4話 宮代亜美の回答
「お〜い、亜美。」階下から自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくるとはっと我に返り起き上がった。
宮代亜美は晴香の告白について思いを巡らせたまま眠ってしまったようだ。今、何時だろう?眼鏡を外したまま置き時計に視線を移した。あ、もう11時だ、お父さん、何か食べただろうか…?そう思いながら、その場で立ち上がり、階下に降りていくと、
「…なんだ、寝てたのか。」エプロンをした亜美の父親は、台所で野菜を切りながら、「おまえ、腹減ってるか?」と聞いてきた。
「あ、うん、お腹すいてるかも…。」そう答えると、
「じゃあ、取りあえず、着替えてきなさい。いつまで制服でいるんだ?」と言って、コンロに火を付けた。
亜美の父親はよく喋る、亜美にとって数少ない理解者だった。会社ではけいえいきかく?というよく分からない名前の部署にいた。偉い人なのかと思えば、毎日早朝から電車で出勤し、帰宅時間は遅かった。でもいつも生き生きしていて、そんな姿を見ているだけで、自分も元気になれた。
「お〜い、亜美。」再び階下から自分の名前を呼ぶ声がした。
その瞬間、スマートフォンの着信が鳴った。晴香からだ。亜美は晴香からの電話を取った。
「もしもし?」
「あ、亜美ちゃん、もしもし、もう寝てた?」申し訳無さそうな声が聞こえてきた。
「えーと、さっきまで寝てたけど、お父さんが帰ってきて起こされた。」そう答えた。
「亜美〜、麻婆豆腐…辛くしていい?!」今度は、階下から父親から大声で聞いてきたので、
「…好きにしていーよー!」とマイクを手で覆って叫んだ。
「あっと、ごめんごめん。晴、どうしたの?」亜美は再び春香に声を戻した。
「ううん、大丈夫。夜遅くにごめんね。…今日は突然無理なお願いしちゃったね。あ、アイドルになろうだなんて…。」
晴香は、今日のことを思い出しながらそう言った。
「…ちょっとびっくりしたけど、1人じゃ応募できないんだもんね。仕方ないよ。」亜美は、机の上のタブレットでメールアプリを起動させながら答えた。
「あ、でも、全然気にしないで。誘っちゃったけど、決めるのは亜美ちゃんなんだから。」
「あー、そうやって、私任せにしてるでしょ!」亜美は少し強い口調で言った。
「いや、まあ、あはは…お見それしました…。」
「…うん、まあ、でもいいかなって。」亜美は少し間を置いて言った。
「…え。」晴香は声が出たかどうか分からないくらい小さい声で呟いた。
「ほんと、に?」
「うん。」
「ほんとのほんとに?」
「そう、ほんとにほんとよ。」亜美はそのまま続けた。
「実は私ね、今日晴からそう言われてずっと考えてたんだ。私にできるかどうかなって。でも、気がついたの。何でもそうだけど、できるかどうかじゃなくて、やるかやらないかなんだよね。」
「亜美ちゃん…。」
「でも、流されるのは駄目だと思ったから、ちゃんと自分なりの答えを出してから伝えようって、そう思ったんだ。」
そこまで言い終えると、今度は晴香が、
「…亜美ちゃん、私もね、受かるかどうかも分からないオーディションを怖がるなんておかしいけど、不安で…。ほら、私そんなに取り柄もないし、顔だって普通だし…。」小さくそう言うと、すかさず亜美は、
「そんなことないよ、晴は、晴香は、絶対可愛いんだから!間違いなく。」
「ええっと、そこまで言われると流石に照れるんだけど…。」
「亜美〜、出来てるからなー!」その時、階下から父親が大声を上げた。
「亜美ちゃん、お父さん待たせちゃってるね!?ごめん、切るね。明日また話そう!」
「…うん、分かった。明日放課後、栄女祭の準備の後で、いつものカフェに行って話そう!」
「うん、分かった…。おやすみ亜美ちゃん。」
「おやすみ…晴香。」そう言って、電話を切った。
リビングに戻ると父親はビールを飲みながら、テレビをつけ、新聞を広げ、そして、スマートフォンで動画を観ながら麻婆豆腐を食べていた。
「お父さん、千手観音ですか…。」
「時は金なりってな。さあ、冷めないうちに食べろ食べろ。」父親はそう言うなり、もう1つのタブレットでメールを打ち始めた。
「うん、いただきます。」亜美はそう言って、父親の手作り麻婆豆腐を口に入れた。
「お父さん、これ辛い…。」
亜美は舌を火傷した。