5話 安住晴香の初見
安住晴香は、第一印象を大切にしていた。小さい頃から笑顔で挨拶ができる娘で、地元でも評判だった。誰からも好かれ、誰とでも接することができた。晴香にとって未来はいつも明るくて、果てしなく広がっていた。
その日は、高校の入学式だった。晴香はいつになく緊張していた。いつもだったら、家族の誰よりも早く起きるのに、その日は寝坊したのだ。
「晴ちゃん、早く朝食を済まして、用意をなさい。」祖母 高木照代の声がした。
「おばあちゃん、お早うございます!昨日は、よく眠れた?」
「ええ、まあ晴ちゃんよりは、よく眠れましたよ。昨日は一体何時まで起きてたの?」と落ち着いた声で答えた。
「あれ、バレちゃってた?」晴香は髪を結わえながら、決まり悪い声で言った。
「二階であれだけドタバタしてればそりゃあ、誰でも気がつくでしょうね。一体何をしていたの?」
「いや、実は今日入学式が終わったらオリエンテーションがあって、プログラムには自己紹介…というのがあるから、何を言おうか考えてたり、練習したりと。」
「何を言っているの、晴ちゃん。あなたはただ堂々と自分のことを語ればそれで充分なんだよ。」祖母は、力を込めて言った。
「…うん、まあそれができたら、苦労しないんだけどね。私もおばあちゃんのようになりたいよ。」
祖母は剣道の師範だったので、シャキッとした姿勢で、いつも堂々としていた。
「良かったら力になるよ。また、朝の稽古をつけようかい?」
「あはは、いやー、流石にそこまでは…。それに、準備は万端だよ。」
「流石は、私の孫だね。さ、早く朝食を済ませて行っておいで。」祖母は、親指を立てて言った。
「うん、ありがと。もう時間ないから行くね。」晴香も親指を立てながら玄関へと向かった。
「…晴香、朝ごはんは?」今度は母親からだった。
「大丈夫!行ってくるね。9:55に校門の前で。」そう言って、慌ただしく家を出た。
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栄女学園の校門の前は新一年生と保護者で賑わっていた。晴香は入学式も写真撮影も終えると、門の前で家族と別れた。そして、校舎に目を向けたその瞬間、
ドンッ!
「あっ。」
急に通りかかったスーツ姿の男性にぶつかってその場に倒れこんだ。
「す、すみません、よそ見をしていました。…大変申し訳ございませんでした。」その男性は謝罪し、晴香を起こした。
「あ、いや…こちらこそ道の真ん中でぼーっとしてすみませんでした。あの、…大丈夫ですので、ご心配なさらないで下さい。」晴香も思わ深々とお辞儀をした。
「いえ、本当に、申し訳ございませんでした。お体に何か異常など、ありましたら、いつでもこちらにご連絡下さい。クリーニング代もお支払い致します。」と、男性は晴香に名刺を渡してその場を去っていった。
…晴香は制服の汚れを叩いて、気を取り直した。手元に残った名刺を見ると、
「ん…、システム、エンジニア、さん?」
そして名刺をポケットにしまい、晴香は急いで教室へと向かった。