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「じゃあ行ってくるね」


「ああ、気を付けて行ってこい!」


「体には気を付けてね」


「うん。父さん母さん、じゃあ元気で」


 発車のベルと共に閉まる電車の扉の向こうに僕は手を振る。


 今日という日は、僕にとって門出の日である。


 この春、僕、山田 公平は田舎から飛び出て、とある学校に入学することが決まった。


 なんといっても学費はタダ。


 寮生活には不安もあるけど、入寮費用もタダだという何とも信じられないような話だ。


 あまりにも都合のいい話だとは思ったけれど、国公認というのは間違いないらしい。


 見送りに来てくれた両親との別れを惜しみながらこれからの未来に思いを馳せた。


「どんなところなんだろうな。――友達、できるといいな」


 期待だけが膨らみすぎていたのは自覚していた。


 ひょっとしたらそれが悪かったのかもしれない。


 動きだし、リズムを刻み始めていたはずの車内ががくんと揺れたのは、出発からそう何分も経っていない頃だった。


「?」


 なんだかさっそく、わくわくしていたのに水を差された気分である。


『緊急事態警報が発令されました。車内のお客様は係員の誘導に従い、速やかに避難してください』


 アナウンスが流れて何かが起きたのだと知って、僕は窓の外を見る。


 するとそこには大きな怪獣が建物をぶっ壊していた。


 ドカンと上がる土煙を見ると、かなりの大きさがあることが伺える。


「ああ……怪獣か」


 まぁこういう日もある。


 ぼんやりと暴れる怪獣を眺めていると、どうやら怪獣はこっちに向かってきているみたいだった。




「ああぁ~。思ったよりも時間がかかっちゃったな」


 止まった電車が動き出すまでに相当時間がかかってしまった。


 トラブル自体は早々に片が付いたが、やはりトラブルが起きれば念入りに点検しなければならないらしい。


 それでなくても、乗換が何度もある道行だっただけに、どうしても疲れは出る。


 僕はすっかり固まった体を伸ばし、やっとたどり着いた目的地の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 そして出来たばかりの様なま新しいホームに立ち、なんだか感動した。


「なんか都会の空気を吸っている気がする!」


 もっとも、ここは都会とはとてもいえない辺境だったりするのだけれど、設備は国内で最高水準だとパンフレットには書いてあったのでぎりぎり都会ということにしておこう。


 実際にやって来てみれば今まで見た中でもトップクラスの都会的な駅は、自分の家の周囲に比べてあか抜けていた。無人じゃないし。


 そして、やはり街は出会うエピソードも一味違うらしい。


「ひっさっしぶり~!!」


「うわ!」


 ふと視線の先で僕と同じ年頃の男女が熱烈に抱き合っていた。


 こいつはおったまげた! 都会、半端ない!


 男性は僕より身長が高く、なぜか刀を下げていた。


 女の人は大きな魔女っぽいとんがり帽子をかぶっていて妙な格好だっただけに注意を引きつけてからの不意打ちだった。


 だがいくら不意打ちだからといって、男女のあれこれをガン見するのはいかがなものか?


「おう……ここは退散しよう」


 そそくさとその場を退散して、僕はいつの間にか額にかいていた汗をぬぐった。


 なんという事だろう。都会は一味違うとは聞いていたが、まさかいきなり抱擁を見せつけられるとは。


 ちょっとドキドキしてしまった。


「ふぅ……それじゃあ改めてと」


 とりあえず見てもいいもので感動することにしよう。


 逃げた先にも目移りするほど、目を引くものはやはりある。


 特に駅の駐車場で見つけた、大きな黒塗りの外車に僕は感嘆の溜息を洩らした。


「うわ、すごいなー。こんな車、はじめて見るや」


 きっとお金持ちの持ち物なのだろう。明らかに普通の車とは見た目の印象から違う。


 家の周囲も道だけは広かったから大きな車は多かったが、基本軽トラックかトラクターだった。


 仮にこの車が近所にあっても、きっとまったく周囲の光景には溶け込まないに違いない。


 いや、こんな新しい駅でもそれは変わらなかったが。


 どうにも場違い感のぬぐえない車は、この国の道をちゃんと走れるのか疑問である。


 ああでも、ここでもどこでも変わらないことはあって――。


「あ、なんか変なのいる」


 ケケケケケ!!!


 何処からともなく現れた半透明の幽鬼達は人に害をなす、物の怪の類だったと思う。


 人間のしゃれこうべに角が生えている、見た目恐ろしい幽霊寄りのやつらは、カタカタと歯を鳴らして飛び回っていた。


「昼間から出てくるのは珍しいなぁ」


 僕はぼんやりと感想を口にした。


 だいたいああいうのは夕方から夜にかけて出てくることが多いんだけど。


 それでも全く出てこないというわけではないらしい。


 そして顔色の悪い彼らは、どうやら高そうな車に用があるみたいだった。


「まずいんじゃないかなぁ」


 そう思ったけど。車の中から聞こえてきた声はずいぶん余裕たっぷりだった。


「……無礼な。そのような汚らわしい魂でまさか私の持ち物に触れようというのか?」


 車のドアを開け出てきた瞬間、そう言い放つ彼は人だった。


 黒い髪に浅黒い肌、そしてアジアの王族が身につけていそうな、金の装飾が施されたターバン的なものをかぶった衣裳が目を引く。


 数秒ごとに数を増してゆく幽鬼達。


 だけど次の瞬間、真っ黒な幽鬼達は突然現れた光にかき消された。


 真っ赤に燃える球体が、駐車場の上空に突如として現れ、幽鬼達を燃やしてしまったのである。


 とてもまぶしい太陽の光は、一瞬にして膨れ上がって幽鬼を浄化し、消滅させてしまった。


 猛烈な熱が僕まで届く。


 それをやってのけたその人は、愉快そうというわけでもなく鼻を鳴らしていた。


「下らん……力の差もわからぬ愚鈍が。地獄の淵でおとなしくしておれば良いものを」


 おそらくその炎を操っていた彼は何事もなかったかのように振る舞い、軽くほこりを払って、黒服のおつきの人に告げる。


「ではいくぞ」


「王よ、お見事でした」


「馬鹿か。こんなものただのおふざけだ、気にくわん」


「……申し訳ありません」


 車のそばで控えていたおつきの人はイライラしている彼に怯えて頭を下げた。


 言っている意味はよくわからなかったけれど、あんなものに襲われたらピリピリもしてしまうかもしれない。


 そんな風に僕は考えていると、車に乗り込もうとする彼と目があった。


「そこのお前――」


 誰のことを言っているのかと思ったけれど、周囲の人はさっきの騒ぎでみんな逃げてしまったのか、もう誰もいない。


 僕が自分を指さすと、太陽の彼は頷いた。


「お前、なかなか面白い奴の様だ、ではまた会おう」


「?」


 また会おう?


 僕は首をかしげて、黒塗りの外車が走って行くのをぼんやりと眺める。


「……すごい人がいるもんだなぁー」


 あんな面白い人ならもう一回会いたいなと思いながら、僕もその場を移動した。


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