8話 安住晴香の心得
安住晴香は帰宅すると同時に深いため息をつきながら、
「ただいま〜。」と呟いた。
「お帰り、晴ちゃん。ちょっといいかい。」と台所から祖母 高木照代の呼ぶ声が聞こえると、
「はーい、鞄だけ置いてくるね。」と気の無い返事をして、2階の自分の寝室へ向かった。
部屋に入ると、晴香は鞄をベッドの横に置いて、そのまま仰向けに寝転んだ。
今日は散々な一日だった…。
クラスメイトは、みんなとてもいい人だった。私は先生の質問に答えたら良かっただけなのに、何か変なこと言って、クラスのみんなに大笑いされちゃったし…。自己紹介、思ってたのと全然違ったよ〜、と心の中で大声を上げた。
それにしても、あの綺麗な娘は…誰なんだろう。苗字が伊吹さんということは分かったけど、気になって仕方がない。友だちになりたいって思える人は、いつも直感的にビビッと来るから分かるんだ。
そして、そんな事を考えているうちにいつの間にかさっきまでの悲しい気持ちは消えていた…
「あっ、そうだ、おばあちゃん!」と突然叫んでベッドから飛び降り、階下に向かうと祖母はちょうど台所から出て来るところだった。
「ごめんね、おばあちゃん!ちょっとぼーっとして…。」
「晴ちゃん、ちょっとおいで。」全く動じず落ち着いた表情で晴香を連れてリビングに向かった。そして、ソファに座って、
「さて、今日はどうだったか、言ってごらん。」と尋ねると、晴香は、いつもの稽古の時のように真っ直ぐ祖母を見ながら、
「今日は失敗だったよ、おばあちゃん。」とそれだけ言うと、祖母は突然笑い出した。
「え!?何で笑ってるの?ひどいよ〜。」と言いながら自分も思わず吹き出して、続けた。
「でもね、クラスの人、みんな賢そうで、なんか優しくて、素敵で、後、1人凄い美人さんも居たんだよ!」
「へえ、晴香好みの美人さんかね?」と祖母が返すと、
「うん!まるで、女優さんかアイドルかってくらい綺麗な人で、伊吹さんって言うんだよ。」そして、
「おばあちゃん、ありがと…。実は、わたし、落ち込んでて…。」と改めて真っ直ぐ祖母の目を見て言った。
「私は何もしちゃいないさ、晴ちゃんが自分で立ち直っただけ。…いいかい、人は誰でも失敗するもんさ。でも、大切なのは、いつまでもくよくよしない事。そして、次は勝率を上げてから立ち向かう事、さもなきゃ勝てる日は来ないからね。」祖母がそこまで言い終えると、最後に、
「だから、私の知っている晴ちゃんは、次はきっとうまくやる、そう信じてるからね。その時は、メールを送って知らせてちょうだい。」と付け加えた。
「…うん、必ず送るね。」と晴香は、目から涙が溢れ落ちるのを感じながら言った。
「晴香?ちょっと手伝ってくれる?」
その時、台所から母の声が聞こえてきた。
「そろそろ夕飯の準備の時間だね。さあ、今度は母親にも元気な姿を見せて上げて。」
「うん、ありがとおばあちゃん。」と言って、立ち上がり台所へと向かった。
祖母 高木照代は座ったまま、読みかけの新聞に目をやると、そこにはこんな記事があった。
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AI搭載車 始まる
次世代型ビークルの展示会が幕張メッセにて開催された。これまで、「事故を楽にゼロへ」を推進してきたヨーテ社のニューラインナップは、目的地へ自走するだけではなく、ドライバーの趣味嗜好を理解し、その日ほんとに行きたかった場所へと連れて行く人工知能搭載ビークルだ。これは大手旅行会社と連携して登録地を既に日本全国に広げており、誰でも知っている有名な観光地、世界遺産から、知る人ぞ知るマニアックな温泉まで登録件数は既に1万件を超えているとのこと。これにより若者と高齢者の車離れを止められるか、今後に注目したい。
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照代は新聞を読み終わると、テーブルの上のハサミでその部分だけを切り抜いて言った。
「この車、老人をどこに連れて行っちゃう気かね…。」