第7話
目を開いたコルボが見たのは倒れてくる首のない熊の魔物と、その背後でコルボの身長はあるであろう大きな剣を振り抜いた大男の姿だった。
「おい坊主大丈夫か?」
九死に一生を得た安堵と、それでも死にかけてしまったショック、突然助かって状況が理解できない混乱など
でぼーっとしていたコルボが、声を掛けられて我に帰る。
周りの状況が飲み込めてきたコルボは、やっと目の前の男を観察する余裕が生まれてきた。
身長は2メートルぐらいだろうか、年季の入った軽革鎧から伸びた腕は筋肉の形がよくわかり贅肉が少しもないのが見てと取れる。おそらく他の所も同じだろう。
頭は剃っているのか頭髪は確認できないが、顔にまで至る傷が何条も刻まれその風貌は山賊も逃げ出すような厳ついものだった。
反応を返さないコルボに怪訝な表情を見せるも、混乱が収まらないのだろうと判断したのか魔物が出現した経緯を話し始めた。
「いやあ、すまねえな。実はこいつは俺等が戦ってたんだけどよ。追い詰めたと思ったら一目散に逃げ出しやがってな。普段はこの手の魔物が逃げ出す事なんかねえから呆気にとられたもんでよ、追うのが遅くなっちまった、仲間ももう少ししたら追いつくはずだが」
説明を聞いたコルボは、向かって来た魔物が満身創痍だった理由がわかった。
「いえ、経緯がどうあれ一人では死んでしまう所でした。助けてくれてありがとうございます」
ふらつきながらも何とか立ち上がり感謝の為に頭をさげる。
「おう、そう言ってくれるのはありがてえんだけどよ。実際のとこ魔物を傷付けたまま放置すんのは御法度なんだわ。手負いの獣は危険だからな」
苦笑しつつもコルボが怒ってないことに安堵した男は自分が追いつくまでの事を質問してきた。
「それにしても坊主よく無事だったな?魔物が逃げて俺が追いつくまで結構な時間がかかったと思うんだが」
「はい、一応魔法を幾つか使えるので逃げる隙を作る為に応戦してました。…といっても、ナイフは折れて攻撃は通じないので防戦一方だったんですが」
苦笑しつつ説明したコルボに、男は眼を見開いて驚きをあらわにする。
「ほう。。。すげえな坊主。あの魔物はこの辺りで一番強え奴で、大人五人がかりでやっと追い返せるぐらいだぞ。いくら魔法が使えるからっつっても坊主みたいなもんが一人で相手をしてたってのはちょっと信じられねえぐらいだ」
「いえ、ホント危なかったですから。何度も言うようですが、助けてくれてありがとうございます」
「まあ、坊主がそう言ってくれんならいいけどよ。そもそもなんでまたこんなとこに一人でいるんだ?見た所野営してたみてえだけど」
コルボは男の問いかけに少し逡巡したが、何故か目の前の男は信用できるという妙な確信があり、これまでの経緯を説明し始めた。
「そうか…その年で人を殺しちまったか………」
静かにコルボの話しを聴き終わった男はその目に少しの非難の色を宿してはいなかった、それよりもコルボに同情し労わるような目を向ける。
「坊主、まず最初に伝えておきたい…お前はいい事をした、それだけは忘れんな。お前は自分が泥をひっかぶろうとも大事な人を守ったんだ、胸を張ってろ。この世界には弱くて虐げられてる奴らがたくさんいる、そいつらを守る為には律儀に法とか、決まりを守ってたんじゃあダメだ。坊主みたいに泥にまみれる奴が必要なんだよ」
会って間もない自分にここまで親身になってくれる、そんな人間は修道院のみんなの他にはいなかった。それ
がコルボが男に対して信頼を持ち始めた最初の要因になったのは間違いないだろう。
「所で坊主はこれからどうするんだ?…行く所もまだはっきり決まってねえみたいだし、もし良かったら俺等の仲間になんねえか?自分達で言うのも何だけどよ義賊ってやつをやってんだよ。貧しく討伐要請も出せない村を魔物から守る。必要以上に税金を搾取してる領主から奪い領民に配る。権力に守られてる悪人を殺す。坊主はまだ若いが俺が責任持って育ててやる、一緒に世の中の理不尽をぶっ潰そうぜ」
「はい!これからよろしくお願いします!」
驚くほど早く、すんなりと了承の言葉は発せられた。
そしてこの出会いが、コルボを一流のアサシン「鴉」に至らせる転換期となる。
次の話からプロローグ1話の続きに戻ります。