめた。


 ホルスト君もまた一晩たって冷静になったのだろう、また熱くなりそうな時坂君に一言釘を刺す。


「そもそも駄菓子屋で盛り上がっていた私達が言えたことではなさそうだが」


「む。いやあんなに隙だらけではなかっただろう?」


 ただ、僕も昨日一日、複数で張り合う女の子達を見ていて連想したものがある。


「ああでも、女の子たちも別の緊張感だけならある意味すごくあったかも? 甘ったるいながらも隙あらばって感じの……アレはまるで昔見た食虫植物のドキュメンタリーのようだった」


「……お前けっこう不意打ちで毒吐くのな」


「そ、そうかな?」


 しまった、また思慮の足らないことを言ってしまった。


 僕が言葉選びの大切さをかみ締めていると、ドンとテーブルを叩いたのはべぇだ君だ。


「そんなことはどうだっていいんだ! ここからどうボクらは好感度を挽回させるべきか! もっと身になる議論をしようよ!」


 昨日の今日でそれなのかと、自然と僕らの表情は渋くなる。


 そして時坂君が、どうにも深いため息をついて昨日のことを踏まえた結論を口にした。


「それなぁ……もう無理だろアレ?」


 ホルスト君と僕も微妙な表情で視線を逸らして、その一言を肯定したも同然である。


 だがしかしそんな中にあってべぇだ君だけが、静かに首を振って時坂君の両肩に手を置いた。


「……馬鹿言っちゃいけない。トッキー、薄々感じていたけど、君はもっと危機感を持つべきだ」


「な、なにが?」


 思わぬ返しに、時坂君は目を白黒させていたが、べぇだ君の視線はゆるぎない。それどころか目を血走らせて力説した。


「いいかい? 物語に例えて考えてみよう。ここは曲がりなりにも学園だ! しかも男女共学!」


「前提がおかしくないか?」


「シャラップ! 今の危機的状況をわかりやすくするためだからいいの! そんな状況で恋愛に一切関わることなく終わるキャラをなんというか知ってる?」


 質問の答えを持ち合わせている者はいない。


 べぇだ君は存分に溜めると、絶望的な無表情で言った。


「モブだよ」


「いやー、それはどうなんだ?」


「さすがにそれは、言いすぎだろう」


「僕もそう思う」


 僕も含めた全員から総ツッコミだった。


 だがしかしべぇだ君はそれでも一歩も引くことなく強い思いを主張する。


「どんなアホみたいな能力があったって関係ないんだ! ヒロインに関わらないヒーローはいない!」


「どさくさに紛れてアホみたいとか言うなよ」


 時坂君の一言に、べぇだ君は逆に時坂君の目の前に指を突きつけた。


「いや、モブならまだいいさ! トッキー! 君は昨日の一件で更なる修羅の道に足を踏み入れてしまったと言っていい!」


「そうなのか?」


「ああそうだとも! いや、むしろ、ボクらは持っている能力がなまじ強力すぎるせいでこちらの道へ入りやすい! 女の子達の反感を一手に集め、傍若無人に振舞う嫌われ者! そういうやつをなんていうか知ってる?」


「いや、知らないな? なんなんだ?」


 この頃になると時坂君の返しも適当だが、いちおう聞き返す。


 やはりべぇだ君は存分に溜めて、そして更に絶望的な顔で言った。


「カマセだよ。カマセ犬」


「なんでだよ!」


 いきなりカマセ犬にされた時坂君は声を荒げるが、べぇだ君は残念ながらと渋い表情だった。


「そうなったが最後。もう挽回は不可能! どんな能力をもっていようが学園内のヒエラルキーは地に落ちて、石つぶてを投げられる日々さ!」


「そこまでか!」


「残念ながらね……だからボクを巻き込まないでね?」


 真顔で言うべぇだ君の話の締め方は割りと最悪だった。


 時坂君もあまりの言い様に、渋い表情を浮かべていた。


「ひでぇやつだなお前」


「宇宙からはるばるやってきて、女の子から無視される学園生活なんて耐えられない……割りと死活問題なんだ」


「お前の生き死にって、妙なところに掛かってるんだな。現状死にかけじゃねーか」


「現実を突きつけないで!」


 かなり救いようのない話だと僕は思った。


 だけど彼の言葉について、思うところは少しある。


 僕はううんと唸り、昨日の惨状を思い出す。


「ああ、でも昨日の感じだと僕らって嫌われたかもしれない」


「ああ、まぁ……」


「特に時坂がな。あの話の流れでは、近いうちに女子とトラブルになるかもしれん。流れで大和の奴と戦う日も近いか?」


 ホルスト君に至っては予言めいたことまで言い始めた。


 ファラオの予言とか、本気で当たりそうなのに真顔で最悪の未来を言うのはやめてほしい。


 時坂君もたやすく想像できる未来思い浮かべて、変な声を出していた。


「あぁー」


「そしてカマセ犬道まっしぐらだよ。勝とうが負けようが灰色の青春だよ」


「……え? そうなのか?」


 そうなのか?っと何度も呟きながら、考え込んでしまった時坂君。


「さて、それでその道を回避するために、お前ならどうする? 山田?」


 ホルスト君に尋ねられ、僕は考える。


「えーっと。とりあえず謝ってみればいいんじゃないかな?」


 そしてそう答えを出した。


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