1話 安住晴香の決意
安住晴香は、教室で大量の紙ナプキンに、1つひとつ丁寧に折り目を入れていた。晴香が通う私立栄女学園高等学校では、3日後の学園祭を控え、慌ただしく準備する生徒の姿があった。
栄女学園祭、通称 栄女祭は毎年高校生アイドルを輩出する人気イベントで、高校生に特化したSNS「wobbly」では、栄女祭から生まれたアイドルとのコラボイベントを開催していた。
晴香のクラスは、今年最も注目格のアイドル『伊吹ふたば』が出演する「カフェ・ビアンカ」のオープンを予定していた。この日の為に有名パティシエを呼んで、ふたばとのコラボレーションをするという栄女学園ならではの趣向だ。晴香はちょうど159枚目を折り終わったところで、うう〜んと背を伸ばした。
「晴、お疲れ。」背後から声が聞こえてきた。声の主は 宮代亜美だった。
「あ〜亜美ちゃん、ちょっと手伝って〜?」と背伸びしながら猫なで声で晴香は言った。
「良いけど…まだ終わらないの?」
「終わらないよ〜まだこんなにあるんだよ。でも亜美ちゃんが手伝ってくれたら、心強い。心の友ね!」
「…もう、調子いいんだから!」
2人はお互いの顔を見合わせてくすっと笑った。
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2人が残りの紙ナプキン241枚を全て折り終えた頃には、既に18時を回っていた。
「噂のカフェ・ビアンカは最大400皿分のケーキを出すと聞いてたけど…ほんとうだったみたいね。」
亜美がナプキンを棚にしまいながら言うと、
「うん、しかも300皿は内々で全部予約済み。残りの100皿は当日分…だけど、多分並んでも絶対無理…。ふたばちゃんは既に超人気アイドルで、高校を卒業後も大学に在籍しながら活動するって言ってだけど…日本を含むアジアの有名大学から、奨学金を出すから入学を約束して下さい!って、色んなオファが毎日届いているんだって。うんうん、ほんと凄い娘だよ…。」
晴香はその場でくるりと一回転して、
「亜美ちゃんは、アイドルになりたいって思ったことある?」
亜美の目の前でピタッと止まって言った。
「え、私が?アイドルに?」突然の質問に驚いて、
「そ、そんなの考えたことあるわけないよ。。だいたい私、人前に出るの、苦手だし。」赤面しながらそう答えた。
「…えー、そうかな〜。亜美ちゃんだったら絶対人気出ると思うんだけどなあ。」と窓の外に目をやって、
「…実は、私ねオーディション、受けてみようと思ってるの。」と小声で言った。
「…オーディション?え、何の?」亜美が返すと、
「…あ、あのね、あ、アイドルのオーディションだよ!」と今度は大声で告白した。
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晴香と亜美が、学園を出た頃には、20時を過ぎていた。晴香はオーディションを受けることを亜美に告白したことで、迷いがなくなっていた。
「…それでね、このオーディションは全国から高校生だけを募集するの。SNSでフォローしてるアイドルがその企画のアンバサダーで、それで知ったんだよ。」晴香が目を輝かせながら熱心に語る姿を、亜美はしきりに相槌を打ちながら聞いていると、
「そこで相談なんだけど、実はこの企画、ソロ部門がなくて、2人以上で応募しないといけないの。それで、その、亜美ちゃん、私とアイドルやらない!?」と声を張り上げた。
「え、私が、あいどる?……え?えーーーーーー!!!」
亜美もその場で大声を上げた。